昨日の続きです。
新幹線の時間まで1時間半というところでわたしは席を立って、まだ騒がしい会場を出てトイレに向かった。そのまま帰ってしまうつもりだった。(中略)それにしても、と私は思った。中学校に通っていた三年ものあいだ、わたしはいったい何をしていたんだろう? (中略)わざわざ丁寧に話までしたのに、誰一人としてはっきりと思いだせるひとはいなかった。(中略)
トイレの扉を押してなかに入ると洗面台のところに女の子がひとりいて、鏡越しに目があった。お腹のあたりに名札をつけていたけれど、遠くて名前までは読めなかった。(中略)女の子はひさしぶり、と小さな声で話しかけてきた。(中略)わたしもひさしぶり、とにっこり笑って挨拶した。(中略)「わたし。誰ともあんまり仲良くなかったから来てもしょうがないと思って迷ってたんだけど、みんなけっこうふつうだったな。大人になると自然に親切になるのかな。基本的にみんな敬語だったしね」「敬語だった? わたしも今日、仲良い子なんていなかったけど、みんなわりに親し気だった気がするけどな」とわたしは言った。それからわたしたちは、かつてどこかで同級生だった人たちがするような他愛のない話をしたけれど、こういう場合にありがちな、誰がいまどこでどうしているとか、あのとき誰と誰がどうだったとか、そんな話にはならなかった。(中略)それからおなじクラスだった一年生のときの担任教師が交通事故で亡くなったことを聞いた。(中略)「変な話さ、その━━死んじゃったっていうかさ、訃報的なのってあったのかな。先生以外に。」(中略)「ひとり、死んだよ」彼女は静かな声でそう言った。そして、誰なの、とわたしが質問するまえに、その女の子の名前を言った。「黒沢こずえ?」その名前は知っていたし、顔だってすぐに思いだすことができた。(中略)彼女は小学校五年のときにおなじクラスで家が近所だったこともあって一時期とても仲良くしていた女の子だった。(中略)「いつ亡くなったの?」「三年前」彼女は即答した。「事故だったの?」「餓死」(中略)「餓死?」わたしは驚いて言った。「餓死?」(中略)「わたしね、今日、あなたがぜったいに来ると思ってたの」静かな声でそう言うと、彼女は扉を押して出ていった。
(中略)黒沢こずえはひとりっ子だった。家はがらんとして誰もいなかった。(中略)そういえば、どの部屋もいつもおそろしく散らかっていた。(中略)そのときだった。一瞬、誰かの姿が見えたような気がした。わたしは目を凝らしてその人影のほうをじっと見た。それは黒沢こずえだった。小学生の黒沢こずえだった。(中略)そしてそこに現われた黒沢こずえは、裸だった。(中略)そうだった。あの部屋のなかで黒沢こずえは裸にさせられていたのだ。(中略)なぜわたしにそんなことができたのだろう?(中略)自分は服を着たまま、まるで何かの儀式のようにわたしは黒沢こずえを裸にして立たせ、膨らみかけた胸をなで、まだ色もかたちもはっきりしない乳首を吸ったり舐めたりした。それが終わると仰向けに寝かせて、かすかに陰毛が生えかけていた性器を指さきでひらいて何分ものあいだじっと眺め、いくつかある線のなかに舌を入れて、それから指さきをその奥に入れてみたりもした。(中略)わたしは裸になった黒沢こずえのうえに乗って指で唇をひらいてそこに自分の唾を落とし、それをちゃんと飲みこむように言った。それからまた乳首を舐めた。かすかにふくらんでいるクリトリスも舐め(中略)それを自分でいじるように言ったりもした。黒沢こずえはわたしにされるがままになっていた。(中略)そして小学校を卒業してしばらくしたあと、黒沢こずえは学校に来なくなってしまった。そして三十歳で餓死してしまった。小学生の姿のままで。
新幹線の最終の時刻には間にあわず、帰れなくなってしまったのでそのままそのホテルに泊まることになった。(中略)名前やら電話番号やらを書きこんでいると後ろから名前を呼ばれたのでふりむくと、さっきまで会場にいた女の子たちがいた。今晩ここに泊まるなら、申し訳ないんだけど一緒に泊まってあげてくれないかなあ、と(中略)ソファのうえに(中略)まるまっている女の子を指さした。(中略)あんなことはぜんぶ、わたしの作り話だったのかもしれない。そうじゃないなんて、いったい誰に言えるだろう。(中略)
「ふたりだったんじゃなかったっけ。死んだの。(中略)」
わたしはいったい今、どこにいるんだろう? 届けられた箱を両手でしっかりとつかみ、そこから何が失われ、何が残されているのかをみなければならないのに、どれだけ見つめても、何も現われてはこないのだった。(また明日へ続きます……)
→サイト「Nature Life」(http://www.ceres.dti.ne.jp/~m-goto)
新幹線の時間まで1時間半というところでわたしは席を立って、まだ騒がしい会場を出てトイレに向かった。そのまま帰ってしまうつもりだった。(中略)それにしても、と私は思った。中学校に通っていた三年ものあいだ、わたしはいったい何をしていたんだろう? (中略)わざわざ丁寧に話までしたのに、誰一人としてはっきりと思いだせるひとはいなかった。(中略)
トイレの扉を押してなかに入ると洗面台のところに女の子がひとりいて、鏡越しに目があった。お腹のあたりに名札をつけていたけれど、遠くて名前までは読めなかった。(中略)女の子はひさしぶり、と小さな声で話しかけてきた。(中略)わたしもひさしぶり、とにっこり笑って挨拶した。(中略)「わたし。誰ともあんまり仲良くなかったから来てもしょうがないと思って迷ってたんだけど、みんなけっこうふつうだったな。大人になると自然に親切になるのかな。基本的にみんな敬語だったしね」「敬語だった? わたしも今日、仲良い子なんていなかったけど、みんなわりに親し気だった気がするけどな」とわたしは言った。それからわたしたちは、かつてどこかで同級生だった人たちがするような他愛のない話をしたけれど、こういう場合にありがちな、誰がいまどこでどうしているとか、あのとき誰と誰がどうだったとか、そんな話にはならなかった。(中略)それからおなじクラスだった一年生のときの担任教師が交通事故で亡くなったことを聞いた。(中略)「変な話さ、その━━死んじゃったっていうかさ、訃報的なのってあったのかな。先生以外に。」(中略)「ひとり、死んだよ」彼女は静かな声でそう言った。そして、誰なの、とわたしが質問するまえに、その女の子の名前を言った。「黒沢こずえ?」その名前は知っていたし、顔だってすぐに思いだすことができた。(中略)彼女は小学校五年のときにおなじクラスで家が近所だったこともあって一時期とても仲良くしていた女の子だった。(中略)「いつ亡くなったの?」「三年前」彼女は即答した。「事故だったの?」「餓死」(中略)「餓死?」わたしは驚いて言った。「餓死?」(中略)「わたしね、今日、あなたがぜったいに来ると思ってたの」静かな声でそう言うと、彼女は扉を押して出ていった。
(中略)黒沢こずえはひとりっ子だった。家はがらんとして誰もいなかった。(中略)そういえば、どの部屋もいつもおそろしく散らかっていた。(中略)そのときだった。一瞬、誰かの姿が見えたような気がした。わたしは目を凝らしてその人影のほうをじっと見た。それは黒沢こずえだった。小学生の黒沢こずえだった。(中略)そしてそこに現われた黒沢こずえは、裸だった。(中略)そうだった。あの部屋のなかで黒沢こずえは裸にさせられていたのだ。(中略)なぜわたしにそんなことができたのだろう?(中略)自分は服を着たまま、まるで何かの儀式のようにわたしは黒沢こずえを裸にして立たせ、膨らみかけた胸をなで、まだ色もかたちもはっきりしない乳首を吸ったり舐めたりした。それが終わると仰向けに寝かせて、かすかに陰毛が生えかけていた性器を指さきでひらいて何分ものあいだじっと眺め、いくつかある線のなかに舌を入れて、それから指さきをその奥に入れてみたりもした。(中略)わたしは裸になった黒沢こずえのうえに乗って指で唇をひらいてそこに自分の唾を落とし、それをちゃんと飲みこむように言った。それからまた乳首を舐めた。かすかにふくらんでいるクリトリスも舐め(中略)それを自分でいじるように言ったりもした。黒沢こずえはわたしにされるがままになっていた。(中略)そして小学校を卒業してしばらくしたあと、黒沢こずえは学校に来なくなってしまった。そして三十歳で餓死してしまった。小学生の姿のままで。
新幹線の最終の時刻には間にあわず、帰れなくなってしまったのでそのままそのホテルに泊まることになった。(中略)名前やら電話番号やらを書きこんでいると後ろから名前を呼ばれたのでふりむくと、さっきまで会場にいた女の子たちがいた。今晩ここに泊まるなら、申し訳ないんだけど一緒に泊まってあげてくれないかなあ、と(中略)ソファのうえに(中略)まるまっている女の子を指さした。(中略)あんなことはぜんぶ、わたしの作り話だったのかもしれない。そうじゃないなんて、いったい誰に言えるだろう。(中略)
「ふたりだったんじゃなかったっけ。死んだの。(中略)」
わたしはいったい今、どこにいるんだろう? 届けられた箱を両手でしっかりとつかみ、そこから何が失われ、何が残されているのかをみなければならないのに、どれだけ見つめても、何も現われてはこないのだった。(また明日へ続きます……)
→サイト「Nature Life」(http://www.ceres.dti.ne.jp/~m-goto)
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