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山田詠美『私のただひとりの「先生」』その1

2018-04-23 07:32:00 | ノンジャンル
 ‘17年に刊行された、KAWADE夢ムック・文藝別冊『生誕120年記念総特集 宇野千代』に掲載された、山田詠美さんのインタビュー記事『私のただひとりの「先生」』の全文を転載させていただきます。
「私が『先生』と呼ぶ作家は宇野千代先生だけです。宇野千代という作家は私にとって、特別な存在なんです。
 デビュー作の『ベッドタイムアイズ』を書いている時、くじけそうになると机の前に貼っていた宇野先生の『文章作法』を読んでいました。そこには『筆がのってきたら筆を止めなさい,悦に入っているのだから』と書いてあって、これはずっと心がけている言葉です。実際『今日はのってる』と思ってどんどん書いてしまうと、翌日読み返してやっぱり悪い文章になっている。いわゆる『筆が辷(すべ)る』ということなんですよね。夜に書くラブレターと同じですよ。翌日読み返すと、恥ずかしいでしょ?
 宇野先生は『文章作法』で、『毎日机の前に座りなさい』とも書いていたけど、これは言うことがきけなかった(笑)。でも、自転車と同じで、小説の書き方も一度身体に染み付いたら忘れられないものなんです。
 宇野先生はたくさんのフィクションを書かれているけれども、ただ心に留め置いたことを綴ったエッセイも多くて、そうした文章は、私が小説を書くうえでとても役に立っているんです。
 あとは『自信をもって書くこと。宇野先生は自己肯定の力が強い。ここまで自分を肯定して書けるのは宇野千代という作家だけだと思います。』
 ふつうならただの自己肯定で、ナルシスティックな文章になるんですよ。つい凝った文章を使いたくなってしまう。でも宇野先生の文章はそれとはまったく違う。
 宇野先生の自己肯定は、自分にはこの文章しか出てこないんだ、ということを肯定する。誇張せず、わざと削ったりもせず、好きなものを好きな大きさでそのまま、言葉を尽くして書く。これはよほど客観性を持っていないとできないことです。宇野先生はよく、『八百屋のおかみさんでも読めるようなものを書きたい』と仰っていました。私も美辞麗句を使いたくなってしまいそうになると、この言葉を思い出すんです。
 実際、宇野千代の小説は、ごく簡単な言葉で書かれていますよね。でも、それはただ日常で話をする時に使う言葉で書けばいいというものではない。簡単な言葉で、感情をそのまま書く。これにはものすごいテクニックが必要なんです。これは書き言葉のテクニックです。

 いちばん最初に宇野先生の文章に触れたのは、『この白粉入れ』です。私が高校生の頃に手にした田辺聖子さんが編んだアンソロジーに収録されていて、なんて面白いんだろうって思ったんです。それから『生きて行く私』の新聞連載が始まって(1982年)、連続ドラマ化もされて(1984年)、宇野千代のライフスタイルがみんなの憧れの的みたいになっていった。おばあちゃんなのに可愛らしくて、発言に注目が集まるようになりましたよね。
 私が『ベッドタイムアイズ』で文藝賞を受賞しデビューしたのが1985年なんです。もちろん、すぐに宇野先生にお会いできたわけではなくて、『新潮』の1000号記念で『文学の年輪』という特集があったんです。その中で、憧れの人に会わせてくれると言われたんですね。それで、ぜひ宇野千代先生にお会いしたいとお願いして、そこで初めてお目にかかりました。
 南青山の宇野先生のお宅へうかがうことになっていたんですが、うかがう前に、男性編集者二人と原宿駅前のカフェでお待ちすることになったんです。それが結構長い時間で、どうしてこんなに待っているのかと聞いたら、『宇野先生はいまお着物を選んでいるところだから』と。つまりそれは、男性編集者が来ることになったからなんですよ(笑)。お待ちしている時間、私はずーっとドキドキしちゃって。だから『早く会わせて』とも言って。でも会ってみたらとても綺麗で、それだけでも時間かけてお待ちしていた甲斐があったと思いました。
 宇野先生は『ベッドタイムアイズ』を読んでくださっていて、『あなたの書くものは完成しているわね。それにあなた、男を本当に慈しむのね、わたしにはここまではできないわ』と仰っていただけたことがとても嬉しくて、その言葉はいまでも大切にしています。『書きたいように書けば良いのよ。でも浮かれた気持ちで書いてはだめ』とアドバイスもしてくれました。私は先生の影響をとても受けていたから、そう申し上げたら先生は『あら、そう?』とあっさり答えて、そのあとは、ほとんどがガールズトーク(笑)。下世話な話もあったりして。『黒人の彼氏をもつって、どんな感じなの?』とか。当時の私の、チリチリのドレッドヘアを見て『アソコの毛みたいね』と面白がっていたり(笑)。」(明日へ続きます……)

 →Nature Life(http://www.ceres.dti.ne.jp/~m-goto

P.S 昔、東京都江東区にあった進学塾「早友」の東陽町教室で私と同僚だった伊藤さんと黒山さん、連絡をください。首を長くして福長さんと待っています。(m-goto@ceres.dti.ne.jp)