家待・越中編（一）（06）手力(たぢから)もがも

【掲載日：平成22年12月28日】

春の花　今は盛りに　にほふらむ
　　　　　　　　　　　折りて插頭かざさむ　手力たぢからもがも


病の苦しみは　　十日余り続き
ようやく　小康しょうこう得たものの
足腰萎なえ　身体はだるく
病は　　家持をすっかり　気弱にしていた
心こころ頼だのみは　お主ぬしばかりと　
大伴池主いけぬしへ　文を遣やる

春の花　今は盛りに　にほふらむ　折りて插頭かざさむ　手力たぢからもがも
《春花は　今を盛りと　咲いとるが　折って髪かみ挿さす　力も出んわ》
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―大伴家持おおとものやかもち―〔巻十七・三九六五〕
鴬うぐひすの　鳴き散らすらむ　春の花　何時しか君と　手折たをり插頭かざさむ
《鶯が　鳴き散らしとる　春の花　池主あんたと髪挿かざし　何時いつ出来るやろ》
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―大伴家持おおとものやかもち―〔巻十七・三九六六〕

〔困った　国守かみ殿じゃ
　これしきの病　　吹き飛ばせぬか
　坊ちゃま育ち　　致し方無いか〕

池主から　　見舞いの文が届く
《お手紙拝見　　見事な文章感じ入ります
　添えられし歌　　これも素晴らしく
　口ずさむ度たび　心洗われます
　春　　そう　今　春たけなわ
　春宵くれの趣おもむき　桃の花　飛び交う蝶　
　緑なす柳やなぎ葉ば　葉隠はがくれに囀さえずる鶯
　これを　誉ほめ称たたえずして　なんの人生でしょう
　二人しての　　楽しみ
　これを　　病が裂き　悔しくてなりません
　私の春は　
　琴も無し　　酒も無し　友も無し　で
　過ぎるのでしょうか》　
〔少し　嫌味懸がかるが　良しとするか〕
　
山峽やまがひに　咲ける桜を　ただひと目　君に見せてば　何をか思はむ
《山合やまあいに　咲いた桜を　一目でも　見せられたなら　言うこと無いで》
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―大伴池主おおとものいけぬし―〔巻十七・三九六七〕
鴬うぐひすの　来き鳴く山吹　うたがたも　君が手て触れず　花散らめやも
《鶯が　鳴きに来る山吹はな　あんた手が　触れへんままで　散るもんかいな》
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―大伴池主おおとものいけぬし―〔巻十七・三九六八〕