http://www.websphinx.net/manken/come/wek1/wek10379.html#554
「ベイビーステップ」VS荒谷戦は、一回も「一番」に選出する事がなかったんですけど、全編に渡って素晴らしかったです。もの凄く手に汗握りました。プロを目指す男・荒谷(でも多分、メイン・ライバルじゃない)という地力、総合力では全く歯が立たない相手に対して、主人公のエーちゃんが必死で食い下がる話。ギリギリのところまで荒谷を追い詰めるんだけど、最後には負けてしまう所まで含めてとても良かったです。
「ベイビーステップ」の面白さを説明するのはなかなか難しいのですが、チャットなんかで話していた事の中で「おれは鉄兵」に近いね…なんて話を出したりしました。鉄兵ってあれで、かなり緻密に剣道をやる男で事前に対戦相手の偵察をして手帳にメモをとるんですね。…で「ベイビーステップ」のエーちゃんも、相当なノート魔で、自分の覚えた技術や、相手の情報をとにかくノートに書き取る。何か読んでいると僕などは、ちばてつや先生か……あるいは、コツコツと地道な努力を繋げて実を結ぶ、ちばあきお先生のマンガなんかを思い出してしまいます。
ちばあきお先生の、たとえば「キャプテン」のイガラシなんかは凄い天才として描いている事は間違いないんですけど、でも剛速球を投げられるとか、そういう目に見える野球の才能を持っているワケではないんですよね。体つきも小さいから球質も軽いでしょうし。…そういう、いい意味で「華」がないキャラな所があって、エーちゃんもモロにそれに当ります。(彼は動体視力が相当なようなのですが…地味です)…まあ、「華」がない事を“いい意味で”なんてあっさり言ってしまっていいのかどうかは難しですが、でも、そういう目に見える“拠り所”、“決め手”、“必殺技”を持たないキャラがコツコツと頑張る様は、演出がはまると堪らない魅力を持って輝き出します。
まさに、今回の荒谷戦でそれは強く出ていて、荒谷ってのはプロを目指していて、ものすごいサーブ(エーちゃんが「あれをされたら、もう何もできない」と言わせるもの)を持っていて、精神面でムラッ気があるけれど、それもポジティブに利用し、試合中に成長する大きな器も持ち、かつ“運”もある。…という、これで顔つきさえ主人公っぽかったら、もう完全に主人公なキャラなんですよねw
これに対してエーちゃんは事前に得ていた荒谷情報と、自分が練習で得てきたそつのないプレーだけで、何とか荒谷に対抗しようとします。
…ちょっとたとえてみると、パンチ力のないボクサーが、強力なパンチとタフなスタミナを持つボクサーと対戦するような感じなんですよね。パンチ力のないボクサーは、相手に捕まらないように逃げながら、コツコツ・ポイントを稼ぎ、何とか最終ラウンドまで立っていなくてはならない…その間、一瞬でも気を許して、相手のパンチをモロにくらったら、その場でKO負け確定…という感じでしょうか?
一般的な少年スポーツマンガだと、やはり相手をKOできない…テニスでいうならエースがとれない…つまり「華」がないプレーヤーは観客がカタルシスを感じるのが難しいためなかなかいないタイプの主人公ではありますが……しかし「ベイビーステップ」には決め手がないからこそ、かかるストレスの気持ちよさというもので、上手く観客を引き付けていると思います。
まるで主人公かのようなスペックを持った荒谷をひっかき回しながら、勝ちを維持してゆかなくてはならない、しかしテニスのルール上も、自分のスペックも一気に瞬間風速で決着をつけるという事はできず、最後の最後までこの緊張感のまま試合をやり切らなくてはならない…。バトルマンガだったら凄い必殺技一発で終わらせる事ができる。その終わらせるための“気合い”とは違う、終わらずに最後までやり切る事を覚悟した“気合い”ですね。
ここらへんテニスという孤独なスポーツである事がまたその緊張感を際立たせます。チーム競技だと何人かは凄い奴(決め手になる奴)がいるものだし、やはり、そこは互いを補い合って…と別のテーマの話になってしまう。直接は誰も手助けしてくれないコートの中で、圧倒的戦力差をもった荒谷との対戦を続けた果てでも「いける…まだ絶対いける!!」と思い続けるエーちゃんの強さには感動してしまいます。この連載が一体どこまで行くのか、とても楽しみです。