新宿少数民族の声

国際ビジネスに長年携わった経験を活かして世相を論じる。

10月21日 その2 外国人同士のヴァレーボールの試合を見て

2018-10-21 16:04:31 | コラム
興味深い力対力の勝負だった:

観戦記:
20日夜に世界女子ヴァレーボールの決勝戦、セルビア対イタリアの試合を「外国人が優勝を争えば、如何なる展開になるか」と大いに興味を持って観戦した。結果としては予期したように凄まじい「力対力」と「身体能力対身体能力」と「身長対身長」の争いとなった。そこには精密な鍛え抜いたスキルとか守備といったような、我が国のヴァレーボールの特徴となる技巧の影は薄く、まるで異質の競技を見ているかのような感が濃厚だった。

この辺りには何度も採り上げてきたMLBに転出したダルビッシュが初めてアメリカのキャンプに参加して「何か異質の競技をやっているのかと思った」と慧眼にも述べたのにも似た異質感が満載だった。


その特徴というか力強さを形容してみれば「身長が190 cmを超えるアタッカーが3.5 mほどのジャンプをして、相手の高いブロックの遙か上を打ち抜いた力一杯のスパイクが、チャンとそこに待っている相手側の選手の真っ正面に飛んでも、その余りの強さに弾き飛ばされてしまう」という具合で、我が国の精密な技巧と固い守備に見慣れてきた目には「違い過ぎる」と思わせられるだけだった。悪い言い方をすれば「雑に力任せに打ち込んでいるだけで、緻密さには欠けている」となるだろうか。

私の主張:
別な言い方をすれば「女性の体の特長を余り感じさせない男子のような体格をした集団が、懸命に力と力をぶつけ合って「守れるものならば守って見ろ」とばかりに打ち込み、それを「ならば守って見せようじゃないか」とばかりに応酬して、アメリかが発祥の地であると聞くヴァレーボールとはそもそもこういう「力を誇示し合う競技だったのか」と思わせてくれた。その力を発揮する為には体格と身体能力も必須だが、必要にして十分な体力が鍛え上げられていると見えた。その辺りに我が国のスポーツとの違いが見えたのである。

聞くところでは「アメリかではプロにまでなって行く選手たちは「我が国とは仕組みが異なっていて、自分が好むというかやりたいと思う種目を選ぶのではなく、スポーツ選手希望の者を集めてその素質がどの競技に適しているかを専門家が判定して、その種目に集中させ、それで能力を発揮できるように鍛え上げていく組織がある」のだそうだ。その手のスクールの出身者にはテニスのかの錦織圭君がいれば、大坂なおみのような者がいるという具合である。私には「典型的なスポーツの文化」の違いと見えるのだ。

その仕組みがどれほど優れているかを示している例に、錦織圭君を挙げたいと思う。松岡修造はそもそも錦織君に素質があったと主張するが、私は錦織君程度の体で世界のランク第4位にまで上がれたのは、そのアメリカ式適性を判断した上での鍛え方の賜物であったと思っている。私は未だアメリカではフットボールの世界ではひよこ程度の我が国の高校生がそのスクールに留学して、我が国の大学生も及ばない走力がつくまで鍛え上げられたという実例も聞いている。

ここまでで何を言いたかったのかを解説すれば、「我が国の指導のシステムには残念ながら未だにアメリカ式の合理性が備わっていないこと」と「間違っていたらご免なさいだが、我が国の指導者たちは(アフリカ系をも含めて)外国人との体格差を意識する余り、根本的な身体能力の強化とウエイトトレーニングのような科学的且つ合理的な体格を付けることよりも、精密な技巧とスキルの訓練を優先しているのではないか」と言いたかったのである。

別な角度から言えば、アンダーアーマーの我が国の販売権を有するドーム社の社長だった元法政大学フットボール部監督の安田氏は「ラグビーの日本代表選手たちのような体格を備えたサッカー選手を養成して、欧米の諸国に負けないようなサッカーテイームを作ろう」という企画でクラブまで作っている。と言うことは、我が国の代表テイームの選手たちも、体格と身体能力が未だしだと安田氏は見ているという意味である。私も残念ながら彼の見解を支持せざるを得ないと思っている。

確かに、森保監督率いる新生日本代表に抜擢された南野、堂安、中島翔に既存の大迫等は外国人に簡単には当たり負けしないような経験を積んでは来たが、体格と身体能力という点では「もう一つか」の感は拭いきれない。サッカーではヴァレーボールやバスケットボールとは異なって「身長」はそれほど絶対的なハンデイキャップとはならないが、身体能力の差は未だ未だ補い切れていないと見ている。

私は精密な技術や技巧やスキルを養うことを無視しようと言っているのではない。アメリカ式の合理的というか科学的な身体能力の育成に更なる努力を傾けるべきではないかと考えているのだ。その必要性をあのセルビア対イタリアの全力での打ち合いの中に見出したという意味である。だが、その種目に適した者を集めて養成するという方向には我が国では急には変われまい。

遺憾ながら韓国では既に集中的指導の実行段階にあり、ゴルフではあの世界のランキングで第1位になった女子まで養成しているし、現に我が国のゴルフ市場を荒らし回っているではないか。我が国の体育会制度を見直してのアメリカのNCAA方式の導入が叫ばれているが、その前にやっておくべきことがあるのではないかと言っておきたいのだ。


私の感傷

2018-10-21 08:19:45 | コラム
アメリカの会社勤務時代の思い出:

去る19日に世界ヴァレーボールの我が代表対アメリカの試合開始前に暫く振りにアメリか国歌の演奏を聴いて、何とも表現できないような感傷に浸っていた。それは22年半も続けたアメリカの会社の一員として恐らく世界で最も品質については細かい点に厳格と言うか要求が厳しい日本市場を相手にしてきたこと(苦労と苦心のほど)にも思いを馳せていたことも勿論あった。よくぞあの世界で事業部内のただ一人の外国人として61歳まで勤め上げられたものだという誇り(思い)はあった。

だが、感傷的にならざるを得なかったことが他にもあった。それはアメリかでは国歌が独唱されることも演奏だけのこともあるが、それを観客全員が一斉に起立して楽しげに大声で歌うアメリカ人たちの中で、フットボール、ベースボール、バスケットボールを観戦してきた時に「何故アメリカ人たちがこうやって歌い、選手たちも歌っているのに、我が国は起立すらもしない者までいれば、歌っていないのが常態化しているのとは」という悲しさと情けなさだった。念の為に確認して置くが、30年以上も前のことだ。

それは嘗ての上司に誘われてNCAAのワシントン大学(UW)ハスキース対UCLAブルーインズのフットボールの試合を、UWの7万人収容のハスキースタジアムに観戦に行った時のことだった。恒例の試合前の国歌の独唱があって、全員が起立して独唱者に合わせて声高らかに歌い出した。その時にそれほどバリバリの愛国主義者ではないと思っていた私が「何故我が国ではアメリカ人たちのように誇らしげに国歌を歌わないで無視するのだろうか」と思った瞬間に不覚にも落涙したのだった。我ながら驚いた出来事だった。

それを見ていた元上司は私に握手を求めて「我がアメリかの国歌の為に泣いてくれたのか」と感謝されてしまったのだった。「そうではありません。実は」と説明するほどの落ち着いた心境ではなかったので、ただ黙って握手しただけに終わった。だが、私の心中には「国旗と国歌を尊敬し、尊重しない国民がいるとは・・・」との思いはあったのは間違いない。それは何も国粋主義でも愛国心だけのことではなく、「国民として当然為すべきことが何故出来ないのか」というだけの単純な思いだった。

そういう思い出と共に短時間、私の脳裏に浮かんだのは「あの異人種と異文化の世界で20数年を過ごして経験した、今となっては二度と味わえることがない彼らと一緒になって彼らの文化と規則と感情の中で過ごした生活が無性に懐かしく思えたのだった。在職中は恐らく50回以上は我が国とアメリかを往復しただろうが、シアトル空港に降りたって入管を過ぎて何時も思ったことは「あー、また何もかも異なる国での生活が始まるのだ」という何とも例えようもない緊張感と、それを楽しもうという期待感だった。

読者諸賢には「何を偉そうなことを言うのか」と言われるかも知れないが、そこから始まるのは、言うなれば「如何にして日本市場に現状以上に地盤を拡張、即ち市場占有率を上げて、我がW社の我が事業部の存在を、この難しくも要求が世界一厳格な市場でより一層認めて貰う為には何を為すべきか」の対策を練る為にやって来たのである。我が事業部は私が加入した75年に10%程度の市場占有率しかない最弱のサプライヤーでしかなかった。だが、目指すは「日本市場の#1シェアーホールダー」だったのだ。

その中でも勤務での緊張感と刺激は忘れがたい記憶だが、あの人たちの中に入ってアメリカ人の思想・哲学・信条と異文化の下にあって自分の生まれ育った国の市場で、同じ国民の方々の信頼を勝ち得ようと、彼らの一員として「何卒アメリカの会社をご信用賜りたく」と願い出て説得していくのが仕事だった。私はアメリカ式の「我が社の製品こそ世界最高。それを買わないと言われるのは御社のお間違いでは」というアメリカ式の高飛車と取られるセールストークをしてはならないと事業部内を説いて回った。

ある大手の得意先の担当常務さんには「我が社が求める品質と価格を達成せよ。それが出来れば世界の何処に行っても一級品として通用するぞ」と穏やかに説得された。非常に説得力があったので、事業部を挙げて本気でそこを目指した。職能別組合員たちにも「君等の努力でかかる品質を達成しよう。そこには世界で最も厳しい日本市場最大の市場占有率達成もあり、君たちの職の安定も確実になる」と説いて回ったのだった。

自慢話をしている気は毛頭ない。そういう#1のシェアーホールダーを目指していた、実は楽しかった時代の思い出に浸らせてくれた久し振りに聞いたアメリか国歌だったのだ。あの日々が懐かしいと言うよりも「良くあのような場で22年以上も過ごせたものだ」という感傷である。トランプ大統領に申し上げておきたいことは「これを受けれないと云々という武器を振りかざして交渉なさるの一つの有効な手段だろうが、対日輸出を目指す会社には『地道な努力を忘れるな』と一言督励される必要もあるのでは」という経験談だ。