雪の下

 定年退職した年寄りが日ごろ感じることや、ドライブ、山歩きなどで撮る風景、草花の写真を記録します。
 気の向くままに。

アオゲラ

2011年02月27日 | Weblog
アカゲラかアオゲラを撮りたく、近くの公園へ通い始めました。
その2日目、残念なことを経験しました。
出て来るといわれる場所で、時々お会いする人と一緒に世間話をしながら待っていました。
その人はちょっとたばこを吸ってくるわと、その場所を離れたのです。
幸運なことに、たばこを吸っている場所のすぐ上の枝にアカゲラが止またのです。
そして、見事なアカゲラの写真を見せてくれました。
その人は私より1時間ほど遅く来て、しかも一服中に撮ることが出来たのです。
しっかり待てば見られるというものではないのでしょうが、その日私は4時間も待ったんです。
不公平なことだと羨みましたが、それが運というものだとあきらめました。

それが今日、通い始めて4日目になりますが、念願のアオゲラを見ることが出来ました。
たまたま通りかかった顔見知りのバードウオチャーさんが見つけてくれたのです。
おそらく私ひとりで待っていたら見逃していたでしょう。
約70mほどと距離は少しありましたが、しっかり見ることが出来ました。
1時間半ほど待って、今日も見られないかと半分諦めていただけに嬉しく思いました。
やはり運がよかったのでしょう。
















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神は欲張りには見せてくれない

2011年02月24日 | 写真
お目当てのトラツグミとアオゲラを見たいと、○高緑地公園へ出かけた。
勿論、そんなに簡単に見られるとは思っていない。
でも、ひょっとしてと淡い期待は持っていた。
教えていただいた、出そうな場所を行ったり来たりして待った。
残念ながら姿は見せてくれなかった。
そんなに調子よく見られるとは思わないものの、やはり見られないと寂しい。
でも、いつも顔を見せる野鳥がときどき現れるので、退屈することはない。

ときどき公園で出会う人が、カメラを持っていないときに限って珍しい鳥を見る、と言っていた。
私には見たい見たいと思う気持ちが強すぎるのかもしれない。
神は欲張りには見せてくれないのだろう。

あまり期待せずにもう少し通ってみることにした。
運が良ければトラツグミやアオゲラが見られるかもしれないので。



ミコアイサ(♀)




ジョウビタキ(♂)




ルリビタキ(♀)





マヒワ





シロハラ





ヤマガラ





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ルリビタキ

2011年02月20日 | Weblog
母が亡くなって20日が過ぎた。
まだしなければならないことが残っている。
なかなか落ち着くことはできないが、久しぶりにいつも行く公園へ行ってみた。
今日は日曜日で梅の花が見ごろ、家族連れが目立つ。
でも、梅林から離れれば静かなところが多い。
顔見知りのバードウオチャーさんと出会い、情報を仕入れた。
トラツグミ、マヒワ、ヤマガラ、ジョウビタキなどがいるとのこと。
トラツグミがいたという場所へ行ってみたが見ることが出来なかった。
いつまでも同じ場所にいるわけがないかと、以前ルリビタキを見た場所へ行ってみた。
いました、いました。しかも4、5mの至近距離、本当に幸運です。
一旦どこかへ行ってしまったのですが、10分ほど待っていたらまた出てきてくれたのです。
誰かがときどきエサを置くようで、それを目当てに出てくるようです。









ルリビタキ(♂)





ヤマガラ



シジューカラ




ジョウビタキ(♂)





ウグイスだと思う。


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母の死

2011年02月05日 | Weblog
2月1日、母が静かに息を引き取りました。
母は生前、ぽっくり逝くのがいいと思うが、それでは送るものに心残りがあるかもしれないので、少しだけ世話をかけて逝くのがいいねと言っていました。
思い通りの最期だったかどうかはわかりませんが、特別世話をかけることなく天寿を全うしてくれました。
享年90歳でした。
27日間の入院生活でしたが、10日間ほどの全く意識のない状態を経て、奇跡的に回復し、家族がわかるまでになりました。
お医者さんと看護師さんによくしていただき、意識が戻ってからは幸せな時を過ごすことが出来ました。
何かをしゃべってくれるのですが、聴きとりにくく、何度も聴き直したりしていました。その代わりこちらの言うことは良く分かっていて、しっかりうなずいてくれていました。
ずーっと点滴を続けていましたが、亡くなる前日には重湯を口にするまでになりました。
そろそろ車椅子に座る訓練もしようとしていた矢先、突然の急変でした。
私と家内、それと弟夫婦の4人で最期を看取りましたが、苦しむことなく本当に安らかに逝ってくれました。
母は家族だけの葬儀を望んでいたことから、近親者だけによる家族葬で執り行いました。
滞りなく葬儀などを終えホッとしているところです。
まだ、忌明けまでは何かとあわただしい日が続きそうです。
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