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『裸者と裸者 孤児部隊の永久世界戦争』~明日、その先を生き抜く闘い

2011年09月14日 | マンガ
裸者と裸者孤児部隊の世界永久戦争 1巻 (ヤングキングコミックス)
七竈 アンノ
少年画報社

アワーズで連載している『裸者と裸者』(原作・打海文三、漫画・七竈アンノ)を『愉楽しく』読んでいます。共産圏の崩壊に端を発した世界恐慌と大動乱により、日本に大量の難民が押し寄せ多民族の流入し、急激に治安が悪化する。結果、救国を掲げる自衛隊(多分)佐官グループがクーデーターを起こし首都を制圧、さらにアメリカ軍が介入によって、日本は内戦状態の長期化を経て勢力の細分化が進み………まあ、日本はひたすら内戦により戦闘、略奪、強姦する社会になって、かつ、どこの世界も似たり寄ったりで“助け”は期待できないという状態のようです。そんな世界で少年兵の孤児部隊を率いる事になった佐々木海人くんが「生き残る為の決断」を下して行く『物語』…かな?

ずっとずっと、殺し合いと、略奪と、強姦に関連した描写が続いてゆく話です。徹底的に“無秩序”が許された世界と言えます。僕はその“無秩序”の世界の中で、佐々木海人という主人公が「何を決めるか?」に興味をひかれます。
海人は自分の妹弟を養うために軍隊に入り(以前から拉致されて少年兵とかやっていたみたいですけど)生き残る為に手段を選ばない事を决めている人間だと思います。

実際に彼はマフィアと組んで、軍令に背いてドラッグを強奪し、それを転売します。また自分の分隊の家族が味方の部隊に攫われると、分隊を動かして、攫った隊長を殺します。味方殺しですね。
一方で、部隊には略奪や強姦を禁じて、自身もそれに手を染めません。百人以上、民間人の女を強姦したという外人部隊の隊長が「今は禁止した。当然、我々の部隊全員もだ。規律違反は銃殺する。なんだか…急に嫌になってな」って言うんですが、海人は「まったく正しいと思います。兵隊は戦争をするものです。民間人へのレイプやごうとうは、はんざい者がするものです」と応える。…でも、多分、海人は犯罪を沢山犯しているはず。軍令もやぶるし、自分の勝手な判断で人も沢山殺しているようです。

つまり、どうも海人の中で「やってもいい殺しと犯罪」と「やってはいけない殺しと犯罪」の区別があって、自分が「やってもいい犯罪と殺し」は罪とすら認識していないようなんですね。ほとんど両親に善悪を教わる時間すら無かったこの少年が「何かの区別」をつけて、そして行動している。
それを僕は“善悪”などと言う安っぽい標語で表したくはありません。…こう言うと誤解、あるいは反発を受けそうですが、多分、彼はこの無秩序が大勢を占める世界で、「やってもいい人殺し」と「やってはいけない人殺し」を、「やってもいい無法」と「やってはいけない無法」を必死に判断しているんですよ。

「何であれ人を殺していいはずがない」と信じる人には、あんまり伝わらない話かもしれませんけど。すみません、頭のネジが外れているのか、僕はこういう話がとても好きなんです。
海人が判断する「やってはいけない」事と言うのは「悪い事は悪い事なんだ!」なんてトートロジーの哲学問答な「やってはいけない」では、なく、自分が生き残って行くという「明日とその先につながらない事はやらない」…とそういうものに思えます。繰り返しますが、だから「明日とその先につながる殺し」はするのです。そうして、この物語はその判断をして生き行く海人に相応の出世の道を与えているようです。



逆に、無秩序が支配し、どんな無法も非道も「上手い事やれば」許されて行くであろう世界で、何かを律する事に意味はあるのか?という考え方もあります。生き残る事以外の事を気にする必要はないのではないか?実際に、強姦をやろうが、略奪をやろうが、おそらく生き残れる可能性はそんなに変わらないでしょう。(報復?いや、皆殺しちゃえばいいし)
実際に、子供を襲って強姦し、腹いせに家を焼き討ちしていたヤクザが海人に撃ち殺されるんですが「俺ァ、言い訳も泣き言も言わねェぞ!」と言って、そこそこカッコ良く、多分、本人は充分納得して死んで行くんですよね。無秩序が支配しているなら「そういう生き方」もまた有ると僕は思う。このヤクザは楽しく生き抜き、そして死んだのではないか。(多くの現代人は秩序の回復を想定して、そうはしないかもしれないけど、では、その回復の見込みが全くなかったら?どうする?)……でも、それは「今」を生き伸びても、「明日とその先」につながる判断ではないんですよね。…多分。



先ほど述べた百人以上民間人をレイプした外人部隊の隊長ですが、僕は彼が突然「罪の意識」にとらわれて、それを「やめた」ようには見えません。「今」を生きる事に長けた猛者が、罰が下るという意味で許される、許されない、を語るなら、これからさらに民間人を蹂躙しつづけても許され生き延びてしまうでしょう。
「なんだか急に嫌になった」と簡単な言い方ですが、この隊長は、それでは「明日とその先」にはつながらない事に気づいた……と、僕はそう解釈しています。

世界が“無秩序”だからと言って、自分が“無秩序”に順応すればそこから脱する事はできない。殺し合う強者になれても、殺し合う世界から脱する事はできない……という説明の仕方だと反発が少ないですかね?だから「誰を殺すか?」は、秩序だって判断するしかない。無秩序に殺してはいけない。その秩序は世界に既にないのだから、自分の中で作り持つしかない……という説明の仕方だと反発がありますかね?
この外人部隊の隊長は百人以上レイプしてそれ以上の民間人を無下に殺して、その事に気づいたのでしょう。だから、その経験もなく、既に同じ結論に達している海人の事を「見込む」のだと思います。他にもマフィアのボスや、女中隊長、なぜか海人を「見込む」人が、沢山出てきます。「なんで?都合良くない?」と思う人もいると思いますが、僕はそれが分かる気がするんです。確かに海人は「見込み」有ると思ってしまう。

断っておくと「明日とその先」につながる事を判断しても、生き残れるかどうか?は全く別問題なんですけどね。でも、味方と仲間に心を配り、民間人を襲うなどして心まで無秩序に納まってしまわない……それが生き残る度に、次はより生き残れる可能性を上げてゆく生き方、という理解の仕方でもいいかもしれませんが、ちょっとこの少年の生き残る闘いを観て行こうと思っています。


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