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靴下にはそっとオレンジを忍ばせて

南米出身の夫とアラスカで二男三女を育てる日々、書き留めておきたいこと。

闇と光と力と、昨夜の体験

2011-06-16 03:10:22 | 思うに
一日中走り回ってクッタクタ。照明を落とした部屋、いつものようにキャンドルを前に家族一人一人が感謝の気持ちを言い合う。子供たちと抱き合い休みの挨拶を交わすと、ベッドに横たわり温もりに包まれる。10時前。今日も色々あったけれど、声を荒げることもあったけれど、ああ「幸せ」とはこういう感覚なのかもしれないなあ、と思いながらウトウトと眠りに落ちる。

バチリと目が覚める。目の前にはデジタル時計の数字がクローズアップしたように迫る、「2時36分」。

闇が迫っている。前身を重い闇が包んでいる。覚えのある感覚。


以前の私は、この圧倒的な「闇」を前に、恐怖におののき、振り回され、飲み込まれていった。

今は違う。何度か体験するうちに、どうしたらこの状態から抜け出だせるのかが分かる。

闇を「観る」、ひたすら。

すると自身の内を流れる思考、感情が闇と繋がっているのも観えてくる。

闇を肥大させる思考や感情の源が「エゴ」。

「エゴ」のない状態が「観る」自分。

観ることを続け、「エゴがなくなるー無我」になるにつれ、別の「力(force)」が湧き起こって来る。呼吸が変わる。

闇はエゴ、無我は光の状態。闇と光が対峙し、統合されたところに力が湧き起こる。

エゴが大きいほど闇も肥大し、無我になるほど「光」が満ちる。

私がするのは「観る」ということ、「エゴ」を無くしていくということ。そうすれば自ずとコトは起こる。


この「闇」には古来よりいくつもの名前が与えられてきた。「悪魔」「悪霊」「呪い」。もうそんな「恐怖」を植えつけるような「教え」もいらない。「恐怖の想念」の膨大な蓄積が「形」を作ってしまっている。人々の目を自身の内にある「エゴ」からそらさせ、闇に力を与えているだけだ。

「闇」を肥やすのは自身の内にある「エゴ」。

闇に対峙するために外在の偶像で防備する必要などない。そんな偶像は圧倒的な闇を目の前にしたら足手まといになるだけ。そんな偶像も手放し、ただ自身がいかに無になれるかだ。

闇に本当に対峙できるのは自身の内からのみ。自身の内の闇はあらゆる闇に繋がっている。自身の内からのみ、その巨大な闇に対峙できるのではないか。

「闇」は常にある。闇とバランスをとっていくには、一人一人が「日常から」いかに闇を肥大させないかにかかっている。それは日常からいかに自身の「エゴ」を無くしていくかということ。



最後に、なぜ「闇」が存在するのか? それは「光ー無我」へと人を方向づけ鍛えるため。そして闇と光が統合されたときに湧き起こる「力」を生み出すため。昨夜力に包まれ、強くそう思った。


これが「私」という「フィルター」を通した今の時点での世界観、宇宙観だ。

バランス

2011-06-13 00:08:09 | 思うに
学生時代、経済学を専門としながら文化人類学にも興味をもっている、というイギリスからの研究者の講演を聞きに行ったときのこと。講演会といっても大学の少し大きな教室で行われた小規模なもの。

「いきつくところはバランスなのだ、バランスこそが新たな道を生み出す」

そう講演者は言う。

「バランスをとるというと、新しい道というよりは、また元の地点に戻ってしまうというようなイメージがあります。そして新しい動きが生み出されるというより、バランスの取れた地点で動きがなくなりとまってしまうというような」

と会場の教授陣はピンとこない。

「いや、バランスというのはダイナミックなものなのです」

その講演者は一生懸命説明するのだけれど、結局会場中あまり納得しないまま終わった。


「おっしゃっていること、何となくわかります」と講演の後、疲れた様子のその研究者に言いに行った。彼はパッと嬉しそうな顔になり、一学生だった私に「どうしてみんな分からないんだろう」と悔しそうに言った。


「バランス」という言葉を聞くと、この出来事を思い出す。今も彼の言っていた意味が感覚的には分かるように思う。


バランスをとるという行為は、終わりなき動態(ダイナミック)。その「動き」を通して「前への道」が開けてくる。

究極のバランスがとれた状態というのは、動態も静態も超えたところ。

バランスをとるという行為により、バランスがとれた状態に近づくことはできるけれど、到達することはない。ゆえにバランスをとるという行為は「終わりなき動態」。

バランスの取れた状態は、次元を超えたところに常にある。

昔何度も読んだ本に、

2011-06-10 00:00:07 | 思うに
学生時代何度も読んだ本に、レフ・トルストイの『懺悔』がある。

その中で中国の寓話『黒白二鼠』が引用されている。

「旅人が虎に追いかけられ崖っぷち(トルストイによる引用は「井戸」)で蔦にぶら下がる。下では大蛇がうようよと旅人が落ちて来るのを待ち構え、上には猛獣。その上、白と黒のねずみがやってきて旅人が必死で捕まる蔦をかじり始める。そんな状況の中、甘い蜜がポタリポタリと落ちてくる。旅人は自分の状況も忘れ、その蜜を舐めることに没頭する。」

というような内容の寓話。

トルストイはこの旅人の窮地が人間の置かれている状況だと絶望する。「死」が一刻一刻と近づく中で、甘い蜜を待ち望んで舐めることに没頭している状況。

当時(100年以上前)の「貴族」「知識人」「ロシア正教組織」が、いかにただ「甘い蜜を舐めているだけ」であるかと糾弾し、自身は「もう蜜を舐めているだけには堪えられない」と自殺未遂も犯す。

今手元に本がないので、正確な言い回しとは異なるだろうけれど、『懺悔』の最後の部分は、「ふと蔦の手を放しても大丈夫なのだと気がついた、手を放しても全くもって大丈夫なのである」というような一文で終わっている。

トルストイはその「大丈夫な境地」が「神との出会い」だとする。そして、本当の「神」はロシアの農民の中にあると、『懺悔』以降、それまで彼が書いてきた小説とはまた違う農民の生活を題材にした寓話的な物語を多く残す。



私は当時「恐怖」でいてもたってもいられなくことがよくあり、その度にこの『懺悔』を読んだ。自身のもやもやとした「恐怖の源」が言葉で的確に表されていると感じていたのだろう。

ただ、この最後の「大丈夫な境地」というのがどうしても分からなかった。頭に言葉として入ったところで、どうしても「大丈夫」だとは思えない。


最近この『懺悔』をよく思い出す、あの最後の部分を。

大丈夫なのだという静かな安心感。目の前の猛獣や大蛇や鼠や蔦が「幻想」として消え、湧き上がる温かい安心感に包まれた気持ち。

ああ、トルストイが言っていたのはこういうことだったのかもしれないな、と。

If you want to.

2011-06-03 23:55:08 | 思うに
こちらで何らかの助けを申し出ると、「もしあなたがしたいのなら“If you want to”」と返ってくることがある。

例えば、

何か重たそうに荷物をもっている人に:
「持ちましょうか?」
「もしあなたがしたいのなら“If you want to”」

グループでの話し合い:
「じゃあ、これで皆一品ずつもってくるもの決まったけれど、家に紙がたくさんあるからそれも余分に持ってくる。」
「もしあなたがしたいのなら“If you want to”」

友人と:
「来週もご飯用意しておくからね」
「もしあなたがしたいのなら“If you want to”」


こちらに来たばかりのときは、この反応にぎょっとした。

したい? 私は したい? のだろうかと自身に問うてみる。

「したく」て申し出たというより、周りの状況をみて自分が「すべき」と申し出ていたように思う。もっと言うと、周りによく気がつく優しいいい人だと思われたい、というような期待も含まれていたり。


この「もしあなたがしたいのなら“If you want to”」は自分が「したくてしている」というところに立ち返らせてくれる。そう、私が「したく」て申し出ているのだ。「べき」を遂行することによる報酬や見返りも必要なく。

どの国へ行こうと色々な人がいるけれど、自己中心的な「したい」の枠にとどまる人もいれば、驚くほど労力や努力のいる自分の枠以外のことに嬉々として「したい」と取り組んでいる人々もいる。

周りの状況や相手の気持ちをくみ取った上で、「したい」と動く、そうできたらいいなと思っている。まだまだまだです。

落ち込んでいるとき

2011-06-03 00:01:56 | 思うに
落ち込んでいる自身を観るとき:

1.解決に向けて行動する。「なぜこんなことに?」から「どうやって解決できるか?」へ。

2.事象とそれに対する自身の反応の選択を再考する。

例:雨が降ったという事象に対し、
   a,何もできないと落ち込む
   b,草木が嬉しそう 空気が澄んで気持ちいい 屋内でどんな楽しいことをしようと考える
    aやbなど他にも様々に考えられる反応から、自身がどれを選択するか。

3.落ち込む自分にとことんまで向き合う、
そして落ち込む自身を受け入れ、落ち込む自身を抱きしめる。


まずは3。私は「ポジティブ思考」に違和感をもっていたのだけれど、3をとばしてすぐに2へ移行することにより、自身の闇にその場しのぎの蓋をするだけで、より闇を肥大させることもあり得ると感じたからだろう。

まずは3によってニュートラルな「自身の本質」に戻り、そして解決策がある場合は1へ、どうしようもない場合は2へ。

「リトリート」

2011-05-27 02:12:23 | 思うに
夫と話していて「リトリート(retreat)」についての話題になったことがある。

「撤退、隠居」などの意味もあるけれど、「仕事や家庭などの日常生活を離れ、自分だけの時間や人間関係に浸る場所」という意味での「リトリート」。

クリスチャンの国で育った夫(彼は教会に行くこともなくクリスチャンとはいえないのですが)にとって、「リトリート」は馴染み深いもの。都会から離れ自然に囲まれた場所で一日の大半を祈るなどして過ごし「神との繋がりにフォーカス」するのだそうだ。

「仕事や家庭から離れ」とあるけれどレジャーや余暇ともまた違う。日本ではあんまり馴染みのないコンセプトかも、と思いながらちょっと調べてみると、仏教でも「リトリート」は必要不可欠であり、内省、瞑想、祈りを通して「自分自身に再び繋がる(reconnection to one's self)」ことを目的としている、とある。

仕事や家庭などの日常生活を離れ、「神」や「自身の中心」との繋がりを取り戻す、ということなのだろう。



山奥にしばらく一人でこもり、というような時間はとれそうもないけれど、「リトリートな時間」をちょこちょこと生活の中にとりいれてみよう、と思っている。

「リトリート」にありつつ「日常」にある、というような状態もある程度は可能なのかもしれない。

未発達な脳

2011-05-25 01:47:36 | 思うに
5番目の子がまだ4ヶ月頃のこと、何をやっても顔を真っ赤にして泣き止まない、看護婦に電話した。

「初めての子ね」と言われながら(笑)、「コリック(おむつの汚れやお腹がすいたなどの明らかな原因なく激しく泣き続けること)は脳が未発達(brain immaturity)のため」なのだと聞いた。「うまく切り替えられない」のだと。

それまでの4人の子供のときには「コリックはお腹にガスが溜まっているため」と説明を受けて来た。母乳をあげる母親はガスの溜まるキャベツや玉ねぎなどの食事を避ける、お腹のマッサージでガスを出してあげる、などのアドバイス。しっくりこなかった、どうしてもガスとは思えない。

この「脳が未発達で切り替えられない」という説明、ストンと腑に落ちた。顔を真っ赤にして激しく泣き叫ぶ赤ちゃん、悲しいといより怒っているようにも観える。抱っこして欲しいときに抱っこしてもらえなかった、好きな抱き方でなかった、どこかに触れた瞬間出産の時の痛みを思い出したというのもあるのかもしれない。とにかく苦しみや悲しみから抜けることができず、はては怒り狂っている状態。

「切り替える」には、風呂、外の冷たい空気に触れさせる、光ったり音のするものを目の前で揺らしてみる、などがいいとアドバイスを受けた。「脳の記憶」にはまり込んだ状態から、身体の感覚に訴えかけることで、ハッと切り替わる瞬間が来る。



この出来事を時々思い出す。

大きくなった子供たちを見ていても、自分を見ていても、「切り替える」ことができず悶々ともだえていることがある。

鍵は、「外」を感じることなのだろう。自身の枠組みを越えた「外」を身体全体の感覚として。

そして「外」と「内」との一体感を取り戻すこと。

夏休み始まる。

2011-05-20 23:59:17 | 思うに
今日から夏休み始まりました、3ヶ月間!

5人の子供たちとどう過ごすか、で頭いっぱいです。(笑)


11歳から1歳児までの開きのある子供たちが共に没頭できるアクティビティ、を見つける難しさを感じてます。ハイキングやサイクリングに出かけても、ペースも進める距離もまったく違う。だいたい下の子に合わせて引き返す、というパターン。逆に下の子たちは昼寝なんてそっちのけ、上の子たちのペースで一日中引っ張りまわされる。

まあ他の子の様子をみて自分のやりたいことを我慢するのを学ぶのも大切なのですが、時々は夫と手分けして、思いっきり上の子達のペースで行けるとこまで行く、下の子のペースでゆったりと過ごす、という状況を作り出すなどしていこうと思ってます。


それにしても3ヶ月! 

学校からは何の宿題が出されるわけでもなく(「夏の生活」が懐かしい!)。各家庭が独自の勉強カリキュラムを考える必要があります。その子その子の弱点を補強したり興味あることを伸ばしたり、普段かなり弱い日本語教育などの時間もとれたり。朝は「ホームスクール」です。


昨夜は子供たちと話し合い。

夏休みが終わったときに何を達成していたいか、という具体的ゴールを出し合いました。

掛け算マスター、計算ミスを減らす、などの勉強面や、自分が言われて嫌な言葉を人に使わない、ピアノのあの曲をマスター、この本のシリーズ読み切る、サーカーのあの技できるようにする、などなど。

今日はそれぞれの具体的ゴールを紙に書き壁に貼ろう、そしてどうやったらそのゴールを達成できるかを具体的に計画していこう、ということに。具体的ゴールがあると、子供たちの顔つきが変わる、と感じてます。


あと四六時中顔をつきあわせるので喧嘩もしょっちゅう。

足を引っ張り合ったり、誰が損か得かなどを比べるためでなく、

「助け合うためにこうして一緒にここにいる」

と書いた紙を壁に貼っておこうということに。(笑)


「壁に貼る」と、いつしかただの「壁の模様の一部」になる、ということも大いにあり得るのですが。(笑) 初心に帰り気持ちをリフレッシュしながら。



さて、色々と考え出すと頭の痛いことも多々ありますが、子供なんて本当にあっという間に大きくなってしまう、この今というときは二度と戻らないかけがえのない瞬間、と日々リセットしながら、子供たちとの時間にどっぷり浸り楽しんでいこうと思っています。

いつか「あの夏の日々」と懐かしく振り返る日が来るのでしょうね。

戒律だらけの暮らし

2011-05-16 00:02:03 | 思うに
ユダヤの戒律を遵守しているユダヤ人の知り合いがいる
 
とにかく戒律だらけの暮らし 

何を食べるかどう料理するかいつ何をどのようにするか


一つ一つの戒律が ユダヤの歴史との繋がりを 「神」との繋がりを 忘れないためにある

生活のあらゆる場面で 繋がりを思い出し続ける


「そんなことまでしなくたって忘れやしないんじゃない?」という私の声は

その知り合いの静かな笑顔の前に 何とも傲慢に響く


先祖代々の歴史との繋がりを 自身の中心にある「人を超えた存在」との繋がりを

忘れていないときなんて しっかり覚えているときなんて どれほどあるといえようか



戒律だらけの暮らしは 「究極の謙虚さ」なのかもしれない そんなことを思った

長男がピアノをやめると言う。

2011-05-13 23:58:17 | 思うに
長男が3年間続けたピアノ・レッスンを今月いっぱいでやめることに。

「違う楽器をしてみたい」と言う。

ピアノを続けつつ違う楽器も、というのは練習にかかる時間を考えると今の生活では難しい。そしてその難しさに立ち向かうほどピアノに対するやる気があるわけでもない。

家族の中のルールとして、「習い事は最低3年は続ける」、というのがある。長男にとってのピアノ、もちろんアップもあればダウンもあり、ダウンの時は「やめたい」と何度か、それでも何とか続けてきた。

そして約束の「3年」をクリアしての言葉。


一つのことを続ける、ことで学ぶものは大きい。

と同時に、色々なものを試す、ことで学ぶものも大きい。


一つのことを続けながら、色々と他を試す、のが理想なのじゃないかと思う。

色々と試すことが、続けている一つのことに生かされていく、という状態。


彼が「続けていく一つのこと」をいつか見つけてくれたら。

自分を振り返ると、一つ目の「続けていく一つのこと」は挫折、再び続けていきたいというものが見つかったのはここ数年のこと。それも「今回こそ続ける」と思ってはいるものの、将来的に「色々試したものの一つ」となっていることだってあり得る(いやないはずなのだけれど、笑)。それでも子供には早く見つけて欲しいと思うのである。早く一つのことを続け始めれば、確かに蓄積も大きいだろう、などと考える。(笑)


無駄なことなど何もないのだろう、と「やめる」と伝えたピアノの先生と言い合う。


3年間のピアノが、「色々試した」経験として、いつか「続ける一つのこと」に生かされるのを願っている。

創造、サポート

2011-05-03 00:02:01 | 思うに
マザー・テレサが、「反戦集会には出ないけれど、平和を目指す集会なら出たい」と言ったというのを聞いたことがある。

「反対!」というのと、「何かを目指しサポートしていこう!」というのと、集まった人々のエネルギーの流れは確かに随分と違うのかもしれない。

何かに反対するのなら、それに代わる何かを創り出していく。

何かに「反」して「対」する時間やエネルギーを、新しい何かを創造し、サポートする方向へと流していく。

脱原発という土台

2011-04-29 23:59:40 | 思うに
小さな頃から親に連れられ分けもわからず様々なデモやストライキに参加した。

原発反対デモ、確か浜岡原発反対デモだったと思う、に参加したときのことも覚えている。公園に集まり、プラカードや旗を掲げ叫ぶ人々と共に道路を歩く、「げんぱちゅはんた~い!」と思いっきり叫んでみたり。

両親の友人、両親が共に行動している人々、周りを見回しても原発反対は当たり前、という雰囲気の中で育った。


多くの人が通るプロセスとして、私も十代中頃から、両親から受け取った「当たり前」を一つ一つ疑う時期に入った。ひとまず全てに反対して、わざと反対のことをして、「自我」を確立していく。

今は頭では相対化された両親からの「当たり前」。

身体に染み付いた「当たり前」を差し引いてみたとしても、それでも、どう考えてみても、原発がこのままあり続けることがいいとは思えない。これほど地震の多い小さな島日本に55基、建設中計画中含めたら69基。これほど多くの人が代々住み慣れ思い出に溢れた地を強制的に離れざる得なくなり、まだまだ放射能垂れ流し状態で、東電社員含めこれからどんな被害が表面に出てくるかわからないなかで、「エコでクリーン!」とはどう考えても信じられない。

人災や不手際という声の聞かれる中、万歩譲って今回の事故は「隕石がぶつかるくらいの確率」で起こったのだとしても、実際に起こったのだし。これからも確率が0でないことを続けるのだろうか。


代替エネルギーの開発、正真正銘な「エコでクリーン!」のエネルギーの開発に力が向かってほしい。

子育てをしている親として、ひとまず子供たちに刷り込みをしていきたい。「代替エネルギー開発が重要」という刷り込み。

いずれ子供たちが自身の頭で考えることになるだろう「初めの土台」として。

「周縁」に力を見出す

2011-04-27 00:01:21 | 思うに
人々が見向きもせず「周縁」に追いやられたモノに、溢れる力、溢れる光を見出すとき、自身の内で固定化された価値観から解放されることがある。


私は物心ついたころから、メジャー・王道からそれた「周縁」に興味があった。

自分はメジャーにはなれないというコンプレックスがあったからかもしれない、どこにいても自分は境界にいると感じていたからかもしれない。

私は「周縁」の力を信じることで、画一的な価値観にがんじがらめとなった自身の状況から、自身を解放しようとしていたのかもしれない。


30代後半、もうセンチメンタルなコンプレックスもどこへやら、厚かましくなりすぎないよう気をつけようと思う今日この頃、メジャーか周縁か、など構わず好きなものは好き、というスタンスになりつつある。(笑)
 
それでも「周縁」とされるモノを観る自身の目に愕然とすることがある、いかに固定化した価値観にどっぷり浸っていたかと、はっとさせられる。

「周縁」に力を見出すとき、より豊かにより自由になると感じている。

言葉の違い

2011-04-27 00:00:11 | 思うに
論文と詩と俳句と小説とブログ、それぞれ言葉の紡かれる過程が全く違って面白い。

どれもスタートから一歩踏み出すか踏み出してないかの時点にいて、素人もいいところなのだけれど、素人なりに面白い。

論文は修士論文以来書いていなくて、多分もう書くこともないだろう。その後、詩を書き始め、友人に誘われ俳句をポツリポツリ、去年からブログ、そして今年に入ってから小説。

論文は、「論理」に則った組み立て。立証できない要素の徹底排除。

詩は生の言葉、意味が生まれるか生まれないかのぎりぎりのところ。詩を書こうと紙に向かうと、意味を成さない文字の羅列になることもよくある。あさいくるしゃのきしめのはいさいこうさまろうねしゃみろるし、というような。

俳句は写生、対象を観続ける。客観と主観が絶妙に合わさり、575のリズムにすっと収まる瞬間。

小説は、詩的要素、俳句的要素も盛り込み、日常に降ろしたもの。書いていくのにかなり筋肉が必要。

ブログは、朝限られた時間内での整理。書き留めたものが、詩や小説のインスピレーションになることも。コメントを通しての交流も楽しい。


書き続けるうちに感覚が変わっていくだろうけれど、今のところの整理。

過越しの祭、体験

2011-04-20 00:00:08 | 思うに
たくさんのシミをみて、全てがだめだと背を向けるのなら、シミのない部分の放つ光をみることもない。

宗教はたくさんの問題を抱えているけれど、だからといって全てを否定するのでは、どんな宗教の根幹にもあるのだろう光をみることもないのではないか。


ユダヤ教徒ではないけれど、昨夜は「過越しの祭り」の始まりの宴(Passover Seder)を少しだけ体験してみた。

宴は15段階で進む。解釈は様々な側面があるけれど、抽象的なレベルであるほどその宗教の外部の者にも当てはめやすい。

宴ではこの15の段階を経、「奴隷」から「自由」への移行を象徴的に体験していく。

最初の乾杯は自由への旅の始まりを表している。「そんな旅を始めるなんて自分を誰だと思ってるんだ?」というファラオ(王)の声に屈することなく、立ち上がり出発した人々。「出エジプト」時、80パーセントのユダヤ人はエジプトを故郷とし奴隷として骨を埋めるつもりで、20パーセントがエジプトを出られると信じ行動を起こしたと伝えられている。

「過越しの祭」は自身が何の「奴隷」になっているのか見つめる時期でもあると言われる。「奴隷的部分」や「ファラオの声」は現代生きる人々の内にもあると問う。

15の段階を通し、「自由」は獲得し続けるもの、立ち止まり「自由は永遠に私のものだ」と叫ぶことなどできない、「自由」は常に進み獲得し続けるもの、と確認していく。


最後の15番目の段階は「受け入れ委ねる」。人としての努力を最大限したところで委ねる。

「もし私たちの創造主が完全な世界を望んでいるのだとしたら、彼はどうしてこのような不完全な私たち人間を作ったのか。私たちは時々はよいことをするが時々は誤る。しかしこうして苦しみながら進み続けることで最後に何らかの変化を生むことができるのだ。そして私たちが私たちのできる限りのことをした後に、とうとう優しい親がホームワークを手伝うように、神は仕上げをしそれが光り輝くものになることを確認するだろう。」 www.Chabad.orgより。


とてもインスパイアリングな夜のひと時だった。


「過越しの祭」に用いられる食材。手前イーストを用いない小麦粉のクラッカー「マッツァ」。


皆シャワーを浴び、正装して。