令和5年4月13日(木)
小松市: 那 谷 寺
<一の鳥居>
<山門>
「山中の温泉(いでゆ)に行ほど、
白根が嶽跡にみなしてあゆむ。
左の山際に観音堂あり。
花山の法皇、
三十三所の順礼とげさせ給ひて後、
大慈大悲の像を安置し給ひて 、
那谷と名付給ふと也。
那智・谷組の二字をわかち侍しとぞ。
奇石さまざまに古松植ならべて、
萱ぶきの小堂、
岩の上に造りかけて、
殊勝の土地也。」
と著し、
「石山の
石より白し
秋の風」
という句を添える。
詳細は寺伝。
という句を添える。
詳細は寺伝。
<大悲閣(本殿)>
それによれば、
養老元年(717)、
泰澄法師が、
越前国江沼郡に
千手観音を安置したのが始まりとされる。
その後寛和2年(986)、
花山法皇が行幸の折り
岩窟で輝く観音三十三身の姿を感じ、
求る観音霊場三十三カ所は
すべてこの山に凝縮されるとし、
西国三十三観音の一番「那智」と
西国三十三観音の一番「那智」と
三十三番「谷汲」の山号から
一字ずつを取り、
「自主山厳屋寺」から
「那谷寺」へと
改名する。
<国の名勝地と面積碑>
<大悲閣参拝>
~つづく。