…… 池 千之助   信州ありふれた普通便 ……。

         信州・長野県長野市から、お気楽で無駄な記事を載せています。

元エレキ・バンド仲間のHiroさんのコメント

2011年06月08日 | インポート

  今日は、 一昨日、 Youtubeへアップしました、 高校生の吹奏楽演奏の動画を見ていただき、 励ましのコメントまで頂戴しました 、今は仕事で、 ネパールにいらっしゃる元バンド仲間の Hiro さんとのお話を少ししようと思います。

 (※5月15日のページに、 コメントを頂いたので、 正直、 このコメントをちょっと探しました。 余計な事で、 すみません。)

 

  以前も、 拙者がブログを始めた5月15日(日)の翌々日、 記事として、 「ネパールにいる信州人!」  の お話しを致しました。

 この時は、 このhiroさんのことは、 ちょっとしかお話し出来ませんでしたが、 改めて、 お話ししようとすると、 沢山の記事ネタがあり、 連載風に書いていこうと思っています。

 

  まず、 今日は「連載1」と致します。

 このhiroさんとは、 表題にもありますように、 元エレキ・バンド仲間でした。

そして、 一時、 毎日毎晩、 連日のステージ演奏で、 殆んど一緒に過ごしたこともありました。

  hiro さんとの出会いは、 余り昔の事なので、 よく覚えていません。  ただ、 拙者がバンドをしたいのを、 中学時の同窓生が知り、  その流れの中で 、「いいドラマーがいるヨ!」  と云うことで、 hiro さんを紹介され、 何となく、 「一緒に組んでやりましょう!」  と  いう事だったと、 思います。

 ( hiro さん!、もし間違っていたら、 コメントにて、 訂正文をお願いします。)

 それで、 昔は今のように貸スタジオなんて無く、 とにかく、 バンド練習するにも、 エレキ・ギター、 エレキ・ベースのアンプの音量や、 ドラムスの演奏時の音量は、 バカでかく、 そこに、ボーカルの歌声が、 叫ぶ感じのロックですので 、隣近所に迷惑なんていうのは通り越していたと思います。

 それでも、 メジャー・デビューとまでは、 いかなくても、 ある程度は、 ちょっとしたステージに立って、 演奏したい!  という目標がありましたので、 練習場所がないなら、 ちょちょっと演奏曲を覚えて、 人前で練習を兼ねながら、 演奏しちゃえ~!  というような記憶があります。

  まあ、 確かに、 あるお宅のぶ厚い壁で出来ている「土蔵」をお借りして、 その中に電源を引っ張っていただいて、 そこでみっちり練習した事もありました。

  でも余り、 メンバー全員で練習した、 ということはそんなに記憶に残っていません。

  ただ、 拙者たちのエレキ・バンドのレパートリーにしていく曲を決めて、 各自が担当楽器をしっかりとマスターして、 あとはメンバー全員でちょこっと合わせて、 その後は、 もう即、 ステージで演奏していたような記憶があります。

 恐らく、 hiro さんがバンマス(バンド・マスター)として、 色々な準備や段取り等、 相当に大変な役割を果たしていただいたので、 拙者たち  他のメンバーが安心して、 ステージに立てたり、 演奏活動が出来たのだと、 今は本当に感謝しています。

 拙者たちのロック・バンドは、 アップ・テンポの曲が多く、 ドラムス担当の hiro さんの右足でキックするバスドロ(バスドラム)は、

   普通のバンドでしたら、ド~ン・ド・ドン! ド~ン・ド・ドン! とか、 

          4分音符で、ドン・ドン・ドン・ドン! ですが、 

   hiro さんは、8分音符で、ド・ド・ド・ド・ド・ド・ド・ド! とこれを連続して、キックする事が多かったように記憶しています。 

  特に、「♪モニー・モニー」 と云う曲などは、全曲すべて、このエイト・ビートのキックだったと思います。

  演奏時も、 ホントに大変なお役目だったような気がしています。

 

 ですから、 アップ・テンポの曲は、 ステージ演奏が始まる直後にどんどん入れて、 ドラムス担当の hiro さんが、 お疲れにならないうちに!! とか、 いろいろと工夫があった様にも、記憶しています。

 

  まだまだ、 きり無く話しが続きそうで、 たった4~5年の出来事かもしれませんが、 余りにも、 その密度は濃く、 このまま書いていますと、 朝になってしまいますので、 また機をみて、「 連載2 」 へ続けたいと思います。

   それまで、 お楽しみ??に、 お待ち頂ければと思います。 

    では、では、では!! っと。