また昨日の続きです。
集合住宅の玄関口に戻ると、エナさんは木靴に入れた砂を捨てた。(中略)
「鍵が開いてる!」(中略)
かすかに開いた扉から、中を覗く。誰かがいる。全身黒ずくめの男だ。僕のショルダーバッグを漁っている。
「おい、何をしてるんだ!」(中略)
男はバッグを投げ捨てた。なぜかものさしだけをつかんでいる。(中略)
「返しなさい!」(中略)
男の手から離れたものさしがクルクルと回転して飛んできた。(中略)
目つぶしを食らって男は僕を見失い、エナさんの方に突進していった。
「危ない!」
僕はエナさんに覆いかぶさり、床に伏せた。(中略)恐る恐る目を開け、顔を上げた。(中略)
「ここは……?」
「施政官の執務室みたいね」(中略)
「おやおや、お二人はまだお帰りではなかったのですかな?」
別室にいたらしい書記官が、驚いた様子で顔を見せた。(中略)
家に着くと、もう部屋から男は消え去っていた。(中略)
改めてものさしを見つめて、目盛りに目が釘付けになる。ものさしは、二十五センチと七ミリになっていた。
(中略)
「今から行くのは、研究所よ」
「研究所……? 何の研究をしている所なんですか?」
「さあ? とにかく研究所は研究所よ」
彼女は研究内容について、そこまで深く考えていない口ぶりだ。(中略)
「この扉の向こうには、あなた一人で行ってね」(中略)
「この先は、私たち、この世界の人間は入ることができないの。私は、ここで待ってるから」(中略)
しばらく進むと、奥まった場所に、背中を向けて座り込む男の姿があった。(中略)
「あの……、クロダ博士ですか?」(中略)
「おい、ぼうっとするな。速く、そのノルジを持ってこい!」(中略)
怒声まじりに急かされて、僕は取るものもとりあえず、手近にあった薬品の瓶を手渡した。
「よし、実験開始だ」(中略)
「この輪は純度九九・九%のガリム鋼から作られた『完全リング』だ。ノルジと反応させれば、0・0三秒ですべてが消失する。それだけ瞬時にリングが消失すれば、リングの中心の『穴』は、消失に対応できずに、ほんのわずかな時間ではあるが、純粋な『穴』として残るはずだ。この実験が成功すれば、将来的には、『穴』の量産化することができるんだぞ」(中略)
「なんだこりゃ、ノルジじゃなくて、コルジじゃないか!」(中略)
「誰だ、お前は?」(中略)
「あの……、僕は別の世界からの渡来人なのですが、施政官から、クロダ博士に会うようにと言われて……」(中略)
「お前、どうして、こっちの世界に入り込んじまったと思う?」(中略)
「心のゆらぎだ」(中略)
「自分がいる世界に、疑問を持った奴。ここは自分の居場所じゃないと思っちまった奴。本当にいるべき場所が見つからない奴。そんな奴が、あのバスに乗っちまう。そして、別の世界に入り込んじまうんだ」(中略)
「お前も、会ってみるか?」
「会うって、どういうことですか?」
「言葉通りの意味だ。ついて来い」(中略)
「これは……」
ミイラのように干からびた、性別も不明な遺体だった。
「お前の前に、この世界に来た渡来人のトビーだよ」(中略)
「まだ生きてるんだよ。トビーは」(中略)
「これは三百年ほど前の渡来人だって話だ。渡来人たちは皆、死んではおらんのだよ」(中略)
「肉が腐り落ちていく激烈な痛みを感じながらも、死ぬことができずに、動くこともかなわず生き続ける。不老不死は人のあくなき欲望だが、単なる不死は、望みたくないな」(中略)
「渡来人のトビーは、元の世界に戻る方法を調べていてな。自分がこの世界に迷い込んだのが、統治者の糸なのではないかと推論を立てたんだ。それで、同じく統治者によって生じた大地の苦難に何かのヒントがあるかもしれないと、各地の伝承を調べてまわっていたんだよ」(中略)
「長い旅の末に、辺境にほど近い小さな街に辿り着いたトビーは、土地の古老から、最初の大地の苦難にまつわる言い伝えを聞き取ったんだ」(中略)
「《統治者の怒りの息吹で、大地から砂が湧き出し、争う者はことごとく砂に呑み込まれた。やがて石は沈み、バロムは砂となった……》」(中略)
「石についちゃ、何の手がかりもなかったが、バロムは、トビーが調べ上げた。なんだと思う?」
「それがつまり、距離を測る道具……、ものさしということですか?」
「ああ。(中略)」
「これもトビーの検証結果だが、お前のいた世界から持ち込まれたものさしは、こっちの世界の住民が手にしても力は発揮できない。ただの棒っきれでしかないんだ」(中略)
「果たしてお前は、この世界にとって、希望の光となるのかな」(中略)
「まあ……、来たばかりでいっぺんにいろいろと聞いても、頭には入らんだろう。どうせ否応なく、わかる時が来る」(中略)
「クロダ博士。僕はどうすれば、元の世界に戻ることができるのでしょうか?」(中略)
(また明日へ続きます……)
→サイト「Nature Life」(http://www.ceres.dti.ne.jp/~m-goto)
→FACEBOOK(https://www.facebook.com/profile.php?id=100005952271135)
集合住宅の玄関口に戻ると、エナさんは木靴に入れた砂を捨てた。(中略)
「鍵が開いてる!」(中略)
かすかに開いた扉から、中を覗く。誰かがいる。全身黒ずくめの男だ。僕のショルダーバッグを漁っている。
「おい、何をしてるんだ!」(中略)
男はバッグを投げ捨てた。なぜかものさしだけをつかんでいる。(中略)
「返しなさい!」(中略)
男の手から離れたものさしがクルクルと回転して飛んできた。(中略)
目つぶしを食らって男は僕を見失い、エナさんの方に突進していった。
「危ない!」
僕はエナさんに覆いかぶさり、床に伏せた。(中略)恐る恐る目を開け、顔を上げた。(中略)
「ここは……?」
「施政官の執務室みたいね」(中略)
「おやおや、お二人はまだお帰りではなかったのですかな?」
別室にいたらしい書記官が、驚いた様子で顔を見せた。(中略)
家に着くと、もう部屋から男は消え去っていた。(中略)
改めてものさしを見つめて、目盛りに目が釘付けになる。ものさしは、二十五センチと七ミリになっていた。
(中略)
「今から行くのは、研究所よ」
「研究所……? 何の研究をしている所なんですか?」
「さあ? とにかく研究所は研究所よ」
彼女は研究内容について、そこまで深く考えていない口ぶりだ。(中略)
「この扉の向こうには、あなた一人で行ってね」(中略)
「この先は、私たち、この世界の人間は入ることができないの。私は、ここで待ってるから」(中略)
しばらく進むと、奥まった場所に、背中を向けて座り込む男の姿があった。(中略)
「あの……、クロダ博士ですか?」(中略)
「おい、ぼうっとするな。速く、そのノルジを持ってこい!」(中略)
怒声まじりに急かされて、僕は取るものもとりあえず、手近にあった薬品の瓶を手渡した。
「よし、実験開始だ」(中略)
「この輪は純度九九・九%のガリム鋼から作られた『完全リング』だ。ノルジと反応させれば、0・0三秒ですべてが消失する。それだけ瞬時にリングが消失すれば、リングの中心の『穴』は、消失に対応できずに、ほんのわずかな時間ではあるが、純粋な『穴』として残るはずだ。この実験が成功すれば、将来的には、『穴』の量産化することができるんだぞ」(中略)
「なんだこりゃ、ノルジじゃなくて、コルジじゃないか!」(中略)
「誰だ、お前は?」(中略)
「あの……、僕は別の世界からの渡来人なのですが、施政官から、クロダ博士に会うようにと言われて……」(中略)
「お前、どうして、こっちの世界に入り込んじまったと思う?」(中略)
「心のゆらぎだ」(中略)
「自分がいる世界に、疑問を持った奴。ここは自分の居場所じゃないと思っちまった奴。本当にいるべき場所が見つからない奴。そんな奴が、あのバスに乗っちまう。そして、別の世界に入り込んじまうんだ」(中略)
「お前も、会ってみるか?」
「会うって、どういうことですか?」
「言葉通りの意味だ。ついて来い」(中略)
「これは……」
ミイラのように干からびた、性別も不明な遺体だった。
「お前の前に、この世界に来た渡来人のトビーだよ」(中略)
「まだ生きてるんだよ。トビーは」(中略)
「これは三百年ほど前の渡来人だって話だ。渡来人たちは皆、死んではおらんのだよ」(中略)
「肉が腐り落ちていく激烈な痛みを感じながらも、死ぬことができずに、動くこともかなわず生き続ける。不老不死は人のあくなき欲望だが、単なる不死は、望みたくないな」(中略)
「渡来人のトビーは、元の世界に戻る方法を調べていてな。自分がこの世界に迷い込んだのが、統治者の糸なのではないかと推論を立てたんだ。それで、同じく統治者によって生じた大地の苦難に何かのヒントがあるかもしれないと、各地の伝承を調べてまわっていたんだよ」(中略)
「長い旅の末に、辺境にほど近い小さな街に辿り着いたトビーは、土地の古老から、最初の大地の苦難にまつわる言い伝えを聞き取ったんだ」(中略)
「《統治者の怒りの息吹で、大地から砂が湧き出し、争う者はことごとく砂に呑み込まれた。やがて石は沈み、バロムは砂となった……》」(中略)
「石についちゃ、何の手がかりもなかったが、バロムは、トビーが調べ上げた。なんだと思う?」
「それがつまり、距離を測る道具……、ものさしということですか?」
「ああ。(中略)」
「これもトビーの検証結果だが、お前のいた世界から持ち込まれたものさしは、こっちの世界の住民が手にしても力は発揮できない。ただの棒っきれでしかないんだ」(中略)
「果たしてお前は、この世界にとって、希望の光となるのかな」(中略)
「まあ……、来たばかりでいっぺんにいろいろと聞いても、頭には入らんだろう。どうせ否応なく、わかる時が来る」(中略)
「クロダ博士。僕はどうすれば、元の世界に戻ることができるのでしょうか?」(中略)
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