バカなフリして生きるのやめた
仁藤夢乃(社会活動家)
Imidas連載コラム2023/08/08
風俗店に勤める女性が客との間で妊娠し、子どもを遺棄したというニュースが報じられた。こうした事件は後を絶たず、女性を責める声ばかりが大きくなっている。中には路上で出産せざるを得ないまでの状況に、女性たちを追い詰めたのは誰か? 風俗で子ども妊娠するとはどういうことなのか?
赤ちゃん遺体遺棄事件の裏にあったのは?
2023年7月21日、愛知県常滑市で今年4月にマンションの共用トイレ内で出産した赤ちゃんの遺体を実家の庭に埋めた罪に問われた29歳の女性に対し、名古屋地方裁判所が有罪判決を言い渡した。
報道によると、法廷の中で裁判官は「風俗店で避妊をせずに妊娠したうえ、出産後周囲に相談もしていない。短絡的な犯行と指摘せざるを得ず、酌むべき事情はない」と指摘。他にも「遺体をタオルに包んだだけで、ごく浅い穴を掘って埋めた行為はみずから産んだ赤ちゃんを弔う気持ちがない」(裁判官)、「無責任で、悪質というほかない」(検察官)といった意見もあったという。
しかし、それらはあまりにも彼女が置かれた状況に理解がない言葉だと言わざるを得ない。被告人の女性は大学を出て保育士をしていたが、人間関係のもつれから退職。その後は風俗店で働くようになった。避妊せずに性行為をすることもあり、そうするうちに妊娠したという。彼女は一人暮らしで、メンズ地下アイドル(メン地下)に月100万円貢いでいたとの情報もあり、5~6年前からいわゆる「推し」の応援に金を使い、自らは携帯代や光熱費すら払えず、家の電気を止められたことが何度もあった。一人暮らしをしていた場所も、その「推し」の活動場所の近くだったようだ。
メンズ地下アイドルらは、ホストクラブの従業員のように女性たちに色恋営業(本気で恋愛しているように思い込ませて女性に金を使わせる手法)をかけて金を使わせたうえ、中には一人のファンにCDを1000枚購入させたり、チェキ撮影会などの名目で利益を上げたりすることもある。そんなメン地下が色恋営業で女性に近づき、親元や友だちから引き離して近くに住まわせること、将来一緒に暮らそうなどと言って期待させておいて、風俗店などでより多くの金を稼いでくるように働きかけることはよくある話だ。
女性から金を巻き上げる「メンズコンカフェ」
さらにメンズ地下アイドルのマネジメント事務所は、JKビジネスの規制後に登場した「コンカフェ」(コンセプトカフェ : 特定のコンセプトに合わせた衣装や内装で、女性従業員が飲食以外のサービスも提供する店)や風俗店とつながっていることが少なくない。なぜなら少女や女性に所属のメン地下に貢がせたり、「メンズコンカフェ」(メン地下たちがホスト役をつとめるコンセプトカフェ)で多額の金を使わせたりしたうえで、コンカフェや風俗店を紹介して彼女らを働かせるというのが新たな性搾取の手口の一つだからである。
23年4月、東京・新宿歌舞伎町にあるメンズコンカフェの従業員の男が、風俗営業法違反で逮捕された。男は18歳の少女2人に声をかけてつながり、一人の少女は性売買で稼いだ9カ月分の売り上げ約50万円を、もう一人の少女は約5カ月間で30万円のシャンパンを含む約33万円をこの店で使わされていた。この店は21年7月にオープン以降、月々1000万円ほどの売り上げがあり、警察はそのうち8割程度を20歳未満への酒類提供などによるものとみている。
5月に摘発された歌舞伎町の別の店では、16歳の女子高校生を2度にわたって午後10時以降に入店させ、1本40万円のシャンパンを頼ませるなどして、約85万円を請求したことで店長や従業員が逮捕された。
また、1月にはメンズ地下アイドルの男2人が警視庁に逮捕される事件もあった。彼らはそれぞれのファンだという2人の17歳少女に対し、18歳未満と知りつつわいせつな行為をした疑いをもたれている。被害は複数回にわたり、少女2人はどちらも自分が「推す」容疑者に恋愛感情を抱き、「推し活」としてグッズ購入などに約50万円、約300万円を使ったと報じられている。
このように少女たちへの性加害に対して、警察も少しずつ動くようになってはいる。とはいえ中学生の少女がメンズコンカフェで50万円を使わされ、その支払いのため性売買させられていた事件でも店の男は「少女と性行為をした罪」でしか起訴されず、未成年者と知りつつ多額の金を使わせたり、色恋営業で詐欺を働いたり、性売買に誘導したりということでは捕まえられていない。少女たちが体を売ったり、大金を使うことも「彼女たちが自分の意思でやったこと」と責任のがれができる構造を、メン地下やコンカフェ経営者、性売買業者らが作っているのだ。
今回の事件においても、当のメンズ地下アイドルやその所属事務所が警察から事情聴取を受けた。しかし、特に問題にはならなかったとのことである。
お金がないと彼との関係を維持できない
常滑市の事件で被告人の女性は妊娠に気づかず、「毎年夏バテするので、今回も夏バテかなと思っていた」と供述したという。妊娠に気づくこともできない状態だった彼女が、共用トイレの中で一人きりで出産した。どれだけ怖く、孤独だったか想像するだけで胸が痛む。
そうして生まれた赤ちゃんは死産だった。捜査関係者によると、赤ちゃんの体重は2000~2500gと新生児の平均体重より軽く、早産だった可能性もあったという。「生理が来ないな」と思った時に、いち早く病院へ行けていたら女性は産む/産まないの選択ができ、赤ちゃんも亡くならずに済んだ可能性もある。でも彼女には病院へ行けるだけの金も、健康保険証もなかったという。
法廷での「誰かに連絡しようとは思いませんでしたか?」との問いに、「自分の中でも何が起こっているか分からず、携帯料金も支払えていなくて、連絡できる状況ではありませんでした」と答えた彼女。病院を受診することもできず、相談できる人もいない中、突然の出産で死産となってしまった。彼女は死体遺棄で有罪となり、決して赤ちゃんを殺害したわけではないけれど、ネット上では「子どもを殺した」と誹謗中傷されている。
当時の生活状況について、「自分の趣味にお金を使い、電気やガスも止まっていた」とも答えている。そうした彼女の金銭感覚を責める声も多く上がっているが、その前に背景にも目を向ける必要がある。
ホストやメン地下などに色恋営業をかけられ、「キミのことが好き」「大事だよ」などと騙される中で、女性が「お金を使わないと彼との関係を維持できない」「もっと頑張らないと彼に嫌われてしまう」と考えたり、その男性を応援することだけが自分の生きがいのように感じたりすることはよくある。彼女についても、自分の生活より「推し」の男に金を使うことを最優先しなければという思考になっていたのかもしれない。
本人は「趣味」と言ったとしても、本当にそうなのだろうか? ホストクラブやメン地下、メンズコンカフェなどでの散財を「推し活」「趣味」とメディアも報じることで、少女や女性たちに「趣味だから」「好きでやっていることだから」と納得させ、自己責任を内面化して性売買に自ら向かうよう誘導する。これは、洗脳による搾取の手口でもある。
彼女は「流されて」犯行におよんだのか?
虐待があったり、頼れる家族がいなかったり、生活費がなかったり、とさまざまな事情を抱えて性売買せざるを得ない状況にある女性は多くいる。そして、性売買に染まると「癒しが必要だ」とホストクラブやメンズコンカフェに誘われる機会も多くなる。性売買に関わっていなくても、初めは「お金を使わなくていいから」「初回は1000円だけだから」などと、街やSNSで業者の男たちが女性に声をかけてくる。
そこで女性に借金を背負わせたり、男性を応援するのに金が必要だと思わせたりしていく。彼女らはより多くの金を性売買で稼げるようにと美容整形や豊胸を勧められ、さらに借金がふくらんでいく。すると今度は闇金業者や買春者らが、借金の返済や生活苦に乗じて近づき、「お金を貸す」と言って見返りにさらなる性売買を行わせる。
やがて電気やガスが止まり、家賃滞納で住居も失うと、「うちに住めばよい」と言って住まいを提供して逃げられなくする。そうして返済が滞ると、「家族や友人にばらすぞ」などと暴力や言葉で脅しをかけ取り立てる。中には障害を持っていたり、貧困や虐待などを背景に、性売買するしか選択肢がない女性もたくさんいる。
再び常滑市の事件に話を戻すと、彼女は死児を出産した後、マンションの自室に戻り赤ちゃんの遺体を浴室に置いたという。「現実を受け止めきれず、視界に入れたくないと思った。見えなくなればどこでも良かった」と供述している。その後、母親に相談しようと実家へと向かったが、家族と顔を合わせたら「怒られるのでは……」と思って話せなかったという。そもそも相談できる人がどこにもなかったから、ここまできてしまったのだ。
彼女は赤ちゃんを実家の花壇に埋める際、くるんでいたタオルを取ることができず、顔も見られず、「私でごめんね……育ててあげられなくてごめんね……」と罪悪感を覚えたという。直視できないというのは、その現実の重さを感じていたからではないだろうか。
裁判官は「出産した時、自分の部屋に戻った時、実家に行った時……やり直す機会はいくらでもあった。目の前の現実を見たくない気持ちは分からなくもないが、流されすぎではないか」「心配なのはこれから。また状況に流されて楽な方を選んでしまうのではないか?」と問いかけたという。
私は、彼女が「流された」「楽な方を選んだ」とは思えない。彼女は一人で耐えること、自分だけで問題解決することを選ばされた。それしか選択肢がなく、ずっと一人で抱えてきたのではないか。女性を貧困に陥らせて、一人ぼっちにさせて性売買に追いやり、心身を傷つけて、今回のように犯罪者にする。そういう社会構造がこの国にはある。むしろ何も考えていないのは、彼女を妊娠させた男だが、その責任が問われることはない。
女性を妊娠させ、孤立させた社会の闇
性売買をする女性たちは、毎日複数の男性たちからレイプされ続けるような状況の中で生きている。金にものを言わせた性行為は、一番簡単な支配方法なので、買春者はここぞとばかりに無理な要求をつきつける。「生」(コンドームなどを使わない性交)や「中出し」(生挿入のまま膣内射精すること)などはその典型例だ。
裁判官は「風俗店で避妊をせずに妊娠した」と言う。しかし性売買の現場を見ると、妊娠経験のない人のほうが少ないのではないかと思うほど、中絶や妊娠出産を繰り返している女性は多い。それも1度や2度ではない――といううこともよくある。
性売買によって妊娠しても、誰にも相談できずにいる女性は多い。経済的な理由で病院にも行けない。そうして妊娠したことを受け止められないまま、路上で出産に至る女性が多いことも私たちは知っている。妊娠について正しい知識を教わる機会のないまま性搾取されていたり、避妊薬が買えなくて悩んでいたりする、そんな女性たちに「ピルをやるから中出しさせろ」と言ってレイプする男性もいるが、彼女たちはむしろそのことに感謝してしまうほど孤立している。
出産したての赤ちゃんを施設に預け、路上に戻って来て性売買をしている女性と出会うこともある。借金があるから、家賃を払わないといけないから、男に渡さないといけないから、それしか自分にはできることがないから――と、すぐに戻ってくる。男たちも気にしないどころか、妊婦風俗や母乳風俗で働かせる。お腹の大きい妊婦をレイプしたり、母乳を飲んだり、それすら売り物になるのが今の日本社会だ。
確かに日本社会は、売春防止法でいわゆる「本番行為」を禁止している。しかしそれは建前であり、たくさんの女性が性売買で妊娠している。買春者のほうも、責任を問われないことを知っているから「生」「中出し」をする。スカウトなどの斡旋者や斡旋業者の責任も問われない。勝手に女性が「本番」をしたのだと言い逃れし、自分たちは知らなかったと被害者面できるようになっている。
それを警察も司法もわかっていて、女性だけが批判されたり処罰されたりすることが繰り返されている。売春防止法の「勧誘罪」でも、捕まるのは常に女性だけである。私はある警察官から「警察は女性を捕まえることしかできない。だから、あなたたち支援者の活動に頼るしかない」と、はっきり言われたこともある。
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そうして、似たような事件は今も全国で繰り返し起きている。
23年1月、大阪市で住居不定・風俗店従業員の33歳の女が、路上で出産した女児の遺体をかばんに入れてコインロッカーに遺棄したとして逮捕、起訴された。彼女はビジネスホテルを転々としつつ毎月約35万円の給料をホストクラブで使い、交際していたホストにも借金があった。これまでに死産を含めて12回出産し、子どもを施設に預けているが、今回は家がなく保険証も切れていて病院に行けなかったという。
札幌でも、風俗店で妊娠した女性が子どもを遺棄する事件があった。この女性は22年5月に札幌市内のホテルで赤ちゃんを出産し、直後に湯を張った浴槽に沈めて窒息死させたうえ、遺体をクーラーボックスに入れてコインロッカーに放置。殺人と死体遺棄の罪に問われ、懲役5年の実刑判決が出た。彼女の弁護団は「風俗店で男性客に無理やり性行為をされ妊娠。生まれた赤ちゃんを目の当たりにして混乱し、極度に疲弊した状態で、自分をコントロールする能力が低下していた」「ADHDグレーゾーンなどの被告の知的能力の影響で誰にも相談できずにいた」と主張しているそうだ。
これ以上、こうした悲劇を繰り返さないためには、性売買に関わる女性に自己責任を押し付けるのではなく、背景にある性搾取の構造を理解して、それらを変えるよう行動することである。まずは買春者や業者を処罰する法律などを整備し、性売買せざるを得ない状況にある女性たちにそこから抜け出すための具体的な選択肢を提示して、関係を作り、支えることが必要だ。
Colaboの活動がどうゆうものであるのかが理解いただけるのではないだろうか。