男性たちのグループがどのようなのか、私はさっぱりわからない。ただ、女性たちのグループの変化は、今、目の前でつぶさに見ることになってしまった。長い年月の間に、嘗て思いもしなかったことが起こっている。
たとえば、一時期、私も一緒に3人でよく話し込んだ仲間がいる。Aさん、Bさん、私。まだ若くて、エロスもムンムンで、一番若いAさんはBさんを尊敬し、慕い、とても愛情を感じていたらしい。誰よりも好きなのが「B」だと言っていた。その当時、Bさんは私にその眼差しを注いでいた。Bさんと私は同い年。「こんなにも言葉が同じで、話ができて、外見も好きな人は初めて」だと、言ってくれた。AさんもBさんも、男性を恋人に持ち、私は結婚している、というヘテロセクシュアルの暮らしをしていたが、当時、女性達は女性同士の絆にもっと価値を見出していた。私もBさんのことは、誰よりも好きだった。エロスの対象としてではなく(それははっきりわかっていた)、人間同士の絆のようなものを強く感じていた。あるゲイの男性は、私がBさんに恋をしていると勘違いさえしていたが、そういう意味では実はBさんの方から強いアプローチがあったのだった。私は彼女に、強い友情を感じてそれに応えていたのだ。Aさんは、私には少し若い人で、Bさんを慕っていることも、私にはほほえましく感じられることだった。
そのうち、私は別の活動にのめり込み、彼女たちとの活動から少し遠ざかって行った。その間に、AさんとBさんとの連帯はさらに深まり、強まり、社会的な活動の場で発揮されていた。
AさんBさんと再び一緒に活動するようになったのは、割合に最近だ。Aさんとはたまに会うと、「久しぶり~」と声を掛け合う感じで、Bさんとは結構交流が持続していた。今では法人となった団体で二人三脚のように活動する二人から声をかけられて、その法人の役員になった。二人は実務を分かち合うコンビ、私は役員として助言などを求められると応じる、というような配置だったが、何年か経ったとき、この二人が決裂した。Aさんは一人前以上の仕事をこなす、頼りになるリーダー格の人として成長し、Bさんのポジションの後継者となった。が、Aさん曰く、BさんはAさんにそのポジションを渡す気はなかったそうで、AさんはBさんには何も意見が言えなかったそうだ。Bさんは、その団体を「追い出された」と言いながら去って行った。
真相はわからない。役員として、Bさんの相談にのってきたが、ほぼ同時にAさんの相談にものることになった。Bさんは相談に乗っているとき、ただの一度もAさんの悪口は言わなかった。AさんはBさんについて、いろいろネガティブな言い方をしていた。これは、Bさんがフェアだという証拠にはならない。権力のある方は、自分に従っている人のことは気にもしていないことが多い。力のない方は、直接言えないことを、陰で言うしかない、ということがある。
Aさんが度々Bさんについて言っていたことで、奇妙な印象に残っていることは、「Bさんって、気が小さいの。講演に行く時は、びっしりノートに話すことを書いて、とても緊張しているのよ」と言っていたことだ。それが複数回言われたとき、Aさんにはそのことがそれほど重要なのかと思った。たいていの人は、講演前は一定の緊張を持つ。聴衆によっては、今日はやりにくいな、とか、いろいろ思うのは当たり前だろう。そのこだわりは、Bさんをではなく、Aさんを物語る。Aさんはまだ若い頃、おとなしくて蒲柳の質、という感じの、自信なげな女性だった。でも、社会的な問題意識は強かったのだろう。なりたい自分と実際の自分とのギャップに苦しんだ時期があったような気がする。そこに、Bさんというモデルが現れた。AさんはBさんを目指したのかもしれない。
多くの人は、若くて未開発の頃、持っている力よりも現れている力は少ない。自分を前に出す力も、人を引き寄せる力もない。が、潜在力はある。そういう人が殻を破ったとき、モデルと仰いだ人を凌駕するような力を発揮することはよくあることだ。
Aさんは変貌した。蒲柳の質は逞しい体型に変わり、ロングヘアはベリーショートになり、小さな声で喋っていたのが、豪快に笑う猛者になった。当時を知っている人から見れば、別人だ。彼女はそうして、コンプレックスを克服し、自分の居場所を確保したのだ。
Bさんは団体を「追い出された」という被害者意識でいっぱいになり、長年自分が全精力を傾けた団体の悪口を外部で言いふらす形になっているようだ。Aさんは、自分の意志で退職したはずのBさんの行動に傷つき、「辞めると言えば、みんなが引き留めると思っていたのに、引き留めなかったので、恨みに変わったのだ」という解釈をしていて、嫌な気分をひきずっている。Bさんの影響力は大きく、団体に協力的だった人が離れていく、というような現象も起こり、私はそれはそれで、Bさんは自分が何をやっているのかわかっているのか、と訝しんでいる。
私は役員を下りて、もはや権力争いとしか思えないトラブルから身を離した。社会正義のため、弱者のため、と言いつつ、やはりそうして動くことが動く人間にとって、何らかのかたちで自分に利することだったのだと、あらためて社会的な運動のことを思う。いや、それでいいのだと思っていた。もともと「偽善でも、善なら良いではないか」というのが、私の考えだった。動機は何であれ、必要とする人に必要とする物が与えられるなら、それでいいのだ、と。
それほど崇高な魂があるのかないのか、目には見えない。が、見えるものは実際の救済。テレビドラマの「同情するなら金をくれ」というせりふが有名になったが、身も蓋もないそのせりふが真実を言い当てているようで感心した。
今回のように、トラブると、そこのところが露わになる。
AさんとBさんは完全に離れた。Bさんは、その団体の役員をしていた私が彼女の側につかなかった、ということで私からも離れていった。よくわからないが、彼女は自分の正しさを疑わないので、自分側につかない、ということで失望して、私にも背を向けたのだろうと思う。どっち側につくも何も、真相がわからないから真相を解明したかったのだが、Bさんは真相の解明を拒んだ。
嘗て、仲良しだった3人は、今はこんなふうになってしまった。結果的に、Aさんと私の関係は変わらない。距離が極端に縮まらなかった分、そのままだ。一定の距離を保ったまま、というのは、寂しいがリスクは少ない。感情が持ち込まれないので、傷の舐め合いもいがみあいもない、ということだ。
たとえば、一時期、私も一緒に3人でよく話し込んだ仲間がいる。Aさん、Bさん、私。まだ若くて、エロスもムンムンで、一番若いAさんはBさんを尊敬し、慕い、とても愛情を感じていたらしい。誰よりも好きなのが「B」だと言っていた。その当時、Bさんは私にその眼差しを注いでいた。Bさんと私は同い年。「こんなにも言葉が同じで、話ができて、外見も好きな人は初めて」だと、言ってくれた。AさんもBさんも、男性を恋人に持ち、私は結婚している、というヘテロセクシュアルの暮らしをしていたが、当時、女性達は女性同士の絆にもっと価値を見出していた。私もBさんのことは、誰よりも好きだった。エロスの対象としてではなく(それははっきりわかっていた)、人間同士の絆のようなものを強く感じていた。あるゲイの男性は、私がBさんに恋をしていると勘違いさえしていたが、そういう意味では実はBさんの方から強いアプローチがあったのだった。私は彼女に、強い友情を感じてそれに応えていたのだ。Aさんは、私には少し若い人で、Bさんを慕っていることも、私にはほほえましく感じられることだった。
そのうち、私は別の活動にのめり込み、彼女たちとの活動から少し遠ざかって行った。その間に、AさんとBさんとの連帯はさらに深まり、強まり、社会的な活動の場で発揮されていた。
AさんBさんと再び一緒に活動するようになったのは、割合に最近だ。Aさんとはたまに会うと、「久しぶり~」と声を掛け合う感じで、Bさんとは結構交流が持続していた。今では法人となった団体で二人三脚のように活動する二人から声をかけられて、その法人の役員になった。二人は実務を分かち合うコンビ、私は役員として助言などを求められると応じる、というような配置だったが、何年か経ったとき、この二人が決裂した。Aさんは一人前以上の仕事をこなす、頼りになるリーダー格の人として成長し、Bさんのポジションの後継者となった。が、Aさん曰く、BさんはAさんにそのポジションを渡す気はなかったそうで、AさんはBさんには何も意見が言えなかったそうだ。Bさんは、その団体を「追い出された」と言いながら去って行った。
真相はわからない。役員として、Bさんの相談にのってきたが、ほぼ同時にAさんの相談にものることになった。Bさんは相談に乗っているとき、ただの一度もAさんの悪口は言わなかった。AさんはBさんについて、いろいろネガティブな言い方をしていた。これは、Bさんがフェアだという証拠にはならない。権力のある方は、自分に従っている人のことは気にもしていないことが多い。力のない方は、直接言えないことを、陰で言うしかない、ということがある。
Aさんが度々Bさんについて言っていたことで、奇妙な印象に残っていることは、「Bさんって、気が小さいの。講演に行く時は、びっしりノートに話すことを書いて、とても緊張しているのよ」と言っていたことだ。それが複数回言われたとき、Aさんにはそのことがそれほど重要なのかと思った。たいていの人は、講演前は一定の緊張を持つ。聴衆によっては、今日はやりにくいな、とか、いろいろ思うのは当たり前だろう。そのこだわりは、Bさんをではなく、Aさんを物語る。Aさんはまだ若い頃、おとなしくて蒲柳の質、という感じの、自信なげな女性だった。でも、社会的な問題意識は強かったのだろう。なりたい自分と実際の自分とのギャップに苦しんだ時期があったような気がする。そこに、Bさんというモデルが現れた。AさんはBさんを目指したのかもしれない。
多くの人は、若くて未開発の頃、持っている力よりも現れている力は少ない。自分を前に出す力も、人を引き寄せる力もない。が、潜在力はある。そういう人が殻を破ったとき、モデルと仰いだ人を凌駕するような力を発揮することはよくあることだ。
Aさんは変貌した。蒲柳の質は逞しい体型に変わり、ロングヘアはベリーショートになり、小さな声で喋っていたのが、豪快に笑う猛者になった。当時を知っている人から見れば、別人だ。彼女はそうして、コンプレックスを克服し、自分の居場所を確保したのだ。
Bさんは団体を「追い出された」という被害者意識でいっぱいになり、長年自分が全精力を傾けた団体の悪口を外部で言いふらす形になっているようだ。Aさんは、自分の意志で退職したはずのBさんの行動に傷つき、「辞めると言えば、みんなが引き留めると思っていたのに、引き留めなかったので、恨みに変わったのだ」という解釈をしていて、嫌な気分をひきずっている。Bさんの影響力は大きく、団体に協力的だった人が離れていく、というような現象も起こり、私はそれはそれで、Bさんは自分が何をやっているのかわかっているのか、と訝しんでいる。
私は役員を下りて、もはや権力争いとしか思えないトラブルから身を離した。社会正義のため、弱者のため、と言いつつ、やはりそうして動くことが動く人間にとって、何らかのかたちで自分に利することだったのだと、あらためて社会的な運動のことを思う。いや、それでいいのだと思っていた。もともと「偽善でも、善なら良いではないか」というのが、私の考えだった。動機は何であれ、必要とする人に必要とする物が与えられるなら、それでいいのだ、と。
それほど崇高な魂があるのかないのか、目には見えない。が、見えるものは実際の救済。テレビドラマの「同情するなら金をくれ」というせりふが有名になったが、身も蓋もないそのせりふが真実を言い当てているようで感心した。
今回のように、トラブると、そこのところが露わになる。
AさんとBさんは完全に離れた。Bさんは、その団体の役員をしていた私が彼女の側につかなかった、ということで私からも離れていった。よくわからないが、彼女は自分の正しさを疑わないので、自分側につかない、ということで失望して、私にも背を向けたのだろうと思う。どっち側につくも何も、真相がわからないから真相を解明したかったのだが、Bさんは真相の解明を拒んだ。
嘗て、仲良しだった3人は、今はこんなふうになってしまった。結果的に、Aさんと私の関係は変わらない。距離が極端に縮まらなかった分、そのままだ。一定の距離を保ったまま、というのは、寂しいがリスクは少ない。感情が持ち込まれないので、傷の舐め合いもいがみあいもない、ということだ。