読んで、観て、呑む。 ~閑古堂雑記~

宮崎の某書店に勤める閑古堂が、本と雑誌、映画やドキュメンタリー、お酒の話などを、つらつらと綴ってまいります。

『子どもを本好きにする10の秘訣』 本に対する確かな哲学に好感が持てる、読書教育指南&ブックガイド

2017-10-09 16:20:28 | 「本」についての本

『子どもを本好きにする10の秘訣』
高濱正伸・平沼純著、実務教育出版、2016年


「もう小学生になったんだから、絵本は卒業ね」「読み終わったの?じゃあ、どんな話で、どう思ったのかを説明してみて」「途中でやめるの?一度読み始めたんだから、最後まで読みなさい」「またそれ読んでるの?いい加減、ほかのを読んだら」・・・
本好きな子どもになって欲しいがために、ついつい口にしてしまう上のようなことば。実はこれらのなにげないひと言こそ、子どもをかえって本嫌いにさせてしまう「NGワード」なのだということを、本書『子どもを本好きにする10の秘訣』は冒頭で指摘します。その上で、本好きな子どもに育ってもらうために必要な考え方やノウハウを、親しみやすい語り口で伝えてくれます。
学習教室「花まる学習会」を主宰するかたわら、さまざまなメディアに登場して教育、子育てについてのアドバイスを送っている高濱正伸さんと、「花まる学習会」の一員で読書・作文指導のエキスパートである平沼純さんの共著という形になっていますが、実質的な著者は平沼さんのほう。本書の記述には、豊富な読書量と教育現場での実践に裏打ちされた、平沼さんの本と読書に対するしっかりした哲学が感じられて、子どもがいない・・・どころか結婚できる見通しすらない(笑)わたしも、読みながら共感したり頷いたりすることしきりでありました。

冒頭に挙げたようなことばが、子どもを本嫌いにさせてしまう原因について、著者は「本というものをあまりにも短絡的に、何らかの学習の手段=『教具』として考えすぎてしまっているからだ」と指摘します。
そして、重い障がいを持って生まれながらも、たくさんの絵本を両親から与えられ、それらを楽しんだことで高い言語能力を伸ばすことができたニュージーランドの少女、クシュラの例を引きながら「あくまで『楽しさ』を根底に据えてこそ、結果的に学びとなるものが多くなる」と説き、読書を何かの「手段」ではなく、それ自体を「目的」として、子どもと一緒になってひたすら楽しむことに徹することを提案します。この姿勢に、まず強く共感いたしました。

子どものための本選びについても、実に有益なアドバイスを与えてくれます。
たとえば「おやつの本」と「ご飯の本」の話。「おやつの本」とは、「見た感じはなんとも人目を引くような作り」で「中身はたしかにさまざまな事件や出来事が起きて勢いよく読める」けれども「一生ものの栄養になるようなものは得られない」本のこと。それに対して「ご飯の本」は、「子どものためにとことん考え抜かれた作りになっていて、物語世界にどっぷりと浸ることができ、一生の栄養になるような骨太な力を得られる本」であると定義します。
その上で、「ときには『おやつの本』があってもいいと思います。しかし、大切なのはバランス」だとして、時代を越えて読みつがれてきた、歯ごたえのあるロングセラーである「ご飯の本」の楽しさを子どもたちに知ってもらいたい、と熱っぽく語ります。
また、大人目線での「泣ける話」を子どもに押しつけないで、という主張にも共感いたしました。大人の側が「子どもに大切なことを教えるために本を読ませよう」と意気ごむことで、本を読むことが途端に「道徳的義務」と化してしまい、その結果子どもは本からますます遠ざかっていく、と著者はいい、「子どもたちに必要なのは『感傷』ではなくて『感受性』」だと力説します。
わたしも、ことさら「泣ける話」を求めようとして本を読もうとしたり、それを他者に勧めたり押しつけようとしたりすることには強い違和感がありましたので(これは映画などの映像作品についても感じていることなのですが)、この主張には大いに頷きました。

子どもに向けて本を読んで語る「読み聞かせ」の重要性も、本書は熱心に説いています。
本を読んでいる人との心の結びつきが生まれるということが「読み聞かせ」の最大の効用、という著者は「読み聞かせ」についても具体的で適切なアドバイスを伝授してくれます。中でも「なるほど」と感じたのが、読み聞かせは何歳でも構わない、という項でした。
小学校高学年や中高生、さらには大人であっても、「誰かの語りを聞くことで、自分ひとりで読むときには気づけなかったことを感じ、イメージを広げ、深い理解がもたらされる」という説明には、また違った形で本を味わうためのヒントもあるように思いました。

最後の章では、読書によって身につく「9つの力」について詳しく述べられています。インターネット検索では得られない時空を越えた「知恵」や、見えないものをイメージする「想像力」、自分とは違う多様な価値観への気づき・・・。とりわけ、「一冊の本をとおして、直接的にも間接的にもさまざまな『つながり』が生まれる」という話には、しみじみと希望が湧いてくるのを感じました。
そういった、読書によって得られるものの大切さを説く一方で、著者はあえて「本とは決して『読まなければならない』ものではない」とも主張します。「『読書のための読書』になるのは避けるべきであり、『いい本を読む』よりも『いい人間になる』ことのほうがはるかに大切なのは、言うまでもありません」と、ある種の「読書万能論」への戒めを述べるところにも、著者の読書に対する確かな哲学を感じて好感が持てました。そう、本を多く読むことが必ずしも「偉い」というわけではない、というバランス感覚を持つこともとても大切なことだと、わたしも自分を省みて思う次第であります。

そして本書の目玉ともいえそうなのが、著者の平沼さんが「自信をもっておすすめできる」という291冊の絵本、児童書を8つの分野に分け(一部を除いて)表紙の写真や簡単な概要とともに紹介したブックリストです。
日本と世界の昔話や神話、『ピーターラビットのおはなし』『はてしない物語』『あしながおじさん』『西の魔女が死んだ』といったド定番作品から、知る人ぞ知る名著まで。いずれの作品も、子どもはもちろん大人も楽しめそうなラインナップとなっていて、本選びの参考になりそうです。わたしも読んでみたい作品に印をつけながら読み進めたのですが、気づけば全体の3分の1近くに印がつくというありさまでした。さあこりゃ大変だ(笑)。
291冊のブックリストのみならず、本文においてもたくさんの本が紹介されておりますので、ブックガイドとしても大いに役立つのではないでしょうか。

読書教育の指針としてだけでなく、本と読書に対する確かな哲学に裏打ちされた読書論やブックガイドとしても読むことができる本書。子どものいる親御さんはもちろん、子どものいない方にもオススメしておきたい一冊であります。
余談ながら、本書の存在を教えてくれたのは、わが勤務先である書店の親愛なる同僚女子であります。日々子育てに励む母親として、そして本好きの一人として、この本を見出した彼女に敬意を表するとともに、本書の存在を教えてくれたことに感謝したいと思います。