ここのところ、我が家で毎日耳にする鳥の声。
今夜、7時15分過ぎに自宅のベランダにて。
<script type="text/javascript" src="http://mooom.jp/JSPlayer.mom?659JlbS3Y"></script>
↑
(画像の中の三角をクリック)
キョロロロロロー (普段は昼間も聞きますが)
月の夜空の下、これが噂のアカショウビン??
こんな時刻に鳴くのでしょうか?
(カエルに続き、質問ばかり...)
今夜、7時15分過ぎに自宅のベランダにて。
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↑
(画像の中の三角をクリック)
キョロロロロロー (普段は昼間も聞きますが)
月の夜空の下、これが噂のアカショウビン??
こんな時刻に鳴くのでしょうか?
(カエルに続き、質問ばかり...)
アカショウビンの鳴き声がきけるのか!と思い、三角印をクリックしましたが、むなしく空回りするだけでした。
職場からこっそりブログ訪問していますので、ここのパソコンは音声が聞けないようになっているのです。
残念無念・・・。
この時間はまだ明るいから鳴いてるのでは?というか、活発に動くのは早朝と夕方ですからね。
お仕事の合間にありがとうございます^^
夜7時過ぎ、ご近所のゆうげの音混じりの小さい声ですから...大したもんじゃありません。
でも、奄美にいた人には懐かしい声かもしれませんね。おうちではPCはできる環境なんでしょうか?
★mizumaさん★
カエルに続いてありがとうございます!!
スッキリしました!!
どう聞いても、キョロロロローという一般的に言われているアカショウビンの声なので「もしかしたら」とここ数日ずっと子供達と話題にしていたのです。
自宅で聞けるとは感激です。今度はぜひ姿を見てみたいものです。
いつ聴いてもいい声ですね。一時は聞く機会が少なくなった気がしたのですが最近は早朝から夜中までしょっちゅう聞こえてきてうれしい限りです。わたしたち昔の島人はクッカル(コッカル)としか言わないんですよ。鳴き声、クッカル…と聞こえませんか?このクッカルを見たり聞いたりすると必ず思い出す辛い思い出があります。
私が生まれたのは戦争からまだ10年しか経っていない年です。家には農業を手伝う住み込みの青年たちや同じく子守の少女もいました。もちろんウチが裕福だったわけではなく日本全体とりわけ島はとっても貧しかった時代でした。今日明日の食べ物に事欠く家では“お金なんて要らない三度の食事と雨露をしのげる場所さえいただければあとは何も要りませんから牛馬同様にこの子を自由に使って下さい”とわが子を他所に預けていたのです。後ろ髪をひかれながら預けて帰った親の気持ちを察すると今でも涙がこぼれます。
庭のスモモの枝に止まったクッカルを見つけて「すぐに生け捕りにして!出来なかったら今日のご飯は食べさせないし、自分の家に帰すから!」と16、7才の青年をののしったらしいのです、私は多分4才か5才。
周囲の人から再三その状況を聞かされているうちにまるで自分の記憶のような錯覚に陥っています。おしん系のドラマには必ず出てくる憎まれ役のイヤなガキですね。
クッカルの声や姿とともに、心に突き刺さったトゲのように消えることなく表に出てきて心をチクチク刺すのです。きっとこれは『人の立場や考えを尊重しなければいけません、特に弱者を思いやりなさい!』という自分自身に対する生涯の戒めなんだろうなと有難く考えるようにしています。
ちなみに、毎回のオネショを大声でみんなに言いふらされた姉は子守の少女の意地悪を一生忘れない!と笑うことがあります。
(毎度ながら長いコメントでごめんなさい。)
まず、、、
>(毎度ながら長いコメントでごめんなさい。)
いえいえ、歓迎です!楽しみにしているのは私だけではないと思います。これからもよろしくお願い致します。
アカショウビンの声だとわかってすっきりしたところです。聞いたことがなかったのですが(去年の私はいったい何をしていたのでしょう?!)本当に清清しい澄んだ声ですね。
確かにクッカルルルル...と言われればそんな風にも聞こえますね。澄んだいい声!でも義志直さんにとってはそんな切ない思い出を呼び起こす声なのですね。
子供って、誰でもみんなそんなふうに残酷なことを言って幼少期を過ごしてきたのだと思います。それを忘れずに、生涯の戒めにされている義志直さんと見習わないといけませんね。
私もお話を読んで、自分のした数々のことを思い出してしまいました...でも教訓として生かされていないなぁと反省しています。