【掲載日:平成22年12月24日】
世間は 数無きものか
春花の 散りの乱ひに 死ぬべき思へば
天平十九年〔747〕二月
やっと越した 任地初めての冬
慣れぬ任務の疲れか
郡司との 付き合い気疲れか
春の訪れを 迎えたと云うに
家持は 床に臥していた
大君の 任のまにまに 大夫の 心振り起し あしひきの 山坂越えて 天離る 鄙に下り来
《天皇の 任命受けて 奮い立ち 任務一途と 山越えて 遠い越へと やって来た》
息だにも いまだ休めず 年月も いくらもあらぬに
うつせみの 世の人なれば うち靡き 床に臥伏し 痛けくし 日に異に益る
《ほっとする間も 無いままに 月日あんまり 経たんのに
わしも人の子 仕様ないが 病罹って 床伏して 苦痛日に日に 酷なった》
たらちねの 母の命の 大船の ゆくらゆくらに 下恋に 何時かも来むと 待たすらむ 情さぶしく
《気懸り心 胸秘めて 何時帰るかと 待ってはる 母の気持ちは どんなやろ》
愛しきよし 妻の命も 明け来れば 門に寄り立ち 衣手を 折り返しつつ
夕されば 床打ち払ひ ぬばたまの 黒髪敷きて 何時しかと 嘆かすらむそ
妹も兄も 若き児どもは 彼此に 騒き泣くらむ
《愛しい妻も 朝来たら 門の外立ち 袖折って
夜になったら 床清め 黒い髪の毛 靡かせて 帰るん何時と 待ってるで
幼い子らの 兄妹 あっちこっちで 泣き騒ぐ》
玉桙の 道をた遠み 間使も 遺るよしも無し 思ほしき 言伝て遣らず 恋ふるにし 情は燃えぬ
《道は遥かに 遠いよって 使いを送る 術無うて 思い伝える こと出きん 恋し思うて 焦るだけ》
たまきはる 命惜しけど 為むすべの たどきを知らに かくしてや 荒し男すらに 嘆き伏せらむ
《生命惜しけど どもならん 困って仕舞て 男やに 嘆くだけしか でけんのや》
―大伴家持―〔巻十七・三九六二〕
世間は 数無きものか 春花の 散りの乱ひに 死ぬべき思へば
《世の中は こんな儚い もんかいな 春花散る時に 死ぬのんやろか》
―大伴家持―〔巻十七・三九六三〕
山川の 退方へを遠み 愛しきよし 妹を相見ず かくや嘆かむ
《山や川 隔て遠うて 仕様無しに 大嬢逢えんで 嘆いてばかり》
―大伴家持―〔巻十七・三九六四〕
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます