080101
さやけくも富士の白嶺を見はるかす年の初めのこころ保たむ
080102
―<元旦にHawk Hillから金門橋と太平洋を望みし女(ひと)に>
鷹の目となりて見るらむ金門の橋を太平洋をば彼方の女は
(太平洋=うみ、彼方=あなた)
*
子の年はアタシの年と言ひたげに眼光りぬわが愛猫の
080103
他人と目をあはすを避くるノミのごとちひさき心臓持つひとのある
(他人=ひと、心臓=こころ)
080104
煩悩を消し去りゆきて冬の陽に鐘つく棒の静もりてあり
教会の壁にゆらめく物影の不思議に独りしばし佇む
パソコンのプリンターをば褥としⅠT時代をネコらも生きむ
(褥=しとね)
夕映えの木の間に浮かぶ高層のビルを名づけむサンセットビルと
080106
白鳥のひととき憩ふ川の面を黄金に染めて一日暮れゆく
(白鳥=しらとり、一日=ひとひ)
対岸のはるかな土手をうなだれて人影ゆくを夕陽映しぬ
080107
秩父路で出会ひしネコの優雅なるペルシャの血筋かしこに伝へ
一面を埋め尽くさむと鴨憩ふ浅き水辺に白鳥の群る
かくあまた鴨ら水辺に憩ひをるここは何処ぞわが目疑ふ
新参の白鳥ならむ群離れて青き水面に様子窺がふ
(離れて=かれて)
*
テレマンを生で聴き初めし大久保で吾ら夕餉にカムジャタン食み
(生で=きで)
080108
干上がりし池面に残る水映す影も加へむ白鷺二羽に
夢に見しカワセミ突如飛び来たりシャッター切れば飛び去りゆきぬ
080109
億年の昔もかくや沈みけむメタセコイアを照らす冬陽の
貧しきを恥と思ひし愚かなる幼きわれを生徒らに語りぬ
(生徒=こ)
080110
鶯のかつて啼きける山手の谷間に臨む駅舎鄙ぶる
冬の陽に薄紅色もあえかなる牡丹に惹かる老ひしこころの
080111
冬ざれの御苑のベンチに仰ぎ寝て書読む人のゐるぞおかしき
(書=ふみ)
沈みゆく陽を背に立てよユリノキよメタセコイアよ愛する木々よ
080112
沈む陽に木々と並びて尖塔の高く浮かびぬ影となりつつ
080113
会ひ初めて六年共に過ごしける旧友らと語る一夜かなしき
(旧友=とも、一夜=ひとよ)
同窓の友を偲びつ集ひ来て吾ら巡りぬ六十路半ばを
食道のガンにしありきと旧友笑ふ胃の痛むとて診てもらひせば
*
蝋梅の黄の色薄く花咲きて冬深まれば春遠からじ
080114
冬寒の薄日に光る水道の蛇口かなしも人なき庭園に
(庭園=には)
丈高き辛夷仰げば蕾もつ黒き梢にカラスの憩ふ
冬ざれの夕陽に映ゆるビル窓の黄金の色を誰ぞ知りける
080115
咲き盛る花びら乱れどなほ保つ無垢の気品を冬の牡丹は
鬱蒼と繁る木々より洩れる陽に浮かぶコサギの独り餌を狩る
狩終へて梢に憩ふコサギをば仰げば染まず光る空にも
大楠の巨躯を支ふる地下の根の太きを想ふ深きをおもふ
080116
仰ぎ見る辛夷の枝の空高く四方に伸びゆく春待つごとに
(四方=よも)
夕陽浴び舗道に光る紋様にしばし見ほるる下水の蓋の
080117
―<NODA・MAP第13回公演『キル』Bunkamuraシアターコクーン/0116 >を観て
kill、生きる、着る、切る、キルと言の葉を紡ぎつむぎて野田秀樹なる
休みなきイメージ紡ぐ言の葉と身体演技に舞台あふるる
興奮のさめやらぬまま吾ら訪ふ広末涼子を地下の楽屋に
すれ違ふ高橋恵子と目が合ひて思はず発すオツカレサマと
*
蒼空に巨大な尾びれ浮かび見ゆ博物館の庭の鯨の
眼をば赤で隈取るウミネコの勝り劣らず歌舞伎役者に
080118
不忍の池面きらめく冬晴れにカモメら憩ふ人間はともあれ
(人間=ひと)
080119
ミシュランの選ぶ寿司屋のおまかせの値段を知らば鼻も白まむ
糸目なく金をつかひて美味きもの求むる人のこころ卑しき
根津辺り路地裏深く絶品の寿司を商ふ店ぞ思ほゆ
*
餌をねらひ眼鋭くコサギ立つ池のほとりの風の冷たき
ふりつむる枯葉の底ゆ萌え出でしちひさきいのちハコベにあらむ
鴉らの空を群れ舞ひ啼き交はしよろこび合はむ一日の無事を
(一日=ひとひ)
080120
夕空に飛行機雲の幾筋も光り乱るる戦なすごと
鴉らの憩ふ木立を見上ぐれば夕月白く昇りをりけり
080121
冬晴れの枯れ蓮覆ふ池の端に家なき人らベンチに眠る
冬の陽も落ちゆく際はめくるめき辺りを焦がし落ちゆかむとす
(際=きは)
080122
幼らの手足短く頭のみ大きくあるを愛しとぞ思ふ
(愛し=かなし)
080123
窓の辺を見やればまさに鈍色の宙より雪の舞ひ初めにけり
(鈍色=にびいろ、宙=そら)
年越えてむらさき保つ一輪の野ボタンあはれ雪を冠りぬ
グラウンドは見る間に白く覆はれぬ都心にあれど土にしあれば
*
四匹の猫を飼ひしが生魚好み食まざる三匹までは
080124
億年のいのちを伝へ蒼空にすつくと立ちぬメタセコイアは
(億年=おくとせ)
拾はるることもなきまま朽ち果てむカリンのかなし枯葉に埋もれ
080125
茫々と秋野を埋め陽に光るススキをいつか車窓に見しも
蒼空に白雲湧けば冬枯れの影美しき幹も梢も
080126
背に浮かぶ空の青きを知ればこそ影とはならむ通路も人も
080127
松が枝の雪吊り美しき蒼空に鋼のビルを消す能はずも
東屋の縁台かなし毛氈の緋の色映えて石蕗の葉に
(石蕗=ツハブキ)
080128
―<江戸東京博物館で特別展「北斎―ヨーロッパを魅了した江戸の絵師―」を、最終日に観て>
北斎の画狂に打たる江戸博の洒脱のかけらなき建物で
*
餌を求め岩に止まりしセキレイの水面にゆるる黄の影映り
080129
尾の赤き鯵の丸々太りしを求めて捌き食めば美味しも
080130
冬ざれの朽ち葉の上にもみじ葉の色づく見るもかなしかりけり
080131
親知らぬ口奥あたり鈍痛の去るを待つ日々父母想ふ