今何処(今の話の何処が面白いのかというと…)
マンガ、アニメ、特撮の感想ブログです。




【怪獣とは何か?】

ここしばらく、このブログでは『怪獣』の話を、ぼちぼち、したり、しなかったり、しているかと思いますが、まず、ここらで僕の中の『怪獣』に対する定義付けの話をしておこうと思います。
とは言ってもパブリックな怪獣の定義というわけではないので、気をつけて欲しいのですが(汗)………まず、僕が“怪獣好きな人”という前提があって…日本の怪獣映画と、洋画のモンスター(非人型)映画を観ていると「何かが違う?味わいのようなものが違う」と思うわけです。それで怪獣映画とモンスター映画を見比べていて「あ、これは怪獣映画っぽいかも?」「…これは怪獣じゃないな?」とか…怪獣好きですからね。そうやって選別して行く中で、まあ、大体こういう感じだと怪獣映画と言えるかな?という線引きのようなものが視えて来たわけです。

そこを詰めた話はまた別にして行きたいのですが、ここでは、分かりやすく大雑把に僕が何に怪獣を感じるか?を述べます。①近代兵器(またはそれに準じるもの)が通じない超存在~畏怖される存在~である事②基本的に人類と相入れぬ物(多くは敵)として描かれ、人型を為していない異形の対象であるにも関わらず感情移入~あるいは託願~の対象として扱われている事。
これを畏怖と託願とまとめますが、特に託願(感情移入)が重要ですね。そして、それは「受け手の、心象によって変化するもの」であると言えます。つまり、僕が感情移入できず「怪獣映画じゃない」と思っても、他の人には怪獣映画(的な受け止め方)になり得ると言う事です。
たとえば、以前に取り上げた『ボアvsパイソン』(2004年公開)ですが…

『ボアVSパイソン』~洋画の“怪物対決もの”はどんな感じか?

…僕はこの映画は人間の描きに重点が置かれた「怪獣映画ではないもの」という判定をしていますが、この判定は非常に微妙でして、一応、人間側の味方っぽい位置についたボアの方には、ある程度の“感情移入”を見て取れるのですよね。二大怪物の激突をウリにしている事からも、怪獣映画と捉える事も充分に可能な映画と言えます。~ただ『ボアvsパイソン』は、ちょっと変わった映画と言ってもいいとは思っていて……大元の『アナコンダ』なんかは単体の怪物パニック映画であるが故にタイトルに出ている主役怪物にも関わらず、およそ感情移入の対象とされず、ただ“恐ろしい物”として描かれていたと言えます。



洋画の、大体においてハリウッドの、海を渡ってくるものは、大抵、あくまで人間主体の、この視点が揺らがないものが多いです。(というより、例外といえるものは、ぼちぼち取り上げて行きたいと考えています)
たとえば『ジョーズ』シリーズ(1975年~1980年代?)とかどうでしょう。スピルバーグ監督の出世作の一つであり、一世を風靡したモンスター・パニック映画ですが、ジョーズは凡そ怪獣とは言えない。何故か?ジョーズを感情移入の対象として扱っていないから…と言えます。『ジョーズ2』では、子の鮫を殺された母鮫の復讐という、解釈が用意されているのだけどジョーズが人間を襲う事の説明付のレベルにとどまっている。(※ジョーズに憐憫を感じるようには描かれていないと思うが、それでも2のジョーズに憐憫を感じる人がいれば、それはその人にとって怪獣を感じる入り口足りえるとは言えます)また、ジョーズシリーズのプロットは概ね同じものであり、プロットに大きな変更が見られない事にも、“非怪獣性”を見て取る事ができます。当時の作り手にとってジョーズとはパニックのシチュエーションに至るプロットこそが本体/主格であり、ジョーズというモンスターは本体/主格として見られていなかった…と解する事ができます。

これが日本の怪獣映画なら『ジョーズ対メカジョーズ 決戦バミューダ海!!』…というタイトルになるかどうかは分かりませんが(汗)ジョーズという“怪獣”のポテンシャルを極限まで生かしたプロットで「ジョーズ、つぇぇぇええええ!!」という映像で僕らをワクワクさせてくれたと思うんですよ!(`・ω・´)少なくとも東宝が怪獣映画を量産していたあの時代ならw
逆に言うとアメリカでは「ジョーズ、つぇぇぇええええ!!」というプロットに大きな価値は認められなかったという事です。…ここらへんの話の感覚から「あ、確かに、何かちょっと違うね」と思ってくれたら、僕がなんで怪獣とモンスターをわざわざ分けて語ろうとしているのか分かってもらえるのじゃないかと思います。(※ハリウッドも『アバター』とか、感情移入対象を拡散する流れはあるのですけどね…それはまた別の機会に)



じゃあ、アメリカには“怪獣的”なるもの見られないかと言うと…そんな事もないと言うか『キングコング』(1933年公開)が、かなり“怪獣”…と言えそうです。いや、そもそも日本の怪獣映画の真祖とさえ言える存在なのですけどね。しかし、彼は怪獣としては弱く、近代兵器の前に敗れ去ります。……そこが重要で、僕はそこに、アメリカひいては西洋における“怪獣の末路”を見て取れると思うんです。

…と、その前にもう一つ、西洋において“怪獣的”に見て取れる映画として『白鯨』(1956年公開)を上げておきたいです。近代兵器ではありませんが、当時、大洋を荒らしまわっていた西洋の捕鯨船団に怯れられた畏怖性。そしてエイハブ船長に執拗な追跡を受ける宿敵としての存在から見えるキャラクター性、託願性は、充分に『怪獣』と言える存在だと思います。
原作は1851年の刊行で様々な解釈がされているようですが、グレグリー・ペック主演のこの映画は原作にかなり忠実に作られている模様。…とそこで、1928年に作られた『白鯨』について引用してみます。(↓)
The Sea Beast(1928年)
ミラード・ウエッブ(Millard Webb)監督、ジョン・バリモア主演。邦題は『海の野獣』。サイレント映画。ただし、原作が余りに暗く難解なため、大幅にアレンジされた。足を失う前のエイハブの姿が描かれ、エイハブが愛するエスターという美女や彼の舎弟デレックなど原作に存在しない人物が登場する。更にラストはエイハブが白鯨を倒し、エスターと結ばれるハッピーエンドとなっている。

(Wikipedia『白鯨』より)

1928年の『白鯨』はエイハブ船長が白鯨を倒してしまうんですねえwこれを知った時は軽く驚きました。(同時に、さもありなんとも思いましたが)別にエイハブ船長が白鯨を倒せたら怪獣映画ではないと言うつもりもないのですが、先ほど言った「ジョーズ、つぇぇぇええええ!!」というプロットをよしとせぬアメリカを見て取れるかと思います。
逆に原作通りに白鯨と死闘の果てにエイハブは海の藻屑となる1956年版の『白鯨』は興行的に大失敗しました。主演のグレゴリー・ペックも『白鯨』の出来を嫌っていた……という情報まであります。面白いんですけどねえ……。その活躍シーンがほとんど無い事から映画『白鯨』を怪獣映画とは言いづらいのですが、白鯨という存在はかなり怪獣にあたると思います。
しかし、この存在を継ぐものは、少なくとも顕著に見て取れるものは現れなかった。いや、実は『ジョーズ』は白鯨のインスパイアの面がある見たいなのですが、しかし、ジョーズからはその畏怖も託願も、消失としたと言っていい程、減退しています。

『キングコング』に戻ります。何で洋画のモンスター映画に『怪獣』はいないのか?という事で追っていたのですが、その答えはモンスター映画としても怪獣映画としても原点にあたる『キングコング』の中にあったんですよね。
プロットそのものにその答えがある。『キングコング』とは登場した時点で、西洋にとっての怪獣の末路を描いてしまった映画だった…と言えるんです。
キングコングは明らかに“感情移入”の対象として描かれている。観客が“彼”を哀れに思うように描いている。そして、彼は最強無比にして“畏怖”の存在だった。彼の棲む秘境においてはです。それが“西洋”に連れて来られる事によって、怪獣であった、彼の存在は、巨大なゴリラとして暴かれ、見世物にされ、恐竜を倒す程の無双の強さを誇りながら、機関銃の餌食となって滅びさってしまう。

その『物語』には真の意味での怪獣の最期があります。『怪獣とは何か?』、なぜ、アメリカの映画に怪獣を観る事が困難なのか?その全てが『キングコング』にはある。怪獣は暴かれる事で、その力を失う。そして西洋は暴く事によって世界に席巻する力を得た。彼らは「畏れる事を止め、全てを暴こう」という意志で、ここまでやってきた。(話が無駄に大きくなっているな?)その彼らの捨てた、止めた、何かの残滓が『キングコング』という映画を作らせ、そしてその時点で、怪獣映画が生まれる道を閉じてしまったのかもしれません。

海を渡りキングコングのスピリッツを受け継いだ『ゴジラ』(1954年公開)は「あれが最後の一匹だとは思えない。水爆実験が続く限り、いつか……」と、その復活を示唆して物語を終える。
しかし、(怪獣としての)キングコングは二度と現れない。それは彼が機関銃で倒せると暴かれてしまった怪獣だからだ。そしてそれは、エメリッヒの『GODZILLA』(1998年公開)が、戦闘機のミサイルによって滅ぼされるシーンに至るまで連綿と継承されて来た怪獣の墓標だったのかもしれません。


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【7月第3週:銀の匙 第11話/夏の巻①】
http://www.tsphinx.net/manken/wek1/wek10520.html#698
【漫研】
http://www.tsphinx.net/manken/



この週『りびんぐでっど!』(作・さと)の本格連載が開始しています。いろいろとクセの強い少年チャンピオンの中で、かなりの取っつきやすさ、読みやすさだったので、いずれ本格連載来るよな…と思っていたわけですが。まあ、よかった。(※ チャンピオンでは来ると思った本格連載が来なかった例もけっこうあるので…)
『りびんぐでっど』は、不慮の事故で死んでしまった灰田もなこさんが、何故かゾンビとして蘇り、自分にラブレターを送ってくれていた青山圭太くんの家に転がり込んで居候している『物語』。もなこさんは時々、人を襲って肉を貪る衝動にかられますが、生肉(豚、鳥、何でもいい)を与えておけば落ち着くみたいです。

…さて。「…え?肌の色これで行くの!?」…祝・本格連載の(↑)カラー表紙を観ていて、はっと気づいて、勝手に頭を抱えてしまったのですが、主人公の灰田もなこさんは、所謂、ゾンビで、通常の白黒原稿時は肌にトーンが入っていて“それ”が死体の色である事が表現されています。故に(↑)上の、あまりに血色のいい肌の色彩は、長らく『りびんぐでっど』を読んで来た者として、あまりに違和感があって一瞬誰か迷った程、驚きました。
そして、これはどうするのだろう?と。…この血色の良さで“腸”が飛び出たり、身体が真っ二つになったりされても、逆に困るというか生々しいというか……とにかく、可愛くいて良いのだけど、設定的に「うっ!」ってなるんですよね。生々しく思えて(汗)

まだ、単行本化もされていないのですが、ここに来て意外な落とし穴(?)があったと言う感じです。普通でいけばゾンビの肌の色は土気色~淡青~薄灰色~あたりでしょうか。(灰田さんだから灰色かな?)しかし、その色をそのまま選択すると、それはそれで「うっ!」となる。
…その色は怖い。想像するだけで。…ギリギリ、小麦色…と思わせるような茶色でいけば、何とかなるかな?とは思うんですが、これ、マンガ的にいうと予約色(?)というか日焼け色→運動部をやっていて運動神経の良い人→女の子ならボーイッシュ→と、完全確定とは言いませんが、かなりそういった“記号”が付加される気配があって、灰田さんのキャラにノイズが入りそうな気がします。…気にしすぎ?(汗)

『侵略!イカ娘』も二期を製作する程のヒットとなっている今、『りびんぐでっど!』はアニメ化まで、けっこう狙えると思っている素材なので、このカラー問題は(僕が勝手に問題視しているだけですが)早めにクリアしておいて欲しいものです。(`・ω・´)……まあ、この血色の良い色でもいいんですけどね。繰り返しますが、この子の首が飛んだら、飛んだで、ちょっと「うっ!」ってなりそう。…いや、むしろ、今の時流だとそれは追い風なのか!?(`・ω・´)(←)


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放送終了しました。(↓)録画データです。

▼USTREAM:フリートーク2011-08-25

▼USTREAM:これまでの放送リスト

ゆるゆり 1 (IDコミックス 百合姫コミックス)
なもり
一迅社

TVアニメ「アイドルマスター」オープニング・テーマ「READY!!」《DVD付初回限定盤》
日本コロムビア
日本コロムビア

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FLIPFLOPs
秋田書店



只今、レスター伯さん、ルイさんと、USTしています…。




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先に言うと西条先生こと悪役ブラック・キャリアが良い!

今期アニメで、『快盗天使ツインエンジェル キュンキュン☆ときめきパラダイス!』(監督・岩崎良明)~タイトル長いよ!?~が『面白い』ですね。正直言ってノーマークでした。1~3話くらいまで、観た時は、かなり“古い”作りで、可もなく不可もなく~くらいの感想だったのですが……いや、ちょっと古い感じだとは思うんですけどね(汗)4話あたりから、脚本的にかなり良い感じに“ノリ”がハメをはずして来ていて、今は今期でも、かなり気に入った『物語』になっています。

そうやって観返すと1~3話についても、可もなく不可もなく~じゃなくって、むしろ可だったよね!と気づくんですが、しかし、やはり調子が出てくるのはそれ以降……たとえば、開始当初から、何かザリガニを運んで廊下でコケている謎の少女がいるのですが、この子の描きが伏線として回収されたのが7話だったりw…伏線だったんだ?wまあ、何だろう?って気にはなってたけどwみたいな感じで。
3話でツインエンジェルが三人組になるのですが「ツイン…エンジェル?……三人なのに?」という至極ごもっともな意見に対して「そのツッコミは、もういいわよ!!」(CV:釘宮理恵)と一刀両断だったり。…浦沢義雄先生の実写の魔法少女シリーズのような…?いや、ちょっと違う(あそこまでシュールでもない)んですけど、マヌケな感じに物語を積んでいるというか、非常にバランス感覚のあるハメの外し方で何か頼もしいです。



それから先に述べましたが、3話にしてエージェント交代で(テンポが良いね!)、最初から登場していながら悪の幹部に昇進(?)する主人公たちが通う学校の担任教師・西条節子先生(CV:浅川悠)というキャラがいるのですが、この人がたまんねえです!(`・ω・´)
観てればわかるんですが、この人、才色兼備で、おそらく文武両道。学校ではメガネの似あう“できる女”に見えるんですが~実際、基本的にできる女のはずなんですが~何故か、貧乏でローンに追われていて、学校に内緒でバイトをして、生活の足しにしている…あれ?できない女だ?
悪のエージェント・ブラック・キャリアになるのも、悪の組織と知らずにバイトに応募したからなんですが、そこで有能さを発揮して社長に認められたからブラック・キャリアに抜擢されたんですよね。それを、この人は「この作戦が上手く行ったら社長と結婚できるかも!?」と有らぬ期待にのぼせ上がってブラック・キャリアをやっているのです…あれ?できない女だ?どっちなんだろう?そもそも何で貧乏やってるんだろう?…なんか悪い男かホストにでもお金をつぎ込んじゃったかなあ~?(汗)

いや、繰り返しますが、この人、有能なんですよ。できる女なんですよ。(`・ω・´)ツインエンジェルに対しては基本的には、着実に作戦をこなす強敵として描かれています。それから、構成的に二話かけて「ブラック・キャリア誕生編」みたいなエピソードをやっている形になっているので、キャラの厚みが下手すると~誕生編は新作ゲームに回されているらしい~主役よりあるんですよ。
基本スペックは全てにおいて相当に高いにも関わらず、残念人生を送っているという、このギャップがもう……何とも言えず可愛良い。(=´ω`=) 萌えキャラ的に言うと、今期、イチオシかもしれません。

西条先生に限らず他のキャラたちもかなり魅力的で(他のキャラも機会があれば書こうと思っています)『ツインエンジェル』はかなり良いアニメになっていると思います。初期で切ってしまった人も、試しに戻ってきて観て欲しいですね。


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▼USTREAM:ハイライト:ハーレムメーカーの話題
“ここ”での、これまでのハーレムメーカーの論旨をまとめて話しています。…けっこう、これで一気にまとめて話してしまっている所がありますね。まあ、その理論をどのようにハーレム構造のアニメに当てはめてゆくか?という問題ではあるんですが…。

▼USTREAM:ハイライト:キャラ構造~ユニット構造の話題
キャラ構造、ユニット構造について語っています。後半でこの視点を利用して『ゆるゆり』をどう観るか?みたいな話になっていますね。
TVアニメ「ゆるゆり」オープニングテーマゆりゆららららゆるゆり大事件【DVD付初回限定版】
ポニーキャニオン
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▼USTREAM:ハイライト:『バカとテストと召喚獣にっ!』の話題
『バカとテストと召喚獣にっ!』について、キャラ構造の角度から話をしています。それぞれのキャラがどういう役割で『回って』いるか?という考え方で語っていますね。(※キャラ構造~ユニット構造の話題を聴いてもらってからの方がいいかも)
TVアニメ バカとテストと召喚獣にっ! 明久ハーレムCD
ランティス
ランティス

▼USTREAM:ハイライト:『セイクリッドセブン』の話題
『セイクリッドセブン』の、やはりキャラ構造の角度からの話をしています。あと平成仮面ライダーに似ているとか…。
TVアニメーション「セイクリッドセブン」オープニングテーマ「stone cold」
フライングドッグ
フライングドッグ

▼USTREAM:ハイライト:『シュタインズゲート』の話題
『シュタインズゲート』のシナリオ構造から、ハーレムメーカーの議論としての話をしています。ハーレムメーカーの逆説というか…ハーレムメーカーの構造に沿った物語の畳み方…のような話をしています。
TVアニメ「STEINS;GATE」オープニングテーマ「Hacking to the Gate」【初回限定盤】
メディアファクトリー
メディアファクトリー

▼USTREAM:ハイライト:『タイガー&バニー』の話題
『タイガー&バニー』のそれぞれのヒーローたちの影(?)の部分のような話をしています。僕はルナティックさん、ルイさんはスカイハイさんが、お気に入りのヒーローのようです。
正義の声が聞こえるかい
ランティス
ランティス



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【怪獣とは何か?】



テレビ東京の午後のロードショーで“巨大生物の逆襲”シリーズみたいな週間プログラムを組んでいたので観てみました。『ボアVSパイソン』(2004年公開)は、とある若手の大富豪が、仲間内でエキサイティングな狩りをエンジョイするために、遺伝子操作でばかでかくなった巨大なパイソンを空輸するのですが、その輸送機が事故にあって浄水場に潜伏して人々を襲う。FBIはパイソンに対抗(?)するため動物をコントロールする技術を使って巨大なボアを操り、追跡を始めるという『物語』。

大富豪のハンター仲間はハンティングを中止するかとおもいきや「ますます楽しくなってきたぜ!ヒャッハァァアア!?」という感じでパイソンの追跡を始めます。…このハンター・チームの登場が、ちょっとしたワイルド7の登場というか、全員一曲も二曲もありそうな連中で、横一列に並んで妙にカッコ良くって、ちょっと笑ってしまった。
…結局、この人達全滅するんですけどね。なんとな~く、山田風太郎先生の忍法帳ものの“やられ忍者軍団”を彷彿とさせるものがあります。まあ、この人達、人が死んでいる状況もゲームのシチュエーション程度にしか思っていない人たちで、金にあかした違法行為も相当やっているようなので…パイソンにどんどん喰われて行っても、自業自得というか、あんまり心が傷まないというか、けっこう純粋に「パイソンすげえ~!!」みたいな見方ができる所が上手いですね。
このハンター・チームの追跡に勝利してゆくパイソンに対して、遅れがらも軍とコントロールされた巨大ボアの追跡が迫る、ハンター・チームはものともせずに屠り続けた(強さが証明されている)パイソンだが、果たしてボアには勝てるのか?という構成の盛上げ方も良くって、B級ながらも非常に楽しめる映画になっていました。

それを、“怪獣対決もの”として観るとどうか?今回、僕は『ボアVSパイソン』というタイトルから、怪獣同士の対決は洋画でどんな感じに処理されているかを主体に眺めた所があります。個々で言う“怪獣”とは、僕が感じている、日本独特の巨大獣に関する畏怖を含めた感情の対象物としての“怪獣”という意味になりますが…。
その角度で話をすると、やはり“怪物対人間”が主体の話になっているなあ…という感じでしょうか。最後のシーンで、ボアとパイソンは対決に至るのですが、やはりそれは何というか…おまけとまでは言わないんですけど、クライマックスのワン・ギミックくらいの感じになっています。実際に、ボアとパイソンだけでは決着がつかず、人間の手によって二匹とも葬られていますしね。結局、先ほど述べたハンター・チームとパイソンの対決がやはり楽しかったんです。
これは別の見え方としては「いや、あくまで人間対パイソンを描いて行って、最後のボアとの決戦をトーナメント的に盛り上げたんだよ」というものもあるとは思うんですけどね。ボアの活躍というか暴れもありましたしね。いや、B級モンスター・ムービーとしては充分な『面白さ』だったんですよ?(汗)



しかし、『ボアVSパイソン』とまで、銘打たれているのに、実際に映画ができあがって見ると“彼ら”に主眼が置かれていないような……そういう不思議な感覚があります。
まあ、不思議とか言っていますが、至って普通の作劇でもあるんですよね。「そもそもボアとかパイソンに感情移入できる観客なんて、極少数でしょう?なら、その対決に関わる人々の“主体的行動”(傍観的行動ではない)を描いて、そっちに感情移入させないと」という、そういう話なんだと思います。

しかし、それはモンスターものを描く時の考え方で“怪獣”は違うと、僕は思っている。たとえばゴジラや、ガメラ、あるいはこれは議論があるかもしれませんが大魔神~僕は(その意思疎通の難しさから)大魔神も怪獣にカテゴライズしたいと思っています~など、その他諸々の日本産の怪獣たちは、観客~主に怪獣ブームを牽引した子供たちによって~感情移入の対象として扱われていて、概ねにおいて、その旨に沿った作劇がされていたと僕は思っています。
そこが今回の『ボアvsパイソン』という“怪物対決もの”と、ゴジラやガメラに代表される日本産の“怪獣対決もの”の違いだと思う。……ボアやパイソンに全く感情移入できないってワケではないですけどね。逆に、積極的にボアやパイソンに感情移入してしまえが、この映画は怪獣映画として楽しめてしまう……と、そういう受け手の景観の話でもあります。

とは言え、今、邦画の中にゴジラシリーズや、ガメラシリーズが消滅して行ったのは、こういう怪獣に対する感情移入が、日本人の中から無くなって行った、薄れていったからかな~?などと考えたりしているんですよね。もう、今、怪獣を観ても、受け手は『ボアvsパイソン』を観るのと同じ感覚になっているのかも…というか。
『怪獣とは何か?』という語りは、もしかしたら無くなって行くかもしれない心象に対する証言の意識はあります。ちょっと自分なりに語っておきたいと。

この怪獣感覚……僕は、日本人独特という語り口で語っているのですが(あるいはアジア圏全域を対象にしてもいいのかもしれないのですが、現状、僕のカバー範囲を超えてしまってますね)、じゃあ、それは欧米の洋画には見られないのか?というと、一概にそうとも言えないですね。
…しかし、今、一口に言うなら「西洋人は“怪獣”を恐れるのを止めようと決意する事によって、今の西洋人になった」面があると思っていて、それは残滓のような形で映画には出る事になる…と僕は観ている。ここまで語った上で「『キングコング』(1933年公開)が当にそれです」というと、ピンと来る人は分かってもらえるかと思いますがw
キングコングは原初的な怪獣にして、日本の特撮上の怪獣の始祖でもあると思います。あと『白鯨』(1851年発表)なんかも西洋にとっての“怪獣”に当たるかなと観ています。しかし………まあ、『キングコング』については、また日を改めて、記事に書きたいと思います。

※僕は、感情移入できる対象として、ある種のヒーローとしての“怪獣”という位置づけで語っていますが、特撮おたくの中の“怪獣好き”は、完全な線引きは無理ではありますが、別のタイプもいます。“ミリタリー型”、“科学型”というか、あくまで怪獣を人間側から見た災害と位置づけて理詰めで対処して行く様を描くのを好むタイプとでも言えばいいのか。……これは、ぶっちゃけアニミズムで怪獣を語る僕とは対の位置から怪獣を語る事になります。無論、僕も『サンダ対ガイラ』のような怪獣対自衛隊の「人間かっこええ!!」って描きも好きなんですが、自分が怪獣について語れというと“こっち”側になってしまうという事ですね。ただ、一応、違う方向の語りもあるよという事をここで書き留めておきます。


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放送終了しました。(↓)録画データです。

▼USTREAM:フリートーク2011-08-20

▼USTREAM:これまでの放送リスト

8/20(土)の夜20:00ぐらいから、ルイさんとまたUSTREAMラジオをやる予定です。内容はフリー…なはずですが、多分、アニメの話題です。最近、ちょっともう少し放送頻度を上げて放送しようという話をしていまして、これからも、ちょくちょく、短く、不定期に(?)放送して行こうと思っています。よろしくお願いします。




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【7月第3週:BE BLUES 第24節 優希の涙、アンナの…】
http://www.tsphinx.net/manken/wek1/wek10519.html#697
【漫研】
http://www.tsphinx.net/manken/



『最上の明医~ザ・キング・オブ・ニート~』(取材原作・入江謙三、漫画・橋口たかし)のアフリカ編が相当ハードでした。ちょっと、怖いくらい。(´・ω・`)
『最上の明医』は、医療マンガ『最上の命医』の続編で主人公は、前作の真摯な青年医師だった西條先生に変わって、最上義明といういい加減で自己中心的な性格(しかし、意外に仲間思い)な高校生になり、半ば引きこもりのニートと化していた生活から、幼馴染の伊達を救命措置で救った事がきっかけで医師を目指すようになる『物語』。今は、義明も伊達も医大生をやっていて、彼らを見込んだ医師たちの思惑もあってケニア・ナイロビの留学メンバーとなっています。

このアフリカ編、アフリカに入る前から「あちらでは医師はあらゆる不正に手を染め職務も怠慢…道具や設備も手入れ不足で、壊れているのが当たり前」とか「アフリカで生き残る秘訣」の話とかをしているし、アフリカについたらついたで「アフリカでは処女と交配すればHIV(エイズ)が治るという迷信があり、二歳児でもレイプされる」とか「スラム内では人口の三割以上がエイズだとも言われる」とかキツい話を繰り返す。
その上で、後はただただ、医療設備に劣悪さを描いて行く。白衣は汚れたものしかなく、日本から持ってきた私服の方がましだとか、手術室の窓にガラスが入っていないから手術中に羽虫が大量に入ってきたりとか、それでも、彼らは機転を利かせて子供の患者を救うんですけどね。その子たちが退院したら、部族間抗争に巻き込まれて死んじゃった…とかね。

もう、医者がどうにかできる状況を超えている話なんですよね。完全にアフリカの社会問題で。…もともとは義明は『今日から俺は!』の三橋を彷彿とさせるような、悪知恵が働くキャラで、いけすかない医者(教授)の鼻を明かして回るようなエピソードが主だったんですけど、それを転換したかのような、アフリカ編の“重さ”は驚きと困惑がありますね。
元から彼らも、患者の命に対しては(ある程度?)真面目な態度で臨んでいたのですけどね。日本のあらゆる意味で恵まれた余裕のある環境とは違う。むしろ、同じ物語の調子で描いているから、返ってそれが混乱の元になったりします。

この状況を“解決”するためには「誰かを治す」という医者の本分を超えた行為が必要ですし、誰かの鼻を明かせば済む問題でもない。医者として“解決”に携わろうと思ったら、これをきっかけにアフリカに長い歳月留まり、ケニアを医療から変えて行く展開など浮かびますが、そうなるとも思えませんし。まあ、結局、何も変えられずに日本に帰ってくるしかないのでしょうね。…ちょっと欝。

その後、義明たちの医療に携わる姿勢が変わったりするのか、あるいは、帰ってきたら何事もなくいつもの姿勢で医大生を続けて医者になるか……それは分かりませんけど、それでもアフリカ編をやったのは良かったかな?とも思っています。少年誌でこういう、(すぐには解決できない)どうにもならないものを観るのも悪くないです。作風を買えないためか、かなり重めの話も、(深刻になり過ぎずに)さらりと調子を変えずに語ってしまうのは、良い描きだったかな~?とも思ったりもします。


最上の明医~ザ・キング・オブ・ニート~ 6 (少年サンデーコミックス)
入江 謙三,橋口 たかし
小学館


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昨日、ルイさんと突発的にやりましたフリートーク~USTREAMの録画データです。『バカとテストの召喚獣 にっ!』のキャラ構造の話をしようとして、そもそものキャラクター論や、ユニット論を展開していた感じです。あと『ゆるゆり』のキャラ構造の話ができたのもよかったかな?

▼USTREAM:フリートーク 2011-08-17

▼USTREAM:これまでの放送の一覧

参考記事:

『バカとテストと召喚獣 にっ!』~姫路さんのこれはもう“病み芸”と言うべきか?

キャラ配置/ユニットが回る

キャラが回る



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最近、気に入った“不器用な子”キャラを並べてみました。…最初、自分のフィーリングを優先して“アホの子”と表題しようかとも思ったんですが、僕はアホの子ってそんな悪い印象で使っていないのですが、まあ、あんまりキツい受け止め方になってもよくないので、今回は控えておこうかと(汗)
今回、不器用な子と題して、下記に『魔法少女まどか☆マギカ』~『AngelBeats!』~『うみねこのなく頃に』のヒロインたちをリストして行きますが、僕はこれをちょっと『面白い』共通項を見いだせると思っているのです。

1.近年の複雑化する『物語』を代表するような入り組んだストーリーである事。
2.物語全体が謎に包まれていて、それらを明らかにして行く展開が含まれる事。
3.用意された謎の焦点にヒロイン格のキャラクターが置かれている事。

そして4.そこに置かれたヒロイン格のキャラクターは、真相が分かると「恐ろしく不器用な子」である事、その不器用さもかなり言語を絶する程不器用である事(言語を絶するは言い過ぎかな?w)が判明する事…です。最初は、すごくクールでミステリアスな女の子として登場して主人公を惑わせるのだけど、事が明らかになってみると「ミステリアスなのは不器用で、気持ちを伝えるのが上手く行っていないからでした!<(`・ω・´)」…みたいな感じと言えばいいのか。
これは、今後、さらに複雑化して行く……こともあるであろう(ハッキリしないな!)『物語』構造として、ちょっと興味深い“形”に思います。複雑化したストーリー、謎が多いストーリーは、最終的に辻褄が合わないと受け手の納得は得にくいわけなんですが、キレイに辻褄の合う範囲だと、すぐに読まれたり、あんまり飛躍した楽しさの無い物語になり勝ちでもあると言えます。

その複雑になったストーリーのある種の歪みをワン・キャラに全て載せて「この子はこういう子なんだ!」ちょっと……いや、相当、変わっているけど、それはしょうがないんだ!(`・ω・´)みたいな感じの形に、意識無意識を問わず、その形に落ち着いているのは、ちょっと『面白い』かなと思っています。
いや、最初僕は彼女たちのキャラが、どうにも、腑に落ちなかったんですけどね(汗)…なんか気になって…というか焦点のキャラですからねえ……じっくりコトコト(煮詰める音)と、考えを巡らせて行ったら、ある一線で、ふと、「ああ、そうなんだ。この子、不器用なんだ」でキャラの像がガチッとはまったって話なんですけどね。
それが何度か同じ傾向で続いたので、それを書き留めておきます。今後、このパターンがまた出てくるかはわかりませんが、一つの類型として覚えておきます。

■『魔法少女まどか☆マギカ』~暁美ほむらさん



ほむら「繰り返す。私は何度でも繰り返す。同じ時間を何度でも巡り、たった一つの出口を探る…」

『魔法少女まどか☆マギカ』は、不思議な生物・キュゥべぇとの「魔女と闘う魔法少女になる契約」を巡る、少女たちの『物語』…という説明でいいのかな?キュゥべぇは確信的にその契約の本当の意味を伏せていますが、もう一人、その契約の意味の全てを知りつつ、たった一人での解決を目指して時間跳躍を繰り返すヒロインが暁美ほむらさんです。彼女の目的も当初伏せられている。

いや、この物語の真相が観えた時、僕は「いや、それならもう少し賢く、仲間の協力を仰ぐ手段はあったんじゃない?」と暁美ほむらさんに対してそう思ったんですよね。ちょっと上手く行かなかった時点で、早々にそれをあきらめて、一人で何とかする事を決意してしまうんですが、そこはもうちょっと何とかならなかったのかなあ?と。
そこらへん含め、端々の行動で、暁美ほむらというキャラクターが、僕はどうにも呑み込めず悩んでいたんですが、ふとGiGiさんが「ほむほむ(ほむらの事)は、アホの子だよ?」と言った発言をしていて「ああ、そうか」と目からウロコが落ちるものがあったんですよ。…いや、アホの子ってそんな悪い意味で使ってないですよ?(汗)

そうなんですよねえ…。登場時のミスティアスで、クールで、カッコいい立ち振る舞いから、てっきり“賢い子”をイメージしてしまったのですが、彼女の物語が明らかになる10話を観れば、そうではない事が丸分かりになるんですよ。
アホの子というか……応用が利かない子とか、融通が利かない子とか、そういう表現の方がいいかもしれませんが。ともかく、他が視えなくなってしまう子で、“時間跳躍”という無限の可能性世界を与えられても、前しか視えない所があって上手く使えていないのでしょう。

「まどかを救う!わたしにはこの子しかいない!」と、まどかだけだけになってしまう所と、そのまどかを救う方法について妙にあきらめ早く、周りが見えずに嵌って行く所とは、一緒のものなんだと。…そう考えると、このキャラクターがすっと腑に落ちてきたんです。
トロくて、思い込みがはげしくて、すぐに周りが視えなくなる子。でも、だからこそ彼女が救おうとした“ただ一人の友人”~水を差すと周りが視えていない…とも言えますが~「まどかを救いたい」という願いが、唯一性の輝きを持ち得ている。そして、この物語を締めくくり得る美しさを持っているのだなあと、今は、そう思っています。今は、まどかの次に好き。(`・ω・´)

■『Angel Beats!』~立華かなでさん



音無「どんだけ不器用なんだよ……お前は」

『AngelBeats!』は、記憶を失って、どうやら死後の世界らしき場所~学校の校舎~に送られてきた少年・音無くんが、その世界でも消えて行く事に抗う“死んだ世界戦線”のメンバーとともに、“天使”と呼ばれる美少女にして消滅の導き手…のような存在と抗争を繰り返す『物語』でしょうか?
その世界がどうしてあるのか?が物語キーで、その世界の意味を見出した時、それを受け入れ得るか?肯定し得るか?というのがポイントでしょうか。

これもね、真相が分かった時、「それが目的でこんな(抗争を繰り返す)事態になるのかなあ?」とは思ったんですよねw…いや、天使(かなで)ちゃん、以上におっちょこちょいといか、早とちりとか激しそうなユリ(死んだ世界戦線のリーダー)と、絶妙の錯綜をすれば、そうなるかな?まあ、イメージは沸くかな?とも思うんですが、それにしても言語を絶する不器用さだと思うんですよね。

しかし、これもね。ず~っと潜って行ってみると、ある一線から分かるような気になって来る。逆に淡々と自分の“決めた事”をやり続ける姿勢はちょっと感動するというか。…自分が不器用という自覚はあるようで、その上で、徹底してポーカーフェイスなんですが、どうも内心では傷ついたり、落ち込んだりしている、でも、やっぱり“決めた事”を止める事はしない…。
つまり、それって不器用じゃないとできないというかね。それは僕は佳い事だと思うというか、けっこう尊敬してしまう事でもあります。心臓を患ってろくに生きてもいない子だけど、喜怒哀楽凡て飲み込んで納得していて、淡々としていて、いつでも成仏できる子なんだけど、決めた事があるから残っている。それはカッコいいなと。

■『うみねこのなく頃に』~ベアトリーチェさん



戦人「馬鹿野郎ぉぉぉ…。……お前の謎はさ、……捻り過ぎなんだよ……!!」

『うみねこのなく頃に』は、六軒島で起こった謎の連続殺人事件を解決するため、事件の“被害者”である右代宮戦人くんが、真犯人の“仮存在”である魔女ベアトリーチェに繰り返し繰り返し、六軒島の可能性世界の事件をいくつも見せられ、その全ての事件の真相を暴くことを強いられるという、PCゲーム…………何を言っているのか分からないかもしれないが、俺も何を言っているのか分からなねえ…ッ!!(`・ω・´)おお、ポルナレフ……とまあ、全く知らない人には一口で説明するのが、相当難しい『物語』なのです。

その上、物語が全て終了した今も、事件の真相は明示的に明らかにされていない。ただ作者から「推理は可能である」と宣言されているだけ。そんな物語なのですが、これを僕なりに推理(?)し、大体、こういう感じの真相かなあ?という自分なりのの答えにたどり着きはしました。しかし、そこに到った時に得た感想は大体、戦人くんと一致するんですよね。

曰く、「捻り過ぎなんだよ……!!」…いやwなんかほんとにそんな感じなんですよね(汗)真相から大体の犯人が見えてくると、大体、動機もイメージできるようになってくるのですが…“捻り過ぎ”はそっち側の方が重要というか、その為にこれほどの大掛かりな事件を起こしたの?と思わなくもない。
しかし、犯人ベアトリーチェが何を考えていたのか、ず~っと潜って行ってみると、ある一線から分かるような気になって来る。ちょっと、ネタバレですが、結局、ベアトリーチェは自分の話を戦人くんに聞いて欲しくて、聞いて欲しくて、仕方がない。そして、戦人くんとず~っと遊んでいられる事を考えると、事件の内容は“捻り過ぎ”にならざるを得なかったという事なんですけどね。

これを常識線上に持って帰って語ろうとすると「ベアトさんは、ちょっと頭のネジが一本外れた子……アホの子?」みたいな話になって来るという。でも、その頭のネジの外れ具合が全部、「戦人さん好き!」に注がれているかと思うと、なんかすんごい萌えるというかね。
『うみねこのなく頃に』は僕は好きなキャラはけっこう、右代宮縁寿、絶対の魔女・ラムダデルタは、忘れ難く好きなんですが、ベアトは最初、そんなでもなかったのが、最終的には彼女らに比肩する程、好きになっていました。…というか(戦人に気を惹くために?)奔放な悪女から、決然たる決闘者、貞淑な淑女まで様々な相(かお)を見せた素晴らしいヒロインだったと思います。


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