二草庵摘録

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「闘う頭脳」羽生善治(文春文庫)レビュー

2017年12月23日 | 座談会・対談集・マンガその他
久しぶりに羽生さんの本を読みおえたので、忘れないうちに感想を書いておこう。
先日七冠目の永世竜王の資格を獲得したしたばかりで、将棋界だけでなく、一般の大衆からも、あらためて注目を浴びている。現時点(2017年12月)でのタイトル保持者は、

・羽生善治 竜王・棋聖
・佐藤天彦 名人
・菅井竜也 王位
・中村太地 王座
・渡辺 明 棋王 
・久保利明 王将

・・・ということになる。若い世代が実力をつけた結果、群雄割拠の時代がまた到来している。この中では羽生さんが47歳で最高齢。
かつて“チャイルドブランド”といわれて恐れられた世代が、40代の後半に突入したのだ。

七冠永世称号を獲得したことにより、国民栄誉賞までもらうという。
将棋界を背負ってたつ顔は、この人を擱いてはほかに考えられない。
わたしは自分より下の世代には、何であれ関心がうすいのだが、羽生善治は例外である。
それ以前は谷川浩司が好きで、著作をいくつか読んでいる。谷川さんなら、その棋風や発言など、ムリなく理解できることが多い。
それに比べ、18歳年下となる羽生さんは、注意深く観察しないと、よくわからない。あまりにスマートで、汗のにおいや勝負師としての闘争心が感じられないのだ。

本書は2016年3月刊行。
情報としては古いわけではないが、巻頭の「勝つための6つのプロセス」というインタビュー記事、沢木耕太郎との対談「『考える力』と『捉える力』」、阿川佐和子との公開トークライブ「七冠制覇は、自分の力で成し遂げた気がしませんでした」(いずれも2015年)をのぞくと、ここ4~5年間に掲載されたエッセイ、対談などが集められている。
羽生善治という稀有な棋士、人間に対し多面的な照明があてられているのが、じつにおもしろい。



羽生さんは申し込みがあれば、マスコミによく顔を出しておられるし、小川洋子さん、朝吹真理子さんといった女性作家との対談もこなしている。全体を読みおえると、羽生さんという多面体への理解が、確実に深まる。そういう仕掛けがほどこされた本なので、羽生さんファンならば、巻擱く能わず・・・といったふうに読めること請け合いの良書である(^ー^)

とにかく、いろいろな「知恵」や「考えるためのヒント」が、たっぷりとつまっている。
いったい羽生善治は将棋をどうとらえているのか?
羽生さんとはどういう人間なのだろう?
棋士という特殊な世界に身をおき、第一人者として三十年以上君臨しているが、何が他の棋士と違うのだろう?
多くの人が、羽生さんについて質問したり、証言したりしている。
わたしは生身の羽生さんに興味があったので、そのあたりを注意しながら読んでいったのだが、つぎのような一節には眼を奪われた。

高川武将さんというルポライターが「調子の上がらぬ朝にこそ、すべきことがある」という記事を書いている。
《青い無精ひげが目立つ、やつれた表情で、宙の一点を見つめて歩いてくる羽生の視界に、私はまったく入っていなかった。無言のまま、体が触れないように狭い通路をすれ違う。そのほんのわずかな瞬間、聞こえてきたのだ。彼の半開きの口から漏れる、激しい息遣いが・・・。》(本書281ページ)
ライバル森内俊之との名人戦第二局、二日目の最終盤。
トイレから帰ろうとして、憔悴しきった羽生と、狭い廊下ですれ違ったときの印象を、こう書きしるしている。

将棋というのは、まことに静かなゲームである。しかし、その場では、目に見えない真剣勝負がおこなわれている。大一番ともなれば、数百人、数千人が、つぎの一手を指す対局者の手許を、固唾をのんで見守っている。息がつまるような緊張感。名人戦ともなれば、8時間×2=16時間、二日間にわたって、盤上の死闘を繰り広げる。
スポーツと違って、体を酷使するわけではない。頭脳と頭脳の死闘。わかる者にしかわからない、すさまじい激闘なのである。

You Tubeを羽生善治のキーワードで検索すると、いろいろな興味つきない動画が再生できる。
谷川浩司から羽生善治へ。
そのときも、いろいろなドラマが生まれた。
羽生さんは今年前半、菅井さんに王位を、中村さんに王座を奪われ、一冠に退いた。森内俊之さんは、A級陥落をきっかけに、フリークラスに転出している。このまま羽生さんも静かに、徐々に幕を下ろすことになるのだろうと、多くの人が予想した。

渡辺明さんといえば、羽生世代のつぎにつづく俊英で、将棋ファンなら知らぬひとはいない。その渡辺さんを相手に、竜王位を奪取し、七つ目の永世称号を手にいれた。勝負に対するこだわり、すさまじい執念。
一見スマートで、知的でクールな人柄と思われているが、羽生さんの中には、きっと見た人の眼が潰れてしまうようなドラゴンが棲んでいるのだ。



勝つか負けるか、白か黒か、中間はありえない。むろんそこに、天と地の差が横たわっている。

しかし、泥臭いことはいわず、爽やかに笑い、うまく質問をかわす羽生さんは棋界のスーパースター!
だれもが、称賛を惜しまないが、その裏には般若が隠れているのである。ただ、それを、人には滅多なことでは見せないだけであろう。
自分の流儀として、その「スタイルをつらぬく」見事さにおいて、畏敬の念を覚えずにはいられない。若い才能の抬頭にもみくしゃにされながら、もう一度しっかり踏みとどまる。
つぎの世代の代表者としての渡辺明さんの眼に、新竜王はいったいどう映じたのだろう?
そのあたりを、ぜひとも知りたいと、わたしは思う。

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