いつもよりも多めに残業をして事務所をあとにする。三ノ宮から新快速に乗り、自宅最寄駅で降りてみると土砂降りの雨!雨!雨!急いでタクシー乗り場に駆け寄るも既にそこには総勢100名を超える長蛇の列がまるでとぐろを巻く様に続いていた。
おもむろに鈍い光を発する夜空、そしてその鈍光に呼応するように次第に音量を増す雷鳴。それらはまるで魔物の到来を予感させるように、夜のスコールと共に着実にその勢力を拡大させていくのであった。
駅前の階段は滝のようになり、たまに全身に雨水を染み込ませて黒光りするスーツを身にまとったビジネスマンたちがオロオロと階段を下りてくる。こういうときの人々の理性は裾から滴り落ちる雨水と一緒に大地に却っていくようである。緩み切った口元に笑みすら浮かべつつ、ヘラヘラと虚空を仰ぎながら降りてくるしかないのである。
雷光は瞬時に十数回点滅し、雷鳴はただの一点だけでなく大気というボリュームのいちばん底の面が、大地に這い回る我々の頭上をかすめているようであった。あまりの雷光の激しさに列の中の幾人もの成人女性は悲鳴をあげていた。雷光と言う無言の演出は、むしろ雷鳴よりも恐るべし光景なのであろう。雨に打たれた街中のビルの外壁が、ガラスが、そして行き場をなくしてアスファルトを彷徨い流れるそれらが、青白い光線を同時に発するのだから。・・・それはまるで、アカルイミライ。
一方、私はと言えば、雷光が夜空に轟く度に空を仰ぎつつ、その超幻想的風景をレンズに納める事の出来なかった不甲斐無い状況を悔い、そして、見事な稲光が無言の足音と共に去っていくのを感じながら、ただ指をくわえて45分の間、微動だに出来ぬままタクシーの順番待ちをするしかなかったのである。
夏は終わった。木々にかろうじて、へばりついていたであろう晩夏のセミ達はおそらく地の果てまで流され、草陰で雨をしのげたであろうスズムシたちが、露草の陰から来たるべき秋の訪れを人々に知らしめるのであろう。きっと今夜はそんな夜であるに違いない。そして、私は「夏の終焉」という劇的なシャッターチャンスを逃した夜を悔いながら、明日の到来を受け入れるための身支度を始めるのであった。