雪の朝ぼくは突然歌いたくなった

2005年1月26日。雪の朝、突然歌いたくなった。「題詠マラソン」に参加。3月6日に完走。六十路の未知の旅が始まった…。

4日もおいて、不忍池コースを10キロ(日々走る)

2010-12-25 00:08:02 | 日々走る

心ならずも、4日も走れなかった。
19日(日)に走った後、20日(月)は元同僚のSさんが心臓手術をして入院中だというので、旅の友Nさんと一緒に午後遅くからお見舞いに行った。
幸い手術もうまくゆき、Sさんはすっかり元気になっていて安心した。
その帰りに、大久保の大連料理店でNさんと二人だけの忘年会をした。
ビールのほかに、甕出しの紹興酒をかなり飲んだ。
お蔭で、翌21日(火)は宿酔というほどではないにしても、何となく走る元気が出なかった。
22日(水)は、吾妹の親しい友人たちとの年末恒例の忘年会で、わが家に夕方から元編集者のOさん・Tさんカップルと在日40年近い日→米翻訳家のアメリカ人女性Lさん、それに吾妹の次男Kくんがやってきた。
例年ならばその倍は集まるのだが、今年は諸般の事情で少々小じんまりとした忘年会となった。
それでも、深夜まで楽しく飲みかつ食べ、語り合った。
昨日の23日(木)は、もっと忙しかった。
午後2時過ぎから、浜松町の超高層マンションに住む吾妹の高校時代からの友人Kさん宅の忘年会に二人で招かれたのだが、お先に失礼させていただいて、4時半に貿易センタービルの喫茶店で、帰国中の僕の大学時代からの友人で40年間アメリカで心理学の大学教員をしてきたAくんと会った。
専門の発達心理学の立場からジェンダーの問題に関心の深いAくんが、日本語で初めて出すという本の構想を聞きながら、いろいろと議論をして面白かった。
特に、吾妹が訳したピンカー兄妹の著作にはAくんも前から注目していたという偶然もあって、話題は尽きなかった。
その後、僕たちは調布に住むジャーナリストMさんと写真家Fさんカップルのお宅に向い、一人娘S子ちゃんのためのクリスマス夕食会に友人のSさんと共に参加した。
MさんもFさんも料理の達人である。
いつもながらの一味違ったご馳走をいただきながら、飲みかつ楽しく語り合って、深夜に至った。
という訳で、やっと今日、4日もおいて走ることができた。
寒波がやってきたので風もかなり冷たかったが、4日のブランクはさほどでもない感じで無事10キロを走ることができたのは、めでたい。
さて、年内にはあと何回走れるだろうか。
それでも、久々に月間100キロを越えることはもう間違いがない。
いろいろあるが、無理をしない範囲でがんばろう。



コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 101224 日々歌ふ | トップ | 陽だまりに<かほり>の花を... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

日々走る」カテゴリの最新記事