週のはじめに考える グレタとカッサンドラ
東京新聞社説 2019年10月27日
大通公園を歩きながら、かう考へた。安全を優先すれば理屈が立つ。気温を考へれば頷(うなず)ける。準備の急を思へば心配だ。とかくに酷暑は御しにくい…。
いや、無理やりな『草枕』冒頭のまねごと、失礼しました。国際オリンピック委員会(IOC)が突如、東京五輪のマラソン、競歩競技の会場変更を打ち出した直後に、たまたま札幌を訪ねる機会があったのです。
東京都にはなお別案もあるようですが、もし札幌になるなら、コースは例年行われている北海道マラソンのそれが基になるとか、札幌ドームが発着点になるとか、臆測が飛び交っています。
◆夏季五輪→冬季五輪
北海道マラソンで発着点になるのが大通公園。レースのスタートの際にはカウントダウンが表示されるというテレビ塔を見上げながら、世界のトップランナーが北の大地の冷涼な空気を切って疾駆する様を思い浮かべてみます。確かに東京に比べれば夏は涼しい。選手もずいぶん走りやすかろうとは思いました。
もっとも実際には既に十月も下旬、もう、上着を着ていても寒いくらいで、あちこちで、初雪の前触れともいわれる雪虫も盛んに飛んでいました。
寒いのも道理、考えてみれば札幌は一九七二年に「冬季五輪」を開催したところです。今回の一件とは、つまり、「夏季五輪」の競技が「冬季五輪」の地に移動するという話。
かつてどこかで見た、ある種の列島地図を思い出しました。確か果樹の…。
後で調べてみて、多分これだと思ったのは、十年以上前に農研機構がまとめた、リンゴとウンシュウミカンの「栽培適地移動予測」でした。
◆リンゴ産地→ミカン産地?
赤で示されたリンゴの栽培適地(年平均気温が七~一三度)の分布地域は、当時と二〇六〇年代の予測を比べると、かなり北へと移動します。九州など西日本にも大きく広がる現在の適地の赤はすっかり消えうせ、長野県中部辺りが南限に。逆にウンシュウミカンの適地(同一五~一八度)は西日本の太平洋岸など限られたエリアから、ぐんと北へと広がり、新潟や東北にまで及んでいます。
予測当時から十年以上たち、どこまで進んだのかは分かりませんが、じりじりと移動は続いているでしょう。この五月には、現在の北限より北の福島県で露地ミカンの試作が始まったことなどを、日本農業新聞が「かんきつ産地 北へ」と題した記事で伝えていました。リンゴ農家がミカン農家に変わる-。どこかの時点で、そんなことも起きるのかもしれません。ちょうど、夏季五輪の競技が冬季五輪の地で行われるみたいに。
移動と言えば、サンマのことも思い浮かびます。今秋ほど、サンマが話柄になった秋はありますまい。「食べた」という者あらば、羨望(せんぼう)とも猜疑(さいぎ)ともつかぬ「え、生ですか?」という反応があったりして、まあ、まるで高級魚の扱いです。
ご案内の通り、サンマは記録的な不漁なのです。例年の漁場でのあまりの不調に、遠い海域にまで船を出した漁船が転覆、八人の死者・行方不明者が出るという痛ましい事故も起きました。
北海道東方沖の海水温の上昇でサンマの漁場が移動したことも要因では、といわれています。それだけでなく、マラソン会場の移動も、果樹の適地の移動も、背景にあるのは、やはり例の地球温暖化。甚大な被害をもたらした15号や19号など、昨今の台風の強大化もしかりです。
わが国の、ほんの最近のことだけでも、かように温暖化の深刻化を示す事態が起きているのです。これは、もう自然のサインなどという言い方では控えめすぎる。警告そのもの、でしょう。
響いてくるのは、これも最近、国連の気候行動サミットで世界中の大人をしかりつけたスウェーデンの少女グレタさんの声です。「あなた方は、私たちの声を聞いている、緊急性は理解している、と言います。しかし、私はそれを信じたくありません。もし、この状況を本当に理解しているのに行動を起こしていないのなら、あなた方は邪悪そのものです」
◆少女と王女の抗議
なぜ警告を信じ、行動しないのかといらだつ彼女に、いささか突飛(とっぴ)ですが、ギリシャ神話に登場するトロイアの王女カッサンドラが重なりました。予言の力を与えられたのに、誰にも信じられないよう呪いをかけられた予言者-。
あの「木馬」が破滅につながると予言し、罠(わな)だと抗議した王女に誰も耳を貸さなかったトロイアはその後、どうなったか…。私たちはグレタさんをカッサンドラにするわけにはいきません。
環境を破壊するオリンピックは中止を!
そのぐらいの「決意」がいま求められている。
グレタ・トゥンベリ9/23 @国連 気候行動サミット 2019