傍観者の独り言

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財部誠一氏のコラム「芸術で日本に「ときめき」を!」・・・お粗末!

2010-01-08 02:57:46 | 独り言

エコノミック・ジャーナリスト財部誠一氏のコラム「芸術で日本に「ときめき」を!」で、鳩山政府を酷評し、「不安」で圧死状態の日本には、芸術分野に注力し、文化力を高め、「ときめき」が必要という内容は、エコノミック・ジャーナリストには不似合いな内容ですね。

財部誠一氏は、コラムで鳩山政府を自民党政治より悪いとし、「新成長戦略」を酷評し、日本に今、一番欠けているのは「ときめき」ではないかとし、2009年12月4日付けの朝日新聞「私の視点」欄に掲載された東京芸術大学の宮田亮平学長のコラムを紹介し、共感し、鳩山政権は芸術分野に注力せよと論じています。

紹介している宮田亮平学長のコラムは、

”『<ときめき>の鍵は『文化力』である。国民の創造性を培い、生産物に高い付加価値を与えるとともに、国際的な交流を媒介し、安全保障にもつながるものである。しかるに、わが国の文化状況はどうだろう。国家予算に占める文化予算の比率はフランス0.9%、韓国0.8%に対して0.12%。とても文化振興国とは言い難い数字である。民間委託や地方移管など、市場原理最優先の施策や、事業仕分けにみられる長期的展望のない予算配分は、大きな危惧をいだかせる』”

とし、

"「<ときめき>の鍵は『文化力』は国家戦略そのものだと指摘した後、米国の大恐慌時代に、フランクリン・ルーズベルト大統領は文化振興で国民の気持ちを温めることも忘れなかった。しかもそれがハリウッドやブロードウェーの隆盛へとつながり、パックスアメリカーナの原動力となる“ソフトパワー”へと昇華していった。歴史を振り返れば「不況期にこそ芸術を」という宮田学長の言葉が重みをまして来る。」”

とし、宮田学長は「文化財産省」の創設を訴えているとし、

”「今こそ、観光、知的財産、芸術、スポーツなどを一元的、横断的につかさどる『文化財産省』の創設を提言したい。そして日本版『パーセント・オブ・アーツ』を推し進めることが、文化を資産とする明確な政策姿勢と効果的な運用につながる」”

と、鳩山政権には、「不安」時代だからこそ、芸術のもつ本源的な力に注目すべきで、「文化財産省の創設」をトリガーとして、日本に「ときめき」を取り戻してほしいものだ。」と結んでいます。

財部誠一氏の本コラムを読み、社会科学者が論じる芸術の持つ文化論であれば納得するが、エコノミック・ジャーナリストが論じる内容なのか疑問になりましたね。
財部誠一氏の本コラムの出だしが、
「鳩山政権を自民党政治より悪いとし、新成長戦略を酷評」し、
「日本に今、一番欠けているのは「ときめき」ではないか」とし、
「ときめき」は芸術のもつ本源的な力(文化力)とし、結びが「文化力」に注力せよとは論理が飛躍しており、経済が起因の社会不安・将来不安を「文化力」で語るのは、エコノミック・ジャーナリストとしてはお粗末なコラムと思えますね。

財部誠一氏が、鳩山連立政権の派遣規制などの政策は大企業いじめになり、経済再生の障害になるという論調であれば一理あるが、
民主党政権の評判を、
「鳩山政権は空っぽです」
「国家戦略室は参院選での票集めにしか関心がない」
「自民党は腐りきっていたが、民主党政権の出来の悪さはそれを上回る」
とし、
新成長戦略(基本方針)~輝きのある日本へ~』を、
はっきりいってセンスが悪すぎる。今時の話題、課題を単に羅列しただけで、民主党議員のなかからも「新鮮味がなさすぎる」という声がすぐにあがったほどだった。自分の目で確かめてほしい。一体誰がこれを見て「ときめき」を感じることができるのだろうか。」
と、他人の悪評から「ときめき」への展開は、論理飛躍というより、「ときめき」=宮田亮平学長へ提言に無理やりに関係付けとしか思えないですね。

財部誠一氏がアメリカが文化振興で「ハリウッドやブロードウェーの隆盛へとつながり、パックスアメリカーナの原動力となる“ソフトパワー”へと昇華していった」と論じていますが、違和感をもちますね。
アメリカは、ヨーロッパから新天地を目指した移民により建国した合衆国であり、建国精神が国是であり、アメリカ文化は振興国ですが、日本は海洋民族と北方民族が融和し、縄文・弥生時代から独自文化を醸成してき、伝統国であり、アメリカの文化論で日本を文化力を語るのは短絡ですね。

鳩山政権の「『新成長戦略(基本方針)~輝きのある日本へ~』については、メディアの総論では評判が悪いですが、ネットには、好感しているものもありますね。
例えば、松本徹三氏のコラム「民主党政権の「成長戦略」 - 松本徹三」は、お正月のご祝儀として、前向きにとらえた意見ですね。

当方が共感したブログは、格調の高いブログ「永田町異聞」様がエントリーの「年明けの日本に曙光は見えはじめるか」ですね。

「永田町異聞」様は、「新成長戦略」での重点分野、重点取り組みを論評せずに、「新成長戦略」の「前文」を取り上げ、冒頭に、深い苦悩にあえぐ日本の現実を取り上げ、現状に至った経過・背景を語り、反省し、「第三の道」を選択したとし、「この前文にこそ新政権の思いが凝縮されている」と書いています。

当方も、「新成長戦略」の各論はどうでもよく、日本の現実をどうとらえているのかに関心があり、「新成長戦略」には好感し、「永田町異聞」様には共感しました。

財部誠一氏は、不安で圧死状態の日本には、芸術分野に注力し、文化力を高め、「ときめき」が必要という論調ですが、現在、国民が求めているのは、文化力の「ときめき」ではなく、「希望」なのです。
積年の自民党主導の政治で「老化体質」自閉気質」に陥った日本に、「希望」をあるかのかどうかであり、鳩山政権に「希望」を求めて、国民は政権交代させたのです。

財部誠一氏には、エコノミック・ジャーナリストの資質を疑うコラムですね。
エコノミック・ジャーナリストであれば、一度、財部誠一氏の「成長戦略」を拝聴したいと思いますね。




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