創造

創造主とセルフイメージの世界

至聖所での会見

2010-08-24 10:53:37 | 神学
聖なる神に近づく祭司は、ブルーの着物に着替えて聖所に入った。
至聖所は創造主にじかに会見し交わるところである。
神は私達が想像するよりはるかに清く聖なる方である。
そこで聖なる着物を身につけなければならない。
そのお方が聖霊である。
聖霊が私達を神の清さのレベルに高めて下さり、神との交わり
を可能にして下さる。
聖霊と共に礼拝し、聖霊と共に祈る、否むしろ聖霊が礼拝へと
我々を導かれ、われわれの内で祈られ、賛美される。
聖霊なる神がわれわれの内で、聖徒の交わりを養い、人々を
愛される。
聖霊が私達を天使も及ばぬ地位に引き上げ、サタンを足のもと
に砕かれる。
 カルトとは、聖霊なしに、神の高みを追求し、聖霊なしに義人
であろうとし、人間のレベルだけで愛を追い求めることである。
十字架の贖いの力と聖霊への依存なしに、神に近づこうとする
ことは空の星を竹ざおで落そうとするようなことで、喜劇的で
あるだけでなく悲劇的である。
 かつてのパウロも、ニコデモもかつてはそうであった。
しかし内にこられたキリスト、聖霊に依存することがあまりに
すばらしい生活であるとを知ったパウロは、自己製造の
宗教がいかに貧しくつまらないレベルのものであったかを
体験したのである。

人間には、己の持つ何かを誇り、そこに依存しよう
とする断ちがたい習性を身に着けている。
その古びた着物を捨てて、日々主を仰ぎ、御霊と共に、神の
高みにあゆませていただけるよう祈る者である。
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