この戦いでは安城の渡しの戦いで歩兵第21連隊の木口小平二等卒は死んでもラッパを離さずに吹き続けたという逸話が残る。戦死者88名中の1名が三井勝治郎だったわけだ。木口(最初は白神源次郎、その後木口に変更)の話は死しても尚ラッパを口から離さなかったラッパ手の噂話として明治35-昭和20年まで小学校修身の教材に使われた。
白神源次郎と三井とは同じ7月29日の戦死だった。
朝鮮国成歓駅(大韓民国忠清南道天安市西北区成歓邑)において忠死とある。渡韓直後の最初の激戦で戦死した模様。
三井勝治郎の生家のいま@高須町上浜
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