【掲載日:平成22年12月21日】
白波の 寄する磯廻を 漕ぐ舟の
楫取る間無く 思ほえし君
家持は 待っていた
どんよりと 雲垂れ下がる 越の空
大嬢を 都に残し 心晴れやらぬ日々
そこへ 齎された 訃報
共に嘆いてくれる 友とてない
心知れた 部下の池主
その 池主 今は 都の空の下
戸籍調査の報告を手に 上京
八月の出発から かれこれ二月
書持訃報からは 一月が経っていた
往還一月ばかりの道程にしては 遅い
〔もう 帰ってもよさそうなもの
もしや
書持の 様子など 聞き及んでるやも知れぬ〕
首を長くして待つ 家持の許
池主帰還
月は 十一月に変わっていた
早速の 迎え宴
折からの 迎え雪 降り積もること一尺有余
遠望する 波間に浮かぶ 海人の釣り船
待ち侘び心を 一心に 家持は詠う
庭に降る 雪は千重敷く 然のみに 思ひて君を 吾が待たなくに
《庭に降る 雪が山ほど 積もったが それどこ違うで 池主待ったん》
―大伴家持―〔巻十七・三九六〇〕
白波の 寄する磯廻を 漕ぐ舟の 楫取る間無く 思ほえし君
《波の立つ 磯漕ぐ船の 急ぎ梶 池主思うん ひっきり無しや》
―大伴家持―〔巻十七・三九六一〕
宴のあと
池主共々 書持が心根を辿る二人
思い出される
去にし天平十年〔738〕橘奈良麻呂宴席での歌
あしひきの 山の黄葉 今夜もか 浮かびゆくらむ 山川の瀬に
《山もみじ 今晩あたり 散ってもて 浮いて行くんか 山の川瀬を》
―大伴書持―〔巻八・一五八七〕
十月 時雨に逢へる 黄葉の 吹かば散りなむ 風のまにまに
《十月の 時雨に逢うた もみじ葉は 散って仕舞うやろ 風に吹かれて》
―大伴池主―〔巻八・一五九〇〕
黄葉の 過ぎまく惜しみ 思ふどち 遊ぶ今夜は 明けずもあらぬか
《もみじ葉の 散るの惜しんで 友同士 遊ぶこの夜 明けて欲しない》
―大伴家持―〔巻八・一五九一〕
〔歌の上手であった
今 わし有るは 書持有ったればこそ〕