中日新聞の日曜版「おじさん図鑑」に「固定電話」というタイトルで、飛島圭介さんがエッセイを書かれていました。
そもそも携帯電話が出現するまで、「固定電話」という言葉はなかった。
携帯電話が普及した昨今、ついに家庭の電話がその命脈を絶たれようとしている。
おじさんの家でも電話は常に留守電にセットしてあり、未知の人からの電話は受話器を取らない。
電話による詐欺やいたずら電話に関わらないための予防策だ(けんのんな世の中になったものだ)。
固定電話は、会社やお店、施設、公共団体など「その場所」にいつもある(なければならない)組織には必需品だが、「個人」には必ずしも必要ではなくなっている。
携帯電話があれば全て事足りるのだ。
ただ携帯電話への通話は相手がどこにいるか分からないので、「今どこ?」と相手の状態を聞くことから始まる。
固定電話なら相手の居場所は確定しているから心配はいらない。
おじさんが子供の頃は電話がある家は少なかった。
電話を持つ家は、隣近所の人に「呼び出し電話」がかかってきても面倒がらず取り次ぐのが当然の義務だった。
人情が生きていた。
また電話の権利は高額で財産価値があった。
時代は流れ、電話にまつわる人情も財産も根こそぎ無となりつつある。
以上です。
>電話を持つ家は、隣近所の人に「呼び出し電話」がかかってきても面倒がらず取り次ぐのが当然の義務だった。
うちは商売屋だったので、早くから固定電話を持っていました。
呼び出し電話がかかると、受話器をそのままにして呼びに行った覚えがあります。
気になったのは、「電話の権利は高額で財産価値があった。」という記述です。
うろ覚えですが、電電公社の公社債を買ったような気がします。
かみさんに聞いたら、「そんな物、持っていない」というのです。
どうしてしまったのか、全く覚えがありません。
義兄もいまだに固定電話を持ってみえますので、一度電話して聞いてみようかなと思っています。
Elvis Presley / G.I. Blues G.Iブルース / エルヴィス・プレスリー