なんだか忙しいんだかヒマなんだかよく分からない正月を過ごしている ぬえです~。
年末年始には鹿背杖を作ったり、張り扇を作ったりしていたほどヒマだったのに、今はめまぐるしく立ち働いております~。
さて張り扇のお話をしたときに、ついでながら扇の話をしようと思ったのでした。これもまた話題は多いですが、まずは扇がどのように作られているのか。今日は扇製作についてちょっとお話ししてみようかと思います。
御存じの通り扇は日本人が発明したもので、主要な生産地はいまだに京都なんだそうです。たしか全国で作られている扇のうち9割は京都で生産されるのではなかったでしょうか。で、能の扇。。今回はふだんのお稽古や仕舞、能では地謡や囃子方、後見などが多用し、またお狂言ではほとんどのお役がこれを使う「鎮メ扇」についてお話したいと思います。
シテ方のお流儀によって鎮メ扇の長さや親骨の形が違い、またそれぞれのお流儀に「決マリ文様」がある事は有名で、観世流の場合は以前にも書きましたように一尺一寸の長さを持ち、これは能の流派の中で最も長い寸法です。俗に「尺一扇」なんて呼ばれていますね。で、観世流の「決マリ文様」は「三段水巻」と呼ばれる、三段に分かれた流水文様を二つ並べたものです。ちなみに観世流では流水の文様と、これとは別に千鳥の文様を流儀のシンボルのようにしていて、前者を「観世水」後者を「観世千鳥」などと呼んでいます。厳密に言えば観世流の扇に描かれている流水文様は「観世水」とはちょっと印象が違うようで、「水」と「千鳥」は謡本の表紙と見返しの部分に描かれています。
観世流の「尺一扇」の親骨は能の流派の中で最も凝った造りになっていて、地紙にあたる部分には三箇所の透かし彫りがあって、要のある緘尻(とじり)という末端の部分がふっくらと立体的に丸みを帯びて造られています。ところがこの親骨。。じつは現在でもすべて手作業で作られているのです。
どうやら扇というものは現在でも機械化されずに手作業で作られるのが基本であるそうですが、観世流の扇のように年間の製作本数も膨大にのぼるであろう扇を、それもこんなに凝った造りの扇を、まさか手作業で作っているとは ぬえも思っていませんでした。それを初めて知ったのは。。そうだなあ。。今から10年近くも前になるかしら。たしか国立能楽堂が、こういった能楽に使われる道具を製作する職人の技をビデオに収録して記録する作業を行ったのです。
結局ビデオ化して記録に残されたのは能面や装束、扇といった、能の中では中心的に扱われる道具類に留まったと思いますが(本当は女笠とか、花籠とか。。記録して残して欲しい技術はほかにもあるんですけどね)、それが完成したときに ぬえも能楽堂で上映される機会に巡り会ったのです。正直、これには驚きました。まさに匠のワザ。
この緘尻の丸みも。。すべてカンナで削っていたのか。。それも百本単位の竹材をいっぺんに。この四角い竹材を並べたところに職人さんがガシッガシッ、とカンナを入れて大体の形を整え、今度はその百本をいっぺんに微妙に傾けさせて再び ガシッガシッ! またちょっと角度をつけてさらに ガシッガシッ! この作業を繰り返して。。ど~して1本1本が丸みを帯びた親骨になるのっ!!?
このビデオでは透かし彫りも中骨も職人さんが手作業で作っておられました。あるいは現代ではこういった作業は多少機械化されているのかも知れないですが、あの親骨の成形作業は今でも手仕事だとか。能の扇として我々は普通は決まった扇屋さんで買い求めたり新調する事が多いですが、この扇屋さんで作った扇はどれもこれも、握った感触が全く一緒ですね。そして、世の中にはこのお店以外にも能で使える扇を作る扇屋さんはあるのです。そこで作った扇は、ちょっと握った感触が違う。微妙なものですけれども、やはり使い慣れた扇と比べると違和感として感じてしまいますね。良い扇を作ってくれるのならば、どのお店でも歓迎すべきなのでしょうけれども。。