また昨日の続きです。
「ぼくね、世の中に数限りなくなるフェチの世界を統括するのが夢なんですよ」「世の中に、ゼンタイプレイのようなゲームが、他にもいっぱいあるってことなんですか?」「ゲーム? 貴様、今、ゲームと申したか! 違う。愛の真剣勝負だ」「そ、その真剣勝負の種類が他にいくつもあると……」「その通り!」全身タイツの後、しばらくの間はタカをくくって、蛍子自身もおおいに楽しんだ。どこかで変態のやることと馬鹿にしていたのかもしれない。何故なら大上段に振りかぶった西条の物言いに反して、くすぐりプレイや泥んこまみれごっこ、包帯ぐるぐる巻き、メイドや看護婦のコスプレなどの軽いものばかりだったからだ。しかし、やがて、その遊戯が子供のものでなく、大人のためのお医者さんごっこに変容して行くのを蛍子は知ることになる。彼女は、SMプレイ専門のラヴホテルの一室で、産婦人科用の診察台にくくり付けられていたのであった。通い始めることになったそこでは、毎回、西条による診察もどきがくり返され、蛍子に与えられる快楽と苦痛は、どんどん激しさを増して行った。二人は、加虐、被虐に関してはリヴァーシブルであった。そしてそろそろ指の切断なんてのも良いねえ、と夢見るように西条が呟き、蛍子を歓喜のはるか手前で震え上がらせたある夜、事件は起きたのである。フェティシズム三昧専門のホテルで、西条と蛍子の部屋に、突如、ひとりの中年女が出刃包丁を手にして踏み込んで来たのである。「この女か! この女なんだなっ!」すまん! そう大声で言って、西条は女の足許に土下座したのであった。「本当に本当にごめん。愛する妻であるおまえを裏切ったなんて、こんなの初めてなんだよ!」眩暈を覚えた蛍子は、たまらず後ろに手を突いた。手の平には、しぼんで縮んだ師匠の性器から落ちてしまい、抜け殻のようになったコンドームが張り付いている。卒業証書か。
『虫やしない』
先の震災以来、非常事態に備えて、夜、バスタブに溜めた湯は、次回の入浴前の風呂掃除まで抜かないようにしています。掃除のために中に入ると、湯舟から上がった水蒸気のせいで、天井にはびっしりと水滴が付いています。ある日、ふと天井を見上げて驚きました。そこに付いた少なからぬ数の水滴の中で小さな虫が死んでいるのです。台所の生ごみの中に湧くショウジョウバエと呼ばれるものです。しばらくの間、原因を探ってみて思い当たったのは、天井に設けられた換気口の存在です。季節は夏、虫たちは、水を求めて、そこから入って来たのでしょう。そして、ようやくありついたそれに、ごくごくと喉を鳴らしている内に溺れてしまった。そうに違いありません。そう考える珠美なのでした。珠美が「むしやしない」という言葉を知ったのは、京都へのひとり旅の最中でした。すきっ腹にぐうと鳴るおなかの虫をなだめる軽い食事のことだと、給仕の女の子が教えてくれました。我が意を得たり、と嬉しくなりました。自分のこれからの人生のスローガンとも言えるのでは、と感じたのです。まだまだ野心を胸に秘めていてもおかしくない妙齢の婦人である珠美が、既に慎ましやかな生活を念頭に置くようになったのには訳があります。それが何かというと、強欲の権化のような母親の存在なのです。ものすごい食欲に、ものすごい性欲。そして、それらが満たされるとぐーぐーと寝てしまうのです。こんな母ですから、珠美の父は、彼女の幼ない頃に、身体的、精神的、両方の過度の疲労が重なって死んでしまいました。珠美は食事においてもセックスにおいても深くを求めませんでした。そんな彼女の周囲には、理解者たちが続々と集まって来ていました。いわく、小腹を満たすスナック程度の出費で、一夜を共にしれくれ、しかもあーだこーだとしち面倒臭い前戯を要求されることもなく、さっくりと射精したら、朝まで一緒にいてえ? などと忌々しい要求を出されることなく、すみやかに解放される、それが珠美訓である。珠美に集まった男たちは、静かに自分の番を待つのでした。ところが、とうとう、その平和が乱される時がやって来たのです。いつものように並ぶ身軽な男たちからひとりをつまもうとすると、突然、それを遮る大きな声が響き渡りました。「待たれい!」見ると、身すぼらしい格好の若者が、よろめきながら、こちらにやって来るではなりませんか。「あなたの母親の虫を養うべく奮闘していたら、このような状態になってしまいました。自分の目的は、珠美さんの虫を養うことであったのに……でも信じて下さい」「信じて良いのね? 私を口直しに使ったりしないと約束出来る?」若者は、立てた小指を珠美の前にかざしました。さて、薄味の蜜月が始まりました。かすかに欲情した珠美の手の届くところに盛生がいるようになりました。(また明日へ続きます……)
→Nature Life(http://www.ceres.dti.ne.jp/~m-goto)
「ぼくね、世の中に数限りなくなるフェチの世界を統括するのが夢なんですよ」「世の中に、ゼンタイプレイのようなゲームが、他にもいっぱいあるってことなんですか?」「ゲーム? 貴様、今、ゲームと申したか! 違う。愛の真剣勝負だ」「そ、その真剣勝負の種類が他にいくつもあると……」「その通り!」全身タイツの後、しばらくの間はタカをくくって、蛍子自身もおおいに楽しんだ。どこかで変態のやることと馬鹿にしていたのかもしれない。何故なら大上段に振りかぶった西条の物言いに反して、くすぐりプレイや泥んこまみれごっこ、包帯ぐるぐる巻き、メイドや看護婦のコスプレなどの軽いものばかりだったからだ。しかし、やがて、その遊戯が子供のものでなく、大人のためのお医者さんごっこに変容して行くのを蛍子は知ることになる。彼女は、SMプレイ専門のラヴホテルの一室で、産婦人科用の診察台にくくり付けられていたのであった。通い始めることになったそこでは、毎回、西条による診察もどきがくり返され、蛍子に与えられる快楽と苦痛は、どんどん激しさを増して行った。二人は、加虐、被虐に関してはリヴァーシブルであった。そしてそろそろ指の切断なんてのも良いねえ、と夢見るように西条が呟き、蛍子を歓喜のはるか手前で震え上がらせたある夜、事件は起きたのである。フェティシズム三昧専門のホテルで、西条と蛍子の部屋に、突如、ひとりの中年女が出刃包丁を手にして踏み込んで来たのである。「この女か! この女なんだなっ!」すまん! そう大声で言って、西条は女の足許に土下座したのであった。「本当に本当にごめん。愛する妻であるおまえを裏切ったなんて、こんなの初めてなんだよ!」眩暈を覚えた蛍子は、たまらず後ろに手を突いた。手の平には、しぼんで縮んだ師匠の性器から落ちてしまい、抜け殻のようになったコンドームが張り付いている。卒業証書か。
『虫やしない』
先の震災以来、非常事態に備えて、夜、バスタブに溜めた湯は、次回の入浴前の風呂掃除まで抜かないようにしています。掃除のために中に入ると、湯舟から上がった水蒸気のせいで、天井にはびっしりと水滴が付いています。ある日、ふと天井を見上げて驚きました。そこに付いた少なからぬ数の水滴の中で小さな虫が死んでいるのです。台所の生ごみの中に湧くショウジョウバエと呼ばれるものです。しばらくの間、原因を探ってみて思い当たったのは、天井に設けられた換気口の存在です。季節は夏、虫たちは、水を求めて、そこから入って来たのでしょう。そして、ようやくありついたそれに、ごくごくと喉を鳴らしている内に溺れてしまった。そうに違いありません。そう考える珠美なのでした。珠美が「むしやしない」という言葉を知ったのは、京都へのひとり旅の最中でした。すきっ腹にぐうと鳴るおなかの虫をなだめる軽い食事のことだと、給仕の女の子が教えてくれました。我が意を得たり、と嬉しくなりました。自分のこれからの人生のスローガンとも言えるのでは、と感じたのです。まだまだ野心を胸に秘めていてもおかしくない妙齢の婦人である珠美が、既に慎ましやかな生活を念頭に置くようになったのには訳があります。それが何かというと、強欲の権化のような母親の存在なのです。ものすごい食欲に、ものすごい性欲。そして、それらが満たされるとぐーぐーと寝てしまうのです。こんな母ですから、珠美の父は、彼女の幼ない頃に、身体的、精神的、両方の過度の疲労が重なって死んでしまいました。珠美は食事においてもセックスにおいても深くを求めませんでした。そんな彼女の周囲には、理解者たちが続々と集まって来ていました。いわく、小腹を満たすスナック程度の出費で、一夜を共にしれくれ、しかもあーだこーだとしち面倒臭い前戯を要求されることもなく、さっくりと射精したら、朝まで一緒にいてえ? などと忌々しい要求を出されることなく、すみやかに解放される、それが珠美訓である。珠美に集まった男たちは、静かに自分の番を待つのでした。ところが、とうとう、その平和が乱される時がやって来たのです。いつものように並ぶ身軽な男たちからひとりをつまもうとすると、突然、それを遮る大きな声が響き渡りました。「待たれい!」見ると、身すぼらしい格好の若者が、よろめきながら、こちらにやって来るではなりませんか。「あなたの母親の虫を養うべく奮闘していたら、このような状態になってしまいました。自分の目的は、珠美さんの虫を養うことであったのに……でも信じて下さい」「信じて良いのね? 私を口直しに使ったりしないと約束出来る?」若者は、立てた小指を珠美の前にかざしました。さて、薄味の蜜月が始まりました。かすかに欲情した珠美の手の届くところに盛生がいるようになりました。(また明日へ続きます……)
→Nature Life(http://www.ceres.dti.ne.jp/~m-goto)