佐世保便り

2008年7月に佐世保に移住。
海あり山あり基地あり。そしてダム問題あり。
感動や素朴な疑問など誰かに伝えたくて…

ほーちゃん

2010-08-03 | 石木ダム

石木ダムの建設予定地に住む人の中に「ほーちゃん」という若い女性がいます。

ほーちゃんはとても感性が豊かで、絵を描いたり写真を撮ったりしています。

そんな特技を生かして、自分らしい石木ダム反対運動、

「こうばるを想う1000のメッセージプロジェクト」というのを始めました。

以前もこのブログで少し紹介しましたが、

再びあらためてご紹介しますので、どうぞ彼女のブログを覗いてみて、

http://hozumix.blog32.fc2.com/

よかったら、そのプロジェクトにご協力下さいますよう宜しくお願い致します。

 

また、ほーちゃんは、自分がやっていることの意味や想いをより多くの人たちに伝えたい…と、

フリーぺ-パー「こうばる」も発行しています。

先日、その2号と3号を頂いて読みました。

まっすぐで、しなやかで、自分に正直に生きようとする若者がそこに居ました。

 

ここでは、3号の裏面に印刷された文面をお届けして終わりにします。

あとはどうぞ、先ほどのブログを訪ねて、直に「ほーちゃんワールド」を楽しんでください。

 

 

*こうばるに暮らす*

 

今から約十年程前、高校を卒業したほーちゃんはすぐに名古屋に移り住んだ。

美術の予備校に通うためにわざと都会に引っ越したのだが、

わずか10日通っただけで受験絵画に飽きてしまい、通うのをやめた。

せっかく都会に出てきたのだから何かものにしないと!とふらふらしていたあの頃。

そんな中の「あの電話」はたしか田植えの終わった直後だったと思う。

実家から母が心配して夜に電話をかけてきたのだ。

何を話したとかそういうことはほーちゃんにとってさほど重要ではなかった。

とにかく母のうしろからシャワーのように

カエルの鳴き声が降り注いでいたのだ。

カエルの大合唱を聞いて「ああ…これだ!」と懐かしさがぐつぐつとわいてきた。

「そこに行きたい、帰りたい」と思った。

実家を離れて、ようやく“田舎”にあって“都会”にないものに

客観的に気付いた瞬間だった。

名古屋には名古屋独特の面白さがあり、それはそれでとても楽しかった。

しかし自然環境としては、名古屋市中心部を流れる川はドブ川のようで

橋の上を通過しただけでも汚水の匂いが上がってくるし、

地面はコンクリートで固められた、そんな土地ばかりであった。

 

その後、ほーちゃんは「自然」と「仕事」を求めて長野県の

とあるレタス農家に住み込みのアルバイトに出た。

でも…ここも何か違うのだ。

「こうばる」とは全然違う環境だった。衝撃的だった。

そこは戦後アメリカによって農業改革が起こり、どんどん森を開拓しまくって

高原野菜畑だらけにしてしまった「商業的農業」のへんてこりんな村だった。

農民の目は半年で一年分の生活費を稼ぐために

目がつり上がっていた(ように見えた)。

人の命を金に換算する風潮がはびこっていて恐ろしい世界に

(ほーちゃんには)見えた。

そして「人間はカネでくるってしまう弱い生き物でもあるのだ」と悲しくなった。

 

それからも、何度も北海道の酪農家に出稼ぎに出ようかと悩んだが、

行き過ぎた農業の在り方は「何かおかしい」という結論に達してしまった。

だから今、細々と「こうばる」で暮らしているほーちゃんがいる。

 

 

 

コメント
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