雪の下

 定年退職した年寄りが日ごろ感じることや、ドライブ、山歩きなどで撮る風景、草花の写真を記録します。
 気の向くままに。

携帯電話

2016年02月02日 | Weblog
日曜日の朝早く電車に乗った。
乗客はまばらで立っている人はなく、適当な距離を置いて座っている。疲れておられるからか、皆一様に静かに目を閉じている。
見たところ、これから仕事に行かれる人のようだ。
おそらく家族の方も早くから起きて見送られたのだろう。
ほとんど電車に乗らない私だが、電車の中で携帯を見る人の多さが気になり、時々数えてしまうことがある。
今日は携帯に目をやっている人はいない。

平日の電車に乗ったときのことだが、ちょうどラッシュアワーで超満員。発車してそれぞれの立ち位置、姿勢が落ち着いた頃携帯を取り出し、胸の前に空間を確保しそれを見ている。
こんなに混雑した中で何と非常識な奴だと思った。ところが周りを見渡すと、この人一人ではない。ほかにも同じように見ている人が多くいた。どうもゲームかメール確認をしているようだ。体が密着していて息がかかるほどの狭い場所、どうしてこんな場所で見るのだ。他人に迷惑がかからなければいいが、明らかに周りの人を押しのけて空間を作っている。わざわざ満員電車の中で見なくてもいいのに、と腹が立った。

満員電車で携帯を使う人たちは、ある意味かわいそうな人たちなのかもしれない。楽しみの少ない人、この時をおいて携帯を見ることが出来ない人、何かをしていないと落ち着かない人など。
確かに非常識な行為ではあるが、自分だけに使える自由時間、楽しみを奪うこともないのかも。

携帯の出始めたころ、わざわざ出先で電話をすることはない、絶対に携帯は持たないと思っていた。今は、家族間の連絡がほとんどだが、便利に使っている。早くメールを覚えてと家族から催促されるのだが、なかなか覚えられない。
どこでもメールを見たり電話が出来たりする便利な道具であることは認める。

テレビではやたらと携帯コマーシャルが出てくる。多すぎる宣伝費を削って使用料金を安くしてもらいたい。難解な割引システムや途中解約のルールも分かりにくい。単純で分かり易い仕組みにしてもらいたい。
仕組みを理解できないまま使うことは、各社の掌の上で踊らされているようで腹立たしい。
高いと思うなら止めるか、一番有利なところを探せばいいのだが、それもできないまま使い続けている。
コメント
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