飛騨と信州を結ぶ安房トンネルは平成9年12月に開通した。
それまでは安房峠を通っていた。トンネルが完成してから峠の通行量は激減したそうだ。峠の茶屋はもう営業していない。
茶屋のすぐ上に馬鹿でかいコンクリート製の筒が見える。安房トンネルの排気口だ。安房山の登山口はそのすぐ横にある。登り始めるとすぐに急登が待っている。縄梯子とロープが設置されている。急登であっても1歩1歩着実に登って行けば比較的怖さは感じない。はしごやロープがなくなってもかなりの急登が続く。バス1台42人の仲間と一緒に登りはじめた。私の前に10人ほどおられるが、皆さん元気でどんどん登っていかれる。30分ほど登っただけだのにもう息切れ。長く伸びた1列縦隊で私の前だけが空く。スピードについていけないのだ。苦しいが、そう早々とリタイヤするわけにいかない。無理をしてついて行く。辛そうに見えるのかガイドさんが、大丈夫ですかと聞いてくれる。大丈夫ではないが、何とかついていきますと答える。時々前を行く人達が立ち止まってくれるのがうれしい。そうでなければ追いつくことが出来ない。マイペースでいいですよと言ってくれるが、前が空くとあせってしまう。私の前をそんなに空けるわけにいかないのだ。背丈ほどの熊笹が登山道を覆っている。それを両手でかき分けながら進むのだが、ところどころに倒木があって、道を塞いでいる。油断すると、それらに足をとられる。前を行く人が「倒木注意」などと教えてくれるので助かる。この道は山頂にある風力発電施設の建設用に作られたものらしい。しっかりした道だがあまり登山者は入っていないようだ。
一方的な登りが続く。心臓の休まる暇がない。立ち止まって呼吸を整える回数が多くなる。特に急な段差は足が上がらない。後続の人がお尻を押しましょうかと言ってくださる。私は声がでないほどばてているのに、余裕がうらやましい。このままここで休み、皆の帰りを待とうかと何度も思ったが、思い直して進む。
休憩時、後方で疲労の激しい人がでた。その人が、先頭のガイドさんのすぐ後ろに行かれた。確かにひどく疲れているように見えた。その人が前に行ってから、進むスピードが遅くなった。私には好都合である。おそらく以前のスピードが続けば、途中でリタイヤしていただろう。その人には悪いが、苦しいのは自分だけでないと思うと、楽に歩けるような気がするので不思議だ。
スピードが遅くなったこともあるが、頂上に近づくにつれ勾配は緩やかになり、苦しさも和らいだ。頂上2,219m地点は、木に覆われていて展望は利かない。少し行き過ぎると風力発電用の鉄塔と立派な建物がある。その周りに小さな広場がある。ここでしばらく休憩し、折り返す。木の間から穂高が見える。残念なことに上のほうは雲に隠れて見えない。
下りは気が楽である。心臓への負担はほとんどない。倒木にさえ注意しておれば問題なさそう。しかし、よくもこんなところを登ってこられたものだと思うような段差、やせ尾根などがある。油断すると、木の根っこに足をとられる。左右の手で熊笹を掴みながらゆっくり下る。途中、展望の開けたところから焼岳と穂高がよく見える。登るときにも見えたはずだが、周りを眺める余裕がなかったのだろう。
気がつかなかったが、途中でリタイヤした方が4名おられた。その人たちは登山道で皆が戻ってくるのを待っていた。気温が低いため、静かにしていると寒い。カッパを着て待っていたとおっしゃる。
登山口近くの急登地点に戻った。縄梯子、ロープを頼りに一人ずつ下る。登ったときより下りのほうが怖さを感じる。ガイドさんが、親切にリードしてくださるので、指示通りに下りればいい。といっても自分の手と足が頼りだ。慎重に下りる。トンネル排気口の横の広場で後続の人の下りてくるのを待つ。
腰を下ろしてゆっくりする。焼岳の噴煙が見える。涼しくて気持ちがいい。全員無事下山。安房峠を通る車は少ない。
山はもう秋である。
平湯温泉「ひらゆの森」で汗を流す。温泉から出た頃、猛烈な雨が降ってきた。バスの中で問題はなかったが、これが少し前にずれていたらと思うとぞっとする。
山の天気は怖い。