「変革」の最初の兆しが現れたのは、ダブルオーの支援機であるオーライザーが完成・搬入され、ダブルオーとのドッキングテストの際にトランザムを始動させた時だ。理論値を遥かに超える大量の粒子が生産・放出され、周囲にいた脳量子波の能力者――マリー、ティエリア、アレルヤの内なるハレルヤがその影響を受けている。
ただこの時点では現象の起点にいたはずの刹那はイアンたち同様ツインドライヴの真の性能に驚いているだけで、彼自身がマリーたちのように何かを感知している様子はない。ここではまだ後のイノベイター・刹那は目覚めを迎えていないのだ。
次はソレスタルビーイングの秘密基地がアロウズの襲撃を受けての戦闘時である。沙慈が操縦して運んできたオーライザーとドッキングし、トランザムシステムを発動させた際に初めて刹那は「ここにいる者たちの声が」直接脳に響く〈白い世界〉を体験する。
ただそれは沙慈やアロウズの一員――敵としてその場にいたルイス・ハレヴィも一緒で、その後すぐリヴァイヴ・リバイバルと戦った時に一瞬脳に響く声で直接対話したのも機体が量子化したのも、ダブルオーライザーの能力なのか刹那自身の能力なのか(乗り手が刹那以外だったとしても同じ現象が起きたのか)判然としていない。
その次はサーシェスに右肩を撃たれながら負傷を押して彼と交戦した時。トランザムを発動する前から傷のゆえにか半ばトランス状態に陥りつつ戦っていた刹那は、トランザム時に再び機体を量子化させ、サーシェスに止めを刺そうかというタイミングでマリナの声を感知する。
その後アフリカタワーでブシドーと戦った際もトランザムを発動させて瞬間移動のような動きを見せているが、これは機体を量子化させたものか単にトランザム下での高速移動なのか微妙なところだ。メメントモリ二号機の破壊ミッションでもトランザムライザーになっているが機体の量子化も声が直接脳に響く現象も起こっていない。
この破壊ミッションに続く「ブレイクピラー」から四か月後、刹那はメディカルチェックの際にサーシェスに負わされた銃創による「細胞の代謝障害」が「きわめてゆるやか」だと医療担当のアニュー・リターナーから聞かされる。これまで全てトランザムライザーの媒介のもとで特殊な能力を発揮してきた刹那が、機体と関係なく初めて自身の身体に変化を生じたのがここである。
少し後で、リボンズもとっくに細胞障害で死んでいておかしくないはずの刹那が平気で戦場に出てきていることに疑念を持ち、彼が純粋種のイノベイターとして覚醒しつつあるのを察する。この〈細胞障害の進行がゆるやか〉というのが刹那の身体的な意味でのターニングポイントだったろう。
その後はアニュー・リターナーの裏切りと死の騒動後に一瞬両目が金色に光るのを沙慈に目撃され(刹那本人は自覚してなさそうだが)、ブシドーとの戦いの中で〈白い世界〉に入った時にもやはり両目の虹彩が金色に光っている。
この戦の経緯を見て「純粋種として覚醒したか、刹那・F・セイエイ」とリジェネは呟いたが、この時点ではまだ覚醒は完全ではない。ブシドーの戦いの際にも刹那はトランザムライザーに乗っていたのに、トランザムバーストが発動してはいない。トランザムバーストの発動=刹那のイノベイターとしての完全な目覚めは少し後のヴェーダ奪還作戦を待つことになる。
ところで、もし刹那がダブルオーに乗っていなかったとしたら、それでも彼はイノベイターとして覚醒しえただろうか。
これは正直難しかったと思う。イオリアがパイロットをイノベイターとして覚醒させることを主な目的としてツインドライヴやトランザムシステムを作ったことはほぼ確実と思われ(詳細は後述)、トランザムライザーのパイロットという条件下になければ刹那の覚醒はなかったか、あったとしてももっと遅れていただろう。
ただ刹那にはイノベイターとなるべき資質は人並み以上に備わっていたかもしれない。先に書いた〈刹那がロックオンや沙慈に銃を向けられても抵抗しない〉件だが、「生への執着の薄さ」だけでなく他の要素も関係しているように思えるからだ。
ロックオンと沙慈の件の他にも、刹那は二代目ロックオン=ライル・ディランディに無抵抗で殴られる場面がある。自らの正体を知らずプトレマイオスの一員となりライルと恋仲になっていたアニューがイノベイター(イノベイド)として覚醒させられ敵に回った時、刹那がアニューの機体を撃ち抜き彼女を死に追いやったのが原因だ。
もし刹那が彼女を撃たなければ確実にライルが殺されていたという状況下であり、兄ロックオンや沙慈のケースと違い完全に逆恨みといってよい。
刹那は事前に「もしもの時は、俺が(トリガーを)引く。その時は俺を恨めばいい」と宣言していたので恨まれるのは承知のうえだったろうが、顔が腫れ血を流しながら相手が疲れるまで殴られっぱなしになる――さらに後日なお気持ちの収まらないライルに後ろから銃で撃たれそうになっても、気づいていながら避けようとしない。
また初めて〈白い世界〉を経験しルイスがアロウズにいることを知った沙慈がオーライザーを勝手に持ち出してルイスのもとへ向かおうとした際も、刹那はそれに気づきながら見逃そうとしている。
トランザムライザーはソレスタルビーイングにとって切り札とも言うべき戦力であり、それを失うことは非常な痛手となる。加えてカタロンの基地から逃げた時のように沙慈が敵方に捕獲でもされてしまえばオーライザーがアロウズの手に渡ってしまうかもしれないのだ。
ライルに無抵抗だった件はともかくも、これを見逃すというのは、ソレスタルビーイングの浮沈に関わることだけに情に流されすぎでは?と思ってしまう。
この情に、というか感情に流されやすい性質を刹那はファーストシーズンからたびたび見せている。偽りの教義で自分を戦士に仕立てあげたアリー・アル・サーシェスと戦場で再会した際にコクピットから出て相手に姿をさらしたり、マリナと初対面のさいには自分がソレスタルビーイングのガンダムマイスターであるとばらしてしまったり――とくに前者はロックオンに殴られティエリアには危うく銃殺されかける程に問題視された。
ロックオンいわくガンダムマイスターの正体は最高レベルの秘匿義務があるとのこと。刹那は仮にも秘密組織の一員としては、こうした決まり事に無頓着すぎるきらいがある。
さらに驚くのはファーストシーズンの最終決戦の後、仲間に何も言わずエクシアごと姿を消してしまったことだ。どうやら4年間自分たちの活動によって変化した世界をあちこち旅して回っていたらしいが、せめて共に戦った仲間たちには自分が生きていることだけでも伝えるべきではないか。
おまけにエクシア、というかオリジナルのGNドライヴまで持ち出してしまうとは。連邦軍やのちのアロウズが用いているGNドライヴはあくまで「疑似」であり、本物のGNドライヴはソレスタルビーイングが所有する5つしかないのである。そのうちの一つを4年間借りっぱなしで半ば私物化していたというのは・・・。
やはり最終決戦で愛機ナドレが大破したティエリアが、死を覚悟した時せめてGNドライヴだけはと最後の力をふりしぼってGNドライヴを機体から外し、生きている仲間に託そうとしたのと比較するとずいぶん自分勝手なように思えてしまう。旅に出るならセカンドシーズン最終回でマリーともども手荷物だけで旅だったアレルヤみたいにすればよかったものを。
もしエクシアのGNドライヴがソレスタルビーイングの手元にあれば、ツインドライヴシステムのマッチングテストはもっと早く成功して、武力介入再開を早めることが―それによって失われる命を減らすことが―できたかもしれないのに。
刹那の方だって左腕を失ったエクシアを彼一人ではろくに直すこともできず、機体自体の古さ(4年以上前の型)もあってアロウズ相手の戦闘ですっかり遅れを取っていた。ティエリアが助けに駆け付けなければ沙慈ともどもあの場で命を落としていたかもしれない。
素直にエクシアとともにソレスタルビーイングに一度帰還していれば、エクシアもちゃんと修理してもらえたし新しい機体(ダブルオー)にももっと早く乗れていただろうに。
ただサーシェスの件では刹那の行動にあれほど腹を立てたティエリアが、刹那が4年間連絡もよこさずエクシアを勝手に持ち歩いていたことを全くとがめず「やはりアロウズの動きを探っていたか。久しぶりだな」と穏やかに挨拶をしている。
映画版など刹那がELSを攻撃しなかった理由を問いただして「わからない」というふざけた応えをもらった時も「(わからないのにそのように行動したということは)イノベイターとしての直感がそうさせたようだな」とむしろ高評価。
イノベイターはきわめて勘が鋭い。ことイノベーターに関しては理屈をあれこれ考えるより直感を信じて動く方が正解となる可能性が高いのだろう。あまり物事を深く考えずその時々の感情で動く刹那は、その意味でイノベイター向きだったのかもしれない。
初めてダブルオーに乗った時も、ツインドライヴのマッチングテストがまだ成功していない機体にイアンが止めたにもかかわらずトランザムで強制起動をかける(先にティエリアがこの方法を提案したさい「オーバーロードして最悪自爆だ」とイアンに却下されている)という無茶をやらかしている。
刹那は成功すると確信していたようだが、その根拠は「ここには0ガンダムと、エクシアと、俺がいる!」であった。それで本当に成功してしまったわけだから、イノベイターとして目覚める前でも刹那のここぞの時の勘は当たっているわけである。
ヴェーダとリンクができなくなり悩んでいたティエリアにロックオンがかけた(結果ティエリアを救った)「四の五の言わずにやりゃいいんだよ。お手本になるやつがすぐそばにいるじゃねえか。自分の思ったことをがむしゃらにやるバカがな」という言葉も「自分の思ったことをがむしゃらにやる」――感じたままに(悪く言えば思いつきで)行動する刹那の〈我がまま〉を肯定していた。
情に流されやすい、考えるより感じることを重視する性格が、刹那が人類初のイノベイターとして覚醒するために有利に働いたのではないかなと思ったりするのである。