「おい、さぶろう」 さぶろうが呼ばれた。呼んでいるのは、さぶろうの霊体のスピリットである。霊体といっても死体のことではない。まだちゃんと息をしている。肉体が息をするのに従って、肉体を包んでいる霊体も膨れたり縮んだりしている。自由を楽しんでいるスピリチュアル・ボデイだから、その自由闊達さのゆえに目には見えない。まあ、透明人間というふうに呼んでもいい。「へえ、何かご用で?」答えたのは肉体の口である。口を動かせたのは大脳の意思中枢で、ここが命令を司っている。言葉がこの二者の間を取り持つ媒体である。これは双方に行き来することができる。ほかに幽体というボデイも有している。人間は重層構造をしているのだ。
肉体は身長2mにも満たないが、霊体はそんなに小さくはない。伸縮自在だからシュメール山の山頂を追い抜くこともある。天空に届いてジャックと豆の木の天の宮に昇っていることもある。肉体は物質で出来上がっているから、破損したり劣化したり活動停止したりするが、霊体は物質ではない。物質ではないから、物質の法則に従ってはいない。ここが自由自在を遊ぶゆえんだ。時間や空間の制約を受けないのである。そのくせ時間空間の世界の住人である肉体の世界へも、やすやす行き来する。
「さぶろうに今日は面白いものを見せよう」霊体の主人であるスピリットが肉体の司令塔のソウル(意思する魂魄)に語りかけた。さぶろうがつまらなさそうな顔をしていたからである。ここのところずっと面白いことがなんにも見付からなかったさぶろうは、さっと興趣を示して小躍りをした。天人界の美人の元へでも連れて行ってくれるのかと思ったのであるが、そうではなかった。天人界もまた欲界の一つに過ぎないから、美人だっているのである。美人にしているとまわりが賞賛を浴びせてくれる。輪廻転生をしたくなかったら、そこを解脱するしかない。欲界の重力を飛び出してみたらどうなるか、それを体験させてあげようというから、なるほど面白そうであった。
楽しみにするものが、この人間界、欲界のそれに限定されず、膨張する銀河宇宙と相応するように、実際には無限数無限大に広がっているということを確認できれば、それは面白いに決まっているはずである。
「さぶろう、おまえそんなことを楽しいこととしてきたのか、そんなことで面白がっていたのか」 解脱の旅の途中、霊体のスピリット氏は肉体のソウル氏にそんなことを言って、ふふふ、ふふふと笑った。「おまへの楽しいことは何だ」のクエスチョンに、さぶろうがこれまでに経験した楽しみの幾つかの例を答えたからである。
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