佐世保便り

2008年7月に佐世保に移住。
海あり山あり基地あり。そしてダム問題あり。
感動や素朴な疑問など誰かに伝えたくて…

梅屋庄吉

2011-01-10 | 佐世保・長崎

竜馬、竜馬に明け暮れた2010年が終わり、
ここ長崎では、今年はどうも「梅屋庄吉」が注目されているようです。

梅屋?庄吉?って…だれ?

と思ってる人も多いでしょうね。
私もつい最近までは全く知らなかった…

その人は、長崎市出身の実業家で、日本活動写真株式会社(現在は日活)の創業者の一人で、
そして、中国の革命家、孫文を物心両面で支えた人なのだそうです。

孫文の理念に共感した庄吉は、

君は兵を挙げたまえ。我は財を挙げて支援す

と言い、孫文がどんなに失敗しても最後まで彼を支え続けたそうです。

この二人の交流の歴史を掘り起こし、中国との友好関係に役立てようと、
長崎県はプロジェクトチームをつくり、展示会開催や中国訪問団の派遣などに今年、力を入れています。

それはもちろん観光県長崎として、集客アップを願ってのことなのですが、
それでも、そういうことが両国の交流の源となり、
出会うこと、知り合うことによって初めて、理解や友好が生まれ、
結果的に平和に繋がっていくのですから、私はとてもいいことだと思っています。

長崎華僑総会会長の王國雄さんは次のようにコメントしています。

長崎は日本で一番外国人に優しいまちだと思う。
長崎が今後も中国との懸け橋となり、交流の先人のまちであり続けることを望んでいる。
日本と中国が仲良くなることに繋がるなら何でもするつもりだ。
友好にはお互いを知り合うことが大切だが、孫文と梅屋はそのよい機会をくれると思う。

何だか胸がジーンとするコメントでした。

そして、私は、1ヶ月ほど前の記事を思い出しました。
長崎新聞「オピニオン」欄に掲載された記事で、
ユン・キロウ氏(元県立長崎シーボルト大教授・現在韓国在住)はこう述べていました。

私の年代は反日教育の下で育ちました。日本はとにかく悪い国、…日本には独裁者がいて、軍隊があり、帝国主義で…
このような教育を受けた私が、1960年代、アメリカに行く途中、初めて日本を訪れました。その時、
私が今まで持っていた日本に対してのイメージは百八十度逆転してしまいました。

このあと、日本人の親切さ、町の清潔さ、謙虚さ、礼儀正しさ、助け合いの精神等々、
たくさん列挙され、当の日本人として恥ずかしくなるほどでした。
しかし最後に、ユンさんはこう結んでいます。

このような日本人がいかに朝鮮半島を植民地化し、アジア諸国を侵略し、最後にはアメリカをはじめ
全世界を相手にした戦争をするようになったのか。その謎が私の脳裏には未解決のまま残っています。

ユンさんが思って下さるほど今の日本人は親切でも謙虚でも礼儀正しくもないでしょうが、
でも、少なくともユンさんが出会った日本人はそうだった。
だから、鬼の国であるはずの日本に住んで大学教授の職さえ務めた。

どんなに間違った情報(かつての情報としては正しくても現状とは異なっている等)で洗脳されていても、
そこに行けばほんとのことがわかる。
そこで暮らしている人と出会ってみればほんとの想いがわかる・・・のですよね。

だから、交流が大事。

人と人の交流が、国と国の友好関係を築く。それこそが戦争の抑止力だと思います

 

コメント
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