読んで、観て、呑む。 ~閑古堂雑記~

宮崎の某書店に勤める閑古堂が、本と雑誌、映画やドキュメンタリー、お酒の話などを、つらつらと綴ってまいります。

映画への多様な興味を掻き立ててくれる『死ぬまでに観たい映画1001本 第四版』

2020-05-01 23:48:00 | 映画のお噂


『死ぬまでに観たい映画1001本 第四版』
スティーヴン・ジェイ・シュナイダー総編集、野間けい子翻訳、ネコ・パブリッシング、2020年


地球から打ち上げられた砲弾型のロケットが、人間の顔をしている月の片目に突き刺さるというシーンで知られている、ジョルジュ・メリエス監督によるSF映画の原点『月世界旅行』(1902年)から、白人至上主義団体KKKのメンバーとなった黒人警察官の実話を扱った、スパイク・リー監督の『ブラック・クランズマン』(2018年)まで。映画の歴史を彩ってきた膨大な数の作品の中から厳選された、「死ねまでに観ておきたい」必見の名作・傑作・問題作1001本を、9ヵ国76人の映画評論家・研究家から寄せられた文章で紹介していく映画ガイドです。
960ページという分厚さ、そのうえオールカラー印刷の大部な本ということで、定価も本体4800円と少々値が張るのですが、パラパラと拾い読みするだけでもまことに愉しく、紹介されている映画をいろいろ観てみたいという気にさせてくれます。

『駅馬車』や『風と共に去りぬ』(いずれも1939年)『市民ケーン』(1941年)『天井桟敷の人々』(1945年)『第三の男』(1949年)『ローマの休日』(1953年)『十二人の怒れる男』(1957年)『サイコ』(1960年)『アラビアのロレンス』(1962年)『2001年宇宙の旅』(1968年)『ゴッドファーザー』(1972年)など、多くの映画通から傑作と認められて、さまざまなベスト映画リストの常連ともなっている名作群。『エクソシスト』(1973年)や『JAWS/ジョーズ』(1975年)『スター・ウォーズ』(1977年)『E.T.』(1982年)『ゴーストバスターズ』(1984年)『トップガン』(1986年)『ダイ・ハード』(1988年)『タイタニック』(1997年)など、映画通以外の人たちをも巻き込んで社会現象ともなった大ヒット作・・・。
そういった、映画の歴史を語る上で欠かせないような作品が多く選ばれているのはもちろんなのですが、いわゆる「名作」という括りからはこぼれ落ちてしまうような作品も、各ジャンルから数多くピックアップされています。
『禁断の惑星』や『ボディ・スナッチャー 恐怖の街』(いずれも1956年)『縮みゆく人間』(1957年)といった、50年代のB級SF映画。『悪魔のいけにえ』(1974年)や『ゾンビ』(1978年)『死霊のはらわた』(1982年)といったスプラッタ(血しぶき)ホラー。『ブレージングサドル』(1974年)や『モンティ・パイソン・アンド・ホーリー・グレイル』(1975年)『裸の銃(ガン)を持つ男』(1988年)といったコメディもの。『白雪姫』(1937年)や『トイ・ストーリー』シリーズ(1995年〜)などの新旧のディズニー・
アニメも、映画史に輝く〝金看板〟である名作群と肩を並べて取り上げられているのは嬉しいところであります。〝観察映画〟を標榜するフレデリック・ワイズマン監督の『高校』(1968年)や、ナチスによるユダヤ人大量虐殺を多くの関係者による証言から浮き彫りにした約9時間の大長篇『SHOAH ショア』(1985年)といったドキュメンタリー映画にも、しっかりと目配りがされております。

日本では未公開の作品もいくつか取り上げられているのですが、その中で気になるのが『MISHIMA:A LIFE IN FOUR CHAPTERS』(1985年)。製作総指揮のフランシス・フォード・コッポラとジョージ・ルーカスなどのアメリカ人スタッフと、緒形拳さんをはじめとする日本人キャストにより製作された、日米合作による三島由紀夫の伝記映画です。日本でも公開される予定でしたが、三島の遺族からのクレームによりお蔵入りとなったとされる、いわくつきの作品でもあります。機会があれば一度観てみたいなあ。
なかには、観る人によって激しく評価が分かれそうな〝問題作〟もピックアップされています。本物のフリークスたちを登場させたことで、長らく上映禁止とされていた『怪物團(フリークス)』(1932年)。ショッキングな映像の数々(やらせも含む)を見世物感覚で綴った〝モンド映画〟のはしりとなった『世界残酷物語』(1962年)。〝地上でもっとも破廉恥な人間〟を目指して戦う連中を描いた「映画史上最悪」のお下劣映画『ピンク・フラミンゴ』(1972年)。マルキ・ド・サドの小説をもとに、性的倒錯と残酷行為の狂乱ぶりを描いたパゾリーニ監督の遺作『ピエル・パオロ・パゾリーニ/ソドムの市』(1975年)・・・。いずれも内容紹介を読むだけでも、万人向けとは言いがたい作品ではありますが、そのような作品にもあえてスポットを当てる姿勢は見事であります。

本書は欧米圏の作品だけでなく、中国や香港、台湾、韓国、ベトナム、インド、アフガニスタンといったアジア圏からも、多くの作品をピックアップしております。もちろん、われらが日本の映画も。
黒澤明監督の『羅生門』(1950年)や『七人の侍』(1954年)、小津安二郎監督の『東京物語』(1953年)や『浮草』(1959年)、溝口健二監督の『雨月物語』(1953年)や『山椒大夫』(1954年)、市川崑監督の『ビルマの竪琴』(1956年)や『東京オリンピック』(1965年)・・・。そういった往年の巨匠たちの作品だけでなく、北野武監督の『HANA–BI』(1997年)や三池崇史監督の『オーディション』(1999年)のような現役第一線で活躍中の監督による作品もありますし、宮崎駿監督の『千と千尋の神隠し』(2001年)や高畑勲監督の『火垂るの墓』(1988年)、大友克洋監督の『AKIRA』(1988年)といったアニメーション作品まで幅広く選ばれております。伊丹十三監督の作品からは、『お葬式』でも『マルサの女』でもなく、ラーメン屋を舞台にした異色作『タンポポ』(1986年)をチョイスしているところにも、こだわりが感じられていいなあと思いましたね。

映画のあらすじや見どころ、製作にまつわるエピソードを1ページから半ページの長さで盛り込んだ作品レビューは、簡潔でありながら読み応えもあって、それぞれの映画を観てみたいという気持ちにさせてくれます。
さらには、その映画に関する2〜4行程度のトリビアもあって、これが「へぇ〜」の連続でなかなか面白かったりいたします。たとえば、コッポラ監督の傑作にして問題作『地獄の黙示録』(1979年)の項では、「一部のシーンではヘリコプターの音をシンセサイザーでつくり、音楽に溶け込ませた」とあります。
そして、『地獄の黙示録』のある意味〝地獄〟のような舞台裏を記録したドキュメンタリー『ハート・オブ・ダークネス/コッポラの黙示録』(1991年)の項には、「フランシス・フォード・コッポラはこの映画での自身の描かれ方が気に入らず、当初DVDの発売を嫌がっていた」とあって、ああ巨匠コッポラもやっぱり人の子なんだなあと、妙に和んだ気持ちになったのでありました。

本書の編者である映画研究家のスティーヴン・ジェイ・シュナイダー氏は「はじめに」の冒頭で本書について、「単に名画を選び出して紹介するのではなく、読者を刺激して映画への興味をかきたてることをめざしている」と述べています。たしかに、幅広いジャンルと国から選び出された多様なラインナップと、簡潔にして読み応えのある作品紹介は、しばらく眠っていた映画への興味を、あらためて掻き立ててくれました。
そしてシュナイダー氏は、このように鼓舞します。

「本書で紹介されている作品を見ていこうと努力するなら、間違いなく幸福な映画ファンとして死を迎えられるだろう。たくさん見れば見るほど、人生は豊かになる」
「時計の針は止まることはない。さっそく読み始め、そして映画を見続けよう!」

このところずーっと、日本中が、そして世界中が新型コロナウイルスをめぐるパニックや「自粛」の嵐に包まれてしまい、さまざまな形で影響も広がっております。テレビをはじめとするメディアはコロナがらみのニュースを煽り気味に伝えるばかりで、毎日のようにそれに晒されていると不安と苛立ちが募り、気持ちも疲弊して荒んでいくばかりであります。
こういう時だからこそ、優れた内容の書物を読んだり、面白くてよくできた映画を観たりすることが必要なんだと思います。パニックやヒステリーの中でも失ってはならない、人間として大切な豊かな感情と感性、そして生きる力を持ち続けるためにも。
本書に鼓舞されたわたしは、大型連休に出かけるはずだった旅行をキャンセルして浮いたお金で、映画のDVDやBlu-rayのソフトをたっぷりと買い漁りました。本書で紹介されていた中から久しぶりに観てみたくなった作品が中心ですが、まだ観ていなかった作品も一部加えました。・・・少々、ジャンルが偏り気味なのはご愛敬、ということで(笑)。


さあて、連休はコロナのことなんぞどこかへ追っ払って、たっぷりと映画の世界に浸るぞ〜〜!


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