今何処(今の話の何処が面白いのかというと…)
マンガ、アニメ、特撮の感想ブログです。




【ヒーローの条件】



ちょっとした人の縁で『超弩級少女4946』(作・東毅)の虎の穴用小冊子作りに、いずみのさんとの対談という形で参加させてもらいました。やあ、何と言うかびっくりです。(`・ω・´)
それで今回、そこで僕が話した内容を取り出し、その意図を細かく述べるセルフ解説をしておこうかと思います。このブログのタイトル通り、野暮ったく自分の冗談を語る「今の話の何処が面白いかというと…」というワケです(汗)(※それと小冊子で述べている事も、ここで述べる事もLD個人の観方なので、この作品の“正しい読み方”とかそういうものではない事、念のため述べておきます)

『超弩級少女』は、身長40メートルオーバーのヒロイン・衛宮まなが、背は低いが人並み外れた正義感を持ったヒーロー・飛田マコトと出会ってしまう物語。超身長差ラブコメにして、人類を脅かす宇宙生物(怪獣)と戦っているお話…という感じでしょうか。
LD  超弩級少女は、ラブコメとしての磁場と、人類を護る物語という磁場を一致させることにすごく努力していて。ラブコメ的に「絶対うまくいかないカップル」という障害があるのを、人類を護るためのハードルとして利用しているんです。(座談会より)

まず『超弩級少女』の全体としての構造を述べておくと“ラブコメ”としてのラインと、世界を護る“ヒーロー”としてのラインを並行に(どちらかが主格でどちらかが従格という形にならないように)進めていて、その焦点が一致する事を目指している『物語』に思えます。

とはいえ……まあ、これは人の印象にもよりますが、やはり“前面”にはラブコメが出ている作品だと思います。可愛い女の子いっぱい出てくるしねw戦って世界を護るヒーローの話は、実はかなり凄惨な設定などが混じっているので、あまり正面切って出していないというか“後方”に隠して描いている。
僕はヒーローの『物語』が好きで、ずっと追っている所があるので、ラブコメとしての『超弩級少女』ではなく、ヒーローとしての『超弩級少女』を語らせてもらおうと思います。
後方に隠されている……隠してはいないまでも後ろに置かれているヒーロー面が、それでもラブコメ面の従格ではなく、並行に描いているというのは、けっこうこの作品って様々なヒーローの形…というか、成れの果てというか、そういうものをしっかり置いていて、現在進行形で世界を護っている衛宮まなと飛田マコトの二人と対比させているからではあります。



アメリカ合衆国のエージェント・モンタナとかね。まあ、米国が本当に正義の味方か?モンタナが正義の味方の成れの果てかって議論は置いておくとして…(汗)ともかく現在進行形で正義を成す国…と思われている米国は、同時に“正義の逆説”の代表格のような扱いも受けているわけで、ヒーローというものの別の角度の見え方を『受け手』に見せていると言えます。
…ここらへんの視点としては、国交省の土田さんも、かなりそんな感じな気がします。実はモンタナは「現実には正義が無かった(これまでの自分のセカイでは出会えなかった)という体験」から諦観を抱えた少女なんですが、土田さんは彼女よりはもう少し“超能力/超解決力を持たない正義の味方”というものが、どういうモノなのか知っていて、それを選んでいる人のように観えます。


LD  ある意味で一番正義の味方なのは玖海ですよ。彼女は人の生命を相当救っているはずですから。でも本人に全くその気はないというかw動機ではなく、結果として正義の味方なんですよw(座談会より)

それから、飛田玖海はいいですよねえw「お兄ちゃん(マコト)大好き!」ってレベルじゃなくって「兄の為に生命を賭ける!」と決意している。ちょww『葉隠』!ww…というヒロインとしてもそうですが、女ヒーローとしても。ここで語ったように、彼女は、退魔稼業そのものには大した意味を見出していない“結果のヒーロー”なんですけど。でも、僕は「結果を出しているヒーロー」が大好きなんです!w(`・ω・´)

しかし、この玖海の心象は、ヒロインとしてもヒーローとしても、衛宮まな(マコトの恋人)に至れない『瑕疵』として描かれていると思います。彼女は言わば「マコトがいない世界などどうなってもいい!」という悲鳴をあけ、それを衛宮まなに「マコトと一緒にいられる世界がどうなってもいいはずがない!」と返されてしまった。それは兄を想う気持ちでは負けてはいなかったはずなのに、どうしてか、そこには至れなかった…という物語なんですよね。

…実は作者の東先生からは「セカイ系というキーワードをヒントに話が進むとよいかも」とガイドを貰っていたのですが、衛宮まなが至れたもの、飛田玖海が至れなかったものの、ここがその焦点に感じています。座談会でもそう語っていますが、衛宮まなと共闘した時も、彼女は、そこに至ったというワケではないでしょう。

でも、僕は「結果を出しているヒーロー」には良い物語(因果)が待っているものだよ…とも思いますけどね。おそらくは彼女には、さほど見向きもしなかったであろう「彼女がその手で守った人々」は確かにいて。彼女が彼らの存在に気がついた時、はじめて彼女は「どうなってもいい世界」じゃなかった事を知る事になるのだろうと、そんな風にも思います。
いや、別に彼女はヒロインになりたいのであって、ヒーローになりたいワケじゃないから、そんな展開じゃなくっていいのですけどねw(汗)ヒーローの物語としてはそういうモノだという事です。


LD  彼(塩屋センリ)の正義には人間らしい血が通ってないですからね。多分、今まで失敗だらけだったんだと思うんですよ。助けたはずなのに何故か喜んでもらえなかったとか……。それで「愛情」というモノを探しているんじゃないでしょうか。(座談会より)

実は、この『物語』で一番注目しているキャラクターは塩屋センリくんです。彼は『面白い』。いや、玖海ちゃんも『強い』のですが、何だかんだ言って、こういう娘は「マンガではよく居る」とも言えますw塩屋センリは…居ないとはいいませんけど『面白い』ですね。ヒーローになる気満々……なのにヒーローである事に失敗している。そんなキャラに観えます。

塩屋センリは自分を「ボクは、愛の探求者にして、地球を護るスーパーヒーロー」と自己紹介する奴で、衛宮まなと飛田マコトの二人に対して「キミたちの愛は歪んでいる(ニセモノ/錯覚だ)」と断じて、自分こそが衛宮まなの恋人に相応しいと言い出すんですが…。
その相応しい理由は何かというと、自分も衛宮まなと同じカテゴリーDと呼ばれる“怪獣”で、硬質化して巨大な武器のようなものに変化できる、それは巨大過ぎた衛宮まなの、待ちに待った武装を意味するという……おい、それ愛情じゃなくって、功利主義って言わないか?と言うw

少なくとも塩屋センリは愛を功利の副産物であると解していると。これが全てかどうかはともかく、一面の真実をついていたとしても、彼は知識としてそれを“知っている”だけで、実感として心の中に取り込んではいないという事が分かります。なのに彼は自らを「愛の探求者」と説き、愛に関する自説をまことしやかに披露する………ちょっとイタいですねw

これは僕の想像に過ぎないんですけど、こういう風だと、多分彼は、ヒーローとして失敗だらけだったんじゃないかなと想像するんですよ。何故か上手くいかない。
先程、玖海ちゃんは助ける者の事など見向きもしなかった…かのように語りましたが、たとえば、危険に晒されているのが、小さな兄妹だったりした場合……多分、彼女はものすげえええええっく!!感情移入して二人を救ったと思うんですよねw塩屋センリくんには多分、そういう事もない。…じゃあ、何でヒーローに成りたがってるの?という所に彼の秘密があると思いますが。

そういう愛の事も、護る事も、よく分かっていない塩屋センリがこの『物語』で何を見届けるか?が…彼に与えられた役割という気がします。
…実を言うと“見届ける役”としてはマコトの親友の神宮寺兼人とかぶっている気もするんですけどね(汗)…塩屋はヒーローとしての見届人。…神宮寺はラブコメとしての見届人。…あるいはその逆!!(`・ω・´)かな~?とか考えたりしています。

最後に、ちょっと読み直して思ったのは。以前、僕は(↓)下のような記事を書いて「ヒーローって英雄的意味を大きく持って、ヒロインって(今の物語だと)恋愛的意味を大きく持っているんだけど、それでこのワードが“対”の扱いになっているって“言葉の整備”としてよろしくなくね?」と語ったんですが…。

【ヒーロー/ヒロインの呼称の整理】
http://blog.goo.ne.jp/ldtsugane/e/ecf949bab245a54996311a5fab0b7db0



この作品は、そのテーマから、ヒーロー/ヒロインの不整備を上手く突いているというか…意図的にごっちゃにして語っていますね。(言葉の整備は、正確な伝達と記述のために必要とは思うんだけど、物語の伝達としてはこう混沌としている方が『面白く』なったりするんだなあ~w)こう言ったセリフ回しを拾って、どういう意味が入るのか『読んで』みるのも愉しいかもしれません。


超弩級少女4946 4 (少年サンデーコミックス)
東 毅
小学館


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【元型】【疫病の怪物】

先日、仲間内の飲み会に行った時に、エンターテイメントにおける「吸血鬼とゾンビの眷属性」みたいな話をしていたのですが、「いや、そういう話をするなら『ホワイト・ゾンビ』は観とけよ?」みたいなツッコミを受けてしまうま。(´・ω・`)
『ホワイト・ゾンビ』ってなに?……1932年製作された“最初のゾンビ映画”と言われている作品のようです。で、youtubeから探して観てみたのですが…はあ~面白い。まあ、ゾンビが主役というワケではなく“ゾンビ使い”とも言うべきベラルゴシの演じる魔術師が主役(悪主役)なんですけどね。ルゴシの得も言われぬ、怪オーラが遺憾なく“汪溢”している楽しい映画でした。

【ホワイト・ゾンビ 1】


さて、最初に述べた「吸血鬼とゾンビの眷属性」については、またどこかでまとめたいと思っているのですが、ここではちょっとしたメモ書きをしておきます。
まあ、眷属性って何か?っていうとゾンビ映画の真祖ともいうべきジョージ・A・ロメロの『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』(1968年放映)が、世界で最後に生き残った男が吸血鬼と戦う『地球最後の男』(1964年放映)(1977年に『地球最後の男オメガマン』、2007年に『アイ・アム・レジェンド』としてリメイクされていますね)にインスパイアされて作られたという逸話の指摘なんですけどね。

それまで呪術によって使役される人形だったゾンビが、自律性と噛むことによって仲間を増やすという繁殖性……繁殖性というより“疫病性”なんだと思いますが、そういう吸血鬼の特性を持つことで、恐怖映画の一大ジャンルにまで成長しています。
つまりここで言う吸血鬼は疫病~黒死病を持ち込む妖怪としての吸血鬼であり、キャラクター化したドラキュラは、また別の存在という考え方をします。その意味で言えば本来のブードゥー・ゾンビも、魔術師のガジェットとしての存在であって、両者は、今述べている眷属性なるものからは遠い存在でしょう。

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エンターテイメントとしての吸血鬼とゾンビはロメロが繋げたと言っても良さそうですけど、僕はこれがロメロの独特のアイデア/インスピレーションとは思えない所があります。元々、この“疫病性”をもつ怪物というのは、もっと人間の根の部分に棲んでいるもので、その発想はもっと自然で人々が直感的に納得し得るものだったんじゃないかと考えます。
…そうwえ~っとw以前からこのブログを読んでいる人なら思い当たってくれるかもしれませんが、僕はここらへんに『元型(アーキタイプ)』を見出せないかと考えています。(`・ω・´)・´)・´)三
これは怪物とは言っても“英雄”が倒すべき“竜(ドラゴン)”とは明らかに違う怪物ですよね。

そもそも、ロメロは“あれ”を吸血鬼と呼ぶのを控えてリビング・デッドって言っただけで、ゾンビという言葉が持ち出されるのはその後の事ですよね。
もしかするとゾンビという単語を引用せずに、グール(食屍鬼)、あるいは“魍魎”などと得体の知れない言い回しをした方が“あれ”を表すには近かったかも…と思ったりします。(もっと黙示録予言に近い存在と思ったりもしますが)

さらに話を広げると、むかし、手塚治虫先生が『ドン・ドラキュラ』の単行本に「世の中景気がよいときは、フランケンシュタインの人気がよく、不景気になるとドラキュラがはやる事になっているそうです」とか書いて、連載をはじめたらしいのですが………他でそんなジンクス聞かないんですよねえ?(汗)
ホントなのかなあ?ああ…でも、ドラキュラの方は吸血鬼≒ゾンビと考えればわりとそんな事もある?大体、『ドン・ドラキュラ』の連載中に『ゾンビ』がやっていたもんな……。いや、これ『アーキタイプ』と絡めた考え方なんですよね。

…とか取り留めもなく書いていたら、けっこう話が長くなったので、ここまで。もうちょっといろいろ詰めてまた機会があれば。


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【10月第3週:弱虫ペダル RIDE.131 小野田の走り】
http://www.tsphinx.net/manken/wek1/wek10483.html#661

【漫研】
http://www.tsphinx.net/manken/



『シュガーレス』(作・細川雅巳)が楽しいですねえ。というより胸打つ物語とすら言えるかもしれません。『シュガーレス』は“風車”と呼ばれる高校の始業間もない日(だと思う)から、跳ねっ返りの1年生・椎葉岳がケンカしてケンカして、ケンカしまくる話(多分)。以前、(↓)下の記事でその所感を書いたのですが、方向性的にはそこをまっすぐ突っ切って「ゆがみねえ」感じです。

【今週の一番付記「シュガーレス」細川雅巳先生の描く不撓不屈のヤンキーマンガ】
http://blog.goo.ne.jp/ldtsugane/e/2e90080322b0a589c4d9500faafa93a1
多分、シャケって主人公の理想像そのものの人間なんだと思います。そのシャケの、挑んだ男に対するあまりのノックアウトっぷりにビビってしまった岳は、その“ビビった心”をシャケに見透かされてあからさまに失望の表情で通り過ぎられてしまうんですよねw「え~?wなにコイツwww」みたいな感じでw連載二回目にして既にマリモくんに二度のノックアウトを喰らって、頂点のシャケには失望を買う。(…で、その後ぶっとばされている)ここまではっきり「格」でビハインドくらってスタートする主人公も珍しいw(むしろ、負けても格は恐るべし…みたいなパターンは多いんですけどねw)ここから、ケンカして、ケンカして、ケンカして再びシャケに挑んでくれるのでしょうw

ここでも書いているのですが、ともかく主人公の椎葉岳という奴はキャラ格が低いですwいや、正確に言うと「キャラ格が低いのにいきがる事を止めないその姿勢が逆にキャラ格が高い」という逆転現象になっているのですが、まあ、とにかくこの主人公、なぐられる、蹴られる、それでその度に仰向けに失神しているイメージがあるwやたらKOされるw
でも、ボロクソに弱い、最弱の男というワケでもない。そこそこケンカは強い。…その微妙さがまたキャラが立たないというか何と言うか…。マンガだと最弱はむしろ王道ですらあるじゃないですか。『カメレオン』、『破壊王ノリタカ』でもいいし、いじめられっ子スタートという意味では『はじめの一歩』でもいい。(…あれ?弱いスタート物語は、わりとマガジンの作品を思い出すな?)どうにも話にならない程、弱いなら弱いなりに、どうがんばるか?といった物語が生まれ得る。

でも、椎名岳はそれほど弱くはない。…でも最強でもない。最強でもないけど2番2位でもない。3位…か?3番も厳しいか…?やっぱり4番目?(´・ω・`)くらいな位置づけで、その位置って煮え切らない分、逆にショボイ?みたいな感じでwそれが主人公w

あの頃よりも話が進んで今は、一年生の4強の一角に収まっているらしいのですが、じゃあその一年四天王の中で誰が一番強いのか?という話題になるとかすりもされない。ダークホース扱いも受けない。タイトルに書いたように、単純に強さランキングで測れば一年四天王の中で、とくに何事もなく、とりあえず負けてしまうようなキャラ位置…なんですよw(言い過ぎかな?w)
目標にしている最強の三年・シャケにしても、顔くらいは覚えていてくれているのか……多分、ノーガードで近づいて来た時、岳がシャケの迫力にビビッて動けなかったのに呆れてスルーしたまんまで、シャケ自身は、一年で多分、最強の、でも最強に興味がない丸母タイジに興味を示しているのみなんですよね。丸母はキャラ格が高いですよ~w

でも「それがどーした!」ってのがこの主人公・岳の信条なんでしょうね。弱かったらケンカに明け暮れちゃいけないのか?中途半端だったら最強目指しちゃ悪いのか?「関係ねえだろ!」って事なんですよね。
弱い(強さが中途半端)からこそ、その心意気の強さが際立つ、いや、精神だって強くない、シャケにビビって動けなかったんだもの。(他の四天王はそうはならないと思う)でも、精神が弱くても折れないその心意気に、他の“強い”連中が感化されるんですよね。弱いコイツがこんだけ吹いてるのに“強さ”に守られた俺が、コイツよりも吹けなくてどうする?とでも言うのか?ともかく心に火をつけてしまう。

とこかしら『とある~』の某上条さんと似たところがあります。いや、上条さんには少なくとも“幻想殺し”があって、吹きながらも事態を何とかしてしまうんだけど、岳にはそんな嬉しい設定はないから、吠えたら吠えただけ、実力通りの因果=KOが“とりあえず”返って来る。まあ、そっから逆襲はするんですけどねw
単に“吠える”しか能がない男のはずなんだけど、絶対に吠える事を止めないその姿が、逆に別の強い意味をもってしまう。いつもの岳の吹きっぷりを笑いながら、ちょっとその物語に胸を打っているかも知れず。


シュガーレス 3 (少年チャンピオン・コミックス)
細川 雅巳
秋田書店


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【メタキャラクター】

【戯言シリーズ@漫研ラジオ】
http://www.ustream.tv/recorded/9974636

・ハイライト【西東天の物語】
http://www.ustream.tv/recorded/9974636/highlight/111140
・ハイライト【いーちゃんの物語】
http://www.ustream.tv/recorded/9974636/highlight/111121

※ネタバレ全開で書きます。…といってもミステリーのタネに触れる必要はないかな?



【【メタキャラクター】戯言シリーズ~いーちゃんの物語】
http://blog.goo.ne.jp/ldtsugane/e/ea4f6d21ad008b0fd9a095766dfaed56

(↑)前回の続きです。戯言シリーズのもう一人の雄とも言うべき“西東天”(さいとうたかし)について語って行きたいと思います。前回の話の冒頭で『戯言シリーズの不思議さ』と題して、僕は敢えて(というか素直な実感として)このシリーズを「何をやりたいのかよく分からない話」と評しました。繰り返しますが、これ、どうなんでしょうね?他の方々の感想は?(いや、批判を展開するつもりはないので、悪しからず読み進めて下さい)

僕としては、最初のブランクな感想としては、戯言シリーズは非常にカオスで、不明な設定が多く、曖昧で、テーマそのものを測りはねる、あるいはどこに行くか分からない展開そのものをテーマとしているような、そういう印象を持ちました。
…それを、メタ視点/『メタキャラクター』という“視点”で選り分ける事によって、ある程度、その形が観えるようになってくるという話を今からしようとしているワケですが、それが無いとあんまり解けないというか、かなり不思議なだけの物語に見えてしまう気がしてしまうんですが…どうなんでしょうね?

その戯言シリーズの展開の分からなさ、目標の分からなさを生み出している大半の原因は“西東天”というキャラクターが持ち込んでいると言えます。いや、そもそも、西東天が現われるまでは展開の分からなさみたいなものはないんですよね。設定の分からなさはある。それは物語の最後まで分からなかったりするんですが、それは“いーちゃんの物語”として隠されているもので、その物語の在り方は前回話しました。

繰り返しますと「何故か行く先々で殺人事件に巻き込まれてしまう」という“推理小説の主人公”の設定を背負った主人公・いーちゃんが~推理小説である以上、その潜在設定は読者にとって突っ込む必要も無い程、当たり前の事象としてスルーされているんですが、まともに考えると、この設定を背負わされたキャラクターは堪んないよなって話ですが~その設定を心的に克服して行く物語というのが観える…というのが前回の話なんですが、その“文脈”をほとんど顧みずに乱入し、“展開の分からなさ”を持ち込んだのが西東天というキャラクターと言えます。

■“物語の遊び人”西東天



ここで、西東天という物語のあらすじを追ってみます。

1.『ヒトクイマジカル』で初登場。匂宮理澄に零崎人識の足取りを調査させている人物としていーちゃんと邂逅する。
2.突然、いーちゃんを“俺の敵”と見定め、狂喜する。
3.十三階段(西東天の部下)を招集し、様々な手段でいーちゃんを挑発し、追い詰める。いーちゃんに敵対を余儀なくさせる。
4.対いーちゃん用の切り札であった、想影真心に逃げられる。
5.ここで突然、投了を宣言。いーちゃんとの戦いを集結させる。
6.哀川潤と想影真心を再戦させたらどっちが勝つか?といういーちゃんの賭けを受ける。
7.十三階段を解散
8.哀川潤vs想影真心を見とどける。そして終幕。

…ぱっと見、「お前、一体なにしに来たんだ?」と言いたくならないでしょうか?wいや、多分、西東天は“そう突っ込まれよう”として作られたキャラだと思うんですがwそれでも、いーちゃんを“俺の敵”と見定める時の、西東の喜び方といったら、そりゃなかったもので、宿敵が復讐相手を見つけた時のようだった。
それが、数手チョッカイを出してみた所で、すぐに、駄目だとばかりに「投了宣言」……そうですねえ、想影真心が逃げたあたりでそう思ったみたいですから、将棋とかにたとえると、数手進めて形勢が悪くなったら「あ~負け負け!」とばかりに駒を放り出してしまった感じでしょうかw
…じゃあ、あの時の仇敵に対峙した時のような狂いっぷりは何だったの?そんなあっさり、諦められる事で、あそこまでやったの?と不可解な気持ちはどうしても出てくると思います。これは何を指しているのか?

また、西東天にはもう一つ謎があって、彼の目的が「世界の終わりを見る」事である事は、様々な局面で語られているのですけど、それは一体何の話しをしているのか?何故、いーちゃんと戦う事が世界の終わりを見る事になるのか?これが、西東天の最大の謎で、これをどのように解釈するかによって、西東天というキャラクターの観え方が分かってくると思います。

ここで結論というか、この話をはじめた時から言葉に出している事なんですが、西東天が『メタキャラクター』だという捉え方をすると、彼の動作が(ある程度)観えてくるようになると思います。
先に断っておくと、戯言シリーズをはじめ西尾維新先生のキャラの中にはメタ的な視点や発言をするキャラクターは山ほどいます。そうじゃないキャラの方が珍しいくらいです。それらを総てメタキャラクターと言う事もできますけど、ここで言う『メタキャラクター』とは、その視点を行動に変えて、物語の展開を大きく変えたと解釈されるキャラクター…という言い方になります。
具体的には西東天はそのメタキャラクター性をもって戯言シリーズの主人公である“いーちゃんの物語”をある程度、ねじ曲げてしまっている。だから戯言シリーズは「よく分からない話」になっている…というのが僕の“解釈”で、その解釈に従って、今の話を進めています。

西東天のメタキャラクター性は作中の表現でも様々な局面で確保されています。
「……そんなこと、できるんですか?その仮説が正しいとするなら、物語、世界の外に出る事、自体が難しいという気がしますけど」

「難しい………が、不可能とはいえない。否、俺はもうほとんど、その外側にいると言ってもいい存在さ――


俺は既に、因果から追放を受けた身だからな。


――精々、お前みたいなお兄ちゃんとこうして会話する程度のことしか、物語には参加できねえんだよ。中途半端で、曖昧なのさ」

(文庫版『ヒトクイマジカル』P.209)

「あなたは昔、物語に逆らったんですか?だから、因果から追放を受けたって…そういうことですか?」

「まあね。ちょっとした手違いで。、あわや因果を、本来的に壊しようがないはずの因果を、ぶち壊してしまうところだったんだ。神殺しは楽園追放と相場が決まっているからな。…ふん。今から思えばありゃ考えの浅い行為で、それが今も尾を引いているわけだが――俺はそれを若気の至りとは思わない、あのときやってなけりゃ、今同じことをやるだけだろう……バックノズルだな」

(文庫版『ヒトクイマジカル』P.210)

…ここらへんが代表的でしょうが、他にも西東天は“この世界”を物語として捉えて説明するような場面が多々あります。(二年後に死ぬ事が絶対予言されていたキャラ姫菜真姫が西東に前倒しに殺されるのもメタキャラクター性の顕れじゃないかと思います)つまり物語上で承認された『メタキャラクター』という事ができます。…“メタ”という語義を考えると、物語上で承認されたメタ~なんて物は矛盾する言葉なんですが、まあ、ここでは流しておきます。
※…いや、やっぱ、少しだけ語りましょう(´・ω・`)西東天が「俺は因果から追放された身だ」と宣言する上の引用文ですが、よくよく読むと(それが)“不可能とは言えない”とか“ほとんど”とか、“中途半端”とか、この主張の断定を打ち消す言葉が添えられている事に気づくと思います。
これは『メタキャラクター』が持つ、ある種恒常的な問題で「描いた時点でメタじゃない問題」と言いましょうか。西東天がいくら「因果から追放された。物語の外へ出た」と宣言しても「いや、今、現にいーちゃんと話して因果を紡いでるじゃん?物語に登場しているじゃん?」というツッコミからは逃れられない。西東天が「物語の外側にいるキャラ」である事をデザインしても、それが宣言された瞬間、それは物語内のキャラという事になってしまう…という問題ですね。
まあ、この問題は難しいので、ここでは置いておきます。というか、何であれ、西東天がそうデザインされたキャラだと言う事はできると思います

そうして西東天が『メタキャラクター』であると、そういう視点を持って、かつ行動するキャラクターであるという視点を確保すれば、西東天の言う“世界の終わり”という意味が明確になってくると思います。
西東天の言う“世界の終わり”とは何か?そしてなんで、いーちゃんと敵対すると、その目的が達成されるのか?それは「この世界がいーちゃんの物語として成り立っていて、いーちゃんがこの世界の主人公」だから、彼と関わると“世界の終わり”が見れると…そう、西東天は考えたのではないでしょうか?

…なんかえらく引っ張った書き口になってしまいましたが「え?そんな、ことは分かってるけど?」みたいな感じですかね?(汗)いや、まあ、話を続けます。
読んでいると、最初どうも西東天はいろいろ情報を精査した所で「この世界の主人公は、零崎人識って奴かな?」というあたりをつけたように思えるんですよね。(その後、人間シリーズで主人公になりましたがw)だから十三階段の匂宮理澄に、人識の調査をさせて死んだと分かると「残念だ」と感想を漏らす。
その後、いーちゃんがこの物語の主人公だと分かると、突然、狂喜して次に“俺の敵”宣言を下すんですよね。この二つの場面の西東のセリフ、下に引用します。最初は人識へのセリフ、次はいーちゃんへのセリフ。ここ、西東が物語から追放されて、それでも物語(世界)の終りを見ようと、主人公を探し続けていた…と捉える事によって、そのセリフの意味する所がよく分かるようになると思うんです。
「『お友達か何かで』。ふん、全然知らない奴さ……全然知らない。会ったこともない。ただ、ちらっと話を聞いてみればちっと面白そうな《運命》を持っている奴だったんでな、かかわってみようかと思っただけ…死んでるならそれは不可能だからどうしようもない」

(文庫版『ヒトクイマジカル』P.196)

「お前が正解だったか!前に会った時もまさかとは考えていたが――だが、まさか以上だ!この上ない!実に比類ないぞ!どうしたことだ、これは!零崎人識じゃあなく、お前の側か!あんな《なんでもないところ》で《たまたま》会った平凡そうなこの男が――あははははははははははは!木賀峰、貴様は本当に本当に本当に見る眼があるじゃないか!曲がりなりにもこの俺の続きに続き続けてきただけのことはある!いいぞ、俺は最後に貴様を尊敬した!貴様の前に俺は跪く!」

「ちょ……あの?」

「お前か!あはは、お前、お前って奴は一体なんなんだろうな!お前自身はまるで何ともない平凡なガキでありながら――周囲に渦巻くその大黒き混沌は一体どうしたことだ!異端と異形の坩堝、お前こそが地獄か!あはははははははあははははあははははははははははは!はははははははは!愉快愉快!面白い面白い!こんなに面白いのは久し振りだ!なんでこの世の中はこんなに面白いんだ、摩訶不思議!どこまで殺人的にイカれてんだ、この宇宙は!」

(文庫版『ヒトクイマジカル』P.634)

そうして、西東は“主人公いーちゃん”に関わって、展開を産み出そうとするんですが……こっからが、このキャラの『面白さ』と言うべきなんですがwなああんか、この狐さん、主人公に(敵として)関わる事は決めているみたいなんですが、そこから先のプランは、相当いい加減、何も決めてないに等しい状態なんですよねw
自分の団体戦かあるいは勝ち抜き戦用の駒である十三階段を「誰が敵となっても対抗できるようなオールラウンドの布陣ではなく」(←重要!!)あくまで「いーちゃんの敵として苦戦する」ように組み直すのは『メタキャラクター』として、なかなか、何ですが。そっから先がないw「……戦っていれば何か展開してくるんじゃない?」なんて、お前は車田正美か、ゆでたまごか!!w(`・ω・´)

そのくせ、途中で展開が行き詰ってしまうと「あれ~?なんか上手く行かないから、や~めた!」みたいな適当な事を言い出すw(ここらへん、一連のセリフを読むと、他にも主人公はいると踏んで、別の主人公を探しに行こうとしているみたいですね)
「俺の手に、奴はあまりにも大き過ぎる。どうやら、やってはいけないことだったらしい」

「………」

「お前にあんなことを言ったがな――俺もまた、甘く見てたよ。過大評価が過小評価――さ。奴の無為式を甘く見ていた」

(文庫版『ネコソギラジカル(中)』P.469)

これ、狐さんが、いーちゃんの“主人公補正”を甘く観てやられたって事だと思いますが、いろいろ考えるとこの人の何も考え無さが敗因だと思うんですよね。主人公と関わると物語の展開に乗れて“世界の終わり”が見れると考えていた。だから“主人公いーちゃん”を見つけた時、彼は狂喜した。…でも、その主人公の物語がどんな物語かはほとんどまるで関知していなかった所があります。
そのくせ部下にして(世界を終わらせる)同志の時宮時刻の終幕プラン~これは想影真心の復讐による“全滅エンド”って事のようなんですが、それはちょっと違うとダメ出しをする。我侭w

なんかもう、バトルがしたいからバトルしたって言うか、言ってしまいますと西東天は推理小説シリーズの戯言シリーズの物語に勝手に伝奇バトルの展開を持ち込んで場を引っ掻き回して去っていったキャラなんですよね。いや、伝奇バトル展開になっている全てを彼の責任とするのは正しくないですけどねw
むしろ「え?この物語って伝奇バトルじゃないの?」と狐さんが勘違いする可能性が充分にある状態だったと言えますけどね(汗)
でも、彼が(想影真心を連れてきたりしたけど)本当の意味での空気を読まず、いーちゃんの物語の場をひっかきまわしたという見立てはできると思います。少なくとも最終章の『ネコソギラジカル』で推理のすの字も出てこないのは彼の責任でしょうw

そんな中で、物語を終わらせる“主人公として覚醒したいーちゃん”が、狐さんが放り出して何だかよく分からなくなった事態を、一通り収めてから、最後に自分自身と玖渚友に関する問題に決着をつけるという形で、この物語は終わって行きますよね。
玖渚の事はともかく、狐さんが放り出した事態の収拾は「とってつけたようなまとめ方」という言い方ができると思います。哀川潤vs想影真心のマッチメイクも安易といえば安易だし(想影については狐さんがいなくてもバックノズルが掛かった気がします)、その結果に、自分と狐さんの生命を賭けるというのは……まあ~ほとんど必然性がないでしょうwだけど“主人公として覚醒したいーちゃん”としては、今更、西東天という存在をスルーして未決着というワケには行かないんですよね。彼は『メタキャラクター』じゃないから「お前も登場人物の一人だろ」と対応するしかない。これは悪い意味じゃなくね。

また、狐さんも、事態を放り出すから『メタキャラクター』だとはっきり思えるんですよね。別に不利だと分かっても最後まで戦っていーちゃんに破れても良かったというか、それはそれで“世界の終わり”を見れたんじゃない?とも思うんですが、ちょっとテクニカルに指摘すると、それだと何だかとち狂った悪役との区別がつけづらくなる。『物語』を読んで、手を引くから、はっきり『メタキャラクター』だと分かる所があって、それはこの『物語』において意識されていると思うんです。

これは過ぎた想像の域に入っていきますけど、元々、メタじゃない登場人物としての西東天は、最初は本当に「世界の終わり」を見ようと科学的(?)な研究を行っていた人じゃないかと思うんですよね。
そして彼が“現実世界”の登場人物だったら、え~っと?宇宙とか、量子とか、対象はなんでもいいですが、現実の“終わり”を探求する学究の徒であり続けたと思うんですが、彼は“物語世界”の登場人物だったために、その研究を進めたけっか、自分が“物語”の“登場人物”である事を突き止めてしまった……もう少し曖昧に、直感的に理解してしまった…のではないかなあ?でも、それが分かっても特に動揺もなく「じゃあ、その終わりって何だ?」と探求を続けたんじゃないかなあ?などと妄想を暴走させています(汗)

…大体、こんな所でしょうか。『メタキャラクター』に関する話は今後も僕は続けて行くと思いますが、西東天は、僕が探していた結論の一つとも言えるキャラクターで、今後も何かと引っ張り出して来る事になると思います。


ヒトクイマジカル<殺戮奇術の匂宮兄妹> (講談社文庫)
西尾 維新
講談社


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【10月第2週:神のみぞ知るセカイ Flag.116 When the Sun Goes Down】
http://www.tsphinx.net/manken/wek1/wek10482.html#660

【漫研】
http://www.tsphinx.net/manken/



Before!(´・ω・`)



After!(`・ω・´)

ど~したんだ!?ナンバ!!そのヤサグレ方は!!なにがあったんだ!!(`・ω・´;)
いや、知ってるけどね!…『ナンバデッドエンド』(作・小沢としお)は一家そろってヤンキーの家族に生まれ、中学時代までは近隣にその名を轟かせたヤンキーだった難波剛くんが、そんな生活にいや気がさして、高校からは普通の学生生活を送ろうと真面目一辺倒の白百合高校に入学する。しかし、運命のなせる業なのか不良にまつわるトラブルに次々巻き込まれるという物語。

最近の展開としては、この話の一番の問題点だった、両親(と家族)を騙して白百合高校に通っているという事は露見しつつも、徐々に家族の理解を得て行き、遂に親子和解という感じになって。次に来た展開が、あとはもう卒業間近という時になってナンバくんが特服の不良だという事が(学校を守る)暴力事件と共に、学校にバレてしまいます。一度は退学に決まりそうだったのですが、ナンバくんのクラスメートたちががんばって抗議して処分を転換させると。そんな感じに総て丸く納まる大団円と向かっているように見えたんですが……。

最後の最後に、ナンバくんを嫌っていた教師の桐山が、内申書の書き換えで入学した事を材料に、ナンバくんに自主退学を迫るんですね。事に関わった恩ある長谷川先生の責任が問われる事を恐れたナンバくんは、遂に桐山に屈して自主退学してしまうんです。…で、退学後のナンバくんはやけくそになって(↑)のようなビフォア・アフターになっているんですが…(汗)

…いや、確かにね。理詰めでいくと特攻服の不良だと学校にバレた時点で身元が再チェックされて、親に内緒で入学した事や、学歴というか成績、内申、その他の文書もほとんど偽造である事までバレるのは当然なんですが。そして校長や桐山など、あくまでナンバを退学させたい教師がいる以上は、そこを取り沙汰してくるもの当然なんですが。だから当然、ナンバは退学なんでしょう。……いやね。「そこに奇跡はないんだね」と言うか。

もうナンバくん、退学してから一定の期間が経っていますからね。もう、ここからの展開でナンバくんが再び白百合に戻って卒業できる…という展開はとてもじゃないがイメージできない。
ナンバくんが立ち直る事、更正(?)する事はイメージできます。それを以てハッピーエンドと言える物語を再構築する事はできるでしょう。しかし、ナンバくんがこのまま白百合に戻れなかったら「そもそも、ナンバくんが周りを騙して白百合に入ったのが悪かったんだよね」って物語に見えてしまわない?いや、ナバくんが悪いんでしょうねえw

普通の学校生活を送りたい…そう思った事が間違いではなくっても、皆を騙して、学校を騙して、普通の学校に入ったのは間違い。そんな短絡が許されるはずがない。それは正論。しかし、その正論を圧してナンバくんが許される、認められる、そういう“おとぎ話”をみたくて、この一連の展開~家族にばれる、学校にばれる~はあったんじゃないの?って思うんですよね。

親はこれまで騙していた剛に怒りつつも許して和解してくれた。クラスメートも偽りがあったとしても大切な友達と認めてくれた。今や、親も生徒たちもナンバくんに白百合の生徒として卒業して欲しい。そういう物語が積まれて来た。うんうん。
…でも、学校はそうは行かないよ?学校は法人だからね?物語?積上げ?なにそれ?悪質な生徒は断固たる処分が必要ですよ?って、情はないけど、間違いではないw確かにwリアルwww

いや、今の展開が不満というわけでないです。(極めて強引な展開も考慮すれば白百合復帰もゼロではない)むしろ展開が『読め』なくてドキドキしているくらいです。でも、このドキドキの意味を説明しようとしているとこういう話になってしまったんですけどねw

つまり、ケンカ不良マンガって、そもそも主人公傷害事件起こしまくりじゃないですか。ある意味、彼らはそもそも間違っている。でも、それは『物語』的に許されて来ているんですよね。
ここで、ヤンキーマンガの作法を長々語りませんが、たとえ一般的に見て間違っていても、反社会的でも、ヤンキーの魂として“良い”ならそれは物語の中において認められ“良い”エンドを呼びこむ…というのがヤンキー・マンガでしょうし『ナンバデッドエンド』は、この展開に入る直前までは、至ってその作法に忠実な物語だったと思います。

それが、気がつけば変に不可逆な展開に…(´・ω・`;)。…まあ、ナンバ嫌いの教師たちのキャラ位置と、これまでの展開(設定)の整合性を合わせると、理詰めの話としてはナンバの“詰み”が覆せなくなって自主退学に。自主退学するハメになったナンバはどうなるかというと……卒業間近だった事もあるし、親や、友人たちにまで認められて来たのに、それが全部ダメなんて、自暴自棄にならない方がおかしい……という事で、今のヤサグレ・ナンバくんが出現すると。
…で、まあそこから立ち直りはするだろうけど。…ナンバを追い込んだ桐山とかはどうするんでしょうねえ?(物語的に)お咎めなし?それとも他の事でぎゃふんと言わせる?今回の因果とは関係のない所で?そんな憂さ晴らしみたいな事置くなら放置する?う~ん…。

どうしてこうなった?『ナンバデッドエンド』。そして明日はどっちだ。(`・ω・´)


ナンバデッドエンド 1 (少年チャンピオン・コミックス)
小沢 としお
秋田書店


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とある魔術の禁書目録(インデックス)〈15〉 (電撃文庫)
灰村 キヨタカ
メディアワークス

『とある魔術の禁書目録』15巻まで読みました。……どうも14巻で『SS』を先に読む順番だったみたいですね?まあ、そっち読んで16巻に行こうと思っています。
『面白い』ですねえ。上条当麻さんの無茶っぷりにいちいちツッコミを入れながら楽しく読んでいます。上条さんが女の子の着替えを200%引き当てる異能力とかw今だと少年誌でも『とらぶる』でやっていたっけ?って感じですし。妙な物議、というか賛否?を醸し出している“上条さんロジック”も、僕は不思議と嫌味に感じていなくって心地良く聞き入ってます。

まあ、ちょっと前に記事にした戯言シリーズとかもそうですが、どうも僕はトレンドを追うテンポが遅い…というか悪いですねえ(汗)Twitterのタイムラインとか観ているとアニメもリアルタイム視聴でコメント入れて行くと、楽しいのだろうなあ~と思いつつ、なかなか上手くできません。だから、僕が何かしゃべり始める頃には、大体みんな楽しみ終わって次に行っているというか…………………ま、いっか。(´・ω・`)気にしてもしょうがない。

しかし、遅ればせながらも、この『物語』に浸るのは、やっぱり主人公の上条さんが気になるんですよね。
僕はずっと物語に接するとき「主人公って何か?」、「ヒーローって何か?」っていうテーマを追っている所があって、別の記事に時々書いたり言ったりする『王』の話や、『天才』の話、『スーパーヒーロー』の話はその派生というか分類なんです。
その角度から上条さんを観た時、少なくともここまでの上条さんは、あらゆる“ご都合”に守られたキャラクターに観えます。主人公の中の主人公と言ってもいい。そこが妙に目が離せないw

僕はもう一人、この物語の中で上条さんのライバル(?)にしてリバースの一方通行(アクセラレータ)さんが好きなんですが、彼はとても面白い。ダークヒーローにして『スーパーヒーロー』になれるんじゃないか?と思って観ていたら、街の中の人的被害を総て自分の超能力で守りながら戦っていたりwちょ……それは『スーパーヒーロー』の仕業だw
しかし、同時に、自分の甘さを求める判断…というか躊躇が悲劇を呼び寄せてしまったりもしています。やっぱり上条さんじゃないと「こうなる」のでしょうよ。上条さんにかかる“ご都合”はそれが観えている上で描かれているものである事が分かります。

こういう場面の上条さんと一方通行さんの違いは明らかなんですけどね。上条さんは甘い判断を“躊躇なく”する。一方通行さんは、あの時、“躊躇した”。二人の違いは正にここなわけです。
………いや、「ここなわけです」とか言っても、この違いがハッピーエンドとバッドエンドを分岐させるとは思えないんじゃないでしょうか?(´・ω・`)むしろハッピーもバッドもそんなものとは関係なく不条理に訪れるものに思えないか?それでも、必ずハッピーエンドを引き寄せてくるなら、そいつは“ご都合“に守られた主人公なのではないか?…こういう角度で上条さんを観ています。

ご都合に守られているのか?ご都合を引き寄せているのか?と言った議論は『王』の物語でもありますね。僕は(感覚として)上条さんを『王』というつもりはないのですが、話が詰まってくるとここらへんを言及して行く事になるのかな。

単体の物語としては一方通行さんのドラマが一番好きなんですけどね。痺れます。かつて自分が犯した“罪”に対する設定も心象もテーマも、彼は一等『面白い』。
しかし、物語世界の中の主人公論、ヒーロー論としての上条さんも目が離せないですね。彼がどこまで行くか……ちょっと見届けたく思っています。



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【元型】【祭壇】



ちょっと都合で『未知との遭遇』(1977年放映、監督・脚本:スティーヴン・スピルバーグ)を観直したりしていたのですが、いや、このUFOが降臨するデビルズ・タワーと言われる山は、かなり元型(アーキタイプ)『祭壇』だなあ…と。『祭壇』についての話は(↓)下の僕の記事を参照して欲しいのですが。

【「祭壇」という元型(アーキタイプ)に関する追記】
http://blog.goo.ne.jp/ldtsugane/e/632ed729550ceacd9cb808b542b01648

僕が使っている『祭壇』は基本的には日本の、マンガとか、アニメとか、に出てくる短く狭い範囲の元型を対象にしているワケではあるんですが、まあ『祭壇』は本来もっと宗教的な象徴として、広い範囲に適用できるものだと思います。
この映画の場合、UFOの降臨を『モーゼの十戒』の神話にかけて、デビルズ・タワーをシナイ山に合わせているみたいですね。冒頭で、子供たちが映画『十戒』を観ています。…で、この場合の山はかなり『祭壇』としての機能を果たしていると思います。



元型に関する話としては、ここで登場する異星人たちが“胎児”をイメージさせるヴィジュアルである事にも注目しています。いや、昔の空想科学読本の宇宙人、アウターリミッツの宇宙人とかからの流れという事も分かっているのですが、ここではちょっとそれを保留して『2001年宇宙の旅』のスターチャイルドが“胎児”のビジュアルだった事とつなげて考えてみたい気がするんですよね。
…何かの“はじまり”の象徴というか…いや、今の段階では何を言っても大した成果にならないでしょうが(汗)まあ、ちょっと『胎児』も元型に見立ててみて、何を顕しているのかなあと。


未知との遭遇[ファイナルカット版] デラックス・コレクターズ・エディション [DVD]
リチャード・ドレイファス,フランソワ・トリュフォー
ソニー・ピクチャーズエンタテインメント


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放送終了しました。ありがとうございました。(↓)録画データです。また、その下に結果発表しています。

【2010年3Qアニメ選考@漫研ラジオ(その1)】
※雑談[屍鬼,生徒会役員共,セキレイ]~OPED選考[HIGH SCHOOL OF TH DEAD,君がいる場所,蒼い春,i Love,NO,Thank You!,夢色の恋]
http://www.ustream.tv/recorded/10236432
【2010年3Qアニメ選考@漫研ラジオ(その2)】
※キャラクター選考[少年激覇ダン,HEROMAN,世紀末オカル ト学院,HIGHSCHOOL OF THE DEAD,祝福のカンパネラ]~サブタイトル選考[祝福のカンパネラ,アマ ガミSS,黒執事Ⅱ]
http://www.ustream.tv/recorded/10237962
【2010年3Qアニメ選考@漫研ラジオ(その3)】
※サブタイトル選考[HIGHSCHOOL OF THE DEAD,HEROMAN,ストライクウィッチーズ2]~作品選考[黒執事 Ⅱ,ストライクウィッチーズ2,祝福のカンパネラ,HEROMAN,世紀末 オカルト学院]
http://www.ustream.tv/recorded/10239931

《結果発表》

■作品選考:『黒執事II』
・『黒執事II』
・『ストライクウィっチーズ2』
・『祝福のカンパネラ』
・『HEROMAN』
・『世紀末オカルト学院』
黒執事 II 【完全生産限定版】 [DVD]
坂本真綾,小野大輔
アニプレックス

第一期から繋がる第二期としての全体の構成が素晴らしかったです。次から次へと移り変わるサスペンスになっており、最初から最後まで物語の展開を読ませない。それでいてその結末は第一期で描かれた『黒執事』の後日談として納得のものになっていたと思います。

■サブタイトル選考:【ストライクウィッチーズ2】6話 空より高く
・【祝福のカンパネラ】8話 8話だよ!全員集合!
・【アマガミSS】9話 コウハイ
・【黒執事Ⅱ】8話 吐露執事
・【学園黙示録】9話 The Sword and DEAD
・【HEROMAN】#26 フェイス
・【ストライクウィッチーズ2】6話 空より高く
ストライクウィッチーズ2 第4巻【初回生産限定】 [Blu-ray]
宮藤芳佳 : 福圓美里,坂本美緒 : 世戸さおり,リーネ: 名塚佳織,ペリーヌ : 沢城みゆき,ミーナ : 田中理恵
角川映画

単話としての完成度はやっぱりこれですね。この話は最終回にした方がいいなんて意見も出ましたが、ウィッチ全員の力を結集して“選ばれた者”を宇宙へ射ち出す展開の熱さは確かに…と思わなくもないwしかし、成層圏に到達するのがエイラとサーニャという美しさ、そして奪われた土地であるオラーシャに手を伸ばしあそこに落ちよう、と呟く切なさは、坂本+宮藤の二人が宇宙に行く事よりも、強い物語の力があったと思います。

■キャラクター選考:【HEROMAN】ジョーイ(小松未可子)
・【少年激覇ダン】異界王(小山力也)
・【HEROMAN】ジョーイ(小松未可子)
・【世紀末オカルト学院】川島 千尋(小林ゆう)
・【学園黙示録HIGHSCHOOL OF THE DEAD】宮本 麗(井上麻里奈)
・【祝福のカンパネラ】トルティア姉妹(柚原有理、後藤麻衣)
HEROMAN Vol.1 (初回限定版) [Blu-ray]
小松未可子,木村良平,小幡真裕,チョー,保村真
ウォルト・ディズニー・ジャパン株式会社

ヒーローマンというスーパーパワーの疾駆から始まったこの物語は、次第にその力の行使者であるジョーイの物語に焦点が移って行きます。ピーター・パーカーはスパイダーマンとしてのスーパーパワーを引き剥がせないので、どうしても彼が“やる”しかないのですが、ヒーローマンというスーパーパワーはジョーイからは切り離されている(ように見える)。…じゃあ彼がそのコンソールを左手に握る資格とはなんだ?とでも言えばいいのか。スタン・リーのヒーローって何だ?という問に対する答えの一つがこの少年という気がします。

■OPED選考:【アマガミSS】OP「i Love」
・【学園黙示録】OP「HIGHSCHOOL OF THE DEAD」
・【世紀末オカルト学院】ED「君がいる場所」
・【生徒会役員共】ED「蒼い春」
・【アマガミSS】OP「i Love」
・【けいおん!!】ED「NO,Thank You!」
・【みつどもえ】ED「夢色の恋」
TVアニメ「アマガミSS」オープニングテーマ i Love
azusa,azusa,t.sato
ポニーキャニオン

『アマガミSS』という作品全体を見渡す『受け手』の感覚からすると、パラレルな選択肢分岐という視点から逃れるのはなかなか困難な所があります。また、実際ある程度その視点から楽しめるような作りにしてあると思うのですが、OPとこの曲は、そこを冒頭の部分でクリアにして“唯一性”の物語のように還元させる(錯覚させる?)力を持っていたというのは、その通りだと思います。いや、ギャグアニメとしても観る事はできるけど、大真面目な恋愛アニメでもあるんだよ。そこは両方観て行きたいね、という話ですけどねw

■特別賞:【けいおん!!】(構成)
TVアニメ「けいおん! ! 」劇中歌集 放課後ティータイム II(通常盤)
ポニーキャニオン
ポニーキャニオン

物語の終わり…と言ってもいいのですが、学校生活の終わりと言った方がいいのでしょう。そういう“終わり”に対する描きを見せつつ、楽園としての力も維持するという、難しい……というか、繊細な?調整をキレイな形でこなしていたと思います。いや、過度に盛り上げないのが良かったね(でも、盛り上がらないわけでもなかったよね)、って事ですw



土曜の夜にルイさんと、USTREAMのラジオをやる予定です。2010年7月~9月期のアニメについてです。それぞれの部門ごとに一番良かったものを選考します。

10月16日(土)21:00(3時間程度)

【漫研ラジオ USTREAM URL】
http://www.ustream.tv/channel/manken

(↓)下記が作品候補なんですけど当日までにもうちょっと絞り込みます。


■作品選考
・『黒執事Ⅱ』
・『ストライクウィっチーズ2』
・『祝福のカンパネラ』
・『HEROMAN』
・『世紀末オカルト学院』

■サブタイトル選考
・【祝福のカンパネラ】8話 8話だよ!全員集合!
・【アマガミSS】9話 コウハイ
・【黒執事Ⅱ】8話 吐露執事
・【学園黙示録】9話 The Sword and DEAD
・【HEROMAN】#26 フェイス
・【ストライクウィッチーズ2】6話 空より高く

■キャラクター選考
・【少年激覇ダン】異界王(小山力也)
・【HEROMAN】ジョーイ(小松未可子)
・【世紀末オカルト学院】川島 千尋(小林ゆう)
・【学園黙示録HIGHSCHOOL OF THE DEAD】宮本 麗(井上麻里奈)
・【祝福のカンパネラ】トルティア姉妹(柚原有理、後藤麻衣)

■OPED選考
・【学園黙示録】OP「HIGHSCHOOL OF THE DEAD」
・【世紀末オカルト学院】ED「君がいる場所」
・【生徒会役員共】ED「蒼い春」
・【アマガミSS】OP「i Love」
・【けいおん!!】ED「NO,Thank You!」
・【みつどもえ】ED「夢色の恋」

■特別賞
・【けいおん!!】(構成)

■候補外で話したいタイトル
・『屍鬼』
・『伝説の勇者の伝説』
・『セキレイ』
・『みつどもえ』
・『生徒会役員共』
・『オオカミさんと七人の仲間たち』
・【戦国BASARA弐】松永弾正(藤原啓治)
・【アマガミSS】橘純一(前野智昭)
・【祝福のカンパネラ】レスター・メイクラフト(岡本信彦)
・【キュアサンシャイン】キュアサンシャイン(桑島法子)


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【メタキャラクター】

【戯言シリーズ@漫研ラジオ】
http://www.ustream.tv/recorded/9974636

・ハイライト【いーちゃんの物語】
http://www.ustream.tv/recorded/9974636/highlight/111121
・ハイライト【西東天の物語】
http://www.ustream.tv/recorded/9974636/highlight/111140

※ネタバレ全開で書きます。…といってもミステリーのタネに触れる必要はないかな?

2010年10月3日に行った【戯言シリーズ@漫研ラジオ】で話していた内容を僕なりに文字おこしをし直します。僕はこれまで西尾維新先生の小説はほとんど…いや(汗)まったく読んだ事がなくって、ちょっと前に『化物語』シリーズを読みはじめまして(こっちの記事も書く予定ですが)色々と興味を惹かれる内容で、それに合わせて、この戯言シリーズも読み始めました。
…とはいえ戯言シリーズはサイドストーリーの零崎人間シリーズは最近2010年の終了ではありますが、本編は2005年終了。かなり時期を逸している感があり、というか、僕の記事って大抵時機をはずしたものなんですが…でも、いいんです。(´・ω・`)しばらく経って振り返ってから観えてくるものもあるはずです。(´・ω・`)

また、最近ちょっと僕が追っているメタ視点/『メタキャラクター』という考え方があって、西尾維新先生の作品はその絡み、相性のようなものが非常にいいのですよね。今回、いーちゃんの話をするワケですが、彼は僕が認める『メタキャラクター』というワケではないのですが、メタ設定とでもいうべき設定が与えられたキャラクターに思っているので、その話をして行く事になると思います。

■戯言シリーズの不思議さ



まず最初に戯言シリーズについての自前の解説をして行くと…。なんでしょうね?『いーちゃんの奇妙な冒険』?みたいな?(´・ω・`)ミステリー・シリーズのようにはじまったものの、次第に伝奇色の強いストーリーに変遷して行き、最後はミステリーとはまるで関係ない所で着地したように感じられる作品です。
…まあ、付記すると、ラジオの中で哲学さんが述べているように、当初は2年ぐらいかけるミステリー・シリーズだったようで、それが「次で終わる」というインタビューでの“戯言”がそのまま編集長の前で通ってしまって、じゃあ終わろうという事で現行の構成になっているということであるようです。2年続けたその最終章が多分“ああいう感じ”をだったとしても、その比率はほとんどミステリーで占められていたはず(?)で、今とは大分、印象が違うシリーズになったとは思えます。

構造的に言うと、いーちゃんという主人公に対して、はずせない伴侶のような玖渚友というヒロインがいて、でも二人の関係はシリーズ一編一編ではそれほど大きな関わりをもっていないのですよね。いーちゃんの物語としてはこの玖渚との関係が総ての焦点のような所があるのですが。一編、一編のミステリーシリーズとしては、毎回事件の解決を“ある程度”謀るいーちゃんに対して、最後に名探偵役のスーパーウーマン・哀川潤さん(この人好き)が現れて、いーちゃんいダメ出しして帰って行く、この形がフィーマットとしてキレイに嵌っている。

しかし、それにしても読んでて不思議なシリーズだったんですよね。正直、何をやりたいのかよく分からない話という面がある。いや(汗)すみませんすみません(汗)でも、色んなキャラクターや色んな設定が、カオスに、おもちゃ箱のように、投げ込まれ、かつ多くは放置されていてよく分からなくなってしまう。「何をやりたいの?どれをやりたいの?」というか。ぶっちゃけ、ついて行けなくなる人も多い気がするんですが、どうなんでしょうね?(最近のミステリーってこんな感じだよ?って言われてしまうかもしれないんですが)別にそんな事ないんですかね?(´・ω・`)どうなん?

これが西尾先生の趣味なら、まあ、それでもいいんですけどねwでも『化物語』とか『刀語』とか『めだかボックス』も、もっとストレート感があって、こういうの、無いですからねえ…。ストーリーが変質する感覚もない(無いとも言えないかもしれないけど、戯言シリーズと比するとまあ無い)。
そこらへん、何か不思議なシリーズです。まあ、つまらなく考えると2年間シリーズを“保たせる”ために、めくら滅法に伏線を撃ちまくった…のかな?とか思わなくもないし。敢えて、直感的な話に口を滑らせると「何か隠してないかな?」なあ~んって事も考えたりしました。何かを見えづらく、見つけづらくするために、“場”をとっ散らかす。その木を見つけづらくするために森にするというか…。それが、これから話す所の事なのか、他の事なのかは分からないけど、何かそんな事を考えたりもしました。

まあ、他にも刊行当時、流行だったセカイ系の流れとしてどうか?とか、様々な角度の話ができるんですが、まあ、そこらへん余計な所はずっぱり切って。
自分としてはこの戯言シリーズ、セリフ回しやキャラクターは、かなり楽しくって…というか僕のフィーリングに合う所があって、先に書いたように、色々疑問符を出しながらも読み進めて行きました。それで「ああ、まあ、大体こういう事かな?」と思考を落ち着かせたのが、これから書こうとしている記事の「いーちゃんの物語」と「西東天の物語」なワケです。

■“探偵”いーちゃんの物語



そんなワケで、いーちゃんというキャラクターの『読み』に入ろうと思いますが…。これからする話って先に述べた「戯言シリーズってよく分からない話だね?」という事に対する共感がないと、あんまり意味がないかもしれません(汗)逆に「え?何のこと?」(´・ω・`)みたいになってしまう(汗)それと、今回僕はメタ視点/『メタキャラクター』という考え方(この話は僕の書いた別記事をあたって下さい)に沿って『読み』をしています。それはこのシリーズを読んだ時、メタ視点/『メタキャラクター』について何らかの“成果”を出そうと思いながら読んでいるわけで、その点は気をつけてもらった方がいい気がします。

で、いーちゃん。読んでいて最初に思ったのは「この人、なんでこんなに自虐的なんだろうか?」ですね。加えると、それを肯定(?)するように、様々な人がいーちゃんを苛めていたりする。励ます人もいるんですが…まあ、こっちは(ストーリー的に)普通ですよね。
素直に読むとどうも、いーちゃんは恋人の玖渚友(本人が強烈に否定しているけど有り得ない)に、昔何か“酷い事”をして、それで玖渚友を壊してしまったようで……その罪悪感のようなものから、自分を責める性向がついている……とも思えるんですが。まあ、それが要因の一つではありそうですけど、違和感がある。どうも、それだけじゃない。実際、玖渚友と離れている期間があって、そっちで想影真心と何かやらかしている…というか想影真心を死なせている。それだけでも、いーちゃんのあの人格が玖渚友との一件だけで形成されているとは言えなくなってくると思う。それはどういう事か?

また、『クビシメロマンチスト』を読むと、その終盤で彼はかなり“酷い事”を再び(?)行っている。ある意味、戯言遣いの本領のシーンですが~これ、玖渚友にいーちゃんがやらかした事って、これと非常に似たような事象じゃないかと僕は観ていますけどね~彼の内向きの性格が、玖渚友に対する加虐の罪悪感に根ざすなら、何故またそれをするのか?いや、玖渚に“これ”をしたかどうかは僕の想像であって確定的じゃないですけど(汗)

でもね。いーちゃんの自虐の中に「自分は人殺しだ」というのがあって。しかし、多分、彼は直接人を殺していないと思うんですよね。直接殺していたら、ここには居ない…まあ、玖渚機関がもみ消したとか考えられないわけじゃないけど、劇中でいーちゃんがそういう事から守られている様子からもそれは感じる。(※実際、直接人を殺した事があるかどうかは否定していなかったっけな?記憶曖昧ですが…)
じゃあ、間接はどうか?僕はいーちゃんは『クビシメロマンチスト』で間接的に人を殺したと思う。しかし、いーちゃんの説明されない“罪悪感”が、“ここ”にあるなら、彼が以前、間接的に人を殺してそれを悔いているなら、ここでその再現はしないのではないか?あるいは、彼の“人殺し”~罪悪感の根源~は直接でも間接でもないのか?故に間接の殺しという形には頓着していないのか?…という話になってくるのだけど、それはどういう状態か?
「いや、だから、いーちゃんは最初っから狂人(あるいはサイコパス)なんだって!単に壊れているだけの人!」……って事でも片付く所は片付きそうではあるんですが、色々考えまして……まあ、こっからの話は、メタ視点/『メタキャラクター』について何らかの“成果”を出そうとしている僕の『読み』という事になってくると思います…w

『クビキリサイクル』の時点で人が死んでいる所を見るのは慣れている…という描きがあった所から、感じていたんですが、ある一線を超えた所で「いーちゃんって、僕が推理小説に持っていた“疑問点”を顕現させたキャラなんじゃないか?」と思い立ったんですよね。

疑問点ってなにか?っていうと「推理小説の探偵役って、なんで行く先、行く先で、殺人事件に遭うの?」って話ですけどね。まあ、ここらへん上手く処理している作品は多いですけど(そこが腕の見せ所という面もある)、たとえば西尾先生が好きなマンガの『金田一少年の事件簿』とか『名探偵コナン』とかは、どうか?両作品とも、週刊連載というかなり早いペースで事件が起こることを余儀なくされて、かつ依頼が舞い込む設定が完備されていないので、相当、不自然に殺人事件に巻き込まれて行きますよね?w
これってなんで?(´・ω・`)というか、それについての説明をする作品もあるでしょうが、多くは“お約束”、“暗黙の了解”という事でスルーされている部分のはずです。これに対して戯言シリーズは、『クビツリハイスクール』において、いーちゃんにそういう“設定”がある(顕現されている)事を示しています。
(萩原子荻)「…あなたのその才能はとても危険です。自分では何もしないのに周囲が勝手に狂いだす……《なるようにならない最悪》とでもいうのでしょうか。心当たりはありませんか?あなたの周りはいつだって異常事態が起こり、あなたの周りはいつだって奇矯な人間ばかりが集まるでしょう?」
(いーちゃん)「……心当たり、ねえ」むしろ心にあたらない場所が、ないのだけど。いや、そもそもぼくに心なんてご立派なものあったっけか。

(文庫版『クビツリハイスクール』P.165)

(※心があったっけ?なんて自虐までしている事含めて重要)萩原子荻曰く『無為式』の設定との事で、あくまで子荻がいーちゃんを解するとこうなるという事ではあるんですが、子荻自身は大きく全般的な事象を捉えた指摘とは言え、この物語が“推理小説”であるなら、異常事態=殺人事件、奇矯な人間ばかり=真犯人でもないのに無駄に怪しい容疑者、という言葉に変換させても問題はないはずです。それが推理小説なら!
そうして、いーちゃんがこの設定に自覚的であるなら、直接的に人を殺した事はない、間接的に人を殺していない(正確にはその自覚を持っていない)、にも関わらず「自分は殺人者である」という自虐的な悩みを持つことができると思うんですよ。



「行く先、行く先で殺人事件に遭う」以上の疑問点が正にそこで。いや、百歩譲って、いや、譲らなくても積極的に認めますけど、それらの事件の遭遇がものすご~い偶然!!GUZEN!(`・ω・´)でも、いいんですよwでも、即時に「行く先々で殺人事件に遭う人間ってまともでいられるの?」という疑問を生むし残るんですよね。
僕は思うんですが、本当に大丈夫なのか?(´・ω・`)と。こう…したり顔で「じっちゃんの名にかけて!!」とか「真実はいつも一つ!!」とか言っている場合じゃないんじゃないの?と。もっと、精密検査とか、霊障とかお祓いとか……なにか異常だと、なんで自分はこうなんだろう?と悩んだりしないのかな?とか思ったりするワケです。
あるいは『クビシメロマンチスト』のいーちゃんの“あれ”は、探偵が推理で真実をしたり顔で暴いて真犯人を自殺に追い込むという“あれ”のパロディの面があると思うんですが、あれ?ってどうなん?何か精神状態、変じゃない?(´・ω・`)とか思ったりするワケですよ。まあ、冗談として。

いーちゃんって、正にこういうキャラクターじゃないかと思うんです。自分の行く先々で何かが起こる。人が死ぬ。それは玖渚から逃げようが何しようが変わりなかった。そういう“設定”をもった時、その人の心はどうなってしまうか?自分の心を守るために、人の死に対して無理矢理、無感動、無関心になって行くのではないか?
あるいは、自分に深く関われば関わるほど、その人が死ぬ確率が増えるなら「自分の本名を決して明かさなくなって行く」事はないか?

また、その“設定”を知ってしまった人はどう反応するか?『クビキリサイクル』で、いーちゃんは、千賀てる子さんにボロクソに貶されるんですが、(姫菜真姫さんに毛嫌いされている事にも意味はあると思う)多分、てる子さんは何か知っているのだろうと僕は観ています。
(てる子)「あなたは一人で生きていく方がいい。あなたがそばにいたらみんなが困るから」
(いーちゃん)「……」

(文庫版『クビキリサイクル』P.363)

(てる子)「分かっているんですか。そいでいてのうのうと生きているんですか。見上げた図太さ、大した精神力ですね。尊敬に値します。それともあなたは、自分の腹の内を全てさらけ出して、そいでいてあなたのことを好いてくれる存在があると思っているのですか?そいでいてあなたを選んでくれる存在を信仰しているのですか?それこそ正に常軌を逸している」

言葉もない。
響く。
その言葉はぼくには重過ぎる。
壊れてしまいそうだ。
もろく。
粉々に。

(てる子)「そんな恐るべき化物を身体の中に飼っていて他人と関わろうだなんて――虫がよ過ぎます。図々しいにもほどがある。世界はそこまであなたを許してなんてくれません。思い上がりも甚だしい……。だからこそあなたは――」

(同 P.372)

このシーンは、おそらくてる子さんの“地雷”である明神イリアさんの事に、いーちゃんが無遠慮に踏み込んだ事によって出てきていると思いますが、それにしても相当な言いようです。(昔何かしたとしても、今いーちゃんがそれをしていない状態なら、こうまで言われるものか?)また、いーちゃんがこれに抵抗しない。何か異様なものを感じた人は多いと思います。仮に、この話がいーちゃんの暗い心の在り様だったとして、果たして戯言シリーズで描かれたいーちゃんの心はここまで悪し様に言われるものだったか?という違和感ですね。いーちゃんの意志とは別のものを指しているんじゃないか?と思うと、観えてくるものもあるんじゃないかと思うんですよね。

そして何で、零崎人識はいーちゃんの鏡と言われるか?いーちゃんと、零崎人識のキャラの外装(性格)がまるで違う事は論を待たないと思います。にも関わらず、彼らは互いの事を同一だの鏡だのとものすごく重ね合わせている。
ぼくとあいつは証明するまでもないくらいに合同な図形だったのだろう。そしてぼくらはその事にひどく自覚的だった。

(文庫版『クビシメロマンチスト』P.8

ぼくと零崎との関係は単純な感覚としてはそれに近い。同じであることを認識しながらそれが全く違う存在であることも理解する。
「ぼくはひょっとしたらきみのようになっていたのかもしれないな。だから親近感が持てるんだろう」
「俺はお前のようには絶対なれなかったと思うぜ。だから好感が持てる」

(同 P.10)

なんでいーちゃんは、こんなにも殺人鬼と自分は一緒だと言いたいのか?さらに言えば、引用文にあるように、いーちゃんは人識になれるけど、人識はいーちゃんに“絶対”なれないんですよね。互いを同一視しているのに、片方がもう一方になれる者となれない者がいる?これはどういう事か?
いーちゃんは、これから殺人鬼になれるけど(逆に言えばやっぱり人は殺していない)、人識は、これから『無為式』を手に入れる事はできない。…こういう意味を差していないか?しかし、いずれにしろ大量殺人者には違いない。そういう意味ではないか?

いーちゃんは昔、意識的に酷い事をやらかして何人も死なせて(?)玖渚を壊して?その過去に囚われて暗くなっているようにも見えるんですが、それが“無意識”の事でかつ“現在進行形”だとしたらどうか…って話ですね。
……まあ、なんと言うか『無為式』とか、推理小説のなぜなに設定のパロディ的に語っているので違和感があったりするかもしれませんが。いーちゃんは、何でか知らないけど、本人の意識しない所で関わった人々をことごとく不幸にしてしまう。その事で、いーちゃん自身の心も壊れてしまっている。…と語ればそのまま素直な観え方になるんじゃないかと思います。
そのいーちゃんに降りかかっているワケのわからない“設定”を何で?と詰めれば「これが推理小説でいーちゃんは探偵役だから」となってくるのですけどねw西尾維新先生の作風を鑑みても、出自はこの流れでいいと思いますwそして、その意味で、戯言シリーズっていうのは推理小説ではないのでしょう。

推理小説の主役としてそのメタ設定(お約束)が降りかかったいーちゃんの物語

…であって厳密には推理小説ではない。『無為式』も『戯言』も、つまるところ物語の“主役”が持つ設定という所になってくると思います。いーちゃんが、それをどう克服して行くかが、この物語の本筋だと観れば、大体、一本筋が通った話になってくるでしょう。
こういう“設定”を自覚していても、それでもいーちゃんは、死ぬ事も、また人と関わる事も止める事ができなかったんでしょう。そうして心だけ閉ざして、誰か好意を持つ者が現れても「ああ、この娘も死んでしまうのかもなあ…」と思いながら、無感動、無関心を装っていたんじゃないかと。その“いーちゃんの物語”は『ヒトクイマジカル』でクライマックスを迎えます。
「お前は自分を欠陥製品だというが、私はそんなことは――」

「るっせえんだよっ!」

ぼくは――
わけもわからずに、怒鳴った。

「人の事を知ったように語ってんじゃねえよっ!見下してんじゃねえっ!何手前勝手な同情してんだ、ぼくがそんなに惨めかよっ!あんたぼくのことなんか、何も知らないじゃねえかっ!こんなはずじゃなかったんだよ、こんなのおかしいんだよっ!こんなはずじゃなかったんだ、ぼくだって意味不明だよっ!なんでこんなことになったんだ、わかんねえよ、でもこうなんだからしょうがねえだろうがっ!いーんだよ、どうでもいいんだよっ!どうでこれが初めてってわけじゃないんだ、ぼくは今まで、何人も何人も何人も、何十人も何百人も何千人も、ぼくの責任で死なせてきたんだっ!今更一人や二人や三人や四人、増えたところで何にも感じるもんかっ!」

(文庫版『ヒトクイマジカル』P.536)

このシーンで、いーちゃんは、自分の抱えている諸々の問題と向き合う決意をしたと思うんですよね。そうして“いーちゃんの物語”は一直線にエンディングに向かう……はずだったんですがw
ここで物語は謎の乱入を迎えてしまうんですよねw最初に言った「何をやりたいのかよく分からない話」になる元凶w真っ当に積まれていた“いーちゃんの物語”を丸ごとひっくり返しにかかるw『メタキャラクター』!!西東天の物語がはじまるワケですw

…つづく(´・ω・`)(↓)

【【メタキャラクター】戯言シリーズ~西東天の物語】
http://blog.goo.ne.jp/ldtsugane/e/5e88f04b96866544b1658279c5cfab4b


クビキリサイクル 青色サヴァンと戯言遣い (講談社文庫)
西尾 維新
講談社


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今週末くらいにルイさんと2010年7月~9月のTVアニメの選考ラジオをやろうとしています。一応、候補作品をメモ書きします。
まあ、れいによって対象は二人が観た作品なんで、そんなに意味はないです。時間制限の関係で実際の候補はもう少し絞り込みます。

■作品選考
・『けいおん!!』
・『黒執事Ⅱ』
・『ストライクウィッチーズ2』
・『HEROMAN』
・『祝福のカンパネラ』

■サブタイトル選考
・【あそびにいくョ!】6話 れんしうしました
・【祝福のカンパネラ】8話 8話だよ!全員集合!
・【世紀末オカルト学院】Episode.10「暖炉のあかり」
・【けいおん!!】20話 またまた学園祭!
・【アマガミSS】9話「コウハイ」
・【黒執事Ⅱ】8話 吐露執事
・【学園黙示録】9話 The Sword and DEAD
・【ストライクウィッチーズ2】最終話「天空より永遠に」
・【HEROMAN】#26 フェイス

■キャラ選考
・【戦国BASARA弐】松永弾正(藤原啓治)
・【少年激覇ダン】異界王(小山力也)
・【HEROMAN】ジョーイ(小松未可子)
・【ハートキャッチプリキュア】キュアサンシャイン(桑島法子)

■OPED選考
・【学園黙示録】OP「HIGHSCHOOL OF THE DEAD」
・【世紀末オカルト学院】ED「君がいる場所」
・【生徒会役員共】ED「蒼い春」

■特別賞


■候補外で話したいタイトル
・『屍鬼』
・『伝説の勇者の伝説』
・『セキレイ』
・『みつどもえ』
・『生徒会役員共』
・『オオカミさんと七人の仲間たち』
等…


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