護憲ってカッコイイ 若者が主婦が…憲法の価値再発見
毎日新聞 2015年06月29日 東京夕刊
「護憲デモはカッコイイ」「憲法理念は新しい」。憲法解釈変更による集団的自衛権の行使を可能にする安全保障関連法案を巡り、国会で熱い論戦が交わされる中、国会の外では従来の護憲運動とはひと味違ったニューウエーブがうねりを見せている。「国際情勢の変化に対応できない憲法」と指摘する安倍政権に反論し、その価値を自分たちの言葉で発信し始めた若者や主婦、紛争地で活動する国際ボランティア団体などだ。憲法のどこが「再評価」されているのか−−。【堀山明子】
◇「自由と権利、不断の努力で」「平和的生存権」…だから私は訴える
若者でにぎわう東京・渋谷で週末の14日夕方。百貨店が密集する交差点でヒップホップ系音楽に合わせ、ラップ調の叫びが響いた。「ヘリクツこねるな」「命を守れ」。太鼓のリズムに合わせ、踊るように練り歩くのは、安保法案に反対する若者デモ。安保法案の国会論戦前に目標にした1000人を大幅に上回る約3500人(主催者発表、以下同)が参加した。
共産党青年組織に加え、大学生団体など十数団体が企画。衆院憲法審査会で与党推薦の憲法学者を含む3人全員が法案を違憲と述べた4日、中谷元防衛相が「憲法を法案に適応させる」と答弁した翌5日あたりを境に、無党派学生の参加表明が急に増えたという。
主催団体の一つ、「若者憲法集会」事務局の田中悠さん(34)は「憲法を無視する安倍政権は99条の憲法順守義務違反。憲法そのものが否定されているという危機感が若者に広がった表れだ」と手応えを語る。
田中さんが指摘する憲法99条には、天皇、政府閣僚、国会議員や裁判官、公務員は「憲法を尊重し擁護する義務を負ふ」と書かれている。国民は明記されていない。憲法前文で主権在民が宣言されており、国民は自由と権利を行使する主体だからだ。一方、12条では国民に自由と権利を「不断の努力」で保持するよう求めている。つまり、主権者である国民は、政府に憲法を守らせ、民主主義を維持するのが憲法理念。安倍政権の解釈改憲は、国民と政府の主従関係が逆転しているのではないかと、若者は敏感に感じ取っているのだ。
若者デモで大きな役割を果たしたもう一つの団体は、2013年12月に成立した特定秘密保護法に反対した無党派の大学生ら100人余が、安保法案反対で5月に再び集まって結成した「SEALDs(シールズ)」だ。団体名は「自由と民主主義のための学生緊急行動」を意味する英語の頭文字。「デモはカッコイイと思わせる」のがモットーで、理想の民主主義を語る熱いスピーチの映像をネットに流し、新しい運動スタイルを目指す。6月から毎金曜日夜に国会前で続ける集会は、19日、26日には2500人にのぼり、政治を避けていた若者の主権意識を目覚めさせた。
19日夜、小雨の続いた集会。「水着を買うついでに国会デモに来ました」「立憲主義もわからない政府に自由を奪われたくないんです」と、女子大生が相次いでスピーチした。集会で叫ぶコールは「民主主義って何だ」「何だ」とかけ合う。どのスピーチも叫びも、憲法や安保法案の勉強会を繰り返しながら一人一人が考えた表現だ。「護憲を型通り叫ぶのはダサい。参加者それぞれが自分の言葉にしてこそ、国民の『不断の努力』の意味がある」。中心メンバーの明治学院大4年の奥田愛基さん(23)は、立憲主義の危機だからこそ、若者の努力を表現したいという。
神奈川県の市民団体「憲法9条にノーベル平和賞を」実行委員会も、主権在民をどう実現するか、自問しながら安保法案反対の声を上げている。ノルウェーのノーベル賞委員会から9日、今年も「憲法9条を保持している日本国民」を候補に決定したという通知が届いた。ノミネートは昨年に続き2回目。昨年受賞を逃した後、受賞対象を特定の護憲団体や個人に変えたほうが受賞しやすいとの指摘もあった。しかし議論の末、「国民」のまま再申請した。共同代表の石垣義昭さん(73)はこう語る。「ノーベル賞が憲法を守ってくれるわけではない。国民自身が憲法の価値に目覚め、9条を生かした国づくりの一歩にしたいと考えました。安保法案で憲法が厳しい状況にあるだけに、再ノミネートは意義深いですね」
実際、実行委は運動の中で「平和的生存権」の価値に気づいた。憲法前文の「全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利を有する」とある一文だ。国連人権理事会では08年から、国連加盟国にこの権利の立法化を求める決議を採択できないか議論が続いている。実行委は8日、この動きを支持する署名を始めた。
9条に平和賞を与える運動を提案した主婦、鷹巣直美さん(38)は「世界が日本国憲法を評価し、その水準に追いつこうとしている時に、憲法は時代遅れと言われ本当に悔しい」と、9条とともに平和的生存権を広めたいという。
武力による紛争解決を放棄した憲法9条に基づく日本の対話努力は、紛争地で好感を持たれていると再評価する動きも出ている。
日本国際ボランティアセンター(JVC)、日本イラク医療支援ネットワーク(JIM−NET)など数団体の代表は7月2日、東京・築地本願寺で、安保法案に反対する国際ボランティア組織でつくる「非戦ネット」を再結成する予定だ。02年に対テロ戦争と武力攻撃事態法に反対したネットワークが、安保法案反対のため再結集するものだ。
メンバーに加わるヒューマンライツ・ナウの伊藤和子事務局長は「対テロ戦争の現場では、テロリストが民間人に紛れているという前提で米軍などによる無差別攻撃が容認され、多大な民間人被害を生みました。その結果、地域の対米感情が悪化し、報復の連鎖や泥沼の紛争を招いています。この15年で武力が平和を生まないことは明らかになりました。テロを根絶するには、対話を積み重ねるしかないのです」と指摘する。
武装勢力にも対話努力が通じるのか。日本が試みた事例はある。12年に同志社大がアフガニスタンのタリバン幹部を招いて和平会議を主催した際、日本政府は彼らにビザを発給した。アフガンへの武力攻撃に加担した欧米が動けない中、日本だからできるユニークな努力として注目された。
「平和憲法に基づいて日本が対話努力、中立的な支援をしたことはアフガンのNGO関係者には知られているんですよ」。05〜12年にアフガンで医療支援活動を行っていたJVCの長谷部貴俊事務局長はこう解説し、力説する。「自衛隊が何をしたら違憲かという議論だけでなく、日本が取り組んだ非戦の対話努力がどんな効果をもっているか、前向きに議論することが大切ではないでしょうか」
憲法を再評価する人々は、国民が政府や世界にどうすればパワーを発揮できるかを、憲法前文や条文の端々で見つけた。集団的自衛権を巡る安保論議では脇に置かれがちな民主主義の原点を再発見し、生活の中で実践している。