ようやく仕事はじめになろうかという昨今。でもじつは ぬえは初詣のあとすぐに体調を崩してしまって、ほとんど家から外に出ていません。。
そんなこんなで あまり有意義な年始でもないのですが、ただ家に閉じこもっていても仕方がないので、「張り扇」を作ってみました。これ、材料だけは年末に買っておいたのですが、作るのはなかなか手間が掛かるので、何となく放っておいたのです。これは作り上げるには良い機会だ。
「張り扇」とは、稽古の際に囃子方が打つパートの代用として「拍子盤」に打ち付ける道具です。両手に持って拍子盤をパチパチと打つのですが、シテ方では「アシライ」と言って能や舞囃子の稽古の際に師匠や先輩が地謡を謡いながらこれで囃子方の手を打つことによって、本番の舞台に近い状況を作り出して稽古をしたり、囃子方では稽古を受ける者と師匠が対面して、師匠がそのパート以外の楽器をやはり「アシラう」事によって、やはり本番さながらに、他の楽器との合い具合を確かめながら自分の楽器の打ち方の稽古を進めてゆく、というように使われます。
これも細かい事を記すと、ちょっと面白いですよ。張り扇は、基本的には「右手で大鼓、左手で小鼓」のパートを打ちます。別にそうでなければイケナイ、というものでもないだろうけれど、何となくそういう不文律があるのです。ところが、小鼓方の玄人の中には、これと逆に「右手が小鼓、左手で大鼓」という打ち方をされる方がありますね。やはり大小鼓はどちらも「右手」で革を打っているので、小鼓方にとっては自分のパートはやはり右手で打つ方が自然なのでしょう。かく言う ぬえも「右手が小鼓、左手が大鼓」です。ぬえは師家に入門する以前から小鼓の稽古を先に始めていて、その後太鼓の稽古を始め、笛と大鼓は最も遅れて稽古を始めました。そのうえ ぬえは、小鼓だけはとっても鼓の師匠と気が合ったのか、師匠が亡くなるまで17年ぐらいかな? ずっと稽古を続けました。そんなワケで、ぬえはどうしても囃子は小鼓を中心に考えてしまい、その結果 右手で小鼓のパートを打ってしまうのです。
能の囃子の中で太鼓だけは両手で撥を打つわけですが、「アシライ」の場合も太鼓が打つ場面では もっぱら両手で太鼓のパートを打ちます。これまた面白いことですが、太鼓方の先生方は多くの場合、右手と左手と、実際に太鼓を打つ手とは逆の手を使って張り扇を打つ特技がありますね。つまり、太鼓では1拍、2拍といった「表の拍」を右手で、その「裏の間」である1・5拍、2・5拍を左手で打つのですが、これを左右逆の手で打つのです。これは特技で ぬえはとてもマネできません。
で、なぜ太鼓方の先生がこのような特殊技能を持っておられるか、というと、弟子と対面して稽古をつける場合に、太鼓方の先生は 見本として太鼓のパートを打って見せるときに、相手、すなわち技術を習っている弟子に対して鏡に映るようにお手本を見せなければならないからです。わかります? つまり師匠は「ほら、ここは こういう風に右手を上げて」と言いながら、しかしながら稽古を受けている弟子とは対面しているので、師匠はそう言いながら左手を上げて見せるのです。そうして弟子が「こうですか?」と右手を上げると、ちょうど弟子にとって師匠は自分の姿を映した鏡になるのです。これ、簡単なようでいて かなり難しい。ぬえはアシライには かなり自信があるけれども、太鼓を逆に打つのは出来ません。頭がこんがらかってしまいますね~。。