今何処(今の話の何処が面白いのかというと…)
マンガ、アニメ、特撮の感想ブログです。




http://www.websphinx.net/manken/

「漫研」を開設してから10周年となりました。10年間、飽きもせず、よ~もまあ続けて来れたなあ…と感慨深いものがあります。
これも日頃よりこのサイトの運営にお付き合いいただいている皆様のお陰だと思っています。特に開設に携わってくれたGiGiさんと、2005年頃よりずっと「今週の一番」に参加してもらっているルイさんには、感謝しています。

そもそも僕にホームページというものの存在を教えてくれたのがGiGiさんで、その後もず~っと「漫研」の運営に関する相談には乗ってもらっています。GiGiさんがいなければこのサイトは存在しなかったでしょう。僕一人が、何かぶつくさ言っているサイトが立ち上がる事はあったかもしれませんが、毎週一回必ず、週刊少年マンガについて感想を言い合うという「今週の一番」形式を、10年間ず~っと付き合ってもらったのが、このサイトが続いてきた原動力だと思っています。

ルイさんには2005年より以前からいろいろコメントをもらったりしていたのですが、僕とGiGiさんのチャットに入ってきて「それ、どういう意味?」っていうか……とにかく色々聞いて、それについて毎週、意見を言ってくれたのがありがたかったです。…GiGiさんとは顔合わせて話もするし、少ない言葉で互いに何が言いたいのか分る(気になっている)ところがあって、チャットをしていても物凄く省略された会話をしていたんですよね。そこをよくぞツッコんでくれたというか…自分の思考の整理をすごく進ませてもらいました。
他の皆様にもいつも色々コメントをしてもらえたり、メールをもらったりしてとても感謝しています。やっぱり、様々なテーマで話し合うのは他には代えがたい「愉しさ」があります。

このサイトの一番のコンテンツは「今週の一番」なんですが、僕は何か中国拳法の套路とかw剣道の素振りみたいな感覚を持っていて……套路って言っても崩拳の空突きを一発繰り出すだけのイメージですけどね(汗)w
毎週、面白かった事も、つまらなかった事も話して、一発突きを出す。その次の週も、面白かった事も、つまらなかった事も話して、一発突きを出す。………これを1年で約50発、10年で500発、繰り出して来たわけです。
……けっこうこれは財産と言うもので、それなりに「おたくの功夫」は積まれているんじゃないかなあ…と思ったりします。……「おたくの功夫」ですから略すとオタクンフーですね…(よし!俺今いい事言った!)この習慣は今後も続けて行ければなと思っています。

10周年ですが特に運営を変えるという事もなくいつも通りに…このブログ時代にダサさ溢れるサイトで、どうなんだろう?とか思ったりもしますが…(汗)まあ、今更カッコつけてもはじまらないんでwこのままこのままw……覗いてもらった人にはマンガやアニメや特撮を含めた、物語の面白さを改めて感じてもらえたら幸いです。

改めてお付き合いいただいている皆様に感謝を。そして今後ともよろしくお願いします。


コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




http://www.tsphinx.net/manken/room/clmn/j_amemiya3.html

ようやく第四回まで書き上げました…本当は第五回まで一気に行く予定だったのですが、ちょっと力尽きてしまいました…orz
三回~四回はかなり妄走力全壊で書いていますので、第五回は多少は冷静な話を詰められればな…とか思っています。……多少ね!!w

今回「ななか6/17」を読み直して思ったのは、連載当時、けっこう怖く思っていた七華(17歳)の印象が、今だと大分違って見えましたねw
…というか「ヤンデレ」というものの観方を覚えた今だと「この娘萌え所満載なんじゃねの?」とか思ったりw…多分、いろいろドツボに嵌る娘なんでしょうねえ~w(とまれ「ななか6/17」という物語は間違いなく彼女が主人公だったと思います)


僕が「雨宮」の事を書いていると知って真上さんがチャンピオンREDのコラムに八神健先生の雨宮のカットが載った時の回の写しをくれました。…ので張っておきます。真上さん、ありがとう!

…あと一回、なるべく早く更新したい…と思っているといい事があるかもしれないとばっちゃが言ってたよ?(汗)


コメント ( 0 ) | Trackback ( 1 )




「警視庁殺人課」コンプリート。面白かったです。菅原文太主演の刑事ドラマ(あんまないですよね?)菅原文太はミスターと呼ばれる敏腕警部で、同じく警視庁殺人課のビショップ(中谷一郎)、チャンス(関根大学)、エンジェル(一色彩子)、ウルフ(剛竜馬)、秀才(三田村邦彦)を率いています。このあだ名の呼び合いが、もうなんか如何にも刑事もの!って感じですw
そして事件現場に菅原文太が現われるとどこからともなく、色っぽい姉ちゃんの「mミスタァ♪」というかけ声がかかってBGMがかかってノリノリになりますwミスターはNY市警10年勤務の人なんですが、やり方が多少乱暴で、微妙に周りがそれに納得してなさそうな雰囲気とかが出ていたのがよかった。
第一話のゲストが千葉真一と大葉健二!(嬉)最初はわりとアクション目、バイオレンス目な話だったんですが、段々普通の刑事物っぽくなりましたね。でも連続殺人犯をプロファイリングして割り出したり(当時としては先取りだったと思う)クオリティは落ちてなかったです。
そして最終回のタイトルが凄かったんですが「警視庁殺人課全員殉職!PART-2」………や、やけくそなタイトルだ(汗)ネタも幼稚園バスジャックだしw

「スカイヤーズ5」コンプリート。この作品、1クールものだと思っていたら39話もあったんですね。ちょっと調べてみたら、1クール(12話)やった後、大分たってから「新スカイヤーズ5」として2クール分やったみたいです。国際警察と悪の組織ゴーストの戦いを描いたスパイ・アクションものです。そのサブタイトルの出方がいちいちカッコよかったので何枚か張っておきますw

サブタイトルの雰囲気でも感じられるんじゃないかと思いますが、外国に潜入してその国の首相を失脚させたり、けっこう本格派なスパイドラマな面もあります。1967年制作である事を考えると「ルパン三世(旧)」(1971年制作)を先取りしている感もありますね。

「ウルトラマンレオ」放送開始。これをコンプリートすれば第二期ウルトラシリーズはコンプリートだ。…まあ程なく「ウルトラマン80」をやるだろうなあ。
そしてキタ!「魔法の天使クリミィーマミ」……優の中の人の「とぉしぃおお~!?」という気の抜けたかけ声に何度のたうち回った事か!これと「マクロス」のミンメイの「ひかるぅ?」は、どえらいトラウマですよ?実際?(´・ω・`)

優「とぉしぃおお~!?」→LD「あああああ~!!や~め~て~く~れ~!!(ゴロゴロ…ゴロゴロ)」→番組終了→LD「…ふう(憔悴)じゃ、来週も観るか…!」→これだ。

それから「ワイルド7」も放送開始、これは録っているけどレート上げて再録。……みんなそう思っていると思うが、真理アンヌは最高だ。以上。

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




http://www.websphinx.net/manken/come/wek1/wek10281.html#438

> アタマで色々理屈つけるのはそれが「楽しい」から

ふっふっふ…その通り。僕が理屈をつけるのは、そうするのが「楽しい」からです。まあ、もうほとんど本性と言ってもいいものですね。ふっふっふ………しかし、その理屈屋は、いろいろ理屈をこね回すことを正当化する理屈もひねり出すものなのですよ?他の人も理屈ゾーンにひきずり込む為にねぇ?んがんぐ!
…というワケでちょっと書き添えます。そもそも言葉というのは(不完全ではあるが)自分の意志を他者に伝達するためのツールであり、理論は任意の対象を定義付け、次回でその説明を省いて伝達効率を上げるための言葉による伝達の一手法です。
たとえば「牽引力」や「展開力(問題悪化力)」「問題解決力」などの言葉について共通認識を得る(次回にその説明を省く)ことによって「面白い」「つまらない」しか、言葉の“手札”を持っていない状態より、はるかに多くの意志を伝達できるようになります。「私は○○はつまらない」→「いや、私は面白い」…オシマイ!よりは少しだけ愉しい状態が生まれます。

A「○○は、展開力のあるキャラが見当たらない。故に面白さのポイントが分からない」→B「いや、それは見方が一元的で、たとえば××の視点から解いていけば、展開の幅が見えてくるよ!」

…まあ、こう単純かどうかは分かりませんが、要はいくつかの単語の共通認識を得る事によってBはAに自分の視点を伝え、AはBからBの視点を受け取る事ができます。それはAの視界が広がり、大変恐ろしい事なんですが「楽しみの範囲」が広がるって事です。言葉ですから不完全ですけどね。
しかし、「牽引力」という言葉を使わずに、その意図を伝達しようとすると、やっぱり“澱む”ことになります。「○○が、××の時に△△をしたのがいい」という言い方は、個々にその場面を切り出すには最適でも、断片の情報になってしまって横への繋がりは持てない。また、それを聞いた相手が何を感じ何を考えるかも指定しづらい。
結局のところ、その“概念”の必要性を説いて「牽引力」という言葉を作ってしまう方が、こちらの意図の伝達は欠損しないんです。どちらも言葉である以上、意図の欠損は避けられないのですが“概念”の方はすくなくともベクトルは示唆できます。また「牽引力のあるキャラが“いない”」といった“零”の表現は概念の存在が先立つものですしね。
LDが意味不明のおたくな語彙を駆使するのは、そういう深~~~い意味があるのです。うんうん。…意味も無く「ブリザガ」とか「ローゼンバッハ物語」とか言っているワケではないのです!(ビシィ!)ウソですけど!(ビシ!ビシィ!)

ただ、そういう理屈屋にも気をつけなければならない落とし穴があります。それは意志伝達のツールであるはずの構築論理に、自分が逆に使役されてしまうという事です。(というか元々「理に屈する」というのはそういう意味なんですけどね)
たとえば自分が「面白さとは展開の意外性だ」という理屈を構築したとします。そうすると作品を「意外性があるか?ないか?」で区分けし意外性がなければ「つまらない」と断じる事になります。
まあ「自分の意図を披露することと、自分の視界の狭さを披露する事はコミ」なんで、ここまでは仕様がないんですが。問題は構築したこの論理に使役されて、ここから出れなくなってしまう時がある事です。「歴史考証が正しくないと面白くない」「科学考証が正しくないと面白くない」冷静に考えれば、そんな事はないのはすぐに分かるんですが、面白い事に、人間ってのは自分でそう考えると、本当に「面白く」感じないんですね。何でって「人間の心は外界の作品の真偽よりも自分の構築した論理が正しい事の方が大切」なように出来ているので(笑)
心象はいつもニュートラルな必要があります。そこらへん理屈が“どういうツール”であるかを認識していれば、そんなに踏み外す事はないと思います。まあ、実はそこを越えると今度は自分の“視界の広さ”に価値基準を置いて、無理に己の心象を騙そうとする「何でも面白い病(あるいは何でもアリ病)」が待っているのですけどね。長くなったので、それはまた別の機会としておきます。

そんなところでLDさんの、ありがたい説法を終わっておきますよ?(←説法だったのか!)



「楽しく読めるのが一番」といいつつ、何故、物語の感想に一々理屈をつけるのか?(あまつさえ、何故その理屈に沿って「詰まらない」とさえ言ってしまうのか?)というと「それも楽しみの一つだから」…という議論だったかな?そんな感じの話の時に書いた文章です。
大雑把ながら、けっこう僕の色んな思考を凝縮して書き込んでいまして…この文章の中で、押えておきたいポイントは3つあります。
1.言葉はツール
2.理に屈すれば視界(思考)を狭める
3.面白いフリ分かったフリは最悪

…ですね。時々、僕は口にしたりします。どれも結構この話の本旨である「ゆったりと愉しむ心を研ぎ澄ます」為には重要な要件のような気がしています。この条文が大概に意図するところは、大体引用した文章で感覚的には掴んでもらえるのではないかと思いますが、今回は「言葉はツール」という事について少しだけ補足をしておきたいと思います。他についても多分、程なく語ると思います。

元々、僕は「言葉」というものに対して、これはもの「凄い力」だなあと思っています。そもそも今、こうやって文章を書いていること自体で僕は「言葉」を駆使しているわけですが、これで僕の思考が読んだ人に伝わってしまうんですね。……なんで伝わっちゃうんでしょうね??wこれはもう単純に凄い事だと思うんです。そして「言葉」は内的な思考をする際にも駆使されます。多分「言葉」がないと人間ってまともな思考できないですよね?これも凄い……っていうか不思議な事ですw
この「言葉」を上手く使う事を心がけて磨いて行くと、他者に自分の思考が伝わる率が格段に上がって行くはずです。また、他者の言わんとするところを効率よく理解したり、場合によっては他者の言の1から10の事を得られるようになっていったりするはずです。ネット界隈、おたく界隈には、こういう“魔法使い”ならぬ“言葉使い”が多いと思いますのでwwwその「愉しさ」ってのは説明するまでもないかと思います。

だから僕は「言葉」ってのは凄いパワーを持っていると思っています。これはもう「言葉はフォース(理力)」だと僕は思っている。しかし、それだけに「言葉はツール」だという事はしっかり認識していなければならないと思っています。分解して言うと「これは何に使うツールか?」であり「これはどういうツールか?」ですね。


「何に使うツールか?」ってのは先記したように「自分の意志を他者に伝達するためのツール」と言えると思います。“言葉使い”の場合、さらに「自分の思考を進める」というのもありますね。ここらへん何の為に使っているか?何をしているのか?という意識をしっかり持っていないと自他の発した「言葉」に振り回されてしまうんですね。

ちょっと大袈裟ながら「武道」に喩えると分かりやすいかもしれません(汗)何のためにこの武道を習うのか?という認識をしっかり持っていないと無駄に武を誇示し暴力を振るう人間になったりしますよね。「俺は暴力振るうために習ってるんだよ!」という人や、かなりおたく的ですが「しょせんは人殺しの技術…」とかwww言っちゃう人もいるかもしれませんけどw
でも本質的に言って武道は絶対に「我が身を滅ぼす“ため”の道具」じゃないんです。だから「我が身を滅ぼす使い方」をする人は、武道の持つ「危険な一面」に振り回されているって事なんです。それは「何に使うツールか?」に立ち返れていないって事を意味します。

「言葉」だってそれと同じ………え?「言葉」なんてそんな危険なものじゃないって?そうかな?w……いや、むしろね(汗)「言葉」って発した瞬間、誰かを傷つけていると思った方がいいですよ?相手のメモリーとかコンプレックスとかプライドとかね。少なくともその可能性から逃れる事はできないと。そして相手の“気を悪くさせる”とですね、「伝達効率」が、がく~!!っと落ちちゃうんですよねえ(汗)困った事に。
伝える為に発した「言葉」が何層ものフィルターに阻まれるようになって、最後にはまるで伝わらなくなる。積み重ねた何十もの言葉を無駄にしてしまうんですね。

もし故意に相手を傷つけたのなら、自ら望んで「伝達効率」を落としたって事で「言葉が何のためのツールか?」という本道に立返られなかった事になります。“言葉使い”の行為としては下の下なんでしょう。
しかし、そんな話をしておきながらなんなんですが、この件についての結論は「伝達したい事があり、悪意がないなら気にしない」なんですけどね(汗)結局、他人が何に気を悪くするかなんてわかりゃしませんしw無論、常識的な配慮というのはあるでしょうけど。そして、こっちの方が重要なんですが「自分は気を悪くしない」。心の持ち方一つで変えられるもので「受信効率」を落としたりしない。そんなヒマがあったら「相手が何を伝えようとしているか?」って事に思考を回す。
口で言うほど簡単じゃないですけどね。しかし、この「何に使うツールか?」←つまり、今、自分が何をしているか?って認識をしっかり持っていないと、人間というのは案外「伝達効率」を落としている事に気がつかないものだと思うんです。


次に「どういうツールか?」です。「言葉」を使うに当って、その道具がどんな特性を持っているか理解に努める必要があるという話ですね。まあ、ちょっと物騒な喩えですが「言葉」を拳銃に喩えるとして(←たとえ好きだなあ…)その銃を責任もって扱う者として、その扱い方から、有効射程はいくつだとか、弾倉に何発入っているかとか、その銃を使い込みながら特性を深く深く理解して行く必要がありますよね。狙撃や早撃ちなんて技を覚えるのはその一環に過ぎないわけで。そうでないと「我が身を守るための道具」を手にしたはずが「正しく我が身を守ってくれない」事態に陥ったりしますよね。(…いや!銃社会に関する議論とか!無しで!w単なるたとえですから!w)

そこで「言葉」は一体どういう特性を持っているか?……って話を長々するのはちょっと何なので…というか僕もそんな体系化した認識があるワケでもないのでそれは避けますが(汗)一つ、ハッキリしている事があります。
それは、「言葉」は自分の意志を他者に伝えるためのツールで、そして「言葉」は素晴らしい力(フォース)を持っているんだけど…

しかし、それでもやっぱり言葉は不完全なツールなんですね。

「言葉」っていうのは使い方次第で実に多くの事を伝達してくれます。しかし、それでもやっぱり取りこぼしはある。複雑かつ深淵な(あるいはおそろしく単純な)心象を表現し切る言葉がないって事もある。対象物を言葉に直す事によって、対象物が“小さく”規定され、取りこぼしが起きてしまうという事もある。そして、言葉自体が文脈を以て様々な意味に変化し、本当の意味での明確な規定ができないという事もある。無論、まるでデタラメで相手の受け取り方の方向性さえ制御できないってものでもないんですけどね。
こういった言葉の不充分な部分っていうのは言葉の利便性を上げている面もあるので排除しようとしても排除しきれるものではなかったりもするんですね。

たとえば「条約」や「契約」あるいは「憲法」というのは、規定や強制力の根拠をその文言に全て依存するという、「言葉」という事象(正確には文書だけど)の力を最大に評価した、最上のステージの一つだと思うんですが、国権の最高機関同士によって取り決められた条約や声明文に対してさえ「解釈の違い」というものを完全には排除仕切れないわけです。(場合によっては解釈が分かれる文言じゃないと合意しなかったり)「憲法解釈」の議論はいつだってありますしね。憲法の文言が真に明確に余すところなくある一事象を指すならそんな議論はそもそもおきようはずがありません。
逆に契約書の文言などで誤解を排除するために具体的な内容に言及しようとすると返って抜け道を作って穴だらけにしてしまったりもします。語れば語る程、溢れ落ちて行くというやつでw

たとえば「正しい事」って何か?……ただ「正しい事」って書いただけならその解釈は千差万別でしょう。
じゃあ「正しい事」に該当する事象を一つ一つ箇条書きにして行くか?そんな事が不可能である事は誰でも分かると思います。だから大抵「たとえば…」なんて前振りして2、3該当事象を上げるに留める「智恵」を生んだりするんですが、では、そのたとえで何が伝わるのか?別の事象に直面した時に、それが上げられたたとえに該当するか?ひいて「正しい事」に該当するかはその人の解釈次第ですよね?
じゃあ、何か別の概念を持ち込んで指定範囲を絞り込みましょうか?でも、これも概念だから解釈の差を生みますね。下手すると指定範囲を大きくずらしてしまう危険があるかも。こんな時「常識的に考えて…」ってなんて「智恵」を利用したりします(互いの善意が確認できれば、大抵、上手く行く良い「智恵」なんですが)が、今、述べたように常識の概念はそれこそ指定できないし、また、常識とは違う新しい概念を伝えようと思うとね。俎上に持ち出したくないのに、この常識ってのが邪魔をしたりしますしね。
こういう時、ああ…ほんとに「言葉」ってダメだなあって思っちゃいますね。

こういったように「言葉」を使う者が、大雑把に指定する事によって何が伝わり、何が毀れ落ちるのか?細かな事象を指定する事によって何が伝わり、何が毀れ落ちるのか?そういう経験を積み重ねて「言葉」を磨いて行くしかない。(そのとき「何を伝えたいか」を明確にイメージしていないと、何が毀れ落ちたかも分かりはしないでしょうね)
つまり「言葉」ってのは正確に運用しても伝達できるものはおよそ不完全だし、様々な解釈の余地の残る、実はそこに利点もある!そういう特性の道具にも関わらず、それを圧して「伝達効率」を上げるのはひたすら「言葉」の技術を磨いて行くしかないワケです。


なんかちょっとだけとか言って長々書いてしまいましたが(さ~~~って!どのくらい毀れ落ちたかな?w)なんでこの話をしているかというと「言葉がツール」という認識を踏まえると効率のよい「情報伝達」ができるからなんです。あるいは、上記した文言通りでなくても、そういった事が直感的にでも認識されている者同士だと非常に効率がいい。
逆に「言葉はツール」だという認識、また言葉が“伝わる”事への不思議さの認識とか、“毀れ落ちるもの”の認識がゆるく「伝わって当然」みたいな感覚でいると、こういう時、変な齟齬を生んでしまう。

「言葉」素晴らしい力を持ったツールだけど、それでも“伝わらない”のは前提の話

「言葉」がそういうツールだという認識を明確に持っていれば「上手く伝わらない」という事態に対して「自分の道具の使い方が悪いのかな?」って謙虚な発想が出てきますし、相手も(その認識があれば)「上手く受信できず申し訳ない」と「受信効率」を上げる事に心を砕いてくれるはずです。さらに「この話は寝かせる」という「智恵」(僕は、この技術かなり好きなんですが)の利用や、議論の押し引きの判断も適切なものになって行きます。
まあ、世の中全体は皆、様々な方向を向いていて、それに沿って「言葉」は発せられるので、そうそう単純なものではないと思いますが(たとえば)「物語を楽しむ」という一つの方向に向いている状況下なら、比較的、効率よく、建設的に話を組んで行けると思うんですよ。

そして新しい「愉楽」を拡げて行くのはやっぱり他の人の視点を受け取って観るが一番効率がいいし、何より「楽しい」wだからその為の基礎技術として、それを為す数少ない道具である「言葉」と言う物はよくよく認識を深める必要がある。まあ僕は「ゆったりと愉しむ心を研ぎ澄ます」為にこのツールをいじくり回してカスタマイズしたりしていて、この話もその視点に沿った述懐になっていますが、志向そのものは何にでも通じるというか、それぞれの目的に沿って使い込んで行くものなんでしょう。

え~~~っと(汗)ちょっと焦点の悪い取り留めのない話になって、ちょっとだけ反省していますが……orz
要するに「言葉はツール」というのは、言葉というのは道具なんだと。だからこの道具に振り回されないようにしよう、という意図で作った標語です。もしかすると「言葉に振り回される」というワードはイメージしづらいかもしれませんが……まあ、文中にいくらか散りばめましたし、ここからさらに長々述べるのは避けて別の機会にします。(←あ、逃げた)
武士ならば武具の事を、スポーツ選手ならその競技道具の事を、指揮官なら人間の事を(!)よく知り手入れするのは基礎の基礎ですね。それが案外、目的の本質に近づく近道だったりしますしね。今回の話はその道具の“クセ”を僕なりにちょっと語ってみました…ってところでしょうか。


コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




マイミクの真上さんの日記で「金剛番長」の感想があったのですが、真上さんの「展開の早さ」に関する意見が、僕の「速度論」の話とかなり近い感覚があるなと思いまして、引用させて頂きました。その下に僕のレスがつきます。(真上さん、まずかったら連絡下さいすぐ削除します)

昨日、金剛番長というマンガの2巻が出たのでさっそく買いました。
いやー、やっぱ面白いです。

退廃した日本を再生すべく東京23区を「番長」によって分割統治、
争わせる群雄割拠状態から勝ち残ったひとりに日本を支配させる
という政府の秘密組織による陰謀「23区計画」。
日本再生の美名のもと独裁者を生み出すその企みを叩き潰すために
立ち上がった謎の若者がいた、
その名は金剛晄(こんごうあきら)、人呼んで「金剛番長」!

とゆーよーなあらすじなのですが、これがサンデーなのか!? という
くらいの80年代ジャンプイズムに貫かれており、近年の少年漫画の
ように女子読者をおそらくまったく想定せずに執筆してるのが
素晴らしいです。
また、近頃のまんがでは考えられないくらいに展開が早く、
1~2巻で居合番長(千代田区)、念仏番長(墨田区)、剛力番長(港区)を撃破、卑怯番長(板橋区)と戦闘中と、かなり早いです。
(ちなみに白薔薇番長(北区)は卑怯番長によりリタイア)
これらの登場人物は序盤のザコキャラ、というような
ぞんざいな扱いではなく、バトルが冗長にならずエピソードを
消化してるゆえの早さと言えます。
現在サンデー本誌では金剛番長に対抗すべく爆熱番長・道化番長・
監獄番長・粘着番長・カブキ番長からなる「暗契五連槍」に
よって危機に陥った金剛番長のもとに前述の居合番長、念仏番長、剛力番長、卑怯番長が
助けに駆けつけるという展開になってます。
また卑怯番長戦後にサソリ番長と戦い、その周辺エピソードで
金剛の正体やラスボスなども明かされ、伏線の消化もしっかり
したものとなってます。
さっきから展開が早い、といってますがどちらかというと最近の
マンガが連載の長期化とそれに伴う展開の冗長という悪癖に
陥ってるのではないかと思います。
個人的には『THE MOMOTAROH』(全10巻)や『覚悟のススメ』(全11巻)
くらいが少年漫画の理想的な長さではないか、と思います。
大長編でも20巻前後でないと物語が収拾できないのではないでしょうか。
例えば42巻の『DRAGONBALL』では主人公の成長や主役一時交代を
してるわけで、きちんと話を回すなら結局最適な長さがあるのでは
ないかと思います。
現在の企画先行で30巻とか行くのが当たり前、というのは出版社として
あまり健全な商売ではないんではないか、という気がするのですね。
作家の使い潰しを蔓延させかねません。
まあ、そこらへんも踏まえて、『金剛番長』はいい感じに着地して
もらいたいと楽しみにしているのです。
------------------------------

LDのレス

こんにちは。LDです。勢いの走り書きで失礼しますw

「金剛番長」の作者・鈴木央先生は画力はかなり高い人なんですが、何故かこれまで「画でねじ伏せる」ようなネームを組まず、なんか微妙な理詰め感を以て話をすすめる人で、正直、伸び悩んでいる感がありました。
それが「ブリザードアクセル」の終盤あたりから「画でねじ伏せる」手法を覚えて俄然、マンガが面白くなったんですね。今、真上さんが掲載している、その怪獣牛の画とか、ラスボス親父の画とか凄いですよねw

それから「展開の早さ」に関して言うと、僕も「速度論」という持論を持っているのですが、大体、真上さんと同じ感覚で話をしていますね。

僕がサンプルに上げるのは、まず「炎の転校生」全12巻ですねw7巻までに弱肉学園を通して最強の学校(笑)大陸学園との死闘を描ききり、そのまま第二部で裏の教育委員会との決着を付けきって全12巻です。
1連載作品を一番楽しめる長さって多分、このくらいが丁度いい連載期間だと思うんですよね。

…ちょっとフィールドは違うかもしれませんがどんな傑作映画でもワンエピソードに3時間も4時間もかけてフィルムを切りきれないのは“冗長”というものでしょう。
今の週刊少年誌ではそういう事が起こっている気がしています。

もう一つサンプルを上げるとしたら「六三四の剣」全24巻ですね。親と子の剣道人生をつなぎ、これからもそれは続いて行く…という大河ロマンを以てしても全24巻で描けるんです。

まあここらへんの巻数感覚が“昔の人のもの”って事も当然あるんでしょうが…(汗)今、長期連載に入った作品は30巻超が当たり前になって来ていますが、小学校1年生から読み始めた連載作品が小学校を卒業してもまだ終わっていない(「こち亀」とか「ゴルゴ」みたいに超長期連載に向いた作品というものも確かにあるとは思いますが、しかし、全ての作品がそういうワケではないでしょう)という状況は何かが間違っている気がしてしょうがないです。


コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




http://www.tsphinx.net/manken/room/clmn/j_amemiya1.html

「ななか6/17」が終わってもう5年も経つのですが(汗)そういえば雨宮さんについて何かまとめて書いた事がなかったなと思い発起しました。遅ればせながら…(汗)
全五回予定です。「漫研」でいう「雨宮現象」とは何だったのか?を明らかにしたいと思っています。

備忘録
ブログ立てたのはいいけれど「漫研」に書き込む記事と、ブログに書く記事の内容分けが定まらない。「物語愉楽論」以外は、一応、考えが定まってないような所感や準備稿のようなものをここに“吐き出す”つもりなのだが、果たしてそれでいいのだろうか?

・書評 … 「雨宮」の話は作業中 → 「ギャンブル!」の解説 → 「伊賀の影丸」の話?

・「ユニット構造」の考察 → 「ハヤテのごとく」の構造

・「序列並列構造」のモデル化(とはいえ「雨宮」書いて「あずまんが」確認したら寝かせてもいいか?京アニ+Key作品の変遷まで行ったら再考)

・私が愛した悪役たち … 聞仲、風見博士、メンデル博士…あたりかなあ?まあ、とりあえず聞仲。

・「グレンラガン」のMAD作ろう!


コメント ( 6 ) | Trackback ( 0 )




「序列並列構造」と「グルーピング構造」(2)


LD >> ああ、ってかこの話、いずみのさんが何か考えているかも。
LD >> http://gs.dengeki.com/suteki/blog/ ←これでいいかな?これ、いずみのさんがプッシュしているんですよね。
ルイ >> ほう。これは人数といいかなりチャレンジブルな・・・ブックマークしとこっと。
LD >> データベース消費から端を発しているけど、ブログを介する事で一つ一つの物語にまで昇華している……はず。>「ベビプリ」
ルイ >> コメント欄が凄まじいですね。道場のようだ。>ベビプリ(という略称なのか)
GiGi >> グループ化自体は手法としてはキン肉マンの時代からあるわけで…違いがあるとしたら、そのミニコミュニティ内で序列が存在しないという事になるのかな…?
LD >> 他の姉妹の融合度というか、そういう編む面のチェックはしていないので、分からないんですけど、そこらへんのやり方を見極めるとどういう流れか観えてくるかな?>「ベビプリ」
GiGi >> 初恋限定はそのタイトル通り一人一人が「大切な一人」を決める話ですからねー。うーん。ところで初恋限定には。を付けてくれません>ATOK
ルイ >> そうか、こういってしまうとミもフタもないけれど、関係性を「初恋」に「限定」してしまったこと自体が、この連載のハードルを上げたという事になりますかw>大切な1人を決める話
GiGi >> 恋と友情、どちらを取る?という話にはなりませんからねw>初恋限定。
ルイ >> 初恋でもセカンドラブでも・・っていう事じゃなくてw「恋愛限定。」ですかね、グループ構造の話でいえば。
ルイ >> スクランを恋愛限定で組み上げろって言ったら、何そのムチャ振りとしか言いようがないw
LD >> ……にしても三角作っても良さそうなものに思うんだけど……こう、なんかそれを形成するのを微妙に拒否している印象があるんだよな?>「初恋」
GiGi >> いずみのさんはべびぷりを視点論で見てるように思いますね。
ルイ >> 僕なんてLDさんどころじゃなく何もチェックしてないってか今知ったんだけどwアイドルマスターinニコニコと相似の関係性にあるのかな?というイメージではありますね。
LD >> 「アイマス」inニコニコの流れに近いものを感じますね。「アイマス」ではなく、「アイマス」inニコニコ。
ルイ >> ああ、そこは汲んでいただいてありがたい。「アイマス」とは違うのだよってランバラル口調にならずに済みましたw
ルイ >> どうしてお年を召された方のポップス番組って最後カーペンターズで〆る流れがあるんだろう・・・wこれも何か論を組めまいかw組めないなw
LD >> いや、僕も今、「並列型」の一回答として「ペビプリ」を上げていて、グループ構成論とはまた別の話のつもり。…まあ分析すれば何らかのグルーピングが観えてくるかもしれないけど。
GiGi >> ベビプリはニコニコに来ないのがわりと不思議ですね。素材が足りないのかもしれないですが、何かこう、生身系であってもよさそうなとか思ったりもw。
ルイ >> まあ、こうなってくるといち方向的な漫画なり映画なりでどう表現するかっていう話ではなくなってくるので、僕としてはこれはメディア論の範疇で、漫画云々とは別視点という印象ではありますが・・・まあ、明日にでもじっくり調べますw
GiGi >> ニコマスだと中の人ネタまでレイヤーが行っちゃってて更にカオスですがw。
GiGi >> べびぷりはどうも19(18)個の独立した世界がある話なのかなと。
LD >> 多分、これって中の人に向けてコメント打つような真似したらKY扱いされるんだよね?w
ルイ >> それ、コメント削除されないの?wいやホントーに、全く知らない人ですいませんけど、あれ投稿コメント精査されたりはしていないの?
ルイ >> 中の人どころか、俺の嫁系コメントでもごみクズだと思いますよw
ルイ >> そこはベビプリツクール的な素材が必要なんでしょうね。
LD >> 絡まないとみます?>独立した世界
GiGi >> まあ読んでないので下手なことは言えませんw>べびぷり
ルイ >> 独立したセカイがある話なら、本来的な意味での「並列型」がそも、そうなので・・という事になるかな。それを物語という一本化世界でどうする、という試行錯誤の話として捉えてきたつもりです。
ルイ >> (あ、バカラック。)
LD >> そうw「ベビプリ」の話をふったのは、ルイさんがしていた指摘をはぐらかしたようなものですねw……僕も物語性が強くなればなるほど「並列型」を取り込むのは難しくなるとみています。「あずまんが」が上手く行っているのは「何もない日常」を「切り取るように」描写しただけ、という面が大きいだろうと。
ルイ >> でも、これが21世紀のメディア的な展開としてそれこそいずみのさん等が注目されているのなら、横のつながりもうっすらありそうだなあwよーし絶対読もうw
GiGi >> ああ、ユニット化の話をしてるのはそうゆうことなんですけどw>物語性を強くするには。キャラクターを並列に扱いつつ物語ろうとしたときに必要な作業かなという。
LD >> そうそうwこの並列型の話に繋げるなら是非とも「ベビプリ」には相互に物語が絡む構成があり、中の人にも何らかの「腹づもり」があって欲しい……って事になりますw
ルイ >> 『物語ろうとした時』という条件がついた場合、今の所最も成功例もある回答ですよね>ユニット化
LD >> うん。そこは観ているものが同じですね。僕が「初恋限定」と「スクラン」を比較しようとしたのも、同じ理由からですね。>ユニット化 僕は情報圧縮論と言ったわけですけど。
ルイ >> プロローグを読んで泣いたw>ベビプリ これはやっぱりいっつも思い出すんだけど、ゲーム「初恋物語」で「あなたの初恋の相手は誰?」って聞かれて選択した時を思い出すw認識の上書きパワーがハンパねえw
GiGi >> だからLDさんの岬姉ちゃんの話は本末転倒でw。序列1位の軸があるなら、こんな苦労はそもそも存在しないんですねw。
LD >> 岬姉ちゃんを序列一位にしろって話のつもりはないですw ただ並列に扱いつつ、大きな存在であり“皆が影響を受ける”状態にするとそれはそれで見やすくなるんじゃないかと考えました。「究極超人あ~る」のトサカ先輩みたいな感じ?
LD >> つまり、岬姉ちゃんを存在の大きな脇役にできるとよかったんじゃないかって話です。
GiGi >> んーイメージがわかないw。関係線から独立した”キャラの立った恋愛アドバイザー”みたいなキャラがいればって話なら、トサカ先輩の例えはしっくり来るんですがw
GiGi >> ああ、脇役にすればって話なら分かります。
ルイ >> 僕はギギさんよりは読んでたかもしれないけどwLDさんほどは読んでないので、岬をそこまで見込む気持ちは少し理解できないのですが・・・もし、世界を軽々とまたげるような移動力のあるキャラがいると、そのキャラとっかかりで色々見え易くなったろうとは思うので、岬がその器たりえたかもって話なんでしょうね、多分。
LD >> いや、岬姉ちゃんの物語は岬姉ちゃんの物語として編みながらですよ?w>脇役 …ってここでそう混ぜっ返すとGiGiさんを混乱させてしまうのかな?w
ルイ >> で、メインヒロイン以外をモブにまでやってしまった出崎AIRが、所謂並列型ヒロインの咀嚼放棄して物語だけを抽出すれば、自然とこうなるよねという話ですねw>KEY
GiGi >> うる星のさくら先生をやらせたいんだろうなというイメージを持ちましたw。
ルイ >> さくら先生か、成る程。既に複数グループ化を諦めた、次善の策みたいなにおいがしますねw>岬
LD >> ルイさんに送る言葉は、ウサギを獲りに行かなかったマオ姉ちゃんかな?w>岬姉ちゃん
ルイ >> はいw>パワーだけを回りに注ぐマオ姉ちゃん ま、シャフト1つに頼る事自体、やっぱりこの「初恋限定。」の志向するところと照らし合わせるとどうなの?って疑問は結局残りますけどね。

ルイ >> この辺、京アニ+KEYのアニメを観ると、ホント色々面白いですよ。ユニット化に限度がある、元の並列型の純度を保とうとしたまま「物語ろう」とするとどうなるかという試行錯誤の歴史だ、と僕は捉えていますので。
ルイ >> (・・で、今の所日和ってきたというかwやっぱムリだから妥協して・・w的な流れw>京アニKEY)
LD >> 近日、「Kanon」もやる予定みたいなので、これで人通り見渡せると思います。>京アニ+Keyの試行錯誤
LD >> 出崎さんは、群像はできるでしょうけどねw並列型というプレゼンには意味を感じ無くさえあるかも。「それで作り手の思いはどこにあるんだい?」くらいは言うかもw
ルイ >> 群像は各々の物語が絡み合うものですけど、並列って本来、それぞれが0から勝手に組みあがるものですからね。そんなんストーリーにならんやん、一本の主流に注ぐこともできないなら、君たち背景にいてよっていうスタンスだと僕も考えているので、そのへんは同感ですw>LDさん
LD >> 「並列型」の根には「誰か好きになってね」という指向があるはずで、昔気質の物語職人には「みんないいヤツとしても、この人を一番好きになってねじゃないんかい!」って釈然としないものを感じるかもって話ですね。
GiGi >> まあ何かとっちらかってしまいましたが、情報圧縮論の本旨に立ち返ると、つまるところ「ひとつの世界」の中でどれだけ多くのキャラに意味のある情報を付加できるか。という話に収斂するんじゃないかと思うわけですが。
GiGi >> それはキャラに序列があろうがなかろうがという話で。並列に組んだほうが情報を詰め込める場合と、そうでない場合とがある。その違いは?という話なのかなーと。
ルイ >> 情報圧縮論の見地ではそうなるかな。並列型の本旨に立ち返るのとは違うんだけど・・とか言ったら更にとっちらかりますねwとりあえず、初恋の課題は、取り出しやすい情報量にあったという話ではあると想います。>収斂
LD >> 情報圧縮論に立返ると、モジュール的に考えても本来は「序列型」の方が圧倒的に分かりやすいし、観客に受け止めてもらい易い。……しかし、情報圧縮技術が進んで来たので、本来至難である(というか昔はそれをしようという発想さえなかった)「並列型」にしてかつ「物語」を組むという行為が可能になるかもしれない…という話になります。
GiGi >> なるほど。目的意識をどこに置くかという話ですね。アラカルトで好きなのを選んでね、というのは特に意味を感じない私もオールドタイプなんでしょうね。


ヒロインの憂鬱
「序列並列構造」と「グルーピング構造」(1)
「序列並列構造」と「グルーピング構造」(2)
「序列並列構造」と「グルーピング構造」(3)


コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




「序列並列構造」と「グルーピング構造」(1)

■■■■2008-05-09■■■■
LD >> あ、そうだ。先日言っていた、トライアングル構造について何かイメージ固まりました?
GiGi >> ええとですね。キャラクター相関図ってあるじゃないですか。キャラクターとキャラクターの関係線を引く。
GiGi >> あの図を直線と多角形の混成で描くというイメージが今あるんですけど。
GiGi >> 複数人のキャラクターのまとまりを一つのユニットとして取り扱うと、いろいろ見えてくるものがあるかなと言う。
LD >> 直線と多角形の混成……一つ思っていたのは、その視点ってつまり主人公も基本、頂点の一つにとらえて、線が引かれない頂点(キャラ)が存在するようになるんですよね?そうするとけっこう必然的に俯瞰した視点構造が生まれるのかな?と思いました。
GiGi >> うまく言葉になってないな。ちょっと頭の回転が鈍いw。
GiGi >> ネギまあたりを例にすると分かり易いかな。ネギまって基本的にはネギくんを中心に放射線状に関係線が引かれる構造なわけですけれども。
GiGi >> すべてのキャラクターに対一で線が引かれてる分けじゃなくて、例えば運動部ユニットだったり、図書館組ユニットだったり、そうゆう固まりに対して関係線を引いたほうが構造が見えやすいかも?という仮説です。
LD >> む、グループ構造的な話なんですか?
GiGi >> あずまんが大王なんかは逆に、中心キャラの5人だったか6人だったかが一つのユニットを構成していて、外側に向かって対一ではない関係線が引かれてるイメージですね。
GiGi >> グループ構造。二階層。ユニット内ではユニット内で関係線があって、それが外側に波及することもあるけど、基本的にはユニット内で完結しているという。
GiGi >> このあたりはモジュール理論と組み合わせて面白いものができそうな感触もあるのですが…
LD >> モジュール論的にいうとペアの類型に名前を付けられるくらいの“定型”を見いだせたり、トリオの類型に名前を(ry ~だと組み込めますね。

LD >> ふ~む…たとえば「とらぶる」のお嬢様のキャラに二人の従者(女)がいるわけですが、従者はお嬢様が接点を持たないキャラとは接点を持とうとしないのが、仮の属性としますよね。そうすると…?
GiGi >> それは主格従格がはっきりしてるのでちょっと違う話かなと…。トラブるだと、ララと春菜ちゃんと蜜柑がリト抜きで関係線が成立しているような話です。
GiGi >> 3角形の内側だけでドラマが成立してしまう。一角が外と繋がると三角形全体にもなんらかの波及がある。そんな話?かな?
LD >> いや、GiGiさんの話をイメージすると、それは独立し過ぎているだけで、違う話ではないんじゃないかと想像するけど?w>お嬢様+従者の三角
LD >> もう一点、ララと春菜とミカンが三角というのは僕はイメージされないんだけど、GiGiさんはイメージしている?それとも単なる例として架空の三角を上げた?
ルイ >> 点と観るか、遠くから観たら点だけど寄ってみたら小さな△でした、みたいな違いでは。>とらぶるのお嬢様%後ろにいる2人
GiGi >> ちょっとトラブるは読み込んでないので間違ってる可能性はあります(^^;
GiGi >> 初恋限定はそういったキャラクターのグルーピングが不十分だったのが、「わかりにくさ」の一因だったかなとかも考えてみたり。
LD >> 「初恋限定」の失敗を「実験の失敗」~何故その試みが上手く行かなかったか?という分析の視点を持とうとすると「わかりにくさ」の面が浮き上がってきますね。そして「初恋限定」は他の成功した“群像もの”(←)と比してかなりカオスな構成をしていたって指摘はありだと思っています。
ルイ >> コバワ。15Pちょいで週ごとに区切りが生まれてしまうような世界で、果たして多くの読者はどこまでをアタマの中で常時構築できるか、という話ですかね。それこそモジュールなりを活用していかないと、この並列構造に踏み出すのは大変だぞという。
LD >> そう。僕が「今何処」に書いた「初恋限定」と「スクラン」の比較は今、正にルイさんが指摘している内容を比較検証しようと考えたものです。
ルイ >> でも、蜜柑とヤミのような線を作る&増やしていくことが、全体構造の強化にもつながりますよね。
ルイ >> 構造というべきかな?連載強度と素直に言ってしまおうw>蜜柑とヤミ
GiGi >> スクランの沢近グループとか、茶道部とか、水着相撲部とか、冴子グループとかそうゆうキャラクターの行動を規定する枠がきっちりあると見えやすい、よね。という。
LD >> う~ん……。>水着相撲、冴子グループ
LD >> 「とらぶる」に関していうと、ミカンとヤミの線が、リトの持っている関係性とはかなり独立して存在し始めているのが気になります。
ルイ >> そういう話ですよね>見えやすいよね 僕は機動戦艦ナデシコの、オペレータ3人娘、エステバリス3人娘、料理軍団、アダルティ軍団、オタク趣味軍団・・・などというのをよくサンプルとしてイメージするんだけど。
GiGi >> ネギまの30人ヒロインとかも、全てを並列に扱うととっかかりがないわけで。固まりがあって、その中で小さな関係性があって、その上で大きな関係線で結ばれていると全体が見やすくなる。
LD >> それは分かるw>「ネギま」 あれはまず最初はバカレンジャーから始めたよねw …さらに最初はやはりアスナ、のどかといった、スタンドアローンを近づけた。
GiGi >> あーバカレンジャーがそうかもしれませんね。そこから図書館組、散歩部、このかと刹那のペアとか、あと科学部もですね。そうゆう切り分け方をすることでキャラが「勝手に動いてくれる」んですね
ルイ >> ネギまのPS2版ゲームなんて、ハッキリ言ってモジュールゲーでしたからねw>バカレンジャーから~
LD >> あれ?図書館探検隊が先立か?>バカレンジャー まあ、本旨としてはどっちが先でもいいんだけどw

GiGi >> ハヤテはそれが特に顕著なんですよね。安定した三角形があちこちにたくさんあって、くっついたり離れたりしている。
ルイ >> ハヤテはそれがもっと狭いですよね。多角形とはホント指摘する気持ちにならなくて、大体線か三角形で済む気がする。
ルイ >> その分必要なスキルもコストも少なくて済むハズで、ある意味連載を生き延びさせる為のお手本的な?>ハヤテ
LD >> 「ハヤテ」の三角は以前から、何か話していたよね?チャットで話すのってはじめてだっけ?あれはとりあえず畑メソッドとか言ってもいいと思う。
ルイ >> いえ、以前に話になりました。なので、今回のギギさんの言いたいところも結構サックリと見えた印象。あくまで「気がする」ですがw
ルイ >> 首藤先生がナデシコをさして100話作れる素材だったといったのは単に好みの話ではなく、そういう局地的な多角形と、更にそれを包み込む戦艦という名の円なり球がハッキリしていたからなんですよね。
LD >> 「ナデシコ」は100話作れる素材だし、実際、「うる星」っぽい形態ができる事を示しつつ、26話で終わることを目指していますね。
GiGi >> 初恋限定はほぼ全てのキャラが独立したカムでありギアになってるので、動かすのに凄い駆動力がいる。動力が伝わる速度が遅い。
ルイ >> 初恋限定。も、意識はしていたと思うんですよね。少なくともBOYS BE…ではないわけで。
GiGi >> や、ネギまとの差分を見るとだいぶ分かり易い話だと思います。
ルイ >> ただその目指すものに対して、漠然としたグループがなかなか浸透しなかった。それがいつぞやの、扉ページで相関図出すような真似にも繋がったと思うし、最終的に、「男グループ」と「女グループ」という色分けでもって、青春スタンドバイミーをしている理由にもなるかな。
LD >> そこらへんは「コードギアス」とかがかなり掘り下げている気がする。…完全に企業秘密で明かされないだろうけどw>グルーピングによる構造
GiGi >> コードギアスは例えば黒の騎士団に扇グループと藤堂グループがあるのが、とても見通しをよくしてるんですよね。
ルイ >> そして「神のみぞ知るセカイ」で危惧されているのは、ヒロインの記憶が消えるという設定がある以上、基本的にその局所的な多角形が生まれるイメージが、ほとんどないという事なんですよね・・・ムリヤリですか、この繋ぎ?w
GiGi >> あずまんが大王に違和感があったのは、あの漫画は主人公グループという大きな多角形が1つあるだけで、他の多角形がないんですよね。
LD >> いやw「あずまんが」の話は特に並列型のプレゼンだけで、多角形のお話の例証にはしていないと思うけどねw
ルイ >> まあ、あくまで「並列ヒロイン」という形式ありきで、それをどう漫画サイズに仕立てるか、という論を組んだ時に、今のグループ複合型?の話になっているだけの事で、大元の「並列ヒロイン」という流れから観たら、全く別の所からの、ジャンケンに四本指出すような回答ではあるんですよね。だから違和感があるのはある種当然?
ルイ >> あ、LDさんと同じような事言ってるかなあ。やっぱ文字が多くてスイマセンねえw
LD >> 「初恋限定」は基本一対一構造ですよ。そして三角は作らないけど線と線は繋げている……いや、むしろ拒むように三角を作っていないな?
ルイ >> 女子グループであったり、兄妹であったり、作れるものなら作りたかったのではないかなあ。>初恋限定 ここは読みの違いですね。
ルイ >> (うしろ指さされ隊というのは、モジュールなわけだ・・・←どうしたの?)
GiGi >> AKB48とかは無理だという話ですねw。まああれも内部でユニットあるんでしょうけど知りませんけどw。
GiGi >> モーニング娘。内でミニモニ。とかプチモニとか作る話に近い、かな。ATOK、わざわざモーニング娘。に。つけてくれてありがとうw。
ルイ >> ATOKモジュール生成w
LD >> …でGiGiさんの動かすのに凄い駆動力がいるってイメージは僕も同感で、ただしかし、僕は岬姉ちゃんがシャフトになれる位置に居たとは思っている。彼女が上手く回れば、案外軽い動力で「すっと」回ったんじゃないかと。>「初恋限定」
GiGi >> スクランの水着相撲部の”足抜け出来ない感覚”が特に学校もののミニコミュニティのリアルさがあるという話でもある。
ルイ >> んー、というか、基本的に一方向に読み進める漫画に限らず映像、文字、なんでもいいけど物語の世界で、並列ヒロインって「そのまま」は無理ですよね。それこそBOYS BE…のようなオムニバスになるくらいなわけで。
GiGi >> それで並列型って何かなという話で。3~5人くらいがシンプルな関係性を組むのには最適値だという話になるのかな。
LD >> …いえ?今、GiGiさんが、構成の分かりやすさメソッドの話を、並列型に収斂しようとしている流れがよく分かりません?並列型は分類に過ぎなくって失敗したり分かりづらかったりしても並列型は並列型だよ?
LD >> 「あずまんが」に対するルイさんの解釈はどうなりますか?>「そのまま」は無理
ルイ >> その形式をどこまで残しつつ物語として組み込めるか、と言う問いへの正道・・というと違うけど、今中心になっているのが、それこそグループ構造などの「とっかかりを良くして、理解を追いつかせる」スタンス。あずまんがはどうかっていうと、基本1つの枠組みの中にその並列ヒロインをブチ込んで、その中だけでの線でもって互いを描写していくという、抜け道的回答なんですよね。だから発明であり、追随者が沢山出ている。
ルイ >> 所謂楽園構造w
GiGi >> いや、あずまんがを「成功した並列型」という見なしをする場合、その成功の要因は「コミュニティが小さかったから」以上の結論はないかも?という話です。
ルイ >> うん。無菌楽園ですからねw正しいのではw>コミュニティが小さかったから でも、簡単に言うけど発想の転回ですよね。
LD >> それはどうかな?>コミュニティが小さいから 「初恋限定」もさほどコミュニティは大きくないけど失敗しているし。……ただし、今の話からいうと「あずまんが」は一つの発想の転換というか、コロンブスの卵みたいなものだけどね。
ルイ >> 頭数の問題じゃないので、そこは混ぜることもないでしょう>初恋限定とあずまんが類型
LD >> いや、ルイさんの抜け道的回答でいいと思いますね。
(つづく)


ヒロインの憂鬱
「序列並列構造」と「グルーピング構造」(1)
「序列並列構造」と「グルーピング構造」(2)
「序列並列構造」と「グルーピング構造」(3)


コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




※「ヒロインの憂鬱」の記事に関するチャット議論です。
「序列型」「並列型」という考え方についてのツッコミが主な内容ですね(汗)
これを元にもう一度思考を練り上げます。(「雨宮」の話に反映できるかな?)
またGiGiさんの言うグループ構造についても、ちょっと思うところがあるので、何か書くかもしれません。

■■■■2008-05-07■■■■
井汲 >> うーん、LDさんのブログ、コメントが途中で投稿を受け付けてくれなくなってしまった…。しょーがないんでこっちに書きます。
井汲 >> ですので、ここでLDさんが「並列型構造」という言葉で指し示そうとしているのが「明確な第一男性キャラが存在する作品」のことなのか、それともそれを包含するもっと広いものを捉える概念なのか、という問題が出てきます。前者なら「初恋」はもともとその範疇に入らない作品だった、ということで、「並列型構造」の作品論の外で取り上げる方がいいでしょうし、後者なら「初恋」の失敗を以て「並列型構造は週刊連載に向かないのでは?」と推論するのはちょっと性急かな?と思います。 「並列型」という名称が合いそうな他の作品として、「ハチクロ」ってどんな感じでしょう?読んだことないんで何とも言えないんですが、あれって「序列型」なんでしょうか?
LD >> 井汲さん、僕、自分に対してコメント打ったことないんでよく分からないのですが字数制限などがあるのでしょうか?(だとしたら、Yahooブログ本意じゃないなあ?)
LD >> それで「序列」「並列」構造についてですが、序列=順位付けは、一人の主人公からの視点=優先順位というワケではなく“物語”から俯瞰した時の順位付けという考え方をしています。故に、後者ですね。
LD >> この点、本当に順位がついているの?という疑問点も出てくるでしょうね。そして井汲さんが指摘通り、そう“結論”するのは性急だと僕も考えています。提起した視点について現段階でのまとめを「強引に」述べていると思って下さい。奇しくも下のルイさんとの会話では「 …むしろ違うw>「初恋」が終わる原因 」とさえ言っちゃってますしねw
LD >> しかし、同時に根も葉もない推測だとも思ってはいません。実際に流れ的には並列型が指向されている世の中だと思いますが、同時に、様々なポイントで(週刊連載にしぼった話ではないですが)苦しい組み上げがされているいように思っています。
LD >> それから、読んだことがない作品に対して素晴らしい慧眼というか直感というか…w 「ハチクロ」は僕には成功した「並列型」に観えますねw 竹本くんを中心に序列をつける事も可能なのでしょうが、その視点は極限まで抑えられ、並列に扱う方向にあるという意見に異を唱える人も少ないように思います。
ルイ >> ローパー踊り・・wかみちゅ休憩中の横槍ですが、後者だとして「向かない」は確かに性急と取られても仕方ないかもしれませんね。すっかり読み飛ばしてた。向かないというより、「向く方法論を模索している最中」という事になるかな。
ルイ >> あと、僕はハチクロは普通に群像劇だと思いますw並列型でも序列型でもない・・・というといいすぎかな?まあ当てはめようとすれば並列なんでしょうけど、僕が思っているヒロイン論からの流れとしてには、どちらにせよ当てはまらないかな。まあ、というわけで、カミチュ!
LD >> ああ…失礼。もう寝ますが。その通りですね。>群像劇
LD >> こう、もともとブログで書いている途中で序列と並列はもっと大きなキャラ構造に当てはめて行けるな?と考えたんですが……ちょっと今はそれを視野に入れつつ、ヒロイン構造に話を絞り込もうと思っています。…つまり「ハチクロ」も大きくは並列と言えるんでしょうが、ちょっと外して考えると。
LD >> それでは。
LD >> それと「あずまんが大王」(及びそれ系の作品)って「並列型」の一つの回答かもしれませんね。
GiGi >> 並列と序列の話、まだちゃんと読んでないですが、あずまんがをグルーピングするのは若干違和感があるかも。
ルイ >> ああ・・・・僕もちゃんと読んでないけど、あずまんがはグルーピングしてないのではないかと思います。
ルイ >> LDさんの言う所の並列型、僕はよく群島型とか言ってたんだけどwそれを、漫画などの「物語」にどう組み込むか?という模索・・っていう視点で観ているようですので。LDさんがここであずまんがを挙げたのは、「組み込む」のではなくその型ありきの「組み方」を発明したというかなあ・・・そういう意味で、1つの回答という表現をしたのかな、とか。
GiGi >> なるほど。群像劇と切り分ける意図がよくわからなかったので。
ルイ >> 多分LDさんの頭の中では、雨宮現象とのラインが引かれているはずなんですよね。>群像劇と切り分ける意図 この論の過程に雨宮が組み込まれる・・・はずwまあ、そのへんはマダー?チンチンのAAでも貼りながら待ちましょうかw
GiGi >> 方法論としては、スクランのランブル(乱入)形式が成功例かな?とか思いますが類型があるかどうかは知らず。あずまんがの導入ってどうでしたっけ?大阪の転入が第1話かな?
ルイ >> 一方で、LDさんは確かもっと広範に使えるかも?みたいな事仰ってましたっけ・・・そうなってくると、僕の思うものとは違ってくるというか、確かに群像劇と切り分ける意図がわからなくなってくるかなあと思っています。
ルイ >> あずまんが類型は、スタート地点から物語の中でのキャラ、という視点から切り離してますよね。らきすたもその中に入るか。
ルイ >> や、あるいは、それこそが新しい物語だ、という言い方も可能か
ルイ >> スクランはハイブリッド作品。(昔からある)「物語」の中の並列型、というものが唯一目指す回答だとしたら、成功例でしょう。で、あずまんがなんかを別の回答と言えてしまうのは、並列形式だけ(あるいは、圧倒的にそちら寄り)で生きていく方法論だから、かな・・・つまりLDさん言う所の『並列型構造』って、多分それこそゲームやらおニャン子やらwの、裸の構造そのものなんですよね。それを漫画で「そのまま」やるのは・・・という話になってくるかな?「なかなか受け入れられない」に、そのまま云々を組み込みたい所。で、500文字とか、文字を削らない事が好きな僕には絶対無理な環境ですw
GiGi >> 大阪の視点、ちよちゃんの視点、というのはありますよね(他のキャラの名前忘れた)。よつばとと違い、主観ショットが多用されていたような気もします。
GiGi >> スクランでも用いられてますが、女の子を仲良しグループとして一塊で取り扱うメソッドもありそうです。
LD >> …ふむ。とにかく色々ツッコミ所の多い考え方なのはわかったw
LD >> つまりLDさん言う所の『並列型構造』って、多分それこそゲームやらおニャン子やらwの、裸の構造そのものなんですよね。それを漫画で「そのまま」やるのは・・・という話になってくるかな?←で、ルイさんのこの言が僕のイメージと近似だと思います。
LD >> なんで「あずまんが」は回答として図に当っていると思うんですけどね?…並列に扱いつつ物語も組めていると思います。→ギャグとラブコメだし肉付けの仕方が違うんですが、骨子的には「初恋限定」も近い構造を目指したように思います。
LD >> 「並列型」って言葉は「序列型」に対して用意した言葉って意味がありますね。…単独表現なら並列型はこれまである「マルチヒロイン」なんて言い方で済むとは思うんですが、じゃマルチヒロインじゃない状態って…?→
LD >> →と考えた時に、ある種の「順位」を以てプレゼンされている事に着目しました。「エムゼロ」で柊は「上位」、観月は「下位」と言った時、作中の何処にも観月が下だなんて言葉は出ないのですが、多くの人はそれに異を唱えないはずで……まあ「負けそうな娘」って印象表現よりも、もう少し規定的に表現したかったという意図があります。実際に序列型が強固な場合、この序列の壁は厳然としてあると思っています。→これが雨宮の話につながる。
GiGi >> サンプルケースとしてハヤテを取り扱うとどうなるかな?とか思ったり>並列と序列
GiGi >> ハヤテは、ずいぶん前に指摘したんですけど、小さい関係性をモザイク上に積み上げて大きな構造を支えている作品なんですよね。この、「小さな関係性」の群が、並列型という類型と親和があるかな?という直感があります。
GiGi >> あ、ちょっと見通したったかも。トライアングル(多角型)構造とペア(スポーク型)構造があって、並列型に向いているのは多角型構造なのかも。謎用語連発スマンです。
GiGi >> 今長文書けないのでちょっとまた後でまとめるかもですが、ハヤテ、スクランは多角構造で、ネギま、初恋限定はスポーク構造という分類です。
GiGi >> 関係性を1対1で見るのか、複数人の固まりで見るのか、という違いですね。そして多角型はその構成員同士がフラットな重み付けになるのではないかという仮説を提示してみる。
ルイ >> アプローチは違うのですが、先ほど歩きながらwそんな事考えてました。トライアングルの重ね合わせで多角を導き出す所については、全く同じ所を考えていて驚いた。ペアとの分類はしてなかったんですけどね。
ルイ >> あ、でも、昔ハヤテについてそういう話になった事があったから、驚くほどの偶然の一致ではないかw必然ですねw
井汲 >> > 骨子的には「初恋限定」も近い構造を目指したように思います。 なるほど。私は「初恋」は群像劇と言えると思っていて、「ハチクロ」を「群像劇だから」という理由で並列型から除外する場合、「初恋」との間にどう線を引くのだろう?と思ったのですが、たぶんここで仰っていることの周辺がLDさんの答になりそうな雰囲気ですね。まあ私も雨宮論の完成を待ちたいと思います。
■■■■2008-05-08■■■■
LD >> まあ、ちょっと今、「雨宮」の原稿書き中なんですが……困ったなw「雨宮」自体は序列型を主体に論じる予定で、最後に少し並列型に触れる程度の予定です。
LD >> 「初恋」と「ハチクロ」の違いなんですが、僕は「初恋」は様々なヒロイン・パターンがプレゼンされていると思っていて、「ハチクロ」はヒロイン・パターンをプレゼンしているわけではない…という捉え方をしています。が、しかし、ここで僕が行った判定や定義付けは絶対の基準ではないので、井汲さんには井汲さんの分け方があって井伊と思います。(井伊直弼?)→
LD >> →勿論、言い出しっぺは僕なんで僕は頭の中で考えている事は全部開陳しなくてはならないんですが、これは結果その人の解釈や視点により違う分け方が発生する話ですね。…あるいは群像劇と分ける意味が分からないという事で使わない選択もある。…しかし、僕自身は分けて喋る事はできると思っています。
LD >> 僕は「初恋」の男性キャラはヒロイン・パターンを縁取るための従格存在に捉えて居るんですが、多分、ここで意見が割れると群像という捉え方にもなってくるんだと思います。
ルイ >> ワアアア日本沈没だぎゃああああああ!!orz
ルイ >> ・・(地震やんだな・・・)。ではかみちゅに戻りますw失礼w
LD >> 群像系は並列型を内包しているか?…って一瞬思ったけど、1対多構造は必ずしも群像とは言えないかな?w
ルイ >> ワアア日本更に沈没だぎゃああああ!しかも地震時のテロップ、いつのまにか前よりパワーアップしてるぎゃああ!orz
LD >> もちつけ(´・ω・`) しかし、確かにさっきのは長かった…。
(つづく)


ヒロインの憂鬱
「序列並列構造」と「グルーピング構造」(1)
「序列並列構造」と「グルーピング構造」(2)
「序列並列構造」と「グルーピング構造」(3)

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )




僕は普段「おたくなら、こうだ」とか「それは、おたくとしては恥ずかしい」とかそんな言い回しをしたりするのですが、実は「おたく」という言葉にちょっと特別な意味を込めて喋っています。…いや、特別と言っても、そんな特別な意味じゃなくって(←どっちなんだ)むしろ、ロートルな意味なんですけどね…。これ読んでいる人が「年寄りのおたくが考える“おたく”の意味なんてこんな感じじゃないの?」と考えたとしたら、まあ、そんな外してないと思いますw

…まあ、ここで「おたくとは?」みたいな話をするのは、今回の本旨じゃないので割愛するとして…僕がそういう意味を「おたく」という言葉に付加したのは、切っ掛けがあって。岡田斗司夫さんの書いた「オタク学入門」とか、そこらへんに前後したあの人の言動とかが、切っ掛けになっています。
最近、岡田さんは「オタクはすでに死んでいる」って本を出していますね。ちょっと読んでみたんですが…まあ、内容は置いておくとして………ってか、何カ岡田サン、周リノ空気、気ニシテネ?w…世間がどうだろうと自分のやる事は変わらない気にしないのが「おたく」の一義じゃないの?(←あ、ロートルだ)…ごほんっ、ま、置いておくとして(汗)w

この「オタク学入門」とか読んで、おたくに纏わる悲喜こもごもの四方山話は、あははと楽しく読ませて貰ったんだけど、本論というかおたくとは何か?って箇所については、おたくという存在をなんかけっこう特別視していて、ああ…この人ウソをついているなあ…って思ったんですね。(あ、悪い意味にとらないで。もう少し話を聞いて)

そもそも「おたく」という言葉はあまりいい意味で生まれていない。むしろ差別語として醸成されて来ました。まあ元々、おたくなんて言葉が生まれる以前から「いい歳こいてマンガに夢中」は世間的に非常に恥ずかしい存在だったし…どうしてもこの時代の(原始的な)おたくは、相応の“決意”を必要としたので、差別とか、冷たい視線とか、そこらへんはまあ今さら~とも言えるんですがw
ただ、元々、身内(?)の自虐的な意味で使われていた「おたく」という言葉は、れいの“宮崎事件”で世間にその言葉が流布した時は、完全にネガティブなイメージで定着しました。「いい歳こいてマンガに夢中」が「おたく」ってコンパクトに記号化されたのも大きいのでしょうねwだから、そこらへんの流れを体験して来た身としては(岡田さんも当然大体同じ体験な上で)この本で書かれていた事や、当時の岡田さんの言動「おたくは凄い!」とか「おたくは進化する!」みたいな話は、正直ええ~?(´=ω=`)って思っちゃったんですよねw

むしろ、マンガやアニメが普通に楽しいものとして、文学好きや映画好きが普通に世間に受け入れられているように、普通に認められて欲しかった当時の僕は(だから、この頃のおたくは作品を評するに「大人の鑑賞に堪える」って言葉がやたら好きなんだよね~w)「おたくも普通の人だよ」と言いたい…いや、この場合「おたくは~」ってレッテルにそのまま乗ると上手く伝わらないかな?「マンガ好きやアニメ好きも普通の人だよ」と言いたいって言った方が伝わりやすいですかね?
…ってかホントに普通に、すごい人もいるけど皆が皆すごいワケじゃない(そんなのどこの世界も同じだ)。頭のいい人もいれば悪い人もいる、性格のいい人もいれば悪い人もいる、ってのが正直な真相ってもので…。
だから「オタク学入門」は、吹いてるなあ~wウソついてるなあ~w(汗)って思ったわけです。…んでも、です。それで一考して僕が次に思った事は…


うん。じゃあ、そのウソに乗ってみようか。


…って事でした。それは本来、悪い意味で使われている「おたく」という言葉をいい意味にひっくり返してやろうって試みですね。……だってね、僕は直接嫌な扱いを受けた事はないけど、マスコミの扱いとか観ていて「おたく」が恥ずかしい奴なのはしょうがないとしても、犯罪予備軍扱いはあんまりなんじゃない?って思ったもの。世間がそれを真に受ける度合いは今の比じゃない時代だったし。

これに対して「アニメが好きたって…他は普通の人間ですよ?」なんて普通の反論にどれくらいの効果があるかって話で。「むしろ、アニメを観てる人間の方が凄い!」って話を強弁して、ようやくフィフティー・フィフティーに臨めるか?ってなもんで。だから岡田さんがやろうとしていた事(おたくの地位向上)は、そういうカウンターだったんですよね。だから日本人が弱いワード「海外で認められている!」とか「あの巨匠もおたくだ!」とかそういう話に持ってくるw
で。…ああ、そうか。それじゃ、微力ながらその話に協力しよう……と僕は思ったんですね。…微力って、本当に微々力な話ですよ?(汗)「『マンガ好き』なら、こうだ」とか「それは、『アニメ好き』として恥ずかしい」とか、下級生をイビったり(上級生に議論ふっかけたり)していたワードを「おたく」に切り替えただけ(汗)しかし、程なく僕はHPを開設して、そこでもその意識をもって、この「おたく」という言葉を使っていたので、微力な協力が、もう少しだけ広い範囲になった…………はず………………いいんだよ!なったんだよ!!(←あ、キレた)
岡田さんは、その「オタクは死んだ」との事なんですが。…まあ…ねえw…その話については「……え?何かやる事変える必要があるの?」ってところで締めておきましょうか?(※僕は田舎で細々とおたくをやっていた人間なんで、都心や前線にいたおたくの人たちとは経験や感覚に差異があるであろう事は留意すべきでしょうね)

さて、ここから本題w(!)こういう思い出話を書いたのは「ちょっと昔の事を思い出したオセンチな僕」って意味も3分の1くらいはあるんですがw(汗)主旨はそうではなく、ここで述べた「そのウソに乗ってみる」って話の一例を述べておきたかったからなんですね。
僕は今このブログで「物語愉楽論」ってカテゴリを作って、それについて色々書いて行こうと考えているのですが「その善い話に乗る」「そのウソに乗る」って話は、けっこう僕の思考の根っこの根っこにある要素で、僕が自分の思考を根詰めて説明しようとすると、割とひょこひょこ顔を出すんじゃないかと思うんですね。
「物語愉楽論」に関連付けて言うと「新しい楽しさを接収する時」「自分の視界を拡げる時」に使えるものの考え方だと思います。(ここらへんGiGiさんが以前、構造構成主義って話を上げてきた事があるんですけど、それとかなり近い話みたいですね)
まあ、そこらへんの実践の話はまたの機会にするとして、この「ウソに乗る話」はちょっと覚えていてもらえると、よく分からない話を口走り気味な僕の言動の意味が、少し分かりやすくなる……事もある……かもしれないよ?…多分?(汗)


コメント ( 2 ) | Trackback ( 0 )


« 前ページ