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うらさぶる情(こころ)さまねし ひさかたの天(あめ)の時雨(しぐれ)の流らふ見れば 万葉集巻の1の82 長田 王(ながたのおおきみ)(おさだのおおきみ)
2☆
「うらさぶる」は、心寂しいの意。「さまねし」の「さ」は接頭語。「まねし」は、斉藤茂吉「万葉秀歌」の註では、「多い」「頻り」の語に当たる、としてある。辞書にも「多し」「度重なる」「しげし」としてある。また、「あまねし」とも解釈してある。「ながらふ」は、時間的継続を表す、とも。「ひさかたの」は、「天」に掛かる枕詞。時雨は秋に降る雨。
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二句切れ。倒置法か。
3☆
秋になった。時雨が天空を次々と流れて行くのを見ていると、「うらさぶる」感情が幾度も湧き起こってくる、というのである。
4☆
「うら(=心)」は、表に見えないものの意。「こころ」や「おもい」
「さぶる」は、「寂びる」「荒れる」「衰える」「痛む」「傷つく」か。
5☆
長田王(ながたのおおきみ)は、長親王(ながのみこ)の子に当たる人。伊勢の御井で詠まれたことになっているようだ。
6☆
此の歌。なんだか好きだなあ。わたしは万葉学者ではないから、「なんだか」くらいで好き嫌いを言える。此処がいいなあ。
7☆
そこに風景がある。それを歌人は己に心象に撮してみる。するとそれに感情が糸を引いて繭を造る。或いはその逆向きだってありうる。はじめに心情があって、その色眼鏡で風景を見る、そういうこともある。ともかく風景が、色を帯びる。色彩を持つ。絵になる。絵の中でことばの馬が遊ぶ。
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わたしという馬も今日は此処へ来て遊んだ。なんだか楽しめた。
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