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金子文子『何が私をこうさせたか 獄中手記』その4

2019-10-13 04:36:00 | ノンジャンル
 また昨日の続きです。

 岩下家の女性はまた朝鮮人を差別した。岩下家の下男の高は一着しか着衣がないので、洗濯のために一日の休暇の許可を求めたことがあったが、岩下家の二人の女性は一着しか着衣がない高に対してきゃっきゃっと嘲笑った。文子は岩下家の二人の女性のこの高に対する民族差別事件が忘れられず、これを自伝に記した。
 文子は祖母と岩下の妻の虐待に耐えかねて自殺を図ったこともあった。ある年の夏に福原という人物の妻の操(みさお)が乳飲み子を連れて岩下家を訪れた。彼女は芙江から十里ばかり離れたところにいる知人を訪れようとして、文子が乳飲み子をおぶって行くことを求めた。祖母は文子に対して「行っておあげよ、ふみ」と言った。しかし操の姿がちょっと見えなくなった時に祖母は「なに、“いや”なら“いや”とはっきり言えばいいんだよ。“いや”なものを無理にやろうとは言わないんだから」と言ったので、文子は「ほんとうは私、行かなくってもいいんなら行きたくないの」と言った。すると祖母は癇癪玉を破裂させて文子を縁側から地べたに突き落とし、さらに履いた庭下駄で踏んだり蹴ったりした。祖母たちはこの日も翌日も文子に食事をさせなかった。
 文子は汽車に身を投げて自殺しようと思って駅に近い東側の踏切まで行ったが、汽車は通過した後だったので、彼女は川で投身自殺をしようと考えて、この地を流れる川に向かった。文子は自伝ではこの川を白川と記しているが、朝鮮名は錦江である。文子は錦江に到着して投身自殺しようとした時、世には愛すべきものや美しいものが無数にあることや、母や父や妹、弟、故郷のことを思うと、死ぬことが嫌になり、「そうだ、私と同じように苦しめられている人々と一緒に苦しめている人々に復讐をしてやらねばならぬ。そうだ、死んではならない」と考えた。つまり文子はここで抑圧された自己の苦しみを通じて、抑圧されている朝鮮や日本の民衆と連帯しようとする文子独自の思想を抱き始めた。
 文子は1919年4月12日に広島に行く佐伯ムツに伴われて芙江里を去り、山梨の母の実家金子家に戻った。岩下家の世継ぎはムツの兄の子である貞子に決められたので、文子は無用になって金子家に戻されたのであった。
 ところが、そこへ当時浜松の下垂町(しもたれちょう)で暮らしていた父がやってきた。父は文子に隣村の寺院に僧侶として住む叔父金子元栄のところに案内しろと言ったので、文子は案内した。父の目的は寺の財産を目当てに文子を元栄と結婚させることだった。
 そこで父は文子を浜松の自宅に連れてきて、花嫁修業のためにこの土地の実科女学校の裁縫専科に入れた。しかし文子は裁縫が好きでもないし、また裁縫を教えてくれる良い教師もいなかったので、怠けた。
 文子はこうした生活の中で「自分で自分の生活をもちたい」という希望に駆られてきた。そこで文子は「東京へ行かせてくれ」と父に頼んだが、父は「馬鹿な、女じゃないかお前は」と言って拒否した。しかし文子の自立への歩みが始まり、まず裁縫塾をやめた。文子は「もっといろいろの本を読み、もっといろいろのことを知り、そして私自身の生命を伸びるだけ伸ばしたい」と思った。
 そこで文子は官費で学べる女子師範学校に学んで教員になり、まず経済上の独立を図った上で自分が好きな学問をしようと思った。そして足りない学費を元栄に貢いでもらおうと考えた。
 学校の入学期が近づくと、女子師範学校の願書を持って元栄を訪ね、願書に判を捺してくれるように頼んだ。元栄はこれを拒否した上で文子の父を訪ねてこの経過を話し、文子との婚約を破棄した。文子の元栄との結婚が不成立となったので、父は元栄が家を去った直後に「この畜生め! この“ばいた”め!」と怒鳴って文子の肩を蹴った。
 その頃に文子の弟の賢が県立中学の入学試験に合格した。父は賢のために靴を買ってきて、靴には8円と12円のものがあったが、奮発して12円の靴を買ったと言った。しかし弟が中学に入学すると、その靴が8円の靴であることが判明した。それを知った文子は父の見栄はりをなじった。すると父は文子を蹴倒して、ののしった。
 父に愛想が尽きた文子は東京に出て苦学する決心をし、父に対して「明日、東京へ行きます」と宣言し、その翌朝に父の家を去って東京行の列車に乗った。
 これは彼女が十七歳の春のことだった。文子はこのことについて「運命が私に恵んでくれなかったおかげで、私は私自身を見出した。そして私は今やもう十七である」と自伝に記した。

(また明日へ続きます……)

 →サイト「Nature Life」(http://www.ceres.dti.ne.jp/~m-goto

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