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『帝銀事件 死刑囚』~失われた真相(それから…)

2011年08月11日 | ドラマ


日本映画専門チャンネルで“昭和犯罪史特集”をやっていまして『帝銀事件 死刑囚』(1964年公開)を録って観ました。いや、『面白い』ですね。この頃の邦画の良さが出ているというか、報道/ドキュメンタリー調の淡々とした論述と描写、それでいて緊張感のあるフレーム、GHQの圧力から捜査は変遷し、一人の男が犯人に仕立て上げられ、その情報に飢えた報道が後押しになって立ち止まって考える時間もなく、死刑の判決が言い渡され、そして犯人とされた男・平沢貞通の家族が離散してしまうまでを描いています。
ところで“帝銀事件”は(↓)こういう事件。
1948年1月26日、銀行の閉店直後の午後3時すぎ、東京都防疫班の白腕章を着用した中年男性が、厚生省技官の名刺を差し出して、「近くの家で集団赤痢が発生した。GHQが行内を消毒する前に予防薬を飲んでもらいたい」「感染者の1人がこの銀行に来ている」と偽り、行員と用務員一家の合計16人(8歳から49歳)に青酸化合物[1]を飲ませた。その結果11人が直後に死亡、さらに搬送先の病院で1人が死亡し、計12人が殺害された。犯人は現金16万円と、安田銀行板橋支店の小切手、額面1万7450円を奪って逃走したが、現場の状況が集団中毒の様相を呈していたため混乱が生じて初動捜査が遅れ、身柄は確保できなかった。なお小切手は事件発生の翌日に現金化されていたが、関係者がその小切手の盗難を確認したのは事件から2日経った28日の午前中であった。

(帝銀事件 - Wikipediaより)

ここから先は、事実とフィクションの取扱いに注意する線に入ってきますが、物語は操作当初は順調に進み、犯人像として陸軍の防疫隊の人間が怪しいとなります。そうして“731部隊”の名前があがる、ここらへんから話は段々あらぬ方へ転がり出す。
GHQから陸軍関係者への捜査の中止が命じられる。報道関係にも圧力がかかる。これ、そんな悪辣に力を誇示するような描写はされていないのですけどね。リアリティというか…確かに帝銀事件の捜査にはGHQの力は働いた“らしい”ですけど、彼らが「平沢を犯人にしろ」と命じたわけではない。平沢という男が犯人にされるまでの一要素に過ぎないし、単純に「GHQは悪い奴らだ!(GHQだけが悪い)」としないための描きだと想います。

そうして…映画の叙述が本当なら、随分、ずさんな事件像の“書き換え”で、警察は平沢を犯人に仕立て上げていきます。これも描写の中に「平沢を犯人にしてしまえ!」というような描写はされないのですけどね。うん、やっぱりこの映画、いい描きです。
旧陸軍関係者が怪しい事はわかっていたはずなのに、なぜ、警察が“そう”したのか?……やはりメンツの問題なんですかねえ…あるいは、これほど世間の耳目を集めた事件の犯人を「捕まえられませんでした!」では、社会秩序に関わると考えたのか……メンツと社会秩序の維持を混同しがちになりそうな所が、警察の恐い所ですけど。

■ちょっと別の話…

『帝銀事件 死刑囚』は、実際の帝銀事件の発生から16年後、平沢貞通の死刑判決が1950年7月24日~この1年後にサンフランシスコ講和条約が控えています~の14年後に製作されて、これが最初に帝銀事件を取り上げた映画だと思うんですが、たとえば先に記事に書いたカービン銃ギャング事件を取り上げた『恐怖のカービン銃』(1954年公開)なんかは、恐るべきリアルタイムさで映画製作されているわけです。(…ニュース映画で帝銀事件はどう描かれたか?というのはあるかな?)
平沢が捕まった時は大々的に報道され、同じく野次馬が山になっている映像が出ていましたけど……しかし、映画の題材として扱われたのは随分経った1964年なわけです。……いや、何か「この事件はヤバイ」という空気があったのかな?と邪推してるって事ですが(汗)まあ、どうなんでしょうねえ…。

ここからちょっと脱線して行きますが、じゃあ、なぜ1964年になって取り上げられる事になったか?それはやはり、その“ヤバイものの呪縛”が薄れてきたからなのでしょうが、実は、その角度から物語史を注目している所があります。
たとえば1960年には『快傑ハリマオ』が開始されています。(↓)以前、記事にも書いているのですが…

2008-02-23:ハリマオ
もともと実在の人物を模した戦前の国策映画(?)「マライの虎」が下地になっている作品なんですが…。こう……ある意味、強烈に“国策映画”ですw当時のヒーローものの多くはギャングのようなワリと普通な犯罪組織と戦っていたりするので、ハリマオもそういったアウトローと戦いながら“南国の平和”を守って行く……ってな話かと思っていたのですが、もっとこうモロに白人と戦っていますね。
1960年製作、ほぼ同時期にベトナム戦争が始まっているので、まだかなり東南アジアはそこかしこでごたごたが続いていた頃にこのネタは正直強烈じゃないかと思うんですが…といいながら日本自体まだ自国内の事で必死な時期ですし、「マライの虎」が戦前非常に人気を博したこともあって外つ国……異国から異国を渡り歩くヒーローは当時の人に活力を与えたのでしょう。

『快傑ハリマオ』については、これからも色々調べて、また改めて記事に書きだしたいのですが、まあとにかく、ハリマオ自身は帝国海軍の将校である事は確定で、大東亜共栄圏的な思想が活躍の下地にある事は間違いない……と思われるヒーローと言えます。

「戦後から20年も経ったこの時期になぜ?」という感覚で当時の記事は書いていたはずなのですが、色々他のものも眺めると段々と“この時期”の意味が分かってきたような気がするんですね。
たとえば『0戦はやと』はマンガは1963年から、アニメは1964年から、『忍者部隊月光』は1964年開始。これ原作は吉田竜夫さんのマンガで『少年忍者部隊月光』の時は、時代が第二次世界大戦中で、当然、月光たちは日本軍所属でした。
マンガは“この時期”以前でも、これに近い作品が色々出ているとは思えるんですが(監視しきれないというか)アニメ、特撮ヒーローものはどうかというと…う~ん?たとえば『鉄人28号』が旧日本軍の兵器ですが……そういうガジェットの出自として大戦を利用する事はあっても、これ程“モロ”な感じのは少ないように思います。

これからさらに時代が1971年に下りますがタツノコプロが製作した『アニメンタリー決断』(製作・吉田竜夫)という作品があります。太平洋戦争時に連合軍と戦った日本指揮官たちの“決断”を描いたこの作品は、アニメ史単体で観ると、それこそ全くの異色作/突然変異のように思われたりもすると思うのですが(いや、僕がそう思っていたという話)、ちょっと前には『ハリマオ』があったよ、『0戦はやと』があったよ、いや『忍者部隊月光』だって~と並べると、“この時期”の流れが見えて来る気がします。
これは僕自身、僕が生まれてから受けてきた教育の“体感感覚”でいえば“この時期”があった事自体が、体感の歴史感覚としてしっくりこないというか、稀有なものに思えてしまう所があります。でも、これらをちょっとつなげて考えてみようと今は思っているんですよね。

また、これらの作品群をなぜ、戦前の題材でもない『帝銀事件 死刑囚』の項でつなげて観ているかというと(映画は映画でまた色々別の情報がからみますし)、多分……いや、僕の推考に過ぎないんですが、これらの『物語』が、相手に見据えていたのがGHQ(の呪縛)だったのではないか……という共通項が見いだせるからです。
しかし、実際には、GHQが来るわけではなかった…というか呪縛は薄れた頃だからできた事もあるでしょうし……実際には、『アニメンタリー決断』の頃になると、相手にしなくてはならなかったのは、PTAとか、各教育団体だったわけです。そうして、どうやら“この時期”は短く、すっと霧散し、僕の知っている社会(PTAとかが物語を苛めてうるさいって社会ね)になって行ったようです。

1951年にサンフランシスコ講和条約、それから1960年には日米安全保障条約の改定…という時期でもあるんですが、1964年には東京オリンピック(そして新幹線開通)、1970年には大阪万博とそんな時期とも言えます。
この頃の日本人は「もはや戦後ではなく」なり、高度経済成長に奮闘を続けるなか、嗜好も“かつての物語”ではなく“未来の物語”を選び、求めて行ったのですかねえ…。まあ、そういう所をぼちぼちと『物語』から眺めて行こうと思っています。


帝銀事件 死刑囚 [DVD]
信欣三,内藤武敏,笹森礼子,北林谷栄,高品格
NIKKATSU CORPORATION(NK)(D)

アニメンタリー決断 DVD-BOX
雨森雅司,浦野光,家弓家正,九里・一平,鳥海尽三
竹書房



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2 コメント

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Unknown (ロヒキア)
2011-08-11 11:54:55
熊井啓の作品は何本か見ていますが、『日本列島』なんかは元・陸軍中野学校のメンバーの影が見え隠れしてまして、同じ時期にスパイ物って事で大映で市川雷蔵の『陸軍中野学校』なんて物もあったりするけど、一方で『日本列島』では“今でもいるぞー!”という事を描いているんですよね。まるで妖怪ですが(w

以前も何処かで書いたと思うのですが、観客も作る側も戦争体験者が多かった当時では、死生感かして色々と違っていたのかなーと思う事度々です。

でも、日活の無国籍アクションを作る一方で、こういう社会派も作ったりして硬軟合わせ持っていく感覚って結構大事だと思うんですよねー。
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Re:ロヒキアさん (LD)
2011-08-12 00:15:56
『日本列島』は同じく昭和犯罪史特集で流していたので、観ましたよ。これも面白かったのですが『帝銀事件 死刑囚』と比べてしまうと、フィクション性が高くなっていて、ドキュメンタリータッチのあの凄みのようなモノは薄れてしまっているなとも思いましたね。

熊井監督は他に『海と毒薬』、『ひかりごけ』、『日本の黒い夏 冤罪』と、あ、あと『黒部の太陽』か…その作風は成程という感じもしますねw
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