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大野裕之『「チャップリンの日本~チャップリン秘書・高野虎市(こうのとらいち)東京展」に寄せて』その3

2019-04-13 18:27:00 | ノンジャンル
 また昨日の続きです。
 チャップリンは高野のことを、かねがね「私のフライデイ」と呼んでいた。「フライデイ」とは言うまでもなく、ロビンソン・クルーソーの忠実なしもべのことだ。チャップリンの旅行記“A Comedian Sees the World”の中に、次のような記述がある。
 「コーノはなんでもした━━看護夫、従者、個人秘書、護衛、彼は日本人で何でも屋だった」。
 喜劇王の全幅の信頼を得た日本人秘書・高野虎市。『チャップリン自伝』にも、しばしば「コーノ」の名前は登場する。
 当時、チャップリンには「右腕」と呼べる人物が三人いた。
 チャップリン撮影所のマネジャーで、カーノー劇団時代のチャップリンの先輩でもあるアルフレッド・リーヴス、経理ほか実務面を取り仕切っていたトム・ハリントン、そしてチャップリンのプライベートにおける秘書であり私邸の使用人頭の高野虎市である。
 1920年代に届いた高野宛の手紙はすべて「チャップリン撮影所支配人 高野虎市様」となっていることからも分かる通り、撮影所の切り盛りにもある程度、采配をふるっていたのだろう。『昭和時代』(1927年)、『彼と東京』(1928年)などの作品で知られる松竹の牛原虚彦監督は、大正15年(1927年)の1月から7カ月ものあいだチャップリン撮影所で修行を積んだが、これも高野が仲介の労をとった。牛原の他には、チャップリン撮影所でこれほど本格的に弟子入りできた人物はいない。高野に対する信頼がいかほどであったか伺える。
 だが、不思議なことに、チャップリン研究の権威デイヴィッド・ロビンソンの『チャップリン』にも、チャップリンのことなら何でも載っているグレン・ミッチェルの『チャップリン・エンサイクロピーディア(チャップリン辞典)』にも、後年の高野についての記載がなく、没年すら不明となっている。映画史の中でも重要な人物でありながら、世間では忘れ去られているのだ。

 高野は、1885年に、当時アメリカ移民の3分の1を占めていた広島に生まれ、親戚を頼って密航同然でシアトルに着く。雑貨屋などで働いた後、友人の紹介でチャップリンの運転手となった。とくにチャップリンが日本人を求めていたわけでも、高野がチャップリンを好きだったわけでもなかったようだ。チャップリンは高野の几帳面さを気に入り、また当時の経理係が金を使い込んでクビになったこともあって、家の切り盛りをすべて高野にまかせるようになる。
 高野を通じて、チャップリンは日本を知ったのだろうか、例えば『移民』のNGテイクの中には、日本の折り紙を折るシーンが出てくる。またすっかり日本人のことを気に入って、一時は料理人や庭師など17人ほどの家の使用人全員が日本人だった。二番目の妻リタ・グレイが「日本のなかに住んでいるようだった」と回想するほどの日本好きだった。
 それにしても、1931年から1年半に渡ったチャップリンの世界旅行のほぼ全行程に同行した唯一の人物となった側近中の側近・高野虎市の存在が、わが国においても意外と知られていないのはなぜか?
 1934年に、チャップリンの当時のパートナーのポーレット・ゴダードと衝突し、高野はチャップリンのもとを去る。ポーレットにとってみれば、家のことまで口出しする高野の存在が疎ましかったのだろう。高野としては、当然チャップリンは自分の味方になってくれると思っていたようだ。だが、チャップリンは新妻を取った。「あのとき、俺よりも女のほうを取った」と晩年まで高野は悔しそうに語っていたそうだ。チャップリンは、何度か高野のもとを訪れて戻ってきてほしそうなそぶりを見せたが、高野は戻らなかった。チャップリンを支え、当時の日系人としては異例の出世を遂げた高野のプライドが許さなかったのだろう。
 この時点で、高野は歴史の表舞台から消えてしまう。だが、高野が忘れ去られてしまった理由はこれだけではない。実は、高野はのちに日本軍のスパイ事件にまきこまれているのだ。
 1941年に高野は、友人の日本海軍の軍人をかつてチャップリン撮影所で働いていた元米軍将校に紹介する。そのことで、関係者は全員スパイ容疑で逮捕されたのだが、まったくの微罪のためもちろん元米軍将校は即釈放され、日本軍関係者たちも政治的配慮からすぐに日本に強制帰国という処分に落ちついた。しかし、何の後ろ盾もない高野だけは長く拘留され、「スパイ行為をした」と自白してようやく釈放された。ところが、この「自由」がのちに仇となってしまう。半年後に日米開戦。高野は、スパイ行為を認めた危険人物として抑留所に入れられてしまうのだ。(また明日へ続きます……)

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