gooブログはじめました!

写真付きで日記や趣味を書くならgooブログ

高橋義人『ナチズム前夜のフリッツ・ラング』その3

2018-12-23 12:04:00 | ノンジャンル
 また昨日の続きです。
「このような悪や死を描きながらも、サイレント映画時代のラングは、ナチズムのことをそれほど強く意識してはいなかった。彼がナチズムの恐ろしさに気づいたのは、彼の最初のトーキー映画『M』の製作が妨害にあったときだった。『M』は最初は『われわれのなかの殺人鬼』と題されていた。この題名を見て、それが自分たちを暗示していると思ったナチの党員から、ラングに脅迫状が送られてきた。以来、ラングは、その催眠術や魔的な力によって人々の心を自由に操るドクトル・マブゼをヒトラーと同一視した(言うまでもあるまいが、復讐心から大規模な戦争を起こすクリームヒルトもラングの描いたもう一人のヒトラーである)。『ドクトル・マブゼ』の続篇である『怪人マブゼ博士』(1933)では、マブゼは部下たちに次々と犯罪と破壊活動の指示を与える。ラングの心中では、マブゼはヒトラーのアレゴリーだった。ラングの隠された真意を読みとったゲッベルスは、この映画の上映を禁じた。その直後、ラングはフランスを経てアメリカに亡命した。この映画が1943年にニューヨークで上映されたとき、ラングはパンフレットのなかで自分の意図を明確に語っている。『この映画は、比喩としてヒトラーのテロの方法を暴露しようとしたものだ』と(ラングは反ナチ映画としては、アメリカ亡命中の作品『マン・ハント』(1941)を挙げておかなければならない。この映画は、ライフルの照準がヒトラーを捉えるという驚くべき場面に始まる)。
 自分の生きている『暗い時代』を鋭敏な感覚で捉えたラングは、その次に来る時代をも的確に予見することができた。『メトロポリス』はその見事な所産である。巨大なビルが林立する未来都市のなかに高速道路が縦横に走り、ビルの谷間を飛行機が飛びかっている。機械文明が生み出したメトロポリス。しかし、この都市を支えているのは、毎日苛酷な労働を強いられている労働者たちである。この都市は、『ニーベルンゲン』伝説と同じように3層からできている。上層には支配階級が優雅な生活を送り、中層には機械があり、そして労働者は『ニーベルンゲン』伝説に出てくるような小人族のように、地下に住んでいる。ここは極端な階級社会であり、機械以下の存在である労働者はまるで奴隷である。前述したように、ロボットのマリアは彼らを扇動して反乱を起こさせる。ロボットのマリアは、本物のマリアそっくりである。しかし正反対の性格を有している。ロボットのマリアはいいわゆる妖婦(femme fatale)であり、本物のマリアは━━この映画のシナリオのなかの言葉を借りれば━━『処女にして母なる女性』である。『ニーベルンゲン』のクリームヒルトが、夫を愛する優しい女性と復讐心に燃える恐ろしい女性という2つの顔を持っていたように、ラングはここで女性のなかにある二面性を描きだしている。
 ロボットや機械には心はない。しかしこの映画では暗黒の力がロボットや機械を操る。人造人間の製造に成功した科学者ロートヴァングの部屋のドアにはペンタグラムが彫られてるし、人造人間は大きなペンタグラムをバックにしながら誕生する。このペンタグラムを用いて悪霊を意のままにしようとする彼は、科学者であると同時に黒魔術師であり、その風貌もマブゼに似ている。彼がロボットをマリアそっくりに作り替えるとき、ロボットを囲んで円形の輪が上下し、またしても魔法円が登場する。この魔法円を生み出したのは、ロートヴァングの用いる科学技術にほかならず、その科学技術の力を借りて、世界を混乱の渦に巻き込む妖婦が誕生する。つまりこの映画では科学こそ人々と機械を操る悪魔として描かれているのだ。
 科学と情報を手に入れた者こそ世界を制することができる。それこそはラングの一連のサイレント映画を貫くテーマであろう(情報収集というテーマは特に『スピオーネ』(1928)に登場する)。そして実際その後のドイツには、科学と情報を駆使して世界制覇を企てる人物が現われた。それは言うまでもなくヒトラーであり、ヒトラーの登場によってラングは、自分はそれまで無意識のうちに映画を通してドイツに警鐘を鳴らしてきたと知ったのである。」

最新の画像もっと見る

コメントを投稿