スカパーの260チャンネル「洋画★シネフィル・イマジカ」で、イングマール・ベルイマン監督・脚本の'67年作品「仮面/ペルソナ」を見ました。
冒頭、映写機、昔のスラプスティック・コメディ映画、クモ、羊の解体、十字架に釘で打ち付けられる手など、断片的な映像が映されて行きます。画面が落ち着くと、壁、林、先の尖った柵、老婆の口、老婆の顔、背景が白い壁でベッドに横になってシーツをかけられている少年、ベッドから出された手、下から見た老女の顔、ベッドの老人の顔、組まれた手、足、頭の方から見た老女の寝顔。電話の音で老女の眼がパチッと開き、先程の少年はベッドの上に起き上がります。水滴の落ちる音。少年は本を読んでますが、前にスクリーンが現れ、女性の顔が映ると、スクリーンを撫で回します。そしてオープニング・タイトル。看護婦長に呼ばれた看護婦のアルマ(ビビ・アンデルセン)は、新しい患者(リヴ・ウルマン)についての説明を受けます。名前はエリーサベット・ヴォーグレル、女優で「エレクトラ」に出演中、突然台詞を言わなくなり、それ以来ベッドに寝たきりで黙ったまま3ヶ月を過ごして来たといいます。あらゆる検査を受け、精神的にも肉体的にも問題は全くありませんでした。アルマはエリーサベットに自己紹介に息、25才、婚約中、実家は農家、看護婦経験は2年、母も看護婦だったと言います。アルマは婦長に患者の射抜くような眼が気になり、看護の自信がないと言います。彼女が病気でないとすれば、並外れて強い意思の持ち主のはずで、自分では対処できないと訴えますが、聞き入れてもらえません。アルマは一所懸命エリーサベットに話しかけますが、反応は返ってきmせん。クラシック音楽を聞きながら暗闇を見つめるエリーサベット。アルマは妙に胸騒ぎがします。部屋を歩き回るエリーサベット。テレビではベトナム戦争に抗議する僧侶の焼身自殺が放送されています。夫からエリーサベット宛ての手紙をアルマは読んであげますが、途中でエリーサベットが手紙を握り潰してしまいます。封筒に入っていた息子の写真も破ります。医者はエリーサベットに病院にいてもしょうがないので、自分の別荘でアルマと療養するように言います。2人は別荘に出発します。エリーサベットは新しい環境が気に入り、散歩するようになり、釣りや料理もし、手紙も書き出します。ある間も海辺の家を気に入り、献身的に看護しました。鼻歌を歌う2人。身の上話を延々とするアルマと聞き入るエリーサベット。アルマはエリーサベットの声が聞こえた気がします。アルマはエリーサベットの書いた手紙を投函しに行く時、手紙を読み、今のように静かに暮らすのが夢だったと書き、アルマとのことを赤裸々に書き、自分を崇拝しているようなので、観察するのが面白い、と書いていました。当然、冒頭のイメージの羅列が始まり、エリーサベットの姿で元の映画に戻ります。アルマはそろそろ町に戻りたいといいますが、エリーサベットは嫌だと言います。アルマはエリーサベットに話すことを求めますが、エリーサベットが拒否すると、手紙で読んだことを言い、自分をオモチャにしてたとエリーサベットを非難し、泣きます。そしてエリーサベットの心は病んでいて、健康なふりをしているだけだ、と言いますが、すぐに言ったことを後悔し、自分の身の上話をしたのも間違いだったとエリーサベットに許しを請います。エリーサベットが許そうとしないので、アルマはまた泣きます。アルマは夢にうなされ、目が覚めると、エリーサベットの寝顔を見て散々けなします。エリーサベットの夫(グンナール・ビョルンストランド)が来て、アルマのことをエリーサベットと言い、アルマもエリーサベットを演じます。息子の写真を隠すエリーサベットにアルマは、息子の話をするように言います。アルマはエリーサベットが息子を憎んでいると言い、エリーサベットは否定しますが、アルマは彼女を責めます。息子の写真を隠すエリーサベットのシーンに戻り、さっきのシーンではエリーサベットの表情が映されていましたが、今度はアルマの表情が映されます。アルマの顔の半分が一瞬エリーサベットになります。2人は病院に返って来ます。アルマはエリーサベットに私はあなたと違うと言い、取り込まれまいとも言い、エリーサベットを叩きます。別荘でアルマが目を覚ますと、エリーサベットが荷造りをしています。アルマが鏡を見ていると、一瞬エリーサベットが彼女の髪をすくのが見えます。冒頭のスクリーンをさわる少年。映写機のフィルムが燃えて映画は終わります。
現代音楽が終始流れ、不安感をかもし出します。映画のほとんどを占めるアルマの身の上話が、性体験以外はつまらなく、後半も何を言いたいのかさっぱりわかりませんでした。ただ、闇から浮かび上がる顔を撮った撮影監督のニヴェン・ニクヴィストの仕事ぶりは見事でした。ビビ・アンデルセンの美しさが唯一の慰めだったような気もします。皆さんはどう感じられるでしょうか?
冒頭、映写機、昔のスラプスティック・コメディ映画、クモ、羊の解体、十字架に釘で打ち付けられる手など、断片的な映像が映されて行きます。画面が落ち着くと、壁、林、先の尖った柵、老婆の口、老婆の顔、背景が白い壁でベッドに横になってシーツをかけられている少年、ベッドから出された手、下から見た老女の顔、ベッドの老人の顔、組まれた手、足、頭の方から見た老女の寝顔。電話の音で老女の眼がパチッと開き、先程の少年はベッドの上に起き上がります。水滴の落ちる音。少年は本を読んでますが、前にスクリーンが現れ、女性の顔が映ると、スクリーンを撫で回します。そしてオープニング・タイトル。看護婦長に呼ばれた看護婦のアルマ(ビビ・アンデルセン)は、新しい患者(リヴ・ウルマン)についての説明を受けます。名前はエリーサベット・ヴォーグレル、女優で「エレクトラ」に出演中、突然台詞を言わなくなり、それ以来ベッドに寝たきりで黙ったまま3ヶ月を過ごして来たといいます。あらゆる検査を受け、精神的にも肉体的にも問題は全くありませんでした。アルマはエリーサベットに自己紹介に息、25才、婚約中、実家は農家、看護婦経験は2年、母も看護婦だったと言います。アルマは婦長に患者の射抜くような眼が気になり、看護の自信がないと言います。彼女が病気でないとすれば、並外れて強い意思の持ち主のはずで、自分では対処できないと訴えますが、聞き入れてもらえません。アルマは一所懸命エリーサベットに話しかけますが、反応は返ってきmせん。クラシック音楽を聞きながら暗闇を見つめるエリーサベット。アルマは妙に胸騒ぎがします。部屋を歩き回るエリーサベット。テレビではベトナム戦争に抗議する僧侶の焼身自殺が放送されています。夫からエリーサベット宛ての手紙をアルマは読んであげますが、途中でエリーサベットが手紙を握り潰してしまいます。封筒に入っていた息子の写真も破ります。医者はエリーサベットに病院にいてもしょうがないので、自分の別荘でアルマと療養するように言います。2人は別荘に出発します。エリーサベットは新しい環境が気に入り、散歩するようになり、釣りや料理もし、手紙も書き出します。ある間も海辺の家を気に入り、献身的に看護しました。鼻歌を歌う2人。身の上話を延々とするアルマと聞き入るエリーサベット。アルマはエリーサベットの声が聞こえた気がします。アルマはエリーサベットの書いた手紙を投函しに行く時、手紙を読み、今のように静かに暮らすのが夢だったと書き、アルマとのことを赤裸々に書き、自分を崇拝しているようなので、観察するのが面白い、と書いていました。当然、冒頭のイメージの羅列が始まり、エリーサベットの姿で元の映画に戻ります。アルマはそろそろ町に戻りたいといいますが、エリーサベットは嫌だと言います。アルマはエリーサベットに話すことを求めますが、エリーサベットが拒否すると、手紙で読んだことを言い、自分をオモチャにしてたとエリーサベットを非難し、泣きます。そしてエリーサベットの心は病んでいて、健康なふりをしているだけだ、と言いますが、すぐに言ったことを後悔し、自分の身の上話をしたのも間違いだったとエリーサベットに許しを請います。エリーサベットが許そうとしないので、アルマはまた泣きます。アルマは夢にうなされ、目が覚めると、エリーサベットの寝顔を見て散々けなします。エリーサベットの夫(グンナール・ビョルンストランド)が来て、アルマのことをエリーサベットと言い、アルマもエリーサベットを演じます。息子の写真を隠すエリーサベットにアルマは、息子の話をするように言います。アルマはエリーサベットが息子を憎んでいると言い、エリーサベットは否定しますが、アルマは彼女を責めます。息子の写真を隠すエリーサベットのシーンに戻り、さっきのシーンではエリーサベットの表情が映されていましたが、今度はアルマの表情が映されます。アルマの顔の半分が一瞬エリーサベットになります。2人は病院に返って来ます。アルマはエリーサベットに私はあなたと違うと言い、取り込まれまいとも言い、エリーサベットを叩きます。別荘でアルマが目を覚ますと、エリーサベットが荷造りをしています。アルマが鏡を見ていると、一瞬エリーサベットが彼女の髪をすくのが見えます。冒頭のスクリーンをさわる少年。映写機のフィルムが燃えて映画は終わります。
現代音楽が終始流れ、不安感をかもし出します。映画のほとんどを占めるアルマの身の上話が、性体験以外はつまらなく、後半も何を言いたいのかさっぱりわかりませんでした。ただ、闇から浮かび上がる顔を撮った撮影監督のニヴェン・ニクヴィストの仕事ぶりは見事でした。ビビ・アンデルセンの美しさが唯一の慰めだったような気もします。皆さんはどう感じられるでしょうか?
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