Johann Sebastian Bach (1685 - 1750): Sonatas and Partitas for Solo Violin
ARTE NOVA CLASSICS 74321 67501 2
演奏:Rudolf Gähler (Violine mit Rundbogen)
バッハの無伴奏ソナタとパルティータの楽譜を見ると、同時に3つ、時には4つの音を奏するように記譜されているところが多くある。弧を画いている駒の上に張られたヴァイオリンの弦を弓で弾くときには、2本の弦を同時に弾くことは可能だが、3本、4本の弦を同時に弾くことは出来ない。それではバッハは、これらの作品を作曲したとき、実際どのように演奏することを期待していたのだろうか?こういう疑問に頭を痛めた人たちが少なからずいた。この疑問に答える方法の一つとして、ヴァイオリンの弓の毛の張力を変えて、3本、4本の弦を同時に弾くことの出来る弓を考案した人もいた。ここで紹介するCDはそのような弓を使って演奏したバッハの無伴奏ソナタとパルティータ全曲を収めたものである。
バロック時代の弓は、現在使用されているものとは違って外側に弧を画いていた。このような弓に毛を緩く張り、弓を持つ右手の親指で毛の張りを調整し、必要なときは緩めることにより3本、4本の弦を同時に弾くことが出来たのではないかという説が唱えられたこともあった。医者であり、同時にオルガニスト、バッハ伝の作者としても知られていた、アルバート・シュヴァイツアーは、永年にわたってこの問題に真剣に取り組み、ついに外側に大きく弧を画き、毛の張力を変えることの出来る機構を備えた弓を考案し、ラルフ・シュレーダーというヴァイオリニストに公開演奏をさせるまでに至った。シュヴァイツアーは、この結果に大いに満足し、「バッハ弓(Bachbogen)」と名付けたが、これに対しては専門家からさんざん批判を浴びた。
しかし、バッハは本当に楽譜に記されたとおりに3声部、4声部を同時に奏することを想定していたのであろうか? 楽譜を詳細に見て行くと、同時に奏する声部の間で異なったリズムを刻む箇所や、上下の音が持続している間に、それに挟まれた中の声部に休止符があったりして、弓の毛を緩めて弾くことによっても解決できない問題が多くある。 各ソナタの第2楽章はフーガだが、各声部の動きを明瞭に聞き分けられるように演奏することに、そのような弓が貢献するとは考えにくい。例えば、ソナタ第1番の第2楽章フーガの38小節から41小節まで、下の声部が2分音符でdを奏している間に、上の2声部が8分音符で動くような場合、この2分音符を2分音符として弾きながら、2つの8分音符の声部を楽譜通り刻むことは不可能で、8分音符を4つずつレガートで奏するか、2分音符を4分割して弾くなどの方法をとらざるを得ない。
そもそも音の垂直の重なりを絶対視する必要があるだろうか?筆者は、全ての音が楽譜が示すとおりに同時に奏されなくて、時間的にずれて弾かれても、各音の動きやリズムから、複数の声部の相互的な関係や和音を感じ取って、理解する事が出来るので、何も3声部、4声部を同時に弾く工夫などしなくても、一挺のヴァイオリンで、多声的な音楽を表現することに何ら問題はないと考えている。たとえ3本、4本の弦を同時に弾くことが出来る弓を用いて演奏したとしても、バッハの無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータを弾く難しさを全て解決できるとは思えない。この作品ではむしろ、各声部の線的な動きの絡み合いが重要であると思うが、どうであろう?
実際このCDを聴いてみると、確かに3弦ないし4弦が同時に弾かれるときの響きを聴くことが出来て、それはそれなりに興味深いが、その響きは、意外にも普通の弓で弾いたときと大して変わらない。各ソナタのフーガや、パルティータ第2番のシャコンヌが、著しく違って聞こえるということはない。その反面、3弦、4弦を同時に弾けることによって、なおさら演奏が難しくなっているのではないかと思われるところがある。そのような箇所では、しばしばわずかにテンポが遅くなるのである。この見ようによっては一種下手物と思われるCDを買ったのは、シュヴァイツアーをはじめとした人たちの努力が、実際どのような結果をもたらしたかを知りたかったからである。そして実際にこのCDを聴いてみて、バッハのこの作品について、色々考えることが出来たのも、収穫であった。
なお、普通のバロック時代の弓と、オリジナルのヴァイオリンによる演奏の例として、ジギスヴァルト・クイケンの演奏によるCD(Deutsche Harmonia Mundi 05472 77527 2)を挙げておく。
発売元:ARTE NOVA
ただし、ウェブサイトでは、このCDは見付けられなかった。
なお、シュヴァイツアーの弓考案のいきさつについては、このCD添付の小冊子のルドルフ・ゲーラーの解説を参考にした。
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