そんな彼の足元を揺るがすことになるのが自分と同じ顔をしたリジェネ・レジェッタとの出会いだった。ここでティエリアは初めてイオリア計画のために作られた人造人間は自分一人ではないと知った。
かつてはヴェーダの一番深層の情報にもアクセスが可能だったと思っていたのが、自分にはガンダムマイスターであるゆえに情報規制がかけられていた─実はイオリア計画の根本など知らされていなかった、ティエリアたちが目下敵対している悪の根源たる(はずの)アロウズもイオリア計画の一部であり、むしろ今ではガンダム4機を含めたプトレマイオスクルーの行動こそがイオリア計画の邪魔者になっている、などの衝撃的な事実がたたみかけるようにリジェネの口から明かされることになる。そのうえで「共に人類を導こう。同じイノベイターとして」とリジェネが誘いかけた言葉にティエリアは大きく動揺する。
ティエリアの中の先天的部分─イノベイター(イノベイド)としての彼がリジェネの誘いに強い魅力を感じる一方で、後天的部分─プトレマイオスクルーとの触れ合いの中で培われた人間としての心が激しい反発を覚えてもいる。葛藤するティエリアの精神の拠り所となったのは、ここでもやはり今は亡きロックオンだった。
「そうやって自分を型にはめるなよ」「四の五の言わずにやりゃいいんだ」。およそ論理的とは言い難い、昔のティエリアなら歯牙にもかけなかったろう単純な言葉が、その単純さ、感情に素直であるがゆえにティエリアの気持ちを明るく照らしてくれた。
それでもイオリア計画の〈正しい〉遂行者であり、〈同類〉であるイノベイターたちに完全に背を向けるにはまだ躊躇いがあった。その躊躇いを払拭させたのがアロウズの上層部が出席するという経済界のパーティーに潜入して、アロウズの黒幕にしてイノベイターたちのリーダーであるリボンズ・アルマークと対面したことだ。
(この時ティエリアが偵察役に名乗りを挙げたのにラッセが〈正体が知られてるかも〉と難色を示したのに対し、「俺がバックアップに回る」とフォローしたのが刹那だった。ここでも〈歪み〉に積極的に突っ込んでいくのは刹那とティエリアの二人なのである)
ここでティエリアはリボンズの口から彼がヴェーダを掌握している(のみならずティエリアからヴェーダのアクセス権を奪ったのはリボンズであるらしい)こと、本来ソレスタルビーイングは4年前に滅んでいるはずだった(イオリア計画の捨て石だった)ことを突きつけられ、後者はイオリアからトランザムシステムを託されたことをもって否定したものの、「君は思った以上に人間に感化されているんだね。あの男に心を許しすぎた・・・ロックオン・ストラトスに」との言葉に完全に逆上する。
なぜリボンズがティエリアのロックオンに対する強い思い入れを知っているのか不思議なところだが、ここでわざわざロックオンの名前を出したこと、加えて「計画遂行よりも家族の仇討ちを優先させた愚かな人間」とロックオンを貶めるに至っては、ティエリアを怒らせるためにやっているとしか思えない。
リジェネは半ば本気でティエリアを仲間に引き入れる気持ちがあったようにも思えるのだが、リボンズはティエリアを仲間にするつもりは全くないようだ。ヴェーダ、ソレスタルビーイング、ロックオンというティエリアが執着する三大テーマに全て言及したあげく、最重要のロックオンを念入りにあげつらったのだから。
ともあれまんまとリボンズに煽られるまま彼に発砲し、潜んでいた第三のイノベイター、ヒリング・ケアに阻まれたティエリアは華麗に逃亡、前後して現場から脱出した刹那に「見つけたぞ、刹那。世界の歪みを」と語り、イノベイターをはっきり敵と見なすようになる。
とはいえその「歪み」の正体がヴェーダの生体端末・イノベイターであること、彼らがアロウズを影から操る真の黒幕であるといったことは刹那にも他メンバーにも何も語っていない。
真の敵が何者なのか、スメラギにすら知らせないのは計画立案に支障を生じるかもしれないとわかっていても、イノベイターについて語れば自分自身もイノベイターであることに触れざるを得なくなる。それで周囲の自分に対する目が変わるのが怖ろしかったのだ。
しかし衛星兵器メメントモリによるスイール王国首都攻撃とそれによる250万人の死に激怒したティエリアは迷いを払拭し、皆にイノベイターの存在について伝えた。
ここでようやくティエリアは完全に腹が決まったのだろう。その後地球で新型モビルスーツに乗るイノベイター(ブリング・スタビティ)から「我々とともに使命を果たせ」「討つというのか、同類を!」と〈同じイノベイター〉として呼びかけられた際には「僕は人間だぁっ!」と応えている。この時点でティエリアの心は真に人間になったのだ。
ところがセカンドシーズンのクライマックスというべきヴェーダ奪還作戦において、ヴェーダ本体に侵入したティエリアはそこで出会ったリボンズ・アルマークに「僕たちはイノベイターの出現を促すために人造的に作り出された存在―イノベイドだ!」と言い、肉体は死んだもののヴェーダと完全リンクを果たした後には刹那に「僕はイノベイター、いや、イノベイドでよかったと思う。この能力で君たちを救うことができたのだから」と語る。
自分は人間だと言ったティエリアがイノベイドである自分を自然に受け入れている。後者はヴェーダのアクセス権を取り戻したことによるトライアルシステム発動で他メンバーの戦いをサポートしたあとなので〈大事な仲間の役に立てるなら自分が人間かどうかは大した問題じゃない〉という心境に至ったものとして理解できるが(先にイノベイターの存在を仲間に明かしたさい、結局ティエリアは自分もイノベイターであることを皆に話していない。スメラギが「あなたは私たちの仲間よ」の一言で彼が辛い告白をしなくて済むよう気遣ってくれたからだが、したがって刹那はティエリアもイノベイターとは知らないはず。いきなり「イノベイドでよかったと思う」とか言われて驚いたんじゃないか。まあ真のイノベイターとして覚醒した刹那だから、そのあたりはとっくに勘づいているはず、とティエリアは考えたのかもしれない)、前者はまだヴェーダとのリンクを復活させる前の台詞である。
なぜこの時点でティエリアは、イオリアがイノベイター(イノベイド)を作った意図についてイノベイターの長であるリボンズを相手に、ああも確信をもって話しているのか?このあたりの謎はまた改めて考えてみたいと思う。