今何処(今の話の何処が面白いのかというと…)
マンガ、アニメ、特撮の感想ブログです。




放送終了しました。(↓)録画データです。ありがとうございました。

▼USTREAM:物語三昧ラジオ~『センゴク外伝桶狭間戦記』

センゴク外伝桶狭間戦記(1) (KCデラックス)
宮下 英樹
講談社




今夜、22時からペトロニウスさんと、USTREAMでネットラジオをやります。お題は、今特に何もなく……雑談をする予定です。よろしくお願いします。

4月30日(土)22:00開始(一時間くらい)

【USTREAM URL】
http://www.ustream.tv/channel/manken



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『ヴィンランド・サガ』(作・幸村誠)10巻を買ってきました。アシェラッドが死による失意の内に奴隷に身を落としたトルフィンが、そこから己の生きる道を再び見出すまでを描いています。この『物語』の大きなテーマとして謳われている「本当の戦士とは何か?」という、問いかけに答えようと、まず一歩足を踏み入れたトルフィンですが、この先どんな展開が待っているのでしょう。
『ヴィンランド・サガ』は11世紀、主に北海沿岸部を卓絶した航海術で闊歩したヴァイキングをテーマに描かれた大河ドラマ…ですね。戦いに明け暮れて死んでゆく戦士の生き様とは、違う生き様を見出して行く物語とでも言うか。…幸村先生の前作『プラネテス』で描き切れなかった(と、僕は思っている)“愛”の物語を、このただひたすら殺し殺される世界で、描ききろう……としている作品に見えます、と言った方が早いかもしれませんね。



僕は、この物語に出てくるクヌート王が大好きで、この人の“辿りつく場所”を見たくてこのマンガ読んでいるといっても過言ではありません。最初「もしかして女の子?」に見えたクヌートですが、今はすっかりアゴヒゲ生やして精悍な面構えの王者になっています。主人公はトルフィンでしょうが、このクヌートがもう一人の主人公である事は間違いないでしょう。年齢も同じくらいでしたよね。
“神の愛”を知り、マクロから世界を変え始めたクヌート。そして“愛”を…まだ知らないとは思うんですが、復讐の念から脱してからっぽになった自分を変えようと、ミクロから歩みをはじめたトルフィンが、いずれ何処かで邂逅する事は間違いないと思います。

クヌート王って僕は「みんな愛している」人だと思うんですよね。そして何を考えているかと言うと「みんな愛しているから、半分ぐらいぶっ殺して、王道楽土を築こう」って事だと思っています。…うん。いいよね。僕なんかは「みんな愛しているってそういう事だよねえ」…って思ったりもするんですが。(´・ω・`)
それは許される事かどうか?って話はあるかもしれないけど、クヌートの所業は人が許さなくても(クヌートが見た)神は許す。クヌートにとっては多分それで充分なんだと思います。

『ヴィンランド・サガ』を読んでいる人なら、クヌートが神の愛を知る“あのシーン”は強烈な印象に残ると思うんですが、様々な受け止め方があるようにも思います。僕が思うのは、あの時、クヌートに見えたのは「徹底的に美しく平等な世界」と「どうしようもなく平等であるという恐ろしい現実を哀しむ自らの心」だと思っています。
キリスト教の信仰の世界は僕にはよく分からないんですが、おそらくクヌートがそれまで見てきたものは、信仰深い者でも無残に死に逝き、残虐非道な者の方が返って生き残ったり、でも、結局は死んでしまったりする世界だと思うんですよね。それらを見てきて「どうして世界はこんな事になっているんだ」というそれまでの思いと、ヴィリバルド神父の「死が人を完成させる」という言葉で、霧が晴れるかのように分かってきたのは「人間は神に、どうしようもなく平等に愛され、そうしようもなく平等に見捨てられている」という事なんじゃないかと思うんです。
信仰の深浅や、行為の是非など、なんの関係もない。(いや、キリスト教がそうかは知りませんが(汗))ただ、ひたすら平等にこの世界は出来ていると。ただ人の心がその平等さを、平等ではなく感じてしまうだけ…というかね。
そして、その平等に愛され、平等に見捨てられた者たちとしての“共感”がクヌートの「みんな愛している」だと思っています。いや「みんな愛している」なんてクヌートは一言も言っていないですけどね(汗)彼が見た…と僕が思えるものを言葉に直すとそんな感じかなと。…そうですね。神の愛は世界を遍く愛するものですが、クヌートの愛は人間だけを愛しているものであるかもしれません。まあ、これは外から観た時、あんま違いは分からないかもしれませんね。

じゃあ、どうするか?…ここから先はさらに突っ込んだ“たられば”の話になるんですけど(汗)僕が思うのは、“もし”この時、クヌートが神父だったら神の愛を説いて廻る人になったかもしれません。まあ、ダウンな人なのでヴィリバルド神父と一緒に酒を飲んでいるだけになるかもしれませんがw
あるいは、この時、彼が医者だったら…「では、一人でも多くの生命を救おう」と決意したようにも思うんですよね。あるいは、彼に妻子がいたら「父親としての生を完うしよう」と決意したかもしれません。トールズがこれですよね。…ちょっと僕は、クヌートとトールズが同じものを観ていたかどうかは疑問…というか違和感があるんですが、でもクヌートとトールズは、トルケルから「同じ目」と言われていますね。



まあ、それはさておき、実際にクヌートが何者だったかと言うと「王位継承権を持った王子」だったワケです。自分という魂に「平等に振り分けられ、与えられた生」の、そのポテンシャルを最大限に振るうならば、王として生きる事だったと言えます。そしてその人を超えた力を持って振舞われるべきは単なる暴虐ではなく「王道楽土を築くために振舞われるべき」だろうと…結果、大量に人が死ぬけど、それはまあ「死は人を完成させる」事で、別に人が死ぬという現象に貴賎はない……というか。
今、僕は「医者として一人でも多くの人命を救おうとする事」と「王道楽土の築くために多くの生命を消費する事」は等価値だと言っています。さらに付け加えるとスヴェン王のように「ただ王の力を拡大させるために多くの生命を消費する事」とも等価値でしょう。神から、平等に愛され、平等に見捨てられている世界というのは、そういう事なんだと僕は解しています。

全くその価値は変わらないのですけど、クヌートが王道楽土を目指すのは人間を「みんな愛しているから」です。結果、あたかも「誰も愛していない」かのような振る舞いになり、そして、それは「神の愛」に最も近い形を取りながら、それでも王道楽土建設の果てに、クヌートは神にこう言い放ちたいはずです。

「その愛はいらない」

…まあ、神はそれさえも平等に愛し、平等に見捨ててくれるでしょうけど。クヌートは、そこも含めて望むところなんでしょう。…僕は、実は「みんな愛している」という考え方はそんな好きじゃない…というか基本的に乗らない話なんですが、クヌートほど行くと、行き着いてしまうと、もう文句が言えないというか(汗)逆に、ほんっと好きになりますね。
クヌートを見る視点として、それとは逆に「こいつは本当に自分勝手で、何も変わらない(平等)なら、好き勝手に生きてやると考えて、自己満足の王国建設で大量殺人を働いているだけだ」という事も言えると思います。その指摘を否定する材料はおそらくない。
でも、僕は、クヌートは、結果としてそう見えるかもしれないけど、多分、その心象は一周しているように感じます。ただ、クヌートは、今の指摘を否定するつもりもサラサラくもあるのでしょうけどね。彼がその行為の果てに何処に辿りつくか、非常に『愉しみ』です。

……とは言え、彼の最新動向を観ると、少し“弱っている”ようですね?かつて殺した父王の呪いと対話し「こんなものか」と言い放つのは“強い”ですけど、呪いを見るくらいには弱っているよねというか。……もっと“弱る”と「トルフィンが見た夢」と同じものを見始めるかもしれませんね。
……クヌート王よ。弱ると不味い。そこを突いて様々な矛盾が溢れ出して来てしまいますぞ?元々、人間に「みんな愛する」のは無理(大変困難)なんですから。(`・ω・´)(←上から目線)

それと合わせてトルフィンも、何かに目覚め「オレはもう二度と人を傷つけない。もう今日で、暴力と決別するだ」と自らに誓を立てたわけですが……。ふむ?それは大変困難な道で、生き様の覚悟としては上等だと思うんですが、たとえばトールズは暴力をふるっていたよね?とか思ったり。
これまでの文章で分かると思うんですが、僕は「本当の戦士」の条件は必ずしも“非暴力”が入るわけではないだろうと思っているんですよね。ただ、その決意は“人間感覚的”にあまりに尊過ぎて、今、文句は付けられないんですけど(汗)うん。ちょっと違和感。死するアシェラッドにも「本当の戦士」になれと言われたトルフィンが、何処に辿りつくか、クヌートの物語と同じく『愉しみ』です。


ヴィンランド・サガ(10) (アフタヌーンKC)
幸村 誠
講談社

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まどか「神様でも何でもいい。今日まで魔女と戦ってきた皆を、希望を信じた魔法少女を、私は泣かせたくない。最後まで笑顔でいて欲しい。それを邪魔するルールなんて、壊してみせる、変えてみせる。これがあたしの祈り、あたしの願い、さあ、叶えてよ!インキュベーター!!」

震災による放送延期だった『魔法少女まどか☆マギカ』(監督・新房昭之、脚本・虚淵玄)が先週放送、完結しました。いや、僕はこの『物語』に相当、はまってしまいまして(汗)毎回、次回はどうなってしまうんだろう?とハラハラするし………ん~wハラハラするはちょっと違うかな?(汗)なにやら不安を掻き立てる画面構成から、悪い方の考察……これは“悪い予感”と言ってもいいかもしれませんが、それがズバズバ嵌って行く快感(?)と、それに合わせて状況が悪くなればなる程「どうやって逆転するのか?」が分からなくなって行く緊張感で、ぐんぐんと作品世界に引き込まれて行きました。
何しろ凡て録画で済ませ、リアルタイム放送を視聴する事から離れて久しい僕が、深夜にテレビの前にかじりついてツイッターに色々書き込み、放送後の熱気のままに語り合うという体験もはじめてで、なかなか思い出深い物語になりました。

『魔法少女まどか☆マギカ』は、どこにでもいる普通の少女・鹿目まどかは、ある日出会った不思議な生物・キュゥべいから「僕と契約して魔法少女になって欲しい」と言われる。しかし、同じ日に転校してきた謎の少女・暁美ほむらからは「家族や、友だちが大切なら、今とは違う自分になろうとは思わない事」と忠告を受けていた。魔女と魔法少女による災厄が進行して行くなか、まどかは何を選択するのか……という感じの『物語』かな?
これまであった戦うタイプの魔法少女のオマージュというか逆説の視点というか、そういうものが含まれているのは、間違いない所で。ある種定番のマスコットのような生き物の手引きで魔法少女となる展開から、少女たちには一筋縄ではいかない、過酷な運命が降りかかります。まあ、とは言うものの、これから各記事は『まどかマギカ』を最終回まで観ていないと分からないものだと思いますが、悪しからずお願いしますw


■まどかの救ったもの

▼USTREAM:ハイライト:『魔法少女まどかマギカ』の話題

さて。で、その最終回については、色んな感想、解釈が出ているようなんですが、一応、僕の思った事も書いておこうと思います。まあ、(↑)上のUSTREAMハイライト~ラジオで喋った内容~をリライトするだけなんですけどね。……というかですね。僕の経緯としては、起こった事象から、まどかの観ていた事、思った事を考えていったら、すごい納得したというか…。すごく僕好みの決意だったんだ……というのが僕の感想ですね。

最終回で、まどかって一見世界を救ったかのように見えたりするかもしれないんだけど、実際には世界を救ったわけではない。…というか、世界を都合の良いように改変してしまっている(汗)じゃあ、まどかが何を救ったのか?というと魔法少女“だけ”なんですよね。上に引用したまどかのセリフにもあるように。それも現在過去未来の遍く総ての魔法少女を救おうとして、その願いを言挙げしている。
これ、まどかの契約前にキュゥべえが、魔法少女の歴史をまどかに体験させた事を僕は非常に重要視しています。これによってまどかの視界がガコッと広がってるはずなんですね。そうしてより具体的に救いたいものの対象を認識できた。これが大きいと思っていて……観念だけで願いを発動させると、同じ願いでも何か制御できない不測が生まれるというか、ロクな事にならないというか……まあ、ともかく、まどかにとって願いの叶う形の明確なビジョンを持てた事は大いなるプラスだったと思えます。



じゃあ、魔法少女の何を救ったのか?というと……生命を救ったわけじゃないですよね。まどかは、魔法少女たちの“決意”を守ったのだと言えると思います。まどか的に言うと、どうも“希望”とか“祈り”って言葉になるのでしょうけど、ちょっと、ここでは“決意”という言葉を引っ張ってきたいと思います。

その決意とは何か?という話を、ちょっと後に回すとして………なんで、まどかは、彼女たちの“生命”を救わないんでしょうね?助けてあげればいいのに……って思う人は沢山いると思います。でも、まどかは、そうはしなかった。そこが僕は好きなんですよ。…それは僕好みの決意ですw
まどかは、魔法少女になった少女たちの「生命を引換えにしても叶えたかった願い」を守り、「生命を引換にしようとした決意」を守ったと言えると思います。まあ、別の言い方をすると「願いを叶える代わりに魔法少女になる」という彼女たちがキュゥべえと交した契約(やくそく)を守ったと言う言い方もできますね。
「なんで?そんな契約破棄しちゃえよ!」とか「願いだけそのままにして、彼女たちの生命も救ってやればいいじゃん!」と言う意見も分かるんですけどね。また、そういう願い~たとえば「現在過去未来に渡って魔法少女契約は無効!ただし願いの返品は無し!」…とか?あ、これだと、まどか自身も契約が結べない?……というか少なくともパラドックスに陥るかなw~をしても良かったんでしょうけどね。…まどかはそうはしなかった。

これは僕のまどかの心象『読み』になりますけど………ちょっと循環的になるんですが、まどかは彼女たちを救いたいと思った。それは自分の生命に替えても救いたいと思ったはずです。その願いが叶うなら他に何も要らないと…。その境地に至ったときに、“逆に”まどかは彼女たちの願いがどれほどの意味を持つのか解った。知った。だからこそ彼女たちの“何を守る”べきなのかという、ある決心をしたのだと思います。

それなら、総て一様に、ほっとくのが一番じゃ…って意見が正当にも思えますが(汗)まどかは、いや、そうじゃない、自分は彼女たちを救いたいんだよと考えたんでしょうね。つまり、彼女たちの“決意”を守りつつ、何らかの救いを与えてあげたい……と。こういう組み上げになってきますね。これをロジック的に評するなら、生命を掛けて成された願い~プラス~が、魔女の災厄という~マイナス~に変換される(希望をもたらした分だけ絶望をもたらす)因果を断ち切った。
別の言葉に直すなら、まどかの願いは「願いを叶える代価として魔法少女になる」という契約(やくそく)をそのままにして、“魔法少女”という言葉の意味そのものを書き換えるものだったと。


■その決意をして本当によかったの?

『決断主義』…というのか。ちょっと分からない所もあるんですが、ゼロ年代からこっち、『バトルロワイヤル』(1999年刊行)、『仮面ライダー龍騎』(2002年制作)に代表されるような、「戦わなければ生き残れない!」感覚と、「自分はたとえ他者を傷つけたとしても(自分も傷ついても)その望みを手に入れる!」という決断を持ったような『物語』が台頭してきたと。『デスノート』なんかもこれに入ると。そんな言説があるのですが……まあ、僕が雰囲気に流されてるだけかもしれませんが(汗)少なくとも“おたく界隈”に僕が浸った感覚からすると、こういう流れの話しはけっこうしっくり来るものを感じているんですよね。
これを『決断主義』と言うとして…それをちょっと分解して語ると、この「他者(と自分)を傷つけても~」の志向の中に「その決断は本当に、ホンモノなのか?」という問いかけをする物語が交じるようになったと感じています。『コードギアス 反逆のルルーシュ』(2006年制作)、『マブラヴ・オルタネイティヴ』(2006年制作)なんかがそうですね。いずれも、自らそうすると決めた決意に対して、その覚悟を試されるような強烈な試練が待ち受けている物語です。

僕が最初『まどかマギカ』を観ていた時に感じていたのは、この決意(決断…という言葉がどうもしっくり来ないのでこっちにします)を試す物語…という事です。
どうも、上手く説明できないんですが、その試しは『コードギアス』や『マブラヴ・オルタ』とは違う種類のものと思います。『マブラブ・オルタ』が「その決意は本当にホンモノと言えるのか?」という問いかけをしているのに対して、『まどかマギカ』は「その決意をして本当によかったの?」とでも言うか…。「その決意はホンモノか?」と「その決意をして良かったのか?」はその問う所が違って、それくらいの違いがあるように思いました。

観れば分かるんですけど『まどかマギカ』の試しはものすごく意地が悪いんですよね(汗)僕は『コードギアス』や『マブラブヴ・オルタ』は主人公が決意した事に対して“世界”は、確かにあまりに強大な相手なんだけど、それでも“がっぷり四つ”で勝負をしてくれているというか……決意した事の因果として想定し得る、試練を与えてくれていたように思います。



対して、まどかたちの相手となる“キュゥべえ”は……こいつ、いいキャラだと思うんですけどwとにかくまあ、観れば分かると思いますが、意地悪極まりないwブラック企業の営業扱いしている言説なんかがあるけど、それはそんな外していないと思いますw(ただ、法律で是非を問えない相手ではある)
言葉巧みに少女たちが契約したくなるように誘い、契約の障害となりそうな情報は「聞かなかったから」の一言で済ませて、後はどこ吹く風。そのくせ「契約したのはキミの意志だろ?」と、言質だけは、しっかり拾いに来るwとにかく、がっぷり四つじゃない。勝ち負けで言えば、まともに相手にもされずに一方的に負けて行く展開になっている。

でも、僕は、なんと言うかキュゥべえの言っている事が分かるんですよ(汗)多くの人が毛嫌いするも分かるんですけどw『コードギアス』、『マブラヴ・オルタ』は、何だかんだで『物語』は主人公が決意するまで待ってくれているんですよね。でも、世界はそうじゃない……というか、僕の知っている世界はそうじゃない。
現実は待ってなんかくれない。次から次へと、ガムシャラに選択肢を迫ってくる。本当は大人も子供も関係ない。迷ったり、立ち止まったら、迷ったという選択を元にその責任(因果)を負わされる。情報を吟味する暇なんかない。「知らなかった!」、「教えてもらえなかった!」なんかで許してくれない。容赦なく、知らないままに決意した事の責任(因果)を負わされる。そっちが、早く、決めろ、早く、決めろと迫ったくせに!!(`・ω・´)

………いや、すみません(汗)ニッポンハ平和ナ国ナノデ、あまりそれが表に出ないように配慮しながら“優しい社会”を構築していて、僕自身も選択も程々に、なまぬる~く生きていますよ?(´・ω・`)でもね。それは薄氷の上に建っているものであって、ただ、僕が生ぬる~く決めている(決意)しているから気づかないだけで、恐ろしい選択は必ず混じっているし、その薄氷の足下には、やはり恐ろしい世界が拡がっている…という事は、ある程度、考えを巡らす人なら実感できる事じゃないかと思います。

………僕の被害妄想か、強迫観念が過ぎているだけですかね?(汗)でも『まどかマギカ』は、これに近い世界の景観から物語られているはずで、そこはそんなに間違ってはいないはずだと思っています。そこから考えると、キュゥべえは色々解説してくれる分、まるで利根川さんみたいに優しいんですよ?w…いや、まあ、いいんですが(汗)
しかし、そういう観点であるが故に、キュゥべえの誘いにほいほい乗って契約してしてしまう少女~さやかとか~なんかを観ていると、こう思わずにはいられなかったんですよね。「コイツ(キュゥべえ)の相手を子供にさせるのは酷い!」と。

『魔法少女まどか☆マギカ』~ボクと契約して魔法少女になってよ
なんでこんな事になっているのか。本来、保護者に護られているべき少女たちが、その無垢な心のまま“世界”とまともに交渉をしなければならない物語。それが『まどかマギカ』。
……という一つの“観え方”はあるかな?とそう考えていますね。その象徴……というより、まさにエージェントがキュゥべえという事です。

【MAD】『魔法少女まどかマギカ』~輪舞 -revolution(あとQBについて語る)
そして恐い契約でも、交渉すべき契約はある。交渉しなくてはならない契約はある。(この契約がそうとは言わないけど)…繰り返しますけど『まどマギ』は、その能力を“少女”に求めているのが一番“悪質”な所だと思ってますよ?(´・ω・`)


キュゥべえは、交渉相手の決断する意志は奪わないんですよね。それが本当に“恐い”。そこを奪ってくるなら、そいつは間違いなく“悪”です。(この場合の“悪”とは暴力で処するしかない相手という意味です)それは、これまでと同じような定番のヒーロー/変身魔法少女の出番ですが、そうではないと思う。そうではない所が恐ろしい。

僕はこのブログでも外でも『まどかマギカ』の放送中、何故か(←)やたらキュゥべえの擁護発言をしていたのですが…(汗)その締めくくりの際に、必ずこういう主旨の一言を付け加えました。「子供にそれをさせるのは酷い」と。それは裏をかえせば、少女にまともな決意なんてできない、その責任も負いきれるものではない…と、繰り返し断じたって事です。
何だかんだで主人公として“決意”の時を待ってもらっている、まどかは最終的に「しっかりした決意」をして「その責任を負う」それはキュゥべえと契約しないという選択でも…とは思っていましたけどね。

ん~まあ、そこまでは思っていなかったですが“落差”を作るためにこう言いましょうか。「…け!年端も行かない娘たちが「何と引き換えにしても叶えたい願い」だなんて言っても、それによって失うものの意味も、叶えたい願いの意味も、それを交換する事の覚悟も、わかってやしねえよ!!(僕だってまともに分からないのに)」
…この僕の感覚は、最終的にまどかによって、完全に否定されます。……それが良かった。何かの共感とか、胸がつまるような感動とは違うんですが、その言い切りに何か胸の空くような爽快感を味合わせてもらいました。観て良かったって思いましたね。


■その決意には必ず意味がある



まどか「さやかちゃんが祈った事も、そのためにがんばってきた事も、とっても大切で、ぜったい、無意味じゃなかったと思うの」

……まあ「その決意はまがい物だ」とか「その決意は不充分だ」とか、誰に決める事ができるんだ?って事ですよね。…ところで、まどかのさやかに対するご沙汰を観ていると、魔法少女に対して個別の対応をしているようにも思えるんですけど…どうなんでしょうね?僕は全部一様に連れてったと思っていますけど…まあ、それはそれとして…。
もし、まどかが魔法少女たちの事を「あなた達はみんな、キュゥべえに騙された可哀相な子たちです!!自分の願いを叶えたいばっかりに、その存在を差し出せという意味も分からず差し出してしまった!哀れな女の子です!故に、このキュゥべえの契約は総て無効とします!!」と願えば、魔法少女たちの生命は救われただろう。…しかし、それは魔法少女たちの“祈り”に対する冒涜である。
……いや、すみません(汗)何だろうと、少女たちの生命を遍く救うのは、それはそれで尊い選択であり、決意だと思います。その際に冒涜とか、そんな気にする必要はないと思います。…ぶっちゃけ、僕も皆を救う事を願うなら「こっち」にすると思います。だって元から「子供には酷」って視点だもん。

でも、まどかは違ったんだよね。彼女は魔法少女たちの祈りを守った。それは魔法少女の凡てを知ったまどかが信じる“一番大切なもの”だからですね。

まどかも、彼女たちの生命も救いたかったんじゃないかとも思うんですけどね。願いも保持しつつ…どうしますかね?僕は複数の望みを言う感じになって、あんまり有効なのが思いつかなかったです。そこらへんを掴まえて、まどかを賢くない子扱いする事も可能なんでしょうけどね…。ただ、ハッキリ言えるのは、どちらかしか選べなかった時、まどかが選んだのは生命よりも祈り~願い~希望だったと言う事です。
それは僕は、すごく納得が行く、爽快感のある決意なんですよね。仮に僕が生命に替えても叶えたい願いがあり、実際に、その交換を行ったとしたら「願いをそのままにする方を選んでくれ」って思いますもん。…ロジック上、必ずそうなりますがw

「なにものに替えても叶えたい願いがあるという彼女たちの祈りはホンモノです」→「故に(願いを叶えた)このキュゥべえの契約は有効です」と。ある意味では、まどかはキュゥべえの契約を認めたんですよね。…ただ、ですね。魔女になってしまうのは酷いよねとwまあ、多分、キュゥべえの契約で、魔法少女が最終的に魔女になる情報を開示して契約が成立した事例はまどかだけじゃないかと思いますがwそれは酷いよねとw
……いや、そこをね。さっきのしたり顔で「セカイとはソウイウものだよ?(´・ω・`)」とか言ってもいいんですが、まあ、今は、まどかと一般的な人情の感覚に立ち返って「それは酷いよね」と。
じゃあ、どうするか?(願いを叶える)契約は保持されたまま、逆襲する手はないのか?……ありますよねwさっき述べた「魔法少女の意味を変える」がそれです。契約は「願いを叶える代わりに魔法少女になる」と言うもの。じゃあ、そこの言葉の定義を替えてしまえばいい。…いや、まどかがそこまでロジカルに考えていたってつもりではないんですけどね。元々、この物語の『場』を支配しているキュゥべえにとって“魔法少女”とは「魔女になる前の卵」以外の何物でもないわけです。しかし、まどかは違った。魔法少女に憧れて「こんな魔法少女になりたい」と絵にまで描いた。その夢は一度、砕かれてしまうワケですが、まどかは諦めずに、キュゥべえとその『認識戦』を闘い、最後に世界の改変という形で勝利したワケです。

いや、この子って、自分の本当の願いは一言も言葉にしてないけど、「魔法少女が居る世界にする事」(無論、キュゥべえの魔法少女がいる世界ではない)に決まっていると思うんですよ。それを言葉上は一言も述べないで、全ての魔法少女になった少女たちに救いを与え、かつ、自分の願いも同時に叶えてしまっているという。めちゃめちゃカッコいい子ですよね!w「願い事を言うならこうでなくっちゃ!」ってくらい!

(というか、こういう状況じゃなきゃ、毎回すんごい下らない理由で魔法少女になっていたんだろうなあ…)まあ、そこらへんは戯わ言としてもw生命を、共に歩める時間を、救ってみせれば、すぐに直感的に「良かったね」と思えるんですが、まどかの救いとはそういうものではなかった。…でも、まあ、僕は意識を巡らすと、じんわり感じ取って行けるような納得感があって、すごく好きですね。人にとって“救い”とは、どういうものなのか?それを考えさせてくれた良い『物語』だったと思います。

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放送終了しました。ありがとうございました。(↓)録画データです。また、その下に結果発表しています。(それぞれにハイライトを入れました)

▼USTREAM:2011年1Qアニメ選考@漫研ラジオ(その1)

▼USTREAM:2011年1Qアニメ選考@漫研ラジオ(その2)

【漫研ラジオ】http://www.ustream.tv/channel/manken


《結果発表》

■作品選考:『魔法少女まどかマギカ』
・『放浪息子』
・『これはゾンビですか?』
・『魔法少女まどかマギカ』
・『STAR DRIVER 輝きのタクト』

魔法少女まどか☆マギカ 1 【完全生産限定版】 [Blu-ray]
悠木 碧,斎藤千和
アニプレックス

▼USTREAM:ハイライト:『魔法少女まどかマギカ』の話題

【MAD】『魔法少女まどかマギカ』~輪舞 -revolution(あとQBについて語る)

実は、僕はサブタイトル選考の候補に『まどかマギカ』のタイトルを入れていないのですが、それぐらい全話ぼくは好きでした。1話、2話、3話と連続して観て、本当に引きこまれたんですね。……昔、新房監督の作品で『月詠』(主演・斎藤千和)という作品があって、僕はその第1話も一発で好きになって録画決定したのですが(後半はイマイチ……かも)そういう、本気の新房監督…と言っていいのか(汗)まあ、僕から観て、気合が感じられる新房監督作品は僕が不思議なほど、すっと引き込まれる所があります。
画面構成からいいんですよ。そして、今回は特別選考に入れましたが劇団イヌカレーの“魔女空間”の映像もよかったです。こういう映像面での評価も大きいです。ここらへんの事もできれば記事に起こしたいですね。

内容についてはUSTREAMのラジオでかなりしゃべっていますし(本当に何回も話題にしました(汗))、今回の録画データなどからも分かると思います。まあ、いずれこれも改めて記事に起こしたいですね。
最終回観終わったあと、まどかがその“決意”において何を考えていたのか、いろいろ考えました。そして考えれば考える程、納得が染みこんでくるというか、気持ちが落ち着くというか、そういう感覚になったんですよね。一言で言うならその“決意”に安心した……という感じかもしれません。


■サブタイトル選考:【放浪息子】最終話 放浪息子はどこまでも~
・【放浪息子】最終話 放浪息子はどこまでも~
・【STRA DRIVER 輝きのタクト】第16話 タクトのシルシ
・【お兄ちゃん事なんか全然好きじゃないんだからね!!】第4話 妹が水着に着替えたら
・【これはゾンビですか?】第6話 そう、私は死を呼ぶもの
・『君に届け 2nd season』episode0 片思い
・『インフィニット・ストラトス』第9話 海に着いたら十一時!

放浪息子 完全設定資料集
ホビー書籍部
エンターブレイン

▼USTREAM:ハイライト:『放浪息子はどこまでも~』の話題

アニメ『放浪息子』フラワー・オブ・ライフから『物語』を抜き出す。

作品選考はスムーズに『まどかマギカ』に決めていましたが、実は『まどかマギカ』が断トツ……という意識は、おそらくルイさんと僕の中にはなかったと思います。ルイさんは他の作品も挙げるかもしれませんが「『放浪息子』でもいいんじゃないか?」という気持ちは僕と共通だったと思います。
毎回のクリフハンガーとも言える引きつけや、イヌカレーの映像、『放浪息子』のキャラクターの描きとは比べられない『まどマギ』のキャラクターの描き(この選考はそれを無理やり比べてはいるんですが)などで『まどマギ』にしましたが、最終回の機微によっては、こっちを選んだと思います。

それぐらい、良かった。圧倒的に……。特に最終回には胸がつまる想いがありました。そこらへんの感動は(↑)上のリンクした記事で書き連ねてあります。いや、ノイタミナ枠ほんとに凄いですね。毎作品、なんらかの感動があります。


■キャラクター選考:【お兄ちゃん事なんか全然好きじゃないんだからね!!】高梨奈緒(CV:喜多村英梨)
・【魔法少女まどかマギカ】キュゥべえ(CV:加藤英美里)
・【お兄ちゃん事なんか全然好きじゃないんだからね!!】高梨奈緒(CV:喜多村英梨)
・【インフィニット・ストラトス】シャルロット・デュノア(CV:花澤香菜)
・【これはゾンビですか?】相川歩(間島淳司)
・【放浪息子】千葉さおり
・【君に届け 2nd season】胡桃沢梅

お兄ちゃんのことなんかぜんぜん好きじゃないんだからねっ!! 1 [DVD]
豊永利行,喜多村英梨,井上麻里奈,荒浪和沙,白石涼子
キングレコード

▼USTREAM:ハイライト:高梨奈緒の話題

【ハーレムメイカー】『お兄ちゃんのことなんかぜんぜん好きじゃないんだからねっ!』一位ヒロインの逆襲?

今期、僕としてはキュゥべえ、奈緒、シャル、この三名にはすごく楽しませてもらいましたwいや、ばゆむも、千葉さんも良いのですけどねwその中でも、僕とルイさんの間で大いにウケていたのが高梨奈緒です。
だいたい僕は、二位ヒロインの子を好きになる傾向が強いというか、一位ヒロインにちょっと『弱さ』が見られ、二位以下のヒロインの誰かに『強さ』が見て取れると「こっちの子の方が強いじゃん!(だから、この子を選べ!)」と騒ぎ始めるきらいがあってあれなんですが(汗)その僕をして「この一位ヒロインはつえぇぇえええ!!」と思わせしめたキャラです。(`・ω・´)

…まあ、もう一つ僕の傾向に“ヤンデレ好き”と言うのもあるんですけどね(´・ω・`)奈緒ってある意味で、なんかちょっとおかしくなっている子でそこが好きですね。しかも、そのおかしくなってる所を強引に(?)かどうかは分かりませんが……精神力?智慧力?なにかそんな感じのもので、自分を正気に引き戻している所がある気がします。…なかなかの化物ヒロインですw

■OPED選考:【STAR DRIVER 輝きのタクト】OP「SHINING☆STAR」
・【インフィニット・ストラトス】ED「SUPER STREAM」
・【STAR DRIVER 輝きのタクト】OP「SHINING☆STAR」
・【魔法少女まどかマギカ】ED「magia」
・【魔法少女まどか☆マギカ】OP「コネクト」
・【みつどもえ増量中】OP「我が名は小学生」
・【君に届け 2nd season】ED「君に届け」

SHINING☆STAR(アニメ盤)
SME
SME

▼USTREAM:ハイライト:OPED選考中

実は、今期、取り立てて目を引くOPEDはなかったんですよね。3話のラストから『magia』がかかるインパクトは印象に残りますが…。まあ、その意味で、普通にデキのよい『STAR DRIVER 輝きのタクト』を選びました。nineの歌も良いですしね。


■特別選考
・【魔法少女まどかマギカ】異空間設計:劇団イヌカレー


■候補外で話したタイトル
『フラクタル』、『バトルスピリッツブレイブ』、『ドラゴンクライシス』、『夢喰いメリー』…

▼USTREAM:ハイライト:候補外の雑談

おまけ…のようなものでハイライトを用意しました。最初の『フラクタル』は、まあ…変にぐだぐだ、貶しているので飛ばしてもいいかも(汗)『バトルスピリッツブレイブ』のまゐの話で、あんなに盛り上がるとは思っていなかったんですが、こっちの話は好きです。全体的に、欝の空気がただよう『ブレイブ』ですが、やはり妙に楽しんでいます。

今回はこんな感じでしょうか。それでは、また3ヶ月後という事でよろしくお願いします。

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4月23日(土)の20:00から、ルイさんと、USTREAMでネットラジオをやる予定です。2011年1月~3月期のTVアニメの選考ラジオをやろうとしています。よろしくお願いします。

4月23日(土)20:00(4時間くらい予定)

【USTREAM URL】
http://www.ustream.tv/channel/manken

以下、選考候補です。まあ、れいによってこの期観たものの範囲で選考するという感じなんで、その程度のものと思ってもらえればと思います。今週、『魔法少女まどかマギカ』のラスト3話が放送されるのですが、そっちは次期のものとしようかと思います。他のものも災害の関係で最終回は4月に入ってしまったりしていたんですが、まあこれは災害時の事情という事で今期に入れます。しかし『まどマギ』だけ、大きく遅れていて、これは『まどマギ』だけの事情としていいだろうと考えました。←と、考えていましたが、ルイさんとの協議の上、やっぱり対象に含める事にしました。まあ、この時期に盛り上がったものを外して3ヶ月後に語るというのも間抜けな話でした(汗)


■作品選考
・『放浪息子』
・『これはゾンビですか?』
・『魔法少女まどかマギカ』
・『STAR DRIVER 輝きのタクト』


■サブタイトル選考
・【放浪息子】最終話 放浪息子はどこまでも~
・【STRA DRIVER 輝きのタクト】第16話 タクトのシルシ
・【お兄ちゃん事なんか全然好きじゃないんだからね!!】第4話 妹が水着に着替えたら
・【これはゾンビですか?】第6話 そう、私は死を呼ぶもの
・『君に届け 2nd season』episode0 片思い
・『インフィニット・ストラトス』第9話 海に着いたら十一時!


■キャラクター選考
・【魔法少女まどかマギカ】キュゥべえ(CV:加藤英美里)
・【お兄ちゃん事なんか全然好きじゃないんだからね!!】高梨奈緒(CV:喜多村英梨)
・【インフィニット・ストラトス】シャルロット・デュノア(CV:花澤香菜)
・【これはゾンビですか?】相川歩(間島淳司)
・【放浪息子】千葉さおり
・【君に届け 2nd season】胡桃沢梅


■OPED選考
・【インフィニット・ストラトス】ED「SUPER STREAM」
・【STRA DRIVER 輝きのタクト】OP「SHINING☆STRA」
・【魔法少女まどかマギカ】ED「magia」
・【魔法少女まどか☆マギカ】OP「コネクト」
・【みつどもえ増量中】OP「我が名は小学生」
・【君に届け 2nd season】ED「君に届け」


■特別選考
・【魔法少女まどかマギカ】異空間設計:劇団イヌカレー


■候補外で話したいタイトル
『フラクタル』、『バトルスピリッツブレイブ』、『ドラゴンクライシス』、『夢喰いメリー』、『レベルE』…

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【ロボットの反乱】【終末の物語】

ドミン「ああ、アルクイスト、そのとおりだ。お嬢様、そうなるのです。しかし一〇年もすれば、ロッサム世界ロボット製作所が小麦や布地など、何でも売り出すようになります。そうすれば物の価格なんてものは、実質なくなってしまうでしょう。貧困もなくなる。労働もすべて生きた機械がやってくれる。誰しも気兼ねなく自由になり、労働という我々にふさわしくないものから解放されるのです。すべての人間が、自己を完成するためだけに生きられるでしょう」

ヘレナ「そうなんですか?」

ドミン「もちろんです。もはや運命ですよ。そして人間が人間に隷属することも、人間が物の奴隷になることも終わりを告げるでしょう。無論、その前におそろしいことがおこるでしょうが、それは避けられません。しかし、もうパンを得るために命をなげうったり、暴力をふるう必要もありません。ロボットは物乞いの靴ですら磨くでしょうし、家の中にベッドをも用意するでしょう。」

(『R.U.R.』第一幕より)


すごい………。“ロボット”という言葉の語源になった物語として『R.U.R.(ロッサム万能ロボット会社)』(作・カレル・チャペック)を手に入れて読んだのですが、ちょっと、あっけにとられたと言うか…いや、普通に面白いんですね。1920年発表の物語にも関わらず、古びていない。(翻訳者様の力量みたいなものもあるかもしれないけど)
しかし、僕は、全然知らなかったんですけど、この物語のストーリーって【ロボット反乱】を題材にしているんですね。しかも「最初にして最終」という域にまで達してしまっている(汗)僕は【ロボットの反乱】というテーマには「人間にとって替わるもの」を観ていて、【コンピュータの反乱】というテーマには「神にとって替わるもの」を観ているのですが、その観点からこの話は既に「人間にとって替わるもの」を描いてしまっている。

この“ロボットの反乱”を正統として、アシモフの『われはロボット』(1950年刊行)が、その逆説としてあるのかと思うと『面白い』ですね。アシモフのロボットの在り方にも非常に驚愕したのですが、あの、ある種の“ひねり”は『R.U.R.』という正統派が既にある状態からの回答…と考えると腑に落ちる所もあります。

『R.U.R.』はチェコの作家・カレル・チャペックによる戯曲ですね。1921年に発表……第一次世界大戦は集結か…って、チェコスロバキア共和国の成立が1921年じゃん(汗)その後、ナチスドイツの台頭って激動の時代だなあ…。
ロッサム株式会社が、偶然手に入れた人造人間の製造法を使って、汎用の労働者(ロボット)を生産して世界中に売りさばいている。しかし、ロボットたちはあまりに人間に似ている事もあって、労働を強いられるだけのその存在に人権が認められるべきだと考えた一人の女性がR.U.R.に訪れる…といった感じの『物語』なんですけどね。

上に引用したロボットという労働力が完全に行き渡る頃には、人間は労働からも貧困からも解放されるであろうという予見と共に「その前におそろしいことがおこるでしょうが」という、新時代を迎える前に、旧時代の崩壊による大損害がある事をさらりと示唆していますw
また、時が過ぎてその労働力が相当数に行き渡る頃から、人類の出生率がさがり、ついには誰一人子供を産まなく(産めなく)なるという展開も……ちょっと、凄いですね。完全自由/完全平等の理想社会が見えてたその時、人類の足元には大きな落とし穴が広がっていたわけです。

僕は青空文庫で手にいれました(↓)。短編ほどの分量の戯曲なので、まだの方は、一度読んでおかれる事をオススメします。
http://www.aozora.gr.jp/cards/001236/card46345.html

いや、ぶっちゃけ、この物語そのまま映画にしてもかなりカッコイイのになる気がしますw

また、読んでみた後、手塚治虫ファンの人なら、何となく伝わると思うんですがこの物語、何となく手塚っぽいんですよwいや、こっちが手塚先生に影響を…?どうなんでしょうねえ…。



とまれ『R.U.R.』で登場するロボットって、その後のロボットのイメージとなる鉄と電子部品の身体ではなく、人造細胞から出来ている“人間もどき”なんです。今日のカテゴリで言えば人造人間~レプリカントといった感じのものでしょう。
そしてそれは、手塚先生の『メトロポリス』のミッチィや、『鉄腕アトム』のアトムに非常に近いものに感じます。『メトロポリス』の中では既に鋼鉄体がロボットとして扱われ、ミッチィは人造人間と言われているけど、同時にかられは同族としてメトロポリスに“反乱”を起こします。そうして“定説”(?)では、ミッチィはアトムに変わり、そしてそのアトムも第一作『アトム大使』において生みの親である天馬博士に対し“反乱”する。いや、その後の『アトム今昔物語』(1967年発表)などで語られるロボットが人間からその権利を獲得しようという闘争は(暴力的でないにしろ)『R.U.R.』にかぶります。

まあ、この話は今はここまで。アトムのモチーフはピノキオとか、ディズニーの影響とか、諸説とびかってて、まああんまり『R.U.R.』と繋げて考えるのも、どうかなとも思うんですが。しかし、ロボットの意味が概ね鉄の人形という形式に落ち着いてからも、手塚先生の中では“人造人間”~既に人間と同じもの~のイメージは保存し続けられ……うん、『火の鳥』などにおいて、様々な物語に派生して行ってますね。


メトロポリス (手塚治虫漫画全集 (44))
手塚 治虫
講談社


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ジム「レッドルースじいさんは、お前の手下に撃たれて死んだんだ!!」

シルバー「なるほど……で、オレを撃つわけか…」

ジム「そうだ!!」

シルバー「いいぜ?好きな時に撃ちなよ?」






ガンバ「身体が光ってる………雪みたいに、白く……」

ノロイ「ようこそ。薄汚いネズミどもよ、ようこそ。私がノロイだ……ようこそ………ようこそ」




子供の時、この『物語』に出会えて良かった。『ガンバの冒険』と『宝島』に出会えた事は、何物にも替えられない僕の宝です!本当に有難うございました!

宝島DVD-BOX
ロバート・ルイス・スティーブンソン
ハピネット・ピクチャーズ

ガンバの冒険 DVDBOX
斎藤惇夫
デジタルサイト

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【4月第1週:冥王神話 THE LOST CANVAS 最終話 始まる未来】
http://www.tsphinx.net/manken/wek1/wek10506.html#684
【漫研】
http://www.tsphinx.net/manken/



『BE BLUES』(作・田中モトユキ)の展開がちょっと堪らないですね。少年時代からスタートして歳月を進め、その成長を描いて行くという、少年サンデーの王道中の王道のストーリーを、気持よく、小気味よく展開させています。『BE BLUES』は、将来を嘱望されるサッカー少年である一条龍くんが、その才能と努力で「18歳で全日本の代表入り」という自らの計画を着実にこなして行く……かに見えたが!!という所で物語は急転を迎えた所ですね。これからどうなって行くのか?



このマンガの何が良いって、一条龍という少年の才能をほとんど画で表現してしまっている所ですね。龍はかなり派手なアクションもして、見物のオッサン(外国人で監督らしい)がプラティニだの、ペレだの言って誉めていて、それも要所要所での見所なんですが、それよりも僕が目をひいたのは、精密さを醸しだすかれのパスやシュートのフォームです。
すごい制御された蹴りをしていると分かるw 画でw それが素晴らしい。力一杯「いっけぇぇええええ!!」みたいな感じじゃなくって、狙った所にちゃんと届くように、相手がプレッシャーを掛けてくる局面で、冷静に、むしろ力をセーブしてボールを打ち出している。マンガだから当たり前っちゃ、当たり前なんですが、小学生離れしたフォームにしびれますw

龍の才能を見せる、龍をカッコいいと分からせる。これが、その画1カットと、あと補助の2、3コマで成功するから、ページをドラマの積み上げや、他のキャラの描きに振り分けていけるので、一回一回、すごく充実した内容になっています。
田中先生は、ハレーボール・マンガから初めて、次に野球マンガ、それから今回のサッカー・マンガと、スポーツの描きや、絵の上手さは元から折り紙つきではあるんですが、それでもこのサッカーの描写は「水を得た魚」のように思えます。…多少、こじつけっぽいんですが、バレーや野球だと、相手選手との接触プレーってあまりない(限られている)所があるんですけど、サッカーはそれはもう相手とひっきりなしに接触する。その描写が、けっこう田中先生の画の上手さをくっきり見せているのかなあと思ったりもしました。

しかし、ドラマはそうやって積み上げた一条龍の才能を一度、地に伏せます。彼が事故に見舞われるんですけどね。惜しげもなく……って、まあ元から予定していた事でしょうけどwすごいですよね~。10回程度で『受け手』に、その才能が失われるかもしれない喪失感を与える所まで積み上がっていたから、これだけの『速度』と小気味良さが出ています。
はじまって数回で、龍ちゃんというプレーヤーのファンになった僕は、彼がまた再び、ピッチに上がる日(展開)をイメージしながら連載を受け取るワケです。先の展開がすごく楽しみな連載になっています。

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千葉さん「気づいた?二鳥くん、声変わりしはじめてる。私ね、二鳥くんは、他の男子とは違う、特別なんだって思っていた。でも、そうじゃない。きっと……普通の男の子なんだわ……」

高槻さん「あの…さ。二鳥くんは、特別な男の子だと思うよ、やっぱり。…あ、でも、千葉さんも特別だし、ちーちゃんとか、佐々ちゃんとか、有賀くん、白井さんも、あと………あたしも」
千葉さん「そういうの、なんか力入り過ぎててカッコ悪い。……でも、高槻さんらしいわ」


(アニメ『放浪息子』第11話より)

ノイタミナ放送の『放浪息子』(監督・あおきえい、脚本・岡田麿里)が素晴らしかった。第1話からの画面全体を通すクオリティの高さ、その後各話の演出、そして特に最終話は良くって感動しました。『放浪息子』は、女の子になりたい(女の子の格好がしたい?)男の子である二鳥修一くんと、男の子になりたい女の子の高槻よしのさんが出会って、他にも千葉さんとか、有賀くんとか、更科さんとか、様々な友達と出会って、そうして季節が移り変わって成長して行くような『物語』でしょうか。
勢い余らせまして『放浪息子』を全巻買って来ました。読んでみると、ああ、原作とアニメは、少し、ほんの少しなんですが“描き”が違うなあと。そこをちょっと書いておこうと思います。

具体的に言うと、アニメの方が原作よりもややドラマチックに仕上げていると思います。これ、目立ってドラマチックとか、強烈に盛り上げているワケではなくって、ほんの少しボリュームを上げる感じで。その上げ調節が絶妙と思うのですが。
対して原作は、ある意味、ドラマチックさからは一歩離れて観ているというか、あまり『物語』的、収束に向かう力場がはたらかないままに、日常を描いている感覚があります。そこがいい作品なんですけどね。
たとえば二鳥くんは、この物語のメインのヒロインと思える千葉さんや高槻さんとは別の、年上の女の子のアンナちゃんと付き合い始めるのですが、多分、物語の収束としては関係を千葉さんや高槻さんに絞った方がより“盛り上がり”を得られると思うんですよね。「盛り上がりを得たい」ならですが。でも、多分、そうじゃない。
「盛り上げる」という指向からは一歩離れて観ていて~『面白く』描こうとは、しているワケで「盛り上げない」という縛りをもっているワケではなく~千葉さんや、高槻さん、二鳥くんだけの閉じた世界にはしたくないというか…。他にも、中学になって知り合う更科さんという、ちょっと変わった子がいるんですが、この子には昔から更科さん大好きの白井さんって子がいて。…この子、多分、二鳥くんの物語にはほとんど交わりを持たないと思うんですけど、でも、多分、『放浪息子』の描きとしては必要な子なんですよ。

そういう端々のキャラにも気を配っているワケですが、群像劇…という言い回しとも、ちょっと違う気もしています。僕のイメージですが群像劇は、その時々に応じてカメラを他のキャラに移して、段々、みんなが主人公のように思えてくる描き…に思っているんですが『放浪息子』の主人公は間違いなく二鳥くん(引いても千葉さん、高槻さん)だけで、その意味でカメラを動かしている事はないと、そういう感覚でいます。

フラワー・オブ・ライフ (1) (Wings comics)
よしなが ふみ
新書館

ここらへん、眺めていて、よしながふみ先生の『フラワー・オブ・ライフ』を思い出したりしていました。これ僕、大傑作だと思っているんですけど。やっぱりこのマンガも、ある種のドラマチック的展開というか、マンガ的収束から、一歩離れて観ている所があって、主人公として置かれた白血病…が治った少年・花園春太郎くんは、必ずしも中心ではない…というか、ニュアンス難しいですね(汗)さっきのセリフですね。「特別な子ではないんだけど、やっぱり特別な子なんだよ」という“描き”をしているように思えるんですね。
『フラワー・オブ・ライフ』は、また改めた機会にじっくりがっつり話し込みたいので、ここで細かに語るのは避けますが、僕から観て、やはり『放浪息子』と同じく「盛り上げるために展開やキャラを絞り込む」という描きからは一歩離れてる所がある作品だと思っています。(絶対に盛り上げないとしているワケではないので、言い回しがかなり難しいですが)

ちなみに“フラワー・オブ・ライフ”とは、英語で「生涯の最盛期」などの意味という事らしいですが、(↓)こういう図形の事も指しているようで、僕としては『フラワー・オブ・ライフ』は両方の意味があるとして、その上で、どっちかと言うとこっちの図の描きじゃないかな?と思っています。



…いや、両方の意味とかウソwよしなが先生は、違う事を言うかもしれませんが、僕はあの物語(場面)があの子たちの輝かしい一時期である事は間違いないけど、春太郎にも三国くんにも、別の輝かしい時期は来ると思っています。他の子にも無いとは思わない。その上で、一つの良かった時期としての意味なら飲み込めるかなって感じでw

それぞれの円が重なりあって大きな拡がって行く“花”の図形を描いてゆく、中心に置かれた円は中心に置かれた円ではあるけど、他の円と違うかというと、違わない。同じ円。そして交わらない円、遠い円も、同じ大きな“生命の花”を描いて行くその一部であると。僕は、そういう描きの『物語』に思えます。
それで『フラワー・オブ・ライフ』を読んでから、こういう景観の物語を僕は“フラワー・オブ・ライフ”と呼んだりするようになっているのですが、『放浪息子』は多分、そういう下地を持った物語に思えます。…“フラワー・オブ・ライフ”をテーマとしているワケでも、“フラワー・オブ・ライフ”を描こうとしているワケでもなく、でも「二鳥修一くんの物語を描く」必然として、この景観が取り込まれているように感じています。

そういう感覚は、多分、アニメのスタッフも掴んでいて(↑)上に引用したような「二鳥くんは特別な男の子に見えたけど、でも、本当は特別な男の子じゃない。…でも、やっぱり、特別な男の子なんだよ」というセリフに顕れていたり、最終話のサブタイトル『放浪息子はどこまでも~』にも顕れていると思います。1クールの描きとしてはキレイに終幕させている。…でも、この物語はここで終わりじゃないという。

アニメはそれを踏まえた上で、ほんの少し脚色し、盛り上げている。

そこがいいな…と。少しだけ塩を振って味をつける“心遣い”レベルの感覚なんですけど……良いです。結果として、僕の波長にズッポシ合ったという事かもしれませんが。
原作では多少、山場としながらも割と流しているような所もある、二回目の倒錯劇のエピソードを最終回に持ってくるんですが、体育館の舞台に向けて満場の人たちが(登場キャラたちも合わせて)万来の拍手をして、女の子の二鳥くんを迎える構図が描かれるんですよね。…でも、それは幻想ですよね。幻想だって事は、前の回でやっている。女の子の格好をして登校してきた二鳥くんを、“現実”は、保健室に連れて行き隔離して両親に迎えに来させ、同情も無情も併せて二鳥くんのそれまでの日常を変えてしまったのですから。そして二鳥くんの身体自身も声変わりを迎えていて、二鳥くんを違うものに変えようとしている。

…でも、“幻想”って言いましたが、本当の本当は“幻想”でもないw(←どっちなんだ!)現実は二鳥くんを暖かく拍手で迎え入れているのも本当だし、二鳥くんの身体だって二鳥くんを否定はしない。でも、女の子の格好して外を出歩いたら、ちょっと軋轢があるかもしれない。それだけの事と言えばそれだけの事。
そういう“舞台”を見据えて、万来の拍手を受けて、ちょっと胸を高鳴らせながら、一歩踏み出すシーンに胸が締め付けられるような思いがあってね。OPテーマの『いつだって。』も併せて、えらい良いシーンになっている。

原作の『放浪息子』は小学生から始まっているのですが、二度目の倒錯劇のシーンをラストに見据えて中学生からはじめている。そのイメージの取り方が良いですね。『放浪息子』という長く、取り留めのない“描き”のある時期を取り出し、演出的に一味つける事によって“盛り上がる物語”として再構成しています。結果として……なんだろ?テレビを観ていて、すっと胸に染み入る“描き”になっていると思いました。

▼漫研:「喰霊-零-」は傑作アニメだったか

あおきえい監督は、以前『喰霊-零-』(2008年放映)も手がけていて、これもかなり好きな作品で。(↑)当時、記事なんか書いたりしていて、内容はかなりdisってるように見えるかもしれませんが(汗)本当は、今でも相当にお気に入りの『物語』なんですよ(汗)
この時も、あおき監督のシリーズ構成力というかラストを盛り上げる形に持って行くイメージの持ち方に評価というか、共感?波長の合いを感じていたんですが、ラストあたりの演出的な合わせ方に難を感じていて、結果として「惜しい!」という気持ちが強くなってdis記事っぽくなっていますが、逆に言えばラストに到るまでの流れは本当に素晴らしく、秀逸だったんですね。
今回、1話から間違いないクオリティの高さで、それが最終話を迎えた時、きっちり満足…大満足する形になっていたので、本当に良かったなと。この勢いで、次は『Fate/Zero』ですか。楽しみです。


放浪息子 (1) (BEAM COMIX)
志村 貴子
エンターブレイン

放浪息子 1 [Blu-ray]
畠山航輔,瀬戸麻沙美
アニプレックス


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第一期~第二期~80までのウルトラシリーズを更新。…む。『ザ・ウルトラマン』は『80』と合わせて第三期ウルトラシリーズ扱いなんですね(汗)ずっとアニメのデータ入力に追われているんですが、特撮関係や、映画なんかのデータももっと入れていかないと…。

・「ウルトラQ」 のデータシートを更新しました。(2011/04/14)
・「ウルトラマン」 のデータシートを更新しました。(2011/04/14)
・「ウルトラセブン」 のデータシートを更新しました。(2011/04/14)
・「帰ってきたウルトラマン」 のデータシートを更新しました。(2011/04/14)
・「ウルトラマンA」 のデータシートを更新しました。(2011/04/14)
・「ウルトラマンタロウ」 のデータシートを更新しました。(2011/04/14)
・「ウルトラマンレオ」 のデータシートを更新しました。(2011/04/14)
・「ウルトラマン80」 のデータシートを更新しました。(2011/04/14)

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