田中淳夫 | 森林ジャーナリスト
YAHOOニュース(個人) 1/25(月)
現在のまま大気中に温室効果ガス(主にCO2)が増え続けると、地球上に大規模な気候変動がもたらされることは必定とされている。
それを防ぐために結ばれたのがパリ協定。2030年までに気温上昇を少なくても1・5度以下にすることが求められ、そのために温室効果ガスの排出をいかに減らすかが世界各国の課題だ。その対策の中でも、森林生態系は重要な役割を担っている。
たとえば日本の場合、2030年度の排出量を2013年度の水準から26%削減するという目標を立てた。このうち約2780万CO2トン(2.0%)を森林吸収量で確保する計画だ。日本の計画は森林吸収分に期待するところ大なのである。
だが森林の吸収分について、重大な指摘がアメリカの研究者チームよりなされていた。森林のCO2を吸収する能力そのものが、温暖化によって大きく落ちる可能性を指摘しているのだ。
高温で光合成能力が低下
アメリカの科学誌サイエンス・アドバンシズに掲載(1月13日)された論文「How close are we to the temperature tipping point of the terrestrial biosphere?」によると、気温が一定以上に上昇すると、植物のCO2吸収能力が低下するという。能力が低下する限界温度は地域や植物の種類によって異なるが、現在予測されている温暖化の気温のままだと、21世紀末には地球上の植物の約半分が、CO2を吸収するどころか逆に排出するようになるという。
そんな予測を出したのは、北アリゾナ大学キャサリン・ダフィ氏率いる研究チームだ。熱帯雨林や亜寒帯林などの森林のCO2吸収能力が、2050年までに45%以上低下する恐れがあると指摘。「気温が臨界点に達するのは今後20~30年以内」と警告した。
現在、人間の活動で排出されるCO2の30%を森林など陸上の生態系が吸収しているとされるが、もし「CO2吸収源」が「発生源」に変わってしまえばパリ協定の目標の達成は(今でも厳しいとされるが)極めて難しくなるだろう。
詳しい研究内容は原文を読んでいただくとして(正直、専門的すぎて内容を理解するのは大変)、理屈そのものは簡単だ。
森林がCO2を吸収するのは、大部分を占める植物が光合成を行うからである。葉っぱなどに含まれる葉緑体で行われる光合成の反応で、CO2と水などから有機物を作り出し、酸素を排出する。
一方で植物は呼吸も行う。こちらは動物と同じく細胞が活動するエネルギーを、酸素を吸収して水とCO2を排出する反応によって産み出す。通常、呼吸と光合成それぞれが吸収・排出する量は、光合成の方が多い。だから植物は「CO2を吸収して酸素を出す」と説明するのである。
光合成の能力は、気温がある程度高い方が強まるが、一定以上になると低下することが知られている。高温すぎると光合成の反応ができなくなるのだ。実際、真夏のもっとも気温が高まる昼下がりの時間には、多くの植物が光合成を抑制することが報告されている。ところが呼吸は、どんな植物も高温になればなるほど増加し低下しない。
光合成の能力が落ち、呼吸量は増すと、CO2は吸収より排出する方が多くなる温度があるのだ。その臨界点が問題だ。地球温暖化が進むと、植物の中には臨界点を超える気温になるものが増える。すると森林全体ではCO2を出すことになりかねない。
土壌もCO2発生源に
なお、これは今回の研究とは別だが、以前より気温が上昇すると、土壌中の有機物の分解が早まるという指摘はあった。森林は炭素を貯蔵しているとされるが、それは何も樹木など地上などに生えた植物体だけではない。むしろ土壌内に、落ち葉などが蓄積されて生まれた腐葉土などの有機物を多量に蓄積されている。
これは温帯林、亜寒帯林で顕著だ。土壌の層は数メートルから数十メートルの厚さになるが、そこに含まれる有機物の炭素量は膨大だ。落ち葉などが微生物などに分解されるには長い年月がかかるため、蓄積されていくからだ。その点、熱帯雨林では土壌層は非常に薄い。だいたい数センチしかない。もともと気温が高いため、落ち葉などの有機物はすぐに分解されるからである。
温暖化が進めば、微生物の活動も活発になる。すると土壌に含まれる有機物の分解速度が早まる。熱帯雨林なみになるかもしれない。そして有機物の分解は微生物の呼吸作用であり、CO2の排出を意味する。
温暖化が進むことで、温帯や亜寒帯の森林の土壌から大量のCO2が排出されるようになりかねないのだ。
温暖化対策の重要なファクターであった森林が、温暖化ゆえ植物の光合成能力が落ち、呼吸も増えるのに加え、微生物も活発に有機物を分解する……その結果、光合成で吸収する量を上まわるCO2が森林から排出される、それがまた温暖化を促進する……としたら、まさに悪夢だ。
もしかしたら気候変動を引き起こす気温のティッピングポイント(後戻りできず、急速に全体に広がる臨界点)は、これまでの推定以上に低いのかもしれない。
田中淳夫 森林ジャーナリスト
日本唯一にして日本一の森林ジャーナリスト。自然の象徴の「森林」から人間社会を眺めたら新たな視点を得られるのではないか、という思いで活動中。森林、林業、そして山村をメインフィールドにしつつ、農業・水産業など一次産業、そして自然界と科学(主に生物系)研究の現場を扱う。自然だけではなく、人だけでもない、両者の交わるところに真の社会が見えてくる。著書に『鹿と日本人 野生との共生1000年の知恵』(築地書館)『森は怪しいワンダーランド』『絶望の林業』(新泉社)など多数。Yahoo!ブックストアに『ゴルフ場に自然はあるか? つくられた「里山」の真実』あり。最新刊は『獣害列島』(イースト新書)。
今日の散歩道。(冬のソナタ江部乙編)
午前中、納屋の雪降ろし。2.3年前なら1日仕事だったけど、3.4日かかりそう。